レイン、疑問
勇者に裏切られたかつての勇者レイン・シュドーが、心底憎んでいたはずの魔王と結託して宣戦布告を行ってから月日が経った。
かつてレインが魔王と敵対していた頃は、一度その場所の魔物を倒せば彼女の力を恐れたのか魔物は二度と現れず、そこに住む人々――勇者の力を借りなければ、平和を取り戻すことが出来ない弱い者たちは、元通りの生活を手に入れる事が出来ていた。だが、今の策略はそれとは異なっていた。一度狙いをつけた場所に、何度も何度も攻撃を行い、人々が不安に苛まれ続ける状態を作り上げた後、レインたちの魔術によって一晩でその場所を手に入れてしまうのだ。
その結果、今までの戦いは全て魔王側の勝利に終わり続けていた。何をやっても余裕で勝ち続ける状態なのである。
「「「「ねえ魔王、聞きたい事があるんだけど……」」」」
「何だ?」
そのことに対し、レインが嬉しがるのは勿論だが、魔王もどこか今までと様子が異なっていた。
純白のビキニ衣装のみで身を包み、その巧みな剣術と魔王直伝の漆黒のオーラを使った高度な魔術で健康的な肌に一切の傷をつけないレイン・シュドーの大群と対照的に、魔王の体は漆黒や紫色で彩られた衣装やマントに覆われ、その顔もまた非常に単純な形の灰色の仮面に包まれ、何を考えているか一切読むことが出来ない風貌であった。
しかし最近の魔王は、レインたちの質問に対して素直に受け答えをするようになっていた。それまでは一方的に話を進め、レインたちの質問を遮る事も多かったのだが、侵略の成功を重ね続けていくうちに魔王はレインたちの話をじっくりと聞くようになっていたのだ。
そして今回も、魔王はレインの率直な質問をじっと聞いていた。
「「「「どうして、私が『勇者』だった時には魔物を一度だけしか襲わせなかったの?」」」」
「決まっているだろう。癪だが、お前たち『勇者』にあのような仮の命しか持たぬ連中が勝てるわけが無い」
レインが魔王に完全に協力することを決意した、彼女の最後の仲間・浄化の勇者ライラ・ハリーナの命を奪ったのも、確かに魔物ではなく、裏切った勇者たちと結託したならず者の人間であった。勇者たちが現れた時点で既に魔物に見切りをつけていた、と魔王ははっきりとレインに告げたのである。そして、レインが裏切られた事で、彼女を味方につけようと思い立った事も。
「「「「そうか……」でもそうよね……」あれだけ準備してたんだし」当然よね」
「だが、あくまで貴様らはこちらの囚われの身、思いのままに動く『駒』だ。それだけは忘れるな」
「「「「分かってるわ、魔王。でもはっきり言わせて」」」」
自分に目をつけてくれて、感謝している。こうやって、今度こそ世界を『真の平和』に導くだけの力と最高の存在『レイン・シュドー』を無数に手に入れることが出来たのだから。
レインの言葉に、魔王は何時もの通り鼻で笑う以外、何の反応も示さなかった。だが、それでも魔王は一切無視せず、彼女の言葉を聞いていたようだ。それだけでもレインは満足だった。今の自分は、魔王と互角に「話し合い」が出来るほどに強くなっている、と。
そんな中、急にレインと魔王が佇む場所、世界の果ての果てにあるこの『本拠地』の空が薄暗くなり始めた。同時に、空一面に嬉しそうな笑い声が響き始めた。
今日もまた、人間の住む場所を新たに征服する事に成功した事を示す、空飛ぶレイン・シュドーの大群である。
「ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」…
「おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」おかえりー♪」…
嬉しさのあまりに数百人から数万人に増殖して空を埋め尽くすレインたちに声をかけたのは、同じく無尽蔵に増えた『本拠地』のレインの大群であった。
今や彼女の数は、一日で数億人ものペースで膨れ上がっていた。彼女たちも既に数の把握はしておらず、ただ思うがままに増え続け、増え続け、世界を覆いつくすことを前提にしていた。勿論自分自身が増殖し続ける事ばかり意識せず、外敵から身を守ること、そして打倒魔王のための鍛錬は続けているものの、やはり彼女が一番大好きな存在、世界に唯一平和をもたらす事ができる憧れが日々その数を増やすのは何よりも嬉しかった。
魔王の方も、調子に乗ったとみなした時に釘を刺す事はあったものの基本的には黙認し続けていた。自分の手駒が大量に増え続ける事に対してのデメリットが見当たらなかったのも要因だろう。
だが、この大量の数で一気に人間の世界を覆いつくす、と言う事を、何故か魔王はレインに対して一切命令しなかった。無数に増え続けるレインたちの多くを、侵略した街や村、森、そして『本拠地』に留まらせ、まるで駕籠の中の鳥のように閉じ込めさせ続けていたのである。
「「「「どうしてなの、魔王?」」」」
当然疑問に思ったレインは、魔王に尋ねてみた。
返ってきたのは、予想以上に厳しい言葉であった。レイン・シュドーは、そんな風にうぬぼれる程の実力を持っているのか、と。
「貴様の魂胆は分かっている。世界を我が物にした後、魔王を潰す。そう考えているのだろう?」
「「「「ち、違いないわ……で、でも……」」」」
自分には、無限に増えたレイン・シュドーをいつでも消せるだけの力がある。
そう言いながら魔王が全身にじわりと纏った漆黒のオーラは、レインたちに無言の説得力を与えるのに十分なものだった。まだ彼女には、魔王の手を借りなければ世界を『平和』に導く事ができない、もし平和にしたとしても最後に魔王と戦わなければならないと言う現実があったのだ。そして、自分たちが幾ら無限に増え続けても、まだ魔王の足元にも及ばないと言うことも。
自らのうぬぼれを痛感したレインは、魔王に謝った。レイン・シュドー全員を代表しての謝罪だった。
「……機を待て。力を溜めろ。お前たちが本気で世界に『平和』をもたらしたいのならな」
その言葉にどのような意味が込められているか、レインたちははっきりとは分からなかった。確証が無かったのである。
ただ1つだけ明らかなのは、魔王もまた、レイン・シュドーに対して期待を持っている、と言う事である。
「「「「……分かったわ、魔王」」」」
そして、改めてレインは心の中の兜の緒を強く締めた。
世界に平和をもたらす存在として、人間、そして魔王相手にこれからも躊躇無く、甘えなく立ち向かっていくために……。
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