女勇者は無策

 勇者によって倒されたはずの魔王が、人類に再び宣戦布告をしてから月日が経った。

 以前の侵略では、5人の勇者の活躍によって魔王の手下の魔物は次々に倒され、人々は平和な暮らしを取り戻すことが出来るという幸福な結末が続いた。だが、今回は違った。勇者たちの助けを借り、人々が魔物を蹴散らしたとしても、それを嘲笑うかのようにその場所は一晩にして巨大な半球状のドームに包まれ、内部との連絡が一切取れない空間に変貌してしまうのだ。

 その結果、今までの戦いは全て人類側の敗北に終わり続けていた。何も打つ手が無い状態なのである。


「……くそっ……くそっっ!!」


 そのことに、他の誰よりも憤りや焦り、悔しさを感じていたのは、この世界に残された最後の『勇者』――技の勇者トーリス・キルメンと魔術の勇者キリカ・シューダリアだった。

 彼らは日を追うごとに世界中の人々からの信頼を失い続けていた。魔物の襲撃を聞いてどれだけ素早く駆けつけ、どれだけ凶悪な魔物を倒し続けても、その次の日には必ずその場所は魔王の手に堕ち、自分たちが立ち入れない空間になっていたのだ。

 かつて世界を救った実績がある以上、まだ世界各地の偉い人たちからは見放されてはいなかった。いつかは世界を救ってくれるだろうと言う淡い期待の元で、世界の中心にある巨大な城の一角に住まわせてもらっているのもそういう理由である。しかしそれでも毎回町や村が消滅したと言う報告をするたび、彼らは偉い人たちから強烈な嫌味を浴びせられてばかりであった。


 勇者に、代わりがいればよかったのに。

 別の勇者をそろそろ探してはどうだ。



「……これが、復讐か……!」


 頭に血が上ったトーリスが何時もの様に罵声を上げながら壁を蹴ったりして鬱憤を晴らしている一方、冷静沈着な態度を崩さないキリカも心の奥底で悔しさをにじませていた。


 ここまでピンポイントに魔王が各地の村や町を襲撃できる理由を、彼女たち勇者は知っていた。今の魔王の勢力は、かつてとはまるで格が違う化け物に変貌していた。魔王の配下に、かつて自分たちのリーダーだった女――純白のビキニアーマー一枚を身にまとい、無敵の剣で活躍を続けた勇者のリーダー、レイン・シュドーが軍門に堕ちてしまっていたのである。世界中を巡り、魔物を倒す旅を続けていた彼女なら、地の利などその場所の特性を完全に把握しているはずである。魔王がそれを活かさないわけがないだろう。


 だが、キリカは薄々気づいていた。この『復讐』を行っているのが、魔王だけではない、と言う事を。

 かつて自分たちは、未来のことを考えてレイン・シュドーたちを見限り、彼女たちに魔王退治を押し付けてこの場所に戻ってきた。その後の贅沢な生活や名誉ある地位を踏まえて、キリカはその選択は間違えてなかった、とずっと考え続けていた。そしてそれは、今も同じである。だが数少ない判断ミスがあったとすれば、レインがそのことに気づくか、魔王がそのことに気づくか、と言う事である。


「……魔王か、レインか……それとも両方か……」


 だがどちらが世界を破滅に導こうとしても、自分たちが逆転するには今までのようなやり方ではいけない事は明らかであった。

 しかし、その方法はキリカをもってしても一切思い浮かばなかった。かつて自分たちのリーダーだった存在と自分たちが倒すべき存在が結託、もしくは利用すると言う最悪の事態の中では、どれだけ冷静沈着で合理的な考えを巡らせても解決策が見出せなかったのだ。


 焦る2人のいる部屋の扉が、大きな音と共に開いたのはまさにその時だった。

 そこから入ってきた1人の老婆に、トーリスは物凄い速さで駆け寄り、唾を撒き散らしながら怒りの声を上げた。


「ゴンノー!!何だよ!!!良い策があるって聞いたのに!!!全然何も良い事ないじゃないか!!!!」



 今にも老婆を殴り倒そうとしているトーリスを、キリカは無理やり羽交い絞めにして魔術で動きを止めた。彼が割り込むと話がややこしくなるのは、以前から嫌と言うほど知っていたからだ。とは言え、正直なところ彼女も同じ気分だった。


「……おい、魔物。私たちとの約束はどうなった?」

「約束……あぁ、あの事でしたか」


 レインの力を魔王が利用している、と言う情報を勇者2人に持ち込んだのは、この老婆――いや、老婆の姿に変身し、人々に怪しまれないように行動している魔物『ゴンノー』であった。レインのみを利用し、自分たちを蔑ろにしていると言う魔王の元を離脱し、勇者たちの下に寝返ったゴンノーは、勇者たちに有益な情報を持たすと言う約束の下で彼らに協力することを許されたのである。だが、この軍師が考えた策略はどれも魔王たちの手によって裏をかかれてばかりで、今まで役に立った試しが無かったのである。

 いくら我慢をし続けているキリカでも、流石にそろそろ限界が近づいていた。この老婆の姿をした魔物を倒してしまえば、今の魔王を倒す手段が失われてしまう可能性があるからである。しかし、それでも苛立ちを抑える事は出来なかった。


「いつまで経っても良い案は浮かばない、魔王に裏をかかれる……。有能な怠け者ほど、一番役に立たないと言う言葉は知っているな?」

「ええ、勿論承知の上です……しかし、魔王はあまりにも強い……」


「私も分かっている。何度も聞いた。それを踏まえたうえで尋ねる。何か名案はあるのか?」



 キリカの口調は、重苦しく苛立ちを隠さないものへと変わっていた。

 だが、突然彼女の顔は驚きに変わった。ずっとおどおどしていた雰囲気を醸し出し続けていたはずの老婆の姿をした魔物が、にやりと笑ったからである。

 

「……準備はしていますよ。魔王に対して、あなた方人類が立ち向かえるほどの戦力を、ね」

「戦力……どういう事だ?」


 まだ不確定要素、これから状況が変わればこの準備は要らないかもしれない。もしくは、今その全貌を言ってしまうと、魔王側にその事が伝わってしまい、再び先手を打たれていつも通りの展開になる可能性もある。そう理由を述べた上で、魔物はまだ詳細はいえないことを伝えた。キリカもその言葉には納得せざるを得なかった。正直、キリカにとっても今はただ闇雲に戦う事しかできない状況、悔しいが目の前にいる「裏切り者」の魔物の手を借りるしかないのだ。


「その準備、いつまでかかる?」

「もうしばらく。ですが、これが完成すれば、「レインさん」を利用した進撃は抑えられるでしょう」

「なるほど……」


 そして、キリカはこの魔物の考えに従い、機を待つことにした。逆転のチャンスが来るまで、闇雲に戦い続ける事を。いつかそれが報われる日が来ると信じて――まさにその考えこそが、キリカが最も嫌い、勇者のパーティーを離脱するきっかけとなった「レイン・シュドー」の勇者に対する考え方である事を、彼女はまだ気づいていなかった。

 ただし、1つだけ違う点があった。一切の犠牲も出さずに平和を守ることを目標にし続けていたレインに対し、キリカは必要な犠牲は仕方ない、と割り切っていたのである。世界を救い、人々に平和をもたらすためには、それなりに失うものが必要だ、と。



「……ところで、トーリス様はいかがしますか?」

「……忘れていたよ」


 凄まじい形相のまま固められている彼のことを、2人ともすっかり忘れていたようだ。


 憤り続けているトーリスに、魔物の考えを説明するのは苦労しそうだ。

 キリカは溜息をつきながら、彼にかけた魔術を解き始めた……。

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