第21話 楽園のヴィジョンを描きたいんだ

Day Side


 ヴェロニカに案内されて一階の部屋に入る。そこに一人の男が座っていた。大柄でがっしりした体格。


「あんたは?」

「ああ、俺は渡良瀬御剣という。お前は雪本不滅だな」

「ああ、そうだ。でも、どうして?」

「まあ、この街の情報のほとんどは俺の耳に入る。お前も時々利用している便利屋の元締めだからな」

「じゃあ、あんたがディープ・スパイダーのボス?」

「そうだ。偽名をいくつか使っていたからな。お前が知っているのとは違うかもしれないが」

「それはいいが、何で俺を?」

「それは、お前があの娘に選ばれたから、かな」

「選ばれた?」

「実有さ」

「?」


 よくわからないが、俺は話を聞くことにした。今までも疑問が一気に全部解決することは無かった。何か探ってみるのもいいだろう。


 傍にいたヴェロニカが言う。


「私はドアの外に居ます。妙な事したら飛び込んでくるから」

「ああ、わかってるよ。ありがとうな」


 渡良瀬が答えるとヴェロニカは部屋から出て行った。


 俺たちは話し始めた。


「この毒喰派と鋼鉄派の闘争だが、何かに似ているよな? お前なら気付いていると思うが」


「冷戦か? かつてのアメリカとソビエト連邦。それらを取り巻く資本主義、共産主義、それらに属さない第三世界。この街で起こっているのはかつての冷戦の再来。確かに俺にもそう思えたが……」


「あの冷戦がもたらした功罪について、お前はどう思う?」


「核開発、それに伴う戦略。原子力、ロケット技術、ミサイル技術。暗号の作成、解読技術。諜報合戦。コンピュータとデジタル。お互いに睨みあい、隙あらば相手を殲滅する。勢力が拮抗するゆえに生き延び、それによって技術や軍事力も進歩した。皮肉な話だが。……あんたが言いたいのは、この街ではそれも起こっていると?」


「そう言う事だ。『ヴィトリオル』というものがもたらした『災厄』と呼べるもの。その中から生き延びようと立ち上がった者たち。どういうわけか二つの陣営に分かれ、それぞれが生き延びる為に集まり、脅威と見る者を遠ざける。その結果それぞれの力が大幅に増した。ある時、俺は思った。もしも、この冷戦構造が何者かによって造られたのではないか、とな」


「何者かって……誰だ?」


「そいつはわからない。ディープ・スパイダーの全力を持って探してもな。だが、そう考えると色々と説明がつく。俺も納得できてしまうところがあるんだ。それを探るのを、お前に手伝ってもらえたらと思っているわけだ」


「手伝うって……聞くだけだぞ。何をすればいいんだ?」


「まあ、それはその内な。今は俺の話を聞いて欲しいんだが、いいか?」


「ああ……」


「お互いの陣営がそれぞれの為に力を尽くすのは好い事でもあるだろう。だが、それだけだと力の流れが滞る。固まって動きづらくなってくる。だから、それぞれを行き来する存在が必要になった。お前も、あの娘の力は見ただろ? 鋼鉄派の科学だけでは説明がつかないが、現実に存在している。毒喰派はその力を徐々に学び鋼鉄派と拮抗する力を手にした。そして、ある程度成熟したと判断した『何者か』は、お互いに学びの場を提供した。


 実有が鋼鉄派に踏み込む為には自身の周りに障壁を張らなくてはならない。その状態で街を歩けば何らかの『波紋』が広がる。鋼鉄派にもその影響は及ぶ。


 実有が活動するために鋼鉄派で生み出した『ガーゴイル』。そしてそれらが作る『秘密の通路』。さらに俺たちが利用し、補修、点検も兼ねる活動をする。それにより鋼鉄派の領域にも毒喰派の力が流れ込んだはずだ。少しずつ、そして、鋼鉄派が受け入れることができるように『濾過』されて。


 鋼鉄派は鬼卿に対抗するために、お前の様な越境捜査官を送り込む。機械の体で街を歩けば何らかの『波紋』が広がる。毒喰派にもその影響は及ぶ。


 お前たちは毒喰派に密偵を放ち、密告者の類を多数確保している。それらが活動できるネットワークも存在する。俺達がそれを補助し、時には利用させてもらう。毒喰派には何らかの形で鋼鉄派の力が及ぶ。毒喰派が受け取っても安全なように『濾過』されてな。


 お前たちがお互いを行き来し、時には何かを奪ってくることもある。それによってさらに影響は加速する。


 こんな風に考えることは出来ないか?」



 俺は少し震えていた。どこかでは感じていたことだった。同じことを思っている奴を見つけられなかったから、誰にも言い出せなかった。今、『仲間』に会えたのか?


「お前は、お前たちは……その、これを企んだんじゃないのか?」


「そんなつもりは無かった。俺とルドビコで彼女の助けになりたいと思っただけなんだ。始めは実有の警護のために組織の力を使おうとしたんだが、何故かこうなった。そして、それが俺の自由意思によるものだ、とわかるんだ。ちょっと、伝え方が変だな。とにかく、そういうことなんだよ」


 俺は少し黙って考えた。一つの疑問を投げかける。


「あいつは、織山実有は、狙っていたのか? こうなることを」


「違うと思うな。実有は自らの信念に基づいて襲う人間を選んでいた。その後のことまでは考えていないだろう」


「じゃあ、どうしてこんな……そうだな、あいつは何故鋼鉄派の人間を襲うんだ? もしも選んでいるとすれば、何を基準にしているんだ?」


「実有にもたらされた力と呪いによってだ。ひょっとしたらそれを与えた者すら『何者か』に導かれていたんじゃないか、と思うほどだ。だが、全ては実有の努力の賜物だ。それは間違いない」


「何だ? 力と呪いって?」


「物質として現れた『ヴィトリオル』。その力への憎悪と理解。そしてその上で彼女に生じた治療法だ。


 自らに現れた力を、彼女はV2と名付けた。昔の何かに例えた隠語だろう。本来の名は、


The Voices for RE; Vendetta


 実有は、その力により『ヴィトリオル』を強化、拡散させる恐れのある人間を選別しているんだ」

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