02/06/09:30――リンドウ・キツネビの同行
通称をアカデミーと呼ぶ魔術国家クインティは、大きく四つの区画に別れていることを、牢から出たリンドウ・リエールは情報を集めて知ることができた。あれからもう一日は経過しているが、実際にはすぐに出ることはできて、仮眠を挟みつつも、いろいろな情報を当たったのだ。一応、マントの返却はされたものの、つけてはいない。二度目は御免だ。
空を見上げるようにすれば、遠くに見えるのが王城である。第一層と呼ばれる王宮エリアは、特に限られた人間しか出入りすることができない。警備もかなりのものらしく、王家の人間、それに連なる者、また宮廷魔術師などが住むエリアだ。
第二層は魔術師エリア。クインティに点在するいくつかのアカデミーを卒業し、要職に就いた者の多くがここで働き、生活をすることになる。出入り自体はアカデミー卒業、ないし所属していれば可能だが、ほとんどが魔術研究所や個人の住居などで、観光には向かない場所だろう。
第三層にあるのが、学生エリア。アカデミーに通う学生たちが集まる場所で、商店なども多く、活気がある。おそらく全体の中で最も人口が多い場所に当たり、平均年齢もそこそこ低い。そして、ここまでのエリアは全て、魔術師以外は立ち入り禁止だ。
そしてリンドウのいるのが第四層、商業エリアである。
魔術師でない者が、わざわざこの国に滞在――はしたとしても、住居を持つことはまずない。けれど、行商人としては話が別であり、外からの出入りが活発なのが最も下層、つまり低い位置にあるここだ。そのため、ほかのエリアから降りて来る者も少なくない。
――この国は魔術師以外に人権はない。
情報屋の一人が、皮肉を交えてそう言っていたが、確かにそうだ。魔術師であることを至上として、それ以外を排斥している。第三層での商売はこの国での進路として、ありきたりではあるが、そこで暮らすにしたって、アカデミーの卒業は必須と呼ばれるくらいで、学校では基礎から派生まで、多くを教えるらしい。
リンドウの感想としては、それはそれで一つの在り方なんだろう、なんてものだ。一定層の弱者を創り上げることは、国家として珍しくなく、むしろ平等である方が珍しいものであることを、四年ほど続けた旅の中できちんと理解できたし、そもそも国の形に良し悪しなどないのだと、そんな結論も出している。
しかし、参ったものだと左の手首に視線を落とせば、そこにはぴったりとブレスレットが装着されていた。
罰だ、なんて看守は端的に言った。
リンドウの場合は初犯であり、旅人であることも証明できたため、二十日間の移動禁止措置。説明された効果は魔力封じで、第四層から出ることを禁じるような仕組みだ。きっちり二十日で外れるので、その際には一応返却してくれ、とは言われている。期待してないが、と付け加えられたけれど。
欠伸を一つ、かみ殺す。朝食は露店で果物を買ったので問題ないが、考えるべきは次なる行動だろう。腰を落ち着けて考えたいところだがと、その前に予定していた場所へ足を向ける。
必ず。
こうした大きな街で探し出し、可能な限り最初の内に顔を出しておくのは、龍の顎を模した看板のある店、オトガイ商店だ。
大陸各地に店舗を持ち、それぞれが繋がりを持つオトガイ商店は、客になることは難しいけれど、一度客になればどこからでも、別の店舗へ照会することが可能だ。そんな利便性よりも、その中立性と、保有している技術こそが信頼の証。となれば、客になれたリンドウとしては、少しでも滞在しようと思った場である以上、必ず挨拶をしておきたい。
それでも、さすがにこの国の内情というか、在り方を知っておくことを優先したのは、オトガイそのものを情報屋として扱いたくはない、というリンドウの態度の証明でもある。客と商人だけれど、立場は対等。どちらかが頼っても問題になる――そういう部分は、徹底した組織だ。
そうして、店に入れば。
やあと、声をかけられた。
いらっしゃいでも、出て行けでもなく――やあと、彼女が。
「また逢ったね」
一日ぶりだと、そんなことを言いながら、笑顔を浮かべていた。
「……うん、そうだね」
行動が読まれていたのかと思考しつつも、頷いてリンドウは後ろ手で扉を閉める。どうやら先客は彼女だけのようだ。
「なによ、嫌だった?」
「うん? いや、そうではなくて、僕の行動はそんなに単純だったかなと、そんなことを思っただけだよ」
などとは言うが、振り返れば単純極まりないのだが。
「じゃ、改めて挨拶だ。私のことはキツネビでいいよ」
「――
「言うねえ、君も」
「っと、失礼。僕はリンドウでいい」
「リンドウ、良い名ね――おっと、話はあとにしよう。時間は取ってほしいね」
「うん……? そうだね、いいけれど」
それが話しだけならば、べつに断る理由はない。そう思って小さく頷くと、奥から男が顔を見せた。無精ひげを隠そうともしない、ラフな服装の男だ。
「――おうリンドウ、きたか」
「マエザキさん? ここに店舗を持っていたなんて知らなかったよ」
「基本的には、あんまりいないけどな。まずは見せろ――と、言いたいところだが、この国の中じゃ気楽に言えないってのが厄介だ」
「まだきたばかりで、牢屋は経験したけれど、ほかは知らないんだ」
「だろうな。つーか、リンドウならその腕輪、外せるだろ」
「ああ……」
そういえばと、キツネビを見れば、ひらひらと振った手首には腕輪がない。魔力封じの効果など、そもそも彼女には意味を持たないからだろうけれど、それほど単純な造りではないのだし、外すことのデメリットも、あるにはある。
けれど、メリットの方が多いと判断したリンドウはため息を落とし、右手で左手首の腕輪に触れて、解除する。魔力封じとはいえ、外に漏れる魔力を封じるだけの効果でしかないのならば、内世界干渉系の術式ならば扱える。それならば構造をすべて把握することも可能であるし、解除も容易い。
相応の知識があれば、だが。
「ゴーグさんなら、店先にも並べないような粗悪品だと言うんだろうね」
外した腕輪をカウンターに置き、椅子を引っ張り出して座る。キツネビは窓側にまで椅子を持って移動しているが、そこまでは面倒だ。
「いつまでいるつもりだ?」
「……? しばらくは、と言うつもりだったけど、珍しいな。マエザキさんの方から、質問を投げられるなんて。それが行動に関することなら、なおさらだ」
「こっちも、それなりに忙しいと理解してくれ。っと、その前に、さっきメイがきて、自由行動だと伝言を残していったぜ」
「そうか、ありがとうマエザキさん。黒猫の気まぐれに付き合わせちゃったね」
「知らない間柄じゃねえだろ」
「――マエザキ、そろそろ本題に入ったらどうだい? 私をこれ以上待たせるようなら、今すぐリンドウを宿屋に連れ込むよ?」
「どうするリンドウ」
「少なくとも今の僕には、逃げ場がないね。困った」
「言葉を横に流した俺が悪かった……」
謝罪されても困る。そんな大した意図もなく、普通に対応したつもりだったのだけれど。
「頼みたいことがある」
「……え、僕に?」
「そうだ」
「それこそ珍しいよ。いや、初めてだよ。商人が客に依頼するだなんて、そんなことがあるの?」
「そう滅多にはねえな。ただ――俺が、いや、オトガイが積極的に動くためには、いくつかの〝条件〟がある。その一つが、俺たち店舗への攻撃だ」
「うん。僕なら、最悪な状況でもやらないね」
「その認識があってくれりゃ、助かるんだけどな」
「話の流れを汲むけど、その場合の行動っていうのは、どこまで?」
「厳密に言えば、どこまででも、だ。まだ深くは説明しねえから、事例として紹介するくらいにしとくが、攻撃対象の処分、対象の所属組織の解体、配属国家の転覆、そこまでの権利が発生する。でだ、リンドウにはその代行を頼みたい」
「ああ、ようやく私も口が挟める。リンドウ、私はもうその頼みを引き受けていてね。もしも君が受けるのなら、二人一緒の行動になるのさ」
「……なるほど」
情報の共有という点では確かにメリットであるし、一人旅の困難さが証明するように、
「うん、その点に関しては前向きかな。その前に、期限はどう区切られる? 個人的なことになるけれど、僕は一つの街に最長で半年と、そう決めているんだけど」
「それまでに片付ければいいし、片付かなくてもお前に責任はねえよ」
「そりゃそうよ。当たり前じゃない。私たちがやらなくたって、マエザキ単独でなら一日で終わる仕事じゃない」
「否定はしねえよ。だが、面倒は面倒だ。今は後進の育成もやってるし、こちとらオトガイの看板の仕事もある。少なくとも連中が、俺を〝大将〟と呼ぶ限り、仕事はなくならねえよ」
「じゃあ、それなりに気楽に構えていて良いってことかな。だったら、いいよ、引き受ける。僕自身、以前からオトガイさんには世話になっているからね」
「そうか……おい狐」
「ええ、私も構わないよ。悪くない流れだ。それで? 私も、ここから続くはずの本題を今まで待っていたんだけれど」
「――対象が誰であるのか、ここでは口にしない」
何か思うところがあるのだろう、カウンターに腰を下ろしたマエザキは煙草に火を点ける。
「お前たちは、上を目指せ。厳密には、王城に出入りできることが条件だ。ひとまずはアカデミーに入ることでも考えてみろ。暗殺で片がつく問題じゃねえ――こいつは、オトガイに敵対した馬鹿を、見せしめにするための仕事だからな。だから、最後の始末はこっちで持つ。お前らは好きに行動して、それとなく手を貸してくれりゃいい」
「難しい依頼だね」
「まったくよ。でもま、引き受けた以上は達成したいものだ」
「おう、そうしてくれ。――じゃ、俺は奥にいる」
帰りの挨拶はいらねえよと言い残し、扉を閉めて奥へ行ってしまった。これから概要を詳しく、と思っていたリンドウにとっては肩透かしだ。それほど重要視していないのか、いや、オトガイに反旗を翻した馬鹿がいることは事実なのだろうし、軽視できる問題ではなさそうだが。
「改めて、よろしく頼むよリンドウ」
「うん、よろしく、キツネビ。こっちは大まかに、街の構造くらいは把握できたけれど、そっちは?」
「似たようなものだよ。とりあえずは第三層に行って様子見をしよう、なんて思っていてね。となると、魔力を持たない私では面倒になる。そこでマエザキを頼ったところ、メイと顔を合わせた――その流れよ」
「僕は、そんなにわかりやすいかな」
「ん? いやいや、そんなことはないよ。あれから、私の行動を示しただけだ。その方が信頼を勝ち取れるんじゃないかな、と思ってさ」
「信頼はともかく、信用ならしてるよ。大丈夫」
「そうなの? はは、それは嬉しいな。放浪の時間が短いのもあるけれど、私はあまり信用されないから。だったらなおさら、君の信用を裏切りたくはない。ということで、お互いのことを少し話しておこうか。次の目的は、お互いにアカデミー入学って感じでいいだろうし」
「……そうだね、うん。入学ラインとか、そういうのを調べるのも、あとかな」
「どちらにせよ、お互いに単独行動が基本になるだろうし、こういう機会も作っておかないとね。――うん。じゃあこうだ、君から見た私は、どんな感じ?」
「第一印象でいい?」
「いいよ」
「〝柳に風〟――というのは、少し誤用になるかもしれないけれど」
似たようなものだと言えば、どういうわけかキツネビは大笑いだった。目端に涙すら浮かべるほどの大爆笑ののち、ひらひらと手を振って視線を逸らす。
「はは、悪い悪い、……そうか。まさか見抜かれているとは思わなくってさ」
「雰囲気もそうだけど、体術もそんな感じだろうと、想定はしてるけど」
ただし、それがどの程度までなのかは、わからない。想定自体は、最悪を前提にしているけれど。
「――だったら、なおさらだ。君が私の知らない、つまり〝無名〟であることに疑問を抱きたくなるね」
「無名?」
「たとえば、五神のように」
「ああ、そういうことか。うん……そうだね。確かに僕は、父親の代を継ぎたいと思っている。そのために教わったこともあるし、そうなりたいと思ってるから」
「――はは。それは、何を継ぐのか、教えて貰ってもいいかな」
「なんだろう。父さんに言わせれば、名前よりも、名に相応しい自分に成りたいと思う生き方、なんて言われたけど……まだ今の僕は、それが誤魔化しかどうかもわからない」
「……信用されているのなら、私から先に話そう」
「いや」
べつに構わないと続けようと思って首を振ったが、先に彼女が制止する。
「興味がない?」
「そんなことはないよ」
「だったら私が先だ。うちは体術専門でね、リンドウが言ったように、柳に風なんてことを体現可能な体術を、その基本を仕込まれる。で、仕込まれた先は自分で高めていけって教育方針なのよ。まだ先代には及ばないのは、リンドウと同じで未熟ってことだけど」
「僕の方は、なんでも父さんの前の代くらいで一度、半ば途切れたみたいで、そういう意図も込められてるみたい」
「名は、あるんだね?」
「あるよ。僕の場合は〝J〟になる」
「私は〝狐〟だ――そうか、ジェイか。聞いたことはないけれど、友人の一人が、似たようなことを言っていたかな。私の在り様は、完成系を度外視すれば、ジェイに似ている……なんてね」
「うん、僕も知らなかった。そっか、似ているんだね」
「そういうこと。でも面白いね。お互いに、大陸間移動が可能で、オトガイと繋がりがあって、そして先代から名を継いでいる。もしかしたら過去に、ずっと昔に、狐とジェイは知りあっていたのかもしれない」
「僕たちみたいに?」
「そう、私たちのように。とはいえ、世界にお互い一人きり。遭遇確率、縁が合うなんてのは、珍しい部類にしか思えないけどね」
「……オトガイさんは」
「ん、そうだね。似ているといえば、ここもそうだ。代代に技術を伝え、組織として成り立っている。けれど、組織だからこそやりやすい部分もあるだろう。情報は溜まる一方で、大変だとは思うけど」
そう考えれば、上手くできているのか。オトガイを中心にして、彼らのような存在は繋がりを持ち、次代に継ぐ時にはお互いに情報を交換する。ただし、オトガイ側は、こちらの先代や先先代などの情報も、蓄積されていくわけだが、その情報を保有しているだろうことは想像がつくけれど、それを開示はしていない。
開示しない理由はと、そこまで考察を伸ばそうとして、リンドウは小さく首を振ってやめておいた。
「これからの話をしようか」
「そうね。しばらくは一緒に行動ってことでいい?」
「うん、僕は構わないよ。あまり人と一緒に行動しないから、迷惑をかけるかもしれない」
「それは私も同じ。気遣いが不要だとは言わないけど、あまり気にし過ぎるのもどうかと思うし、気楽にやろう。トラブルがあったら、お互いに喧嘩をすればいいのさ」
「そうだね、そうしようか。キツネビは学生エリアの情報を?」
「多少はね。リンドウよりも早かったぶん、動けたから。大きくは二つだ。酒井アカデミー、クーンアカデミーの二つ」
「……それは、二つしかない、という感じなのかな」
「小規模のものはあるけれど、アカデミーと題されることはないみたいだ。なんだろう、私の印象としては下請けに近くて、評価自体が低いというか、個人的になるというか……ま、ともかくこの二つの、どちらかに入るのが好ましいだろうね」
「二つの立ち位置は?」
「規模は同じと捉えてもらって構わない。いわゆる教員も、この二つで動いているし、臨時でお互いを行き来することもある――つまり、学業レベルそのものについては、それほどの差がないと私は感じた。だからこそ、学生同士で、定期的に魔術で競うなんて真似をしているんだろうけれど」
「……教育としての、競い合いか。それが優越感や劣等感を作らないものならば、確かに有用だ」
「また厳しいことを言うのね、リンドウは」
「相方の影響かな。一時期、教育学について耳元で延延と語られたことがあって……」
「それ、トラウマじゃない? 洗脳?」
「洗脳だと思う。トラウマにはまだなってないかな。それに僕は、学校なんてものとは無縁だったから、ちょっと楽しみなんだ」
「あ……そういえば、私も集団の中に入るの、初めてかも。ど、どうしよ……」
「悩むことはないと思うよ? 演技をすると疲れるし、面倒だ。そのまま中に入っていけばいい。たとえ孤立しても、問題ない」
「そ、そうね。うん、そうだね。よし、そうしよう」
「そんなに心配することかな?」
「私の基本は受け流すだから、対一ならともかくも、大勢との人付き合いって、難しいんだよ。難しいというより、下手をすれば騙すことになりかねないから。トラブルって、そういうところから発生するだろう?」
「……? トラブルが苦手に見えないけど」
「あ……」
「うん」
「問題なかったみたい」
恥ずかしげに視線を逸らしたキツネビは、指で軽く頬を掻く。
「どっちに入ろうか」
「……そうだね。情報が足りないって懸念もあるけれど、集めても具体的な何かを見つけ出すには時間がかかる。だとすれば、姉さんの流儀だな、これは」
「へえ? リンドウは姉がいるの?」
「うん。今はべつで旅をしてるけど――と」
いつもの癖で脇の下に手を入れるが、マントを羽織っていないことに気付いたリンドウは、一度椅子から降りてしゃがむと、影の中に手を入れてコインを取り出した。
「これで決めよう。表は?」
「じゃ、表なら酒井アカデミーだ」
諒解、と言ってリンドウはコインを弾いた。
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