12/24/10:00――鷺城鷺花・古い付き合い

 七番目の大陸を一通り回った、とは口にできないが、それなりに雷と親しくなったくらいには馴染んだガーネットとオブシディアンの二人は、良い頃合いだろうと思い、迷いの森へと向けて移動している最中であった。

 お互いに一緒にいるのは、どちらもが違う理由を持っているものの、いずれにせよ長い付き合いであればこそ、お互いの行動をある程度はわかっている、というのが強い。つまり相手の嫌がることや、好むことを知っているのだ。要点さえ押さえておけば、よほどのトラブルでも起こさない限り、楽しんでやっていける。

 ――のだが。

 まあ面倒なのに捕まることも、あるわけで。

「って、おいシディ、てめえ、なんだその顔は。うわー面倒そうな人きたーってツラだろ」

「うわー面倒そうな人きたー」

「改めて言うな」

「お久しぶりです」

「おう、あかつきでいいぜ。そっちのが慣れてるだろ」

 そう、袴装束の男は、白髪を搔きながら、気楽に言った。

「ま、対外的にはレーグネンだ。名乗ってもせいぜい、雨天止まり。こういう時くらいはそっちの名で呼んで欲しいもんだぜ」

「慣れてるのは雨の人って呼び方なんだけど?」

「好きにしろッての。つーか、なんでシディはそう、俺に対して当たりが強いンだ?」

「忘れたの⁉」

「いや」

 覚えている。

「ンでもありゃァ、お前が武術ッてのをこの目で見てェと、そうこの俺に申し出たンだろうが。だから俺ァ見せてやったろ? 一通り」

「私に向けてね! はいはいそーです私が望みましたけども! けれども!」

 文字通り、一通り見せた。槍やら薙刀やら小太刀やら、扇やら針やら何もかも、一切合切、そして面白半分で追い込みながら、見せてやったのだ。苦手意識を植え付けるには十分なほどに。もう随分と昔の話だ。根に持つのは男の特権ではないらしい。

 そのまま歩いて迷いの森に近づけば、既に彼女が――鷺城鷺花さぎしろさぎかが、待っていた。

「あ、鷺花! やっほー!」

「はいはい」

 抱き着いたシディを受け止め、ガーネを片手で呼び、右腕を回すようにして頭をなでる。いつもの挨拶を、彼は苦笑しながら見ていた。

「んー、で? なんで父さんまでいるの」

「そりゃエレアに言えよ、そういうことだろ」

「まあそうなんだろうけど……」

「――、船頭様が、縁を結んだのですか、鷺花様」

「そういうこと。案の定、そっちも逢ったみたいね」

「運んで貰ったんだー。でも、ガー姉ちゃんはずっと小太刀作ってたから、海を楽しめなかったみたいだし、また今度って」

「へえ……あの量産品じゃすぐ壊れるとは思ってたが、なんだガーネ、作ったのか」

「はい。二日で作り、一日調整をいただきました」

「銘は」

「いえ……ありませんが」

「おい鷺花」

「ん。ガーネ、屋号っていうと変かもしれないけど、そろそろ銘を打ちなさい。どうせ手は抜いてないんでしょうし、だったら必ずそれは残るから。もう良い頃合いよ」

「――、はい、ありがとうございます」

「さて、行こうか。どうする? 私が案内するけど?」

「その方が楽だし、俺がやりゃ森を伐採だ。怒られる」

「疲れるから後にした方がいいのかなあ……鷺花に任せた」

「よろし。じゃあ行きましょうか」

 ひょいひょいと、軽い足取りで森に入る。最後尾に位置する彼などは、のんびりと空を見上げるくらいの余裕があった。

「うっわ、嫌な術式の配置! なにこれ、小夜さよがやってんの?」

「そうよ。嫌というより、結構雑味が多くって、パターンがないだけ評価はするけれど、これを抜けるのはそう苦労しないわよ。セツが直接干渉したところで、逆にパターン化する部分が見えてくるから、対応できるし」

「おー、それもそっか」

「暁様は、どう対応なさるのですか?」

「俺か? どっちかッて言えば、俺は仕組みや何かを無視して道を〝作る〟かたちだなァ」

「乱暴だなあ」

「あいつ次第ッてところはあるが、この程度なら現実世界に影響は与えねェよ。一足飛びに〝踏み込み〟をしちまえばいい。楽な対処だ」

「なるほど、頷ける話です」

「わかるか」

「作り手とはいえ、無自覚ではいられませんでしたので、使い方もそれなりに覚えました。私にとっては台所で包丁を使うのと同じですから」

「はは、その通りだなァ」

 同じ状況であっても、感じるものも違えば、対処も違う。ただし一つだけ共通していることがあるとすれば――彼らは。

 既に飛び越えている。

 超えている。

 いわゆる、化け物の領域に足を踏み入れているのだ。それもそうだろう、それこそ想像できないほどの長い時間を生きているのだから。

 そうして、視界が開けると、ログハウスが目に入り、その庭を見て微笑む侍女姿のアクアマリンがいて。

 大の字に倒れている小柄な少女、刹那小夜せつなさよと。

 まるで寝姿のように、横に倒れて丸くなる花ノ宮紫陽花はなのみやあじさいがいた。

「アクア姉ちゃん!」

「シディ、久しぶりですね。ガーネも元気そうで何よりです。さあこっちへ」

 それは奇しくも鷺花と同じように、アクアは二人を抱いた。愛おしそうに、お互いを感じられるように。そして相変わらず、ガーネはどうすべきなのか迷うような、照れたような顔をしていた。

「……で、私が迎えに出て行った数分の間に、この馬鹿どもは何してたの」

「はい。すぐに殴り合いの喧嘩を始めたのは良かったのですが、数発殴り合ったあと、小夜様はすぐに怪我が回復することを思い出し、自分はそうではないと気づいた紫陽花様が、めそめそと泣き始めたのが現状です」

「いつもの、じゃれ合いね」

「つーか、おい紫陽花、てめェようやく目覚めたかと思えば、何もしてねェだろ」

「……おー、雨の。私、泣いてないかんなー」

「知るか。顔に一発貰ってやがるじゃねェか、避けろよ」

「うっさいばーか」

「完全に八つ当たりだろ……」

「あー、うるせえぞ雨の。おいサギ、面倒だ、やってくれ」

「あんたも完全に放り投げたわね」

 いいけどと、言いながら鷺花がぱんと両手を打ち合わせる。周囲に展開する魔力波動シグナルに魔術陣が具現したところで、ここの場にいる全員は微動だにしない。信用でも信頼でもなく、そこに攻撃性の術式が混ざっていても、きっと似たような態度だったろう。

 いずれにせよ、対応すればいいと、そういう自負があればこその、態度だ。

 小夜の住む小屋の庭に、五つのテーブルと一対の椅子がそれぞれ出現する。それらは創造系列クリエイトの術式だが、続けて並んだ料理の類は転移系ステップだった。

「おゥ」

 そこへ、暁が声をかけて、どこからともなく酒瓶を取り出し、それぞれのテーブルに一本ずつ置いた。空のグラスの準備は既にしてある。

「ウェパード王国の地酒だ、良い水を使ってる」

「んだよ、雨の。準備がいいじゃねーか」

「遅くなっちまったが――ま、祝い酒くらい、必要だろ」

 ようやく、小夜と紫陽花も起き上がり、手近な椅子を引っ張り出して腰を下ろすと、おもむろに酒を開け始めた。さてご一同、などと声をかける必要はない。

「確かに、大陸が落ちてから随分と経過しちまったし、その上、全員が全員、揃ってるわけでもねー……が、まあ、らしいっちゃらしいだろ。飲もうぜ、エルムレス・エリュシオンの旅立ち記念だ。思い出を肴にするほどのもんじゃねーけどな」

「まったく、その通りね。クソ師匠がいなくなってようやく羽が伸ばせるし」

「鷺花様まで……」

「いいんだよアクア、そんくれーでいい。おら座って食え、んで飲め。面倒だから全部、サギに料理作らせたんだけどなー」

「へえ? なんだ鷺花、珍しいじゃねェか」

「父さんには食べさせたくなかっただけで、結構作ってたし。昔はよく、芽衣めいとか呼んでた」

「ほら紫陽花様、起きましょう。ごはんですよ」

「うわーん、ガーネー、顔殴られたー」

「はいはい……」

「おー、そういや朝霧、続いてたな。コウノが来た時にゃ驚いたもんだぜ」

「よく言うわよ、すぐに交渉始めるし、こっちには一方的な通知だけって、どうなのよ」

「え、朝霧って、あれでしょ? 旦那様の三番目のやつ! なに、名前と一緒に引き継いでんの?」

「シディあたりじゃ、まだ逢えねーか」

「なによう。これでも成長したじゃん! そうでしょ小夜!」

「背丈だけは成長してねーなら、オレはなんだっていい」

「酷い!」

「……賑やかなことだなァ」

 野郎一人ということには、大して何も感じないが、賑やかなのは確かだ。

「あ、そういやエレアに聞いたぞ、鷺花。お前、みだりに大祓祝詞なんか詠うなよ」

「あー、ちょっと試しただけだって」

「そのあと、竜族の棲家に行って、荒っぽい竜を相手に大立ち回りでしたよ、暁様」

「ちょっとアクア!」

「お前なあ……だったら、もうちょいエレアに教えとけよ。基礎はできてたが、ありゃ酷いモンだったぜ」

「なんだ雨の、結局てめーが教えてんじゃねーか」

「しょうがねェだろ、当人からの呼び出しに、馬鹿にしてやろうと思ってツラ出せば、印を結んで、見てくれと請われりゃ、見てやるしかねェ。こっちがろくに合わせなくたって、片っ端から無効化できる程度のシロモノだ。半端に踏み込めるモンじゃねェし、あとは教えるしかねェだろ」

「なんだかんで言って、面倒見がいいんだよな、こいつ。そう考えてみりゃ、サギが教えるなんてのはもう随分とねーし、ガーネが前崎を見てやってるくれーか?」

「ええ、定期的に見てはいますが、だからといって一定技量に留めることができるわけではないので、困ったものです」

「程度にばらつきがあるのは仕方ないものよ。――というか、ちょっとセツ、あんたまだここに住んでるの?」

「おー? オレはまだしばらく続けるつもりだけど、文句あんのかよ」

「いいんだけどね……」

「むー、私はまた寝に戻っちゃ駄目かな?」

 そこにいるほぼ全員が、駄目だと言った。というかそもそも、浮遊大陸が落ちた時点で、エルムの命は失われている。口ではなんと言ったのかは知らないが、最初からそのつもりだったろうし、それは全員が認めていた。

 役目を終えたとは、そういうことだ。

 そして――エルムの命を、鷺花が奪って。

 妻のひなたの命を、小夜が奪った。

 それもまた、現実だ。

 彼らにとって自殺は、褒められたものではないから。

 その時点で紫陽花は、起きたのである。起きて、布団から出たくはないと、うだうだしていたのだ。そこを鷺花が起こしに行った――という流れだ。流れよりも裏事情、といったところか。

「あー、エレアだっけか、あの船乗り。たぶん、お前らじゃ気付かねーと思うから伝えとくが、アルとの存在混じりだからな」

「そう」

「それでか、あの妙な混ざり具合は。どの程度だ?」

「髪の毛一本程度の、お遊び――ってところじゃねーかな。それほど多大な影響はねーよ。むしろ、逆によくあそこまで存在が固められたもんだと、感心したもんだぜ」

「ま、オレも閉じこもったあいつに接触はできてねーから、確認はしてねーけどな。おいガーネ」

「はい、なんでしょう小夜様。……あ、紫陽花様、口元にソースが」

「その馬鹿の相手はしなくてもいいだろ。んで? エレアに逢ったんだろ? ってことは、シディに教えることがねーなら、お前の刃物創造が理由ってところだ。作ったのか?」

「はい」

「銘は?」

「いえ……それは、つけませんでした」

「私も言ったわよ」

「んじゃ、オレからも言っとく。そろそろ名付けろよ」

「比較対象が旦那様ですから……」

 そう言って、仕方なさそうにガーネは微笑む。どこか嬉しそうではあった。

「で? てめーら、これからどうするんだ?」

「私は一通り回ったから、とりあえず四番目に戻って、また落ち着くつもり。ノザメエリアも代替わりしてるけど、私を知ってる連中もいるからね」

「まーた隠居かよ、てめーは」

「セツに言われたくはないわよ。確かに多少は退屈だけれど、楽しみもある」

「楽しみ、ねェ」

「そういう父さんはどうすんの。まだまだ長生きするんでしょ」

「まァな。とりあえず、カイドウだっけか、あいつにゃァもう一度、ツラ見せておかなきゃな。どうせなら、一度海に出るのもいい」

「ふうん」

「ガーネとシディは変わらずか?」

「うんそう」

「はい。そのつもりです。気が楽ですし、シディを一人にすると、あとが面倒そうなので」

「えー……」

「文句はトラブルを減らしてから言いなさい。――アクア姉さんはどうなさるおつもりですか?」

「ええ、そろそろ良い頃合いかと。――シン様を捕まえに行きます」

「……同情するぜ、槍使い」

「あら、暁様」

「ああ、いい、いい、下手な忠告をして逃がしはしねェよ」

「そうして下さい。捕まえる楽しみが減りますので」

 逃げた方が捕まえやすいとは、これ如何に。女衆は理解できているようだが。

「……そういえば、うちはこういうの、なかったね?」

「俺と翔花しょうかは、そもそもずっと一緒だったろうが……」

「ああ、それもそっか。父さんも尻に敷かれてたもんね」

「いちいち逆らう気がなかっただけだ」

「んで、そろそろ本題に入るぜ、おい。このクソ面倒な馬鹿女を見るのは、どこのどいつだ――って、おいてめーら、なんでオレを見てんだよ。おい紫陽花! てめーが見るなぶっ殺すぞ!」

「うっさいばーか! ばーか! やれるもんならやってみろ!」

「はいはい、鬱陶しいから席を立たない。私に制圧させない。やるなら、あとでこっそり隠れてやんなさい。わかったか馬鹿ども」

「ちっ……」

「むう」

 面白い立ち位置なのだろうけれど、そこには純然たる事実が敷かれている。

 どれほどの力を発揮しようとも、小夜と紫陽花は決着をつけられない。殺し合ったところで、どちらかが死ぬことはないのだ。それはきっと、暁でも同じだろう。そして、侍女たち三人は、未だそこに届かない。

 けれど、鷺城鷺花だけは、違う。

 彼女はただの魔術師として――確実に、間違いなく、殺すことができる。

 だから、きっと彼女らの関係は、そういうものだ。あるいは、そうであればこそ、安心を生むのだろうし――逆に言えば、鷺花は最後まで生きていなくてはならない。場合によっては、全員が死んだのを確認して――あるいは殺して――終わるまで、ずっと。

「――ま、上の大陸もねーんだ。またこうして、懐かしい話でもしようぜ」

「そうね。良い酒があるのなら……しかしこの酒、美味しいわね」

「二番目は水が美味いからな、酒を飲むならあそこがいい。俺の場合は百眼ひゃくがんが呼ぶから、おちおち飲んでいられねェけどな」

「……父さん、腕は落ちてないの?」

「ミヤコで九割までは確認したが、現状は七割ッてところだなァ。なんだ鷺花、付き合ってくれるのか?」

「馬鹿言わないで。イザミは?」

「リウラクタを担ってるッて部分だけだなァ」

「あー、ありゃ仕方ねーだろ。振り回されて当然だ。何なら、片手にサギを持ってるようなもんだぜ、どーしろと」

「しかも次が、なにしろ〝一透流いっとうりゅう〟だぜ? ははは、笑うしかねェッての。俺以外に誰が教えるッてンだ」

「楽しみができていーじゃねーか」

「俺に頼るような流れになっちまうのは、避けるべきだろうが」

「知ったこっちゃねーよ」

 笑い声が上がる。

 気兼ねなく、ただ、笑う。

 数千年の刻を生き続けた彼らが、ほんの一時の休息を得る。

 エルムレス・エリュシオンという、一人を弔うことを、口実にして。

 だが、当人が生きていたのならば、それでいいと微笑むだろう。そんな口実になるのならば、本望だ――と。


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