02/10/14:00――コウノ・雷神ベル

 七番目の大陸に行くことを決めたのは、コウノ・朝霧の判断だ。というのも、湯浅あかと名乗る人物から頼みを引き受け、それを早急に解決したいと思ったからである。

 ――アイギス。

 その一言がなければ、きっとここまではしなかった。イザミ・楠木の実家でもうしばらく過ごしていただろう。何しろ現役の〝J〟がいて、イザミの母親である当代の楠木もいるのだから、〝朝霧〟としてはいくつか試したいことも、確認したいこともある。

 けれどそれを選択しなかったのは、やはりコウノが朝霧だからだろう。

「うへえ……」

「なんだ」

 しかし、どういうわけか、ミヤコも一緒に来ていた。

「出発も早かったし、雷がずっと鳴ってて振動がおなかにくるし、たまに落雷あるし」

「ついて来いとは一言も言ってねえ」

「あ! そういうこと言うんだ! せっかく逢えて実家まで案内したのに!」

「うるせえ。こっちの移動は俺の術式だったろうが……」

 そうだけどさあ、と言うミヤコは歩きながらも、左手が腰に佩いた刀の柄の上に置かれる。刀を抜かない態度の証明というよりも、ただの癖だ。

「でも、本当に〝雷神トゥール〟ベルがここにいるのかなあ」

「ああ」

 それに関しては、八割がたそうだろうと思っている。ベルは探すのが容易く、見つけるのは難しい。マーデは見つけるのが難しく、探すのは容易いと、継承している朝霧の知識にあった。それはベルが居を構えているということを示唆しているし――三つの街を歩き渡った時点で、情報は得られた。

「それにしてもさ、よくコウノはあの機械とか、使えるよね」

「使ったのは初めてだ。電子戦の知識はあったがな……ここだ、通称を〝迷いの森〟」

 アルケミ工匠街から歩いて一日ほど、そう遠くない距離にこの森はある。入り口はどこにもなく、街道から外れて歩いていると、それなりに広い森が平原にぽつんと存在するのだ。

「イザミ、どう見る」

「うん……なんていうか、すっごく気持ち悪い感じ。なんだろう、相手の領域に呑みこまれた時のような……」

「相変わらず、そういう感覚は鋭いな」

「ふふん」

「褒めてねえよ。で? お前も一緒に来るつもりなんだな?」

「緊張はしてるけど、うん、行く。あたしさ、コウノの目的っていうのも知りたいし」

「俺の目的ねえ……まあいい。どっちにせよ、許可するか否かは向こう次第だ」

「ちょっと待って。コウノはここに、ベルさんがいるってことを確信してるの?」

「している。ほぼ、だけどな。イザミ、ここから内部に向かって、全力で本気の一撃を放て」

「え……? 相手に、たぶんベルさんに、どこまでできるか示せってこと?」

「ああ」

「試験みたいなものか……」

「そういうことだ。――ちゃんと、刀の名を呼べ」

「あ、うん、それはわかってる。っていうか、さっきから主張してるし」

「そうか」

 それならば、たぶん当たりだ。

 深呼吸を一度、三歩ほど前に出たイザミは森を前にして、軽く瞳を瞑る。

「――リウ」

 リウラクタと、その刀の銘を呼べば、刀が自ら呼応する。

 右足を軽く前に出し、腰を落とし、左の親指が刀の鍔を弾く。その時点で既に右手が柄を握っており、不動のまま居合いを完成させた。

 軌跡は横薙ぎ。振り抜き、雷の音すらも切り裂いたかのような無音は二秒、呼吸を再開させたイザミは、一瞬にして浮き上がった汗がぽたぽたと地面に落ちるのを意に介さず、ゆっくりと刀を納めた。

「は、――は、は、やっぱり、まだ、こんくらいかあ」

「おう」

 ぽんと、イザミの肩を叩いて、コウノは言う。

 森に向けて、その声が届いていることに確信を抱いて。

「――俺はこいつに見せる気はねえ」

 直後、イザミの姿が完全に消えた。空間転移ステップの術式であることまで見抜いたコウノは、吐息を一つ落とす。

「話が早くて助かるぜ……」

 次はコウノが至る番だ――が、イザミの居合いで傷一つ残さなかった森に入り、果たしてどこまでいけるだろうか。

 ――境界を一つ、越えなきゃ無理だろうな。

 そんな予感めいた確信が胸中に飛来する。そもそも五神に逢ったら逃げろとまで、さすがに冗談交じりであり、逃げられるなら逃げてみろ、なんて意味合いも含まれているけれど、好んで望むような相手ではない。それを今からやろうとしているのだ、恰好つけてはいられない。

 両手に武骨なナイフが出現する。刻まれた印はExeEmillion、そしてNo.3の文字。それぞれ一本ずつ、順手で握った状態で一歩、足を入れる。

 ――やってらんねえ。

 複雑な術式封じに、考えるのも面倒なほどの罠。術式のオンパレードかと思えば、アナクロなトラップまで仕掛けられているのだから、ため息の一つも落としたくなる。ただ、迷いの森と呼ばれる所以がわかった。

 なにもわからなければ、なにも障害にならず、ただしたどり着けない。けれどたどり着こうと思えば厄介だ。

「――はは」

 笑う。

 諦めではない。挑むために、笑う。

 これこそ、朝霧に伝わる秘伝だ。――いや、秘伝ではないけれど、間違いなく伝わっている。窮地に陥ったのならば、窮地を楽しむために、笑えと。

 術式封じの影響はほとんどないと、上半身を倒しての疾走を始めながら、飛来する投擲専用ナイフに応じる。組み立ての術式そのもは、コウノが持つものだが、先代より三番目を継承した時点で既に、刃物そのものの術式になっている。それを所持している以上、コウノが死なない限り、組み立ては可能だ。

 魔力が渦巻いている領域の内部、一気に一キロ範囲にまでコウノは己の領域を広げた。混合することはない、境界は常に争いを続ける。だから一キロの範囲が元の三メートルに戻るのに二秒、その結果を果たして、良かったと捉えるべきかどうかは悩みどころだ。

 境界を越えた。

 あっさりと、目の前にあったそれを、一歩で踏み越えた感覚。

 三番目の刃物は、術式の魔力を喰う。それは魔力だけでなく、妖魔の存在そのものすら喰ってしまう特性を持っている。けれど、それは文字通りの食事であり、それらは異物としてコウノの体内に取り込まれ、改めて組み立ての術式などで放出しなければ、躰を悪くする一方だ。

 けれど、その悪循環を是正するための、一歩。

 三番目と同化を始める、一歩。

 喰った魔力を溜め込むのではなく、自浄作用を利用して己の魔力にする仕組みを、体内で〝組み立て〟た。そして己の魔力とは即ち、三番目の魔力でもある。

 つまり――喰った魔力をそのまま、三番目のモノにしてしまえばいい。それは単純な強化であり、己の領域に引きずり込むことにも等しい。

 どうしてこの境界が一番最初で、簡単に超えられたかと言えば、先代先先代から続く〝朝霧〟にとって、三番目を継承する限界がここだからだ。ここまで至ってようやく、三番目を継承できる〝準備〟が整うこととなる。そして、大抵の朝霧は継承してすぐに、この境界を越えるのが一般的であり、つまりは最初から見えていたものだから、コウノにとっては一歩で越えられるものだったのだ。

 だが、それだけで到達できるほど、この森は生易しくはない。

 ――情報通りってところか。

 相手はあの〝極赤色宝玉クロゥディア〟を所持している。人の身には余る魔術品、あるいは魔術武装。九人の目玉を一つにした、九人分の特性を得て、九人分の視界を得てしまう代物。本気で対峙するのならば、こちらも九人欲しいところだ。

 そして、それがきた。

 隙間を縫うように、空間を這うように、領域を避けるように、切断の現象そのものが飛来する。

 ――四番目。

 どれだけの被害を被っても、それだけは回避するしかない。今の状態で三番目と打ち合ったところで、負けるとは思っていないし、折れるとも思わないが、何しろそれは、法則すら限定的に切断可能な刃物が作り出したものだ。応じたところで、切断されるのは目に見えているし、三番目を使わずとも、対応の労力を考察した時点で、回避が最善だ。

 深手の傷で回避できるなら、それで充分。ただし、止血のために肉体を組み立てる余裕はなかった。

 血液の感触を覚えながらも、両手で握る三番目の感覚だけはなくならない。握力がどうのではなく、コウノにとって感覚の消失は、そのまま死に直結するからだ。逆に、それさえあれば、自分はまだ生きていられる。

 体感で一時間と、少し。

 開けた場所に出た直後、深呼吸を一つで上がった呼吸を押しとどめながら、両手に持った三番目を紙吹雪にして解体、軽く目を瞑って自己の状態を〝最悪〟に限りなく近いと確認してから目を開けば、いつものように立っているイザミがいた。そこにあるログハウスも、きちんと見える。

「生きてる……?」

「ん、ああ、加減されたからな」

 ぎりぎり生存可能レベルの魔力を残して、全身の傷だけを組み立ててやれば、傷は治る。問題は出血した量と、魔力消費量だけだ。

「血だらけじゃん」

「無傷でたどり着けるとは思ってねえよ。――リウラクタの話は、終わったか?」

「うん。結構時間あったし、あたしもだいぶ回復した」

「どうだかな。――話がある、〝雷神〟ベル」

 ログハウスに向けて問いかければ、中からベランダに、ふらりと小柄な姿が見える。髪の色は赤色、そして毛先が金色。服装は短いスカートにシャツだが、雰囲気や印象は、朝霧に伝えられているものと酷似していた。

 間違いない。

「いや――刹那小夜せつなさよ

「はっ、またてめーは、古い名でオレのことを呼ぶんだな。三番目を持ってるだけじゃねーのか」

「俺のことを知らないのか」

「知らねーよ。ついでに言えば、オレは俗世に疎い。確かにリウラクタはしばらくオレんところで世話してたけどな、そいつの所持が〝楠木〟だってのも、こいつから聞いたのが初めてだ。で? てめーは誰だ」

「俺は〝朝霧〟だ。コウノ・朝霧」

「へえ――そいつは、なんの冗談だ?」

「冗談じゃねえよ」

「だったら、証明できるか?」

「……こっちは初代から、三番目の継承と共に、知識と訓練を受け継いでる。その証明は、ここまで来た森の中でしたと、そう思ってるが?」

「その知識の証明をしろって言ってんだよ」

 たとえばと、ベルは煙草を口に咥えた。雷系列の術式で点火すれば、吐き出した紫煙に香草の匂いを感じる。

「初代がどうやって終わっちまったのか、当代朝霧のてめーにゃ、伝わってんのか?」

「知っている限りでは」

 そもそも、この隠居しているベルは、未だ二代目だ。それこそ、数千年前からずっと生きている――であれば、隠すことではないし、その必要もない。また同時に、イザミへは不要な情報だが、理解できない以上は聞かれても問題がなかった。

「二代目に継承して、しばらく様子を見たあと、約束があると――鷺城鷺花さぎしろさぎかのもとへ行った。そこまでは知っている」

「うひぇ!?」

「なんだイザミ。トイレなら我慢しろ」

「じゃなくって――先生! サギシロ先生のことじゃない、それ!」

「サギは変わらずか……楠木、そこは突っ込むところじゃねーよ。実際はその通りだけどなー、あんまし気にすんな」

「そ、そなの?」

「……そういうことにしとけば、いいんだろ」

 出逢っていた事実を知らなかった以上、コウノの失言だ。これ以上は何も言うまいと、コウノもまた煙草に火を点けた。

「――で、てめーの用事はなんだ。オレにゃ、思い当たることはねーし、そもそも、たとえお前があの馬鹿な朝霧だったとしても、こうしてツラ合わせてやってることが、気まぐれの類だと、わかってんだろ?」

「そうだな……用件は、二つだ」

「森を抜けた対価だ、とりあえず聞いてやるぜ」

「湯浅あかを覚えているか」

「……おー、忘れてねーよ。てめーの口から、その名前を聞くとは思ってなかったけどな」

「先に言っておくが、俺自身は知識としての〝湯浅機関〟しか知らない。だが――少し前に、最期を看取った」

 分解してあったそれを、形見であるツールを、手のひらに出現させ、放り投げる。

「伝言だ。――世話になった、と」

 受け取ったベルはそれを見て苦笑し、ベランダの手すりに置く。

「ご苦労だったな。その伝言はきちんと受け取った。満足していたか?」

「ああ――ようやく〝アイギス〟に逢えると、そう、最期に言っていた」

「あの馬鹿……やっぱりそこかよ」

「俺もそこだ刹那小夜。二つ目、アイギスについて聞きたい」

「何故だ?」

「俺にとって――いや、朝霧……違うか」

 そうではない。

「朝霧である俺にとって、そこに至りたい。初代はアイギスから受け継いだと、ただそれだけを知っている。だが、アイギスという人物については、何も詳細がない。刹那小夜、知っているか?」

 問いに対して、ベルは無言だった。視線も合わさず、煙草を吸いながら、こつこつとツールを指先で軽く叩く。視線は左下へ向けられ、何か思案しているようでもあったが、その時間は短い。

「たとえば、ここでオレがそいつを話せば、てめーら〝朝霧〟には継がれると考えていいんだな?」

「……ああ、そうだ。そうやって俺たち朝霧は、知識を蓄え、補完してきた」

 そうかと、そう言ったベルは何かの術式を作動させ、具現したものに指で触れて操作してから、それを背中側に隠すよう回した。

「イザミ。お前の目的はなんだ」

「え? あたしは、その、リウさんの足跡を追ってて、この刀を担いたくて……だから、抜刀術といえば楠木だって言われること、とか」

「継承は考えてるか?」

「それはぜんぜん」

「これからは考えろ。その刀の所持者がてめーなら、刀を渡せる相手を作れ。てめーが死ぬ時に、もし継承が不可能なら、オレに預けろ」

「え、えっと」

「朝霧。てめーは、イザミを育てろ。今から十年を目安に、少なくともリウラクタを完全に扱えるようにしろ。それができたら、一緒に連れて〝上〟へ行け」

 そこまで言ってようやく、ベルは顔を上げた。

「これらの条件でオレと契約できるなら、限定的ではあるがアイギスに逢わせてやってもいい」

 三十分時間をやると、その言葉と共に白色のテーブルと二つのチェア。それから珈琲が二つに、明らかに酒のつまみじゃないかと思えるような食べ物が、テーブルに並んだ。

「考えて結論を出せ」

 ひらひらと手を振って屋内に消える彼女を、どこかぼうっとしたまま見送ったが、コウノのため息に気付いて振り向けば、先に椅子に座ろうとしていた。

「えーっと……なにこれ」

「へえ、美味い珈琲だな」

「いやそうじゃなくて」

「座れよ」

「なんでそんなに落ち着いてんの……」

 慌てる必要がないだけだと、テーブルにある干し肉のようなものに手を伸ばし、噛む。塩味が利いていてなかなか美味い――が、海が禁忌とされるこのご時世に、これだけの塩を手に入れるのは、なかなか難しいだろうに。そういえば、湯浅あかの手記を見る限り、その塩を作ることで生計を立てていたようだが。

「ただ条件を提示されただけだ。――で? やっぱり断って尻尾巻くって逃げるか」

「やっぱりって、なによう……」

 言いながらイザミも座り、おずおずと珈琲に手を伸ばして飲むが、一口で口を横に開いた。

「にげー……」

「だったら飲むな」

「父さんや弟が好きだったけど、あたしはお茶系かなーやっぱ。飲めなくはないから、飲むけど」

「……正直に言えば、俺はお前を巻き込むつもりはねえ」

「――む。それはなにか、あたしを巻き込むと面倒だとか、手はいらんとか、そういうことかー?」

「俺の事情だと言ってんだよ」

「そうだけど。でも……」

 けれど、だ。

 視線を手元に落とせば、刀がある。母親の親友が創り上げた、一振りの刀だ。

「早いとは思うけど、でも、確かにあたしが所持して、そこで終わりってわけには、いかないよね。いかないというか――あたしが、なんかヤだ」

「そのために、俺に育てられることを、良しとすんのかよ、お前は」

「そういう条件だっけ。うーん、コウノにかあ……どうだろ。感情的にどうかは置いといて、そうだなあ、……手も足も出なかったあたしが、どうこう言えないってところが妙に悔しいね、うん」

「感情を置くなよ」

「だから悔しいって言ったじゃん。そういうコウノはどうなの?」

「なにが」

「だから、育成だってば。そういうこと、できるの?」

「断言はできねえよ。ただ……得物との在り方は、俺と似ている部分がある。十年を目安にと言ったが、まあ、おぼろげだが道筋だけは見える状態だ。もっとも、こいつはイザミ一人でなら、倍かそれ以上は必要なんだろうが……」

「え、なんで?」

「――魔術師の領分だからだ」

 少なくとも、刀の在り方は、そうだ。イザミの生き方は違っても。

「なにも術式がどうって話じゃねえんだよ。共に在るって意味合いに、魔術が絡む。それに加えて、命まで込められた代物ときた――だから、イザミが名を呼んで使えば、体力どころか精神も大幅に消耗する」

「……そっか」

「だからって、すぐにこいつを解消する手段はねえよ」

 それにたぶん、ベルは気を利かせたのだろうと思う。何しろ今のコウノは朝霧として既に完成しており、あとは継承者を発見して育て、三番目を渡すことだけを考えれば、それでいい。というか、おそらく〝それしかない〟ことを見抜かれたのだ。

「上って……浮遊大陸のことだよね?」

「そうだろうな。ちなみに言っておくが、今の俺には向こうに行く手段は、ないからな」

「へ? あ――いや、そっか。そうだよね。というか、それが普通っていうか……なんでもできる、なんて勘違いはしないけど」

「その辺りは俺の誤魔化しも含めだ、勘違いされたって文句は言わねえよ。どうであれ、こいつは契約だ。――途中で反故、はできないと思え」

「それは承知してる。で、あたしはいいよって話」

「本当にわかってんだろうな……」

「コウノの目的のためにって部分で、あたしに負い目がある?」

「多少はな。これは俺の問題だ。それに――あいつは、ただの一言も、俺を逢せるとも、お前を除外するとも言っていない」

「や、そりゃそうかもだけど、口は挟まないよ?」

「そういう問題じゃねえんだよ……イザミ、刹那小夜――ベルをどう見た」

「えっとね……」

 やはり、珈琲を飲んでその苦さに顔をしかめたイザミは、砂糖菓子のようなものに手を伸ばす。

「ちぐはぐ、かな。話してみると普通の人みたいに感じるんだけど、生きてることが不思議な人というか……存在感があるのに、そこにいない? 印象に残りにくいっていうか……」

「おそらくと前置して、あれは金色の従属――最高位の〝吸血種〟の血を持ってる人間だ」

「――」

「なんだ、知ってたのか」

「知って、る……父さんが一時期調べてて、聞いたことがある。治癒力じゃなくて再生力、金髪じゃなくて金色――」

「そういうことだ。上手く混ざってるみたいだがな。そういう〝存在〟があって、取引じゃなくて契約を持ち出した。その重みも、少しは理解してくれ」

「……うーん、でも、やっぱりあたしは、いいよ?」

「ったく……」

「そういうコウノはどうなのさ」

「俺はそのためにここへ来た。余計なことがなけりゃ、最初から頷いてるところだ」

「余計って、あたしのことじゃん」

「余計だろ。邪魔と言わないだけ、ありがたいと思え」

 本当にわかっているのだろうか。

 ここで契約を結べば、二人は最低でも十年間、一緒に過ごさないといけないことに。


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