第三話 『トラウマ、悪夢』

 小さな島国を除き、世界は大まかに四つの大陸で形成されている。

 東西南北それぞれに別れた大陸の内、東に位置する大陸、それが『ミディレアント大陸』である。

 他の大陸よりも遥かに多くの人種国家が存在するミディレア大陸、その中心から広がる人種最大の国家『アルヴェリア』。それを中心として蜘蛛の巣状に人種の街が、覇権が形成されている。

 その中で南東に位置する街の中の一つが『ケイレス』である。

 歴史は約一五〇年とまだ浅く、また特に特産品も無い国である。

 だが、特産品が無いことはその街に特徴が無いということではない。どのような街でも街に成った過程で生まれた独自の文化はあるはずで、この街のにとってそれは技術だった。

 研磨、それがこの街の特徴である。

 ただ磨いて削るだけ、だがそれが与える恩恵は少なくない。

 武器に与えれば増した鋭さにより高い殺傷力を得、金属製の日用品に与えれば新品同様の輝きを取り戻させる。

 地味、故に万能。

 この街が一五〇年もの歴史を築いてこれた理由であった。


 「と、道具屋に売ってた歴史書を服ついでに買って読んでみたが印象は変わらないな」


 地味、凶夜のケイレスに抱いた印象だ。

 まさか歴史書公認とは、地味なことはケイレスの街にとって誉れなのだろうか。

 そんな疑問を凶夜が覚えたのも当然のことだった。

 現在は服を購入し宿屋で部屋を借り、それぞれやりたいことをしているところだ。

 汚れていたエイラは早速風呂へ、凶夜は暇潰しに歴史書を読みに。

 風呂付きの宿は高いが、こればっかりは譲れない。凶夜にとって風呂とは至福の一時なのだ。

 けれど、勇者として稼いだ資金も長い逃亡生活で底を付きかけているのも事実。歴史書を買ったのも素性を誤魔化し商売を始め今後の資金を得る為、この国の特産品等を知る為だったのだから。

 だがそれも、徒労に終わるようだ。食材ならまだしも、研磨という技術が特産なのだから、その技術が無い凶夜にはお手上げだった。

 金を稼ぐ為だけならば単純に食材などを売り捌いてもいいだろうが、この街に長居するつもりは毛頭無い。

 特産品などで手早く稼げない以上は大した利益が得られないであろう普通の商売には下手に手を出さないほうがいいのだ。


 「ん~! そろそろ上がるか?」


 歴史書を読み凝った肩をほぐす凶夜。そろそろエイラが風呂を終えるくらいか? と思ったところでシャワーの音が止みしばらくして風呂への扉からエイラが出てきた。


 「ふぅ~。久しぶりにさっぱりしたわ」

 「おお、綺麗になったじゃないか」


 風呂から汚れを落として上がったエイラは見違えるような変化を遂げていた。

 腰まである長い銀髪は部屋の明かりを受けてキラキラと輝きを返し、

 薄汚れていた肌は今や透き通るような白さだ。

 勿論、エイラはタオルを巻いているので手足の肌しか見れないが、それでも美少女に絶世が付くくらいには変わったことは確かであった。


 「……誉められるのは良いけど、あんまじろじろ見ないでよ」

 「ああ、悪い。あんまり綺麗だったからつい、な」

 「ッ〜~! 素面でそんなこと言うなっ! もう! 凶夜もさっさと入って来なさいよ!」

 「はいはい」


 ただ本心を口にしただけなのに、何故怒られるのだろう?

 そんな疑問を考えながら風呂へと向かった凶夜だった。



 「しかし、やっぱ何時入ってもこの世界の風呂は凄いよな~」


 久しぶりの風呂を満喫しながら感慨深く凶夜は呟いた。

 三年間、凶夜が勇者として働いてきた中でも印象が深いのが風呂である。

 元々極東の島国生まれでそれなりに裕福な家庭で育った凶夜は、この世界では一部の上流階級しか入らない風呂もよく入っていた。

 技術力も、豊かさも、この世界とは比べ物にならない。けれど、それでもこの世界の方が優れていたことがある。

 それは風呂だ。

 湯には微かな良い香りがあり、リラックス効果を生み出し、浸かると体の芯から温まる。

 初めて入った時など、その気持ちよさに、まるで疲労が溶けていくのを錯覚した程だった。

 それ以来、風呂は彼にとって特別な場所なのだ。


 「魔法が使えるってことの他は俺の世界の下位互換なのに、何で風呂だけはこんな差があるんだろうな?」


 今度暇があれば調べてみよう。

 そんなことを考えながら風呂を楽しんだ凶夜であった。



 「気持ち良かった~」

 「それは良かったわ、ね……ってどんな格好で来てるのよ!?」


 部屋に戻った凶夜に真っ先に浴びせられたのは顔を赤くしたエイラの怒声だった。

 怒声を浴びせられる凶夜の格好とは? 別に全裸とかでは無いので安心して欲しい。彼もそこまでエチケットが無い人間ではない。

 彼の格好、それは腰に巻き付けた短めのタオル一枚。

 ……すまない。彼はエチケットが無い人間のようだ。

 タオルはかなり危ない、ギリギリの短さで部屋にエイラという女性が一緒の状況でする格好としては些か疑問のある格好だ。


 「だが、男用のタオルってこれだけしか無いぞ?」


 エチケットが無かったのは、どうやらこの宿の主だったようである。

 同伴者が、それも女性ならば気を使いそうなものだが。

 エイラが宿の主に文句を言いに行こうとした時、何故か気を使わなかった理由が凶夜の口から明かされた。


 「そういえば宿を借りる時に変な仕草をされて取り敢えず頷いといたんだが、エイラ、これってどういう意味か分かるか?」

 「えぇ? 何の話でぶふぅ!?」


 エイラは凶夜の方へ振り向き、吹き出した。

 いや、正確には凶夜がを見て吹き出した。

 そう、それは所謂いわゆる『君達イタす関係?』と聞く仕草であり、

 または単純なを表す仕草であった。


 「くっ……!! 最悪の誤解をされてしまった───ッ!!!」

 「おい、大丈夫か?」


 床に突っ伏ししくしくと泣き出し始めたエイラを心配して己の格好も忘れて近づこうとする凶夜。

 だが、エイラがそれを許すはずもなく。


 「私を心配する暇があるのなら、まず服着てよーーーっ!!」

 「はい、わかりました」


 エイラからは鋭い叱責が飛んだ。

 その威圧は、思わず凶夜が敬語になってしまうくらい心に迫っていた。



 「その、悪かったな。誤解を招いて」

 「別に、もう気にしてないわよ。起きたことをうだうだしていても仕方無いしね」


 凶夜は泣き止んだエイラから仕草の意味を教えて貰うと土下座する勢いで謝った。

 というのも聖女という立場から”そういう”体験経験は一切なかったエイラに対して勘違いされてしまったことは非常に不本意なことだと凶夜が思ったからだ。

 珍しい凶夜の本気の謝罪に、エイラは少し動揺した後許してあげた。

 「別に勘違いされただけで実際は何も無いんだから、うじうじしてるのも莫迦らしいわ」

 とはエイラの言である。


 「申し訳ないと思うんなら次から気をつけてくれればいいわ。今は過ぎたことより後のこと、でしょ?」

 「……そうだな。ありがとう、エイラ」

 「うん。うじうじしてるのは凶夜らしくないし、その方が良いわよ。じゃあもう明日に備えて寝ましょ?」

 「ああ、そうだな。それで、ベッドなんだが……」

 「「………」」


 部屋にはベッドは一つしかなかった。

 これは意図的に凶夜が仕組んだ訳ではなく、風呂付きの部屋がこの部屋しか空いてなかったのだ。

 このことは既にエイラにも話してあるが、それは誤解が発覚する前のこと。

 宿の主人にあらぬ誤解をされてしまった今では、何というか、気恥ずかしい雰囲気が二人を支配していた。

 当然、部屋に満ちる沈黙。


 「い、嫌だよな。俺は床で寝る、エイラはベッドで──―」

 「大丈夫、もう許したんだもの。初めの予定通り一緒に寝ましょ?」

 「その、大丈夫、なのか?」

 「別に平気よ。それにこれから長い間共に行くんだから今の内に馴れないと、でしょ?」

 「それはそうだが……」

 「もう! 凶夜まで恥ずかしがってたら私まで恥ずかしいじゃない! 何時も通りで良いのよ」

 「………善処するよ」


 エイラは言いたいことが済むとさっさとベッドに入って壁側に横になり寝る体制に入った。

 隣には人一人分のスペースが空いており、そこが凶夜の為に開けてあるスペースであることは明らか。

 凶夜はそっとベッドの中へと入り、エイラとは反対の方向を向いて目を閉じ、緊張していた心臓の鼓動も疲れのせいかすぐに寝息に変わっていった。

 安らかに寝息をたてる凶夜の隣には、未だ寝れずにいるエイラがいた。


 「…………」


 目を瞑り、寝ようとするが、眠れない。

 眠りとは、意識すればする程に困難になっていく、そういうものだ。

 だからこそ、エイラの目は冴えていく一方だった。


 「んぅ」

 「──っ!」


 ビクッ!


 凶夜の寝返りにエイラは体を硬直させた。

 首筋に、凶夜の吐息が当たりむず痒い。


 「もう、何なのよ」


 一言言おうと、エイラも凶夜の方へ寝返りをうつ。直後放たれたエイラの注意───だがそれは幸いながら音として凶夜に伝わることは無かった。


 「…………」


 寝返りをうち、眼前には凶夜の寝顔。今日初めて出会った、男の顔。

 普段のエイラからすれば男性経験皆無の彼女は緊張で固まり心臓が早鐘の如く騒音を響かせるのだが、今は何故だか不思議と落ち着いていた。

 一日という短いその付き合い。だからこそ鮮明に思い出せる。

 何時も必死で、厳しい表情を崩さない相棒の顔を。

 それが今は安らかに寝息をたてて、薄い笑みすら浮かべていた。

 それを見て、彼女も安心したのだ。初めて安心出来たのだ。

 今日一日、初めての安堵を。

 だが人とは、安心した時こそ隠れていた、否、隠しきれていた感情が発露するもの。

 彼女、エイラの場合、それは『寂しさ』だった。長い長い逃亡生活の末の発露である。それはもう、凄まじいまでに強い感情だった。

 だが、彼女は寂しさを寂しいと正しく認識出来ない。

 教会で監禁されていた時間が多すぎで、自身の心を守るために自己防衛として『寂しさ』という感情を封印した彼女には、それがどういう感情なのかが分からない。

 けれども、認識出来なくてもそれは確かにそこにある。

 寂しいという感情は、確かにある。

 エイラは今、それを寒いと認識し体に感じていた。

 体は暖かい厚手の布で覆われているのに、胸の奥が凍えそうなくらいにとても、とても冷たく凍えている。

 けれど、その寒さも隣に寝ている人を見ていると微かに鳴りを潜める。

 確かな温もりが、近くに感じられる人の温もりが、その存在が、エイラの心を暖かくする。

 それは『寂しさ』という吹雪に凍える彼女にとって優しく包むような暖かいぬくもりであり────


 「………んっ」


 気がつくと、エイラは凶夜の頭を抱いていた。

 もっと、この安堵を、ぬくもりを深く味わいたかったから。

 長らく人と接してこなかった孤独を、寂しさを、暖かい感触で塗り替えたかったから。


 緊張し、早鐘のように鳴っていた心臓の喧騒は何時の間にか消えていて、代わりに部屋を満たすのは───一時の安らぎに身を任せる二つの呼吸音のみだった。




 「ん?」


 早朝、まだ日も満足に出ていない時間にベッドの上で彼は目を覚ます。

 凶夜の朝は早い。

 逃亡生活は寝込みを襲われることが少なく無いので、彼の眠りは浅いのだ。

 だからこそ、しっかりと寝れた翌日の目覚めは格別だ。

 目を開け、日の光を浴びながら、全身をほぐし、一日の逃亡に備える。

 それが風呂の他にある、彼の数少ない至福の瞬間であった。

 ───だからこそ、現在凶夜は混乱していた。

 目を開けても何時ものように網膜を焼く日の光は見えず、頭には何か柔らかいものが覆い被さり若干の息苦しささえ覚える。

 そんな何時もと違う朝に、凶夜は戸惑っていた。


 『命がある、ということは敵襲ではない。体の下にある感触は間違いなくベッド、ということは移動もしていない』


 息苦しさと警戒から口には出さず思考で現在の状況を整理しはじめる凶夜。

 ことイレギュラーな事態に耐性がある冷静な頭脳を持つ彼は、すぐにある事実に辿り着く。


 『手も足も何かに固定されている。この柔らかく細い感触は、足? ならばこの足は………エ、エイラのか?』


 そう、凶夜の推測通りまとわりついているのはエイラの体。

 一晩開けた後のエイラの体勢は上半身だけでなく下半身をも使って、さながら凶夜を抱き枕のようにして挟み混んでいたのだった。

 寝相で寝込みを襲うなど、どれだけエイラが無意識下であっても人肌に飢えていたのかが一目瞭然な光景である。


 『じ、じゃあこの頭の上にあるのは、この柔らかい物体はエイラの………胸か?』


 其処まで考えが到達するに至り、凶夜は硬直する。

 そして唐突に話は変わるが、元勇者である凶夜は滅茶苦茶モテた。何故なら救世主なのだから。

 現代で例えるならばハリウッドスターのようなものだ。

 だが、そんなことに現を抜かす暇を持たずただひたすらに血塗れの戦闘に明け暮れた凶夜にとって女性とは苦手なものだった。

 苦手、というより接し方が分からないといった方が適切か。

 ともかく勇者という立場上幾らでも慣れた機会があった筈なのに、それをしなかった凶夜は女性経験に疎かった。

 というか皆無であった。

 そんな彼に、現在の状況はまさに窮地。

 どんな強者であろうと、否、強者であるからこそ初めての敵は撤退を選ぶ。

 何故なら相手の手の内が分からないからだ。

 強者とは強いからこそ生き残るのではない。生き残る者こそ強者たりえるのだ。

 そんな格言に従い、凶夜は撤退を選択した。

 本人は元勇者という立場からの判断であり、次は勝つ為の布石だ。と言い張るかも知れないが、その所業はチキン、それそのものであった。


 『…………』


 そっと、腕から頭を抜こうと動かす。

 それと同時に腕を足の拘束から抜こうと動かす。

 そして、もう少しで抜けるというところでそれは起こった。


 「いやっ、行かない、でぇ」

 「────ッ!!」


 逃げようとする凶夜を捕まえるように、更に体を密着させエイラは拘束を強めた。

 全身、色々と危ない部分も密着している状況に凶夜は声にならない悲鳴をあげた。

 だが、ここで暴れればエイラが起き現在の状況に気づく。そうなったら彼女は羞恥心から何をしでかすか分かったものではない。

 それが分かっているからこそ、凶夜は下手に動くことが出来ない。抵抗する気はあっても行動には移せないのだ。

 そもそも、何故エイラは俺は抱いているのだろう? と凶夜が疑問に思った時、それは耳に入ってきた。


 「………いやぁ……」

 『ん?』


 頭の上、つまりエイラから声が漏れていることに凶夜は気づく。

 寝言、だがそこに自分が抱きつかれている理由があるかも知れないと凶夜は耳を澄ませた。

 寝ている間の妙な寝相は、十中八九夢が原因なのだから。


 「みんな、燃えないで、消えていかないで。私を……一人ぼっちにしないでよぉ」

 「…………」

 「いや、嫌だよ。暗い、怖いよ。みんな私を置いてかないでよ。っぐず。助けて、誰でもいいから……助げでよ」


 抱きついていた人肌のぬくもりが離れていくという結果から過去のトラウマが甦り、悪夢へと形を変えエイラは苦しめられていた。

 エイラの悲痛に彩られた悲しみの声。

 嗚咽混じりの、悲しい悪夢。

 その声を聞いたとき、凶夜は拘束された腕を無理矢理に抜き、


 「あぁ!」


 エイラからより一層悲しみの色が濃くなるが、それを安心させるように凶夜の両腕がエイラの頭を優しく包んだ。


 「あ……」

 「大丈夫、大丈夫だ。俺はここに居る。ずっと側に居る。エイラを置いていったりしないから、だから今は安心して……」

 「ふぇ、ぇ………すぅ……すぅ……」


 まるで聖母のように優しい口調で、凶夜は目の前の女の子を安心させる為だけに頭を撫で、言葉を紡むいだ。

 孤独、悲しみの悪夢にうなされていたエイラも、より深くぬくもりを感じたのか、凶夜の優しさが伝わったのか、すぐに安らかな寝息をたてて眠りに戻った。

 悪夢にうなされていてエイラが休めなかった分、しばらくこのままでいてあげることに凶夜はしたのだった。


 絶望し、悲痛な少女の鳴き声は止み。

 代わりに部屋を満たしていたのは────少女を安心させる髪をく音と、その少女が幸せそうな顔をしながら奏でる寝息のみだった。



 数時間後、時刻は昼過ぎ。


 「なんか、ごめんなさい」

 「気にするな。誰にだってトラウマの一つや二つある。それを受け入れて乗り越えるのに協力するのも立派な仲間の務めの一つだ。それにだ、エイラ。こういう時は謝るんじゃないだろ?」

 「……あ、ありがとね。お陰でぐっすり寝れたわ」

 「どういたしまして。こっちもお陰様で良い筋肉トレーニングになった」


 何時間も同じ体勢で髪を梳き続けるというのは存外疲れるものであった。

 片方の腕に至ってはエイラの頭が乗っかっていて血流が悪かったことによって未だにピクピクしている状態だった。

 そんな状態になっても、ひたすらに自分の為に髪を梳き続けてくれた凶夜に対してエイラは、気恥ずかしさと信頼を同時に思うようになっていた。


 「それで、これからどうするのよ? 原因の私がいうのも何だけど、結構時間食っちゃったわよ」

 「そこに関しては問題ない。最新、とは言いづらいがそれでも幾つかの情報は持っている。例えば───長以外の奴隷にされた吸血鬼の奴隷先、とかな」

 「成る程、長を解放しただけじゃその下の吸血鬼達は別の場所に移されちゃうものね」

 「ああ。元々吸血鬼という種族は魔族の中でも突出して能力が高い種族、おいそれと人族が従えられるようなもんじゃない。じゃあ人族はどうやって吸血鬼を従えていると思う?」


 凶夜はエイラに自らが考える疑問を言った。

 それもある程度は凶夜本人の中で解決しているのだが、元教会関係者であるエイラの意見も聞きたかったのだ。

 聞かれた方のエイラといえば、しばし考え込んだ後、


 「普通なら奴隷用の首輪なり隸属刻印なんかを使ったりするのが一般的、だけど凶夜のいう通り吸血鬼というのが強力な存在だったとしたら少し特殊な方法をとっているかも知れないわね」


 と神妙な顔でエイラは答えた。

 解答の中にある『隸属刻印』とは、奴隷となる対象の身体にタトゥーのように隷属魔法の魔法式を直接刻み込む方法のことだ。

 首輪という物を媒介した外部からの干渉よりも身体に直接刻んだ方が細かな罰則を刻み込める、より効果が大きい等の違いがあり、こちらは主に凶暴な魔物、魔族、犯罪者等に使用される。

 首輪はその名の通り首輪に隸属の魔法式を刻み込んだものだ。

 刻印と比べ優るところは費用が安いことくらいだろうか、それ以外の性能は完全に刻印の下位互換である。

 ともかく、それを聞いた凶夜にも少し不安の表情がよぎった。


 「特殊な方法か………エイラは教会関係の魔法で心当たりは無いか?」

 「無いわ。そもそも聖女が他人を隸属させる魔法なんか使えちゃったら色々と不味いでしょ」

 「それもそうか。まあ、特殊な方法を使っていたとしても取り敢えずは一度確認してみないことには対策もたてられない。そうそう別の隸属方法を取ったりはしないだろうからな、確認は最初の一回、二回で十分だろ」

 「そうね。で、肝心の吸血鬼達は何処の奴隷になってるの?」

 「それは───」


 凶夜は宿に備え付けの机に服と一緒に買っておいたケイレスの地図を広げた。

 事前にメモをしていたのか、地図には二十ヵ所の赤い丸が描かれていた。


 「街の西部のこの辺り、ここが俺達の現在地だ」


 凶夜によって地図に新たに黒い点が書き込まれる。


 「書き込まれている赤い点が吸血鬼が使役させられている貴族の家、南部に集中してるのはそこが貴族街だからだな」


 地図に書かれた二十ヵ所の内の十九ヵ所赤い点、それは凶夜の言った通りケイレスの南部に集中していた。

 赤い点の中でも二重丸で記された点はラカの北部の端に描かれていたが。


 「この点も囚われてる吸血鬼なの?」


 エイラも一つだけ離れている点を疑問に思ったのか、そう凶夜に尋ねた。


 「ああ。といっても救出度は他の吸血鬼とは段違いだがな」

 「じゃあここが?」

 「吸血鬼族の長にして前文明から生き続ける唯一の真祖、『クローフィ・サングェスト・シャルロッテ』が囚われてる監獄だ」

 「くろーふ、さんぐぇ、………え?」


 明瞭としない口調で囚われの真祖らしき名前を口にするエイラ。

 長過ぎて覚えられなかったようだ。

 因みに凶夜は聞いて一発で覚えられたのだが、それは単なるスペックの違いはであろう。

 個人差とは、時に残酷である。


 「クローフィ・サングェスト・シャルロッテ、だ。本人の前で名前間違えるとキレるからな。ちゃんと覚えておけよ」

 「わ、わかったわ。それで、一番重要かつ最後に乗り込む場所は分かったけど、最初は何処に乗り込むのよ」

 「特に決まってないな。取り敢えず近くからでいいだろ」

 「意外とアバウトなのね……。じゃあ、ここね」


 エイラは地図に示された南部に集中している赤い点の内、一番西側に位置する点を指差した。


 「因みに貴族街は街の防壁と同じような壁に覆われている。壊すと登るの、エイラはどっちがいい?」

 「どうせ何言っても登るんでしょ? その方が手っ取り早いから」

 「その通り、この短時間で俺のことよく分かってるじゃないか」

 「そりゃ、壁から向こうの地面に蹴り上げられて地面に突き刺されば流石に、ね……」


 地面に刺さったことについてエイラも色々感じることがあったようである。

 まあ、一般的な女子ならば地面に突き刺さった時点で色々と手遅れなのだが。


 「こ、今度は自分で登るから蹴らないでよ!?」

 「わかったわかった。じゃ、時間も惜しい、早速向かうぞ」

 「ええ!」


 部屋に置かれた最低限の手荷物を持ち、二人は窓から薄暗い裏路地へ身を翻した。

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