11/05/10:40――イザミ・リウラクタと共に

 王城に招かれたのは、あれから二日後だった。

 正直に内心を吐露して、限りなく過小評価をしたのならば、ミヤコは万全ではない。呪術を使って自身を強化した上で、二ノ段を使用した後遺症は深く、水に浸かったところで二日で元通りとはいかず、それはしこりのように、躰を動かすたびに違和感として存在してしまっている。

 ――だからといって。

 それでも戦えない、なんてことは決して口にしない。自信の身体状況がどうであれ、必要ならば刀を抜くだろう。その刀を今は持っていないけれど。

 通された場所は謁見の間。中央の絨毯に並ぶよう左右には柱が何本も立っている。正面には玉座、その左右には小さめの椅子が二つ設置されていて、装飾そのものには大した感慨はわかないけれど、左右にそれぞれ三名ずつ、六名の騎士が盾と槍を持ち、直立していた。

 護衛? いや、そういう雰囲気ではない。視線こそ、こちらに向けてはいるが、警戒や好奇心は見受けられなかった。

 ――つまり。

 彼らにとっての目的は、イザミたちではないのだ。

 うん、なんだか面倒そうだから全部コウノに任せよう、そんな決意を抱く。決意というよりも放り投げる。

「……なんだよ」

「ん? 結局は一緒に来るんだなあって」

「あのな……どうであれ、俺にゃ権利がある。お前がそうであるように、俺だって騎士証を受け取らなくちゃならねえ」

「なんかさ、ここまでくると、本当に面倒だと思ってるのかどうか、甚だ疑問なんだけど?」

「俺が作った流れの中で、俺が面倒だと拒絶できたら、そもそも破綻しちまうだろうが」

「そんなもん?」

「そんなもんだ――と」

 足音が聞こえたので、そこで話は途切れた。

 現れたのは大柄な男性と、それに付き添うようなオリナと、イザミの刀を持ったリーレ。護衛の騎士としてはファブ、知らない顔が一人、そしてどういうわけか、オレグがいた。なんだかな、と思うと同時に、そういうことなんだろう、なんて納得も飛来する――が。

 しかし、どういうわけか、コウノは呆れたように吐息を落とし、思い切り舌打ちをした。

「がはは、すまん、待たせたか」

 豪快な笑い。体格も良く、血色も良い男が、この国の王、ゼネク・イウェリア。誰が見てもわかるその相手に、コウノが、続く言葉を封じるように口を開いた。

「――馬鹿か、てめえは」

 しん、と静まり返る。イザミは一瞥をコウノに投げるが、素知らぬ振りをした。

「貴様、不敬だろう!」

 見知らぬ男、つまりはゼネクの王騎士が前へ出るが、構わず。

「このクソッタレが裏で糸を引いてた元凶だとわかってて傍に置いてんのか? 知らねえなら間抜けと言い換えてやる。じゃなきゃやっぱ馬鹿だ」

「な――言うに事欠いて、王の前で!」

 男が剣を抜く。上段、おそらくは牽制の意味合いでの一撃。

 振り下ろしの速度、そこに介入したのはイザミだ。振り下ろされる速度よりも早く、上から下に力をかけるようにして右足で叩く。たったそれだけの動作で男の手からすっぽ抜けた剣は、イザミの足が当たった切っ先を支点として縦に回転し、横から伸びたコウノの手に柄が収まる。

 それを見て、ふらりと動いたイザミは男の横を抜けて、まじまじとリーレを見た。腕を組み、首を傾げ、二度ほど頷く。

「うんうん、リーレのそういう豪華な格好、やっぱ似合ってるなあ」

「え、あ、その、ありがとう、ございます……?」

「……え? どうしてオリナは胸を張ってるわけ?」

「姉さんを褒めたなら次は私じゃろ!?」

「正直見飽きてて、似合ってるけど褒めるところかなあ……」

 などと、緊張を解すために軽く会話をしているが、背後ではコウノが切っ先を喉に突き付けていて。

「まあ待て」

 笑いながら、ゼネクが軽く手を振った。

「急に場を動かすと周囲が混乱するだろう。なに――そんなことは理解していたとも」

 コウノが蹴ると、王直属の騎士は床に転がり、顔を青くしてゼネクを見た。

「あえて泳がせておいたが、娘二人に手を上げたとなれば、さすがの俺も看過はできん」

「はっ、たかだか金貨五万枚で甘言に乗ったクズを相手に、よくこれまで持ったもんだ」

「連れて行け」

 鼻で笑ったコウノは、手にしていた剣を集まってきた六名の騎士の一人に渡す。数分とせぬ内に連れていかれ、ようやく落ち着いた雰囲気が発生した。

「がはは、すまんなイザミ・楠木。うまく使わせてもらったぞ」

「ああうん、いいけどね」

「さて――まずは本題からだ。面倒な外交もどうにか終わってな、お前たち二人には暫定騎士証を与えることとなった。これらは、あくまでも武装所持そのものを目的とした騎士証であり、それ以上の権利は持たん。いわば仮のものと捉えても良いだろう。得物を所持しての行動を認めるが、得物を使っての仕事は認められん。今のところは、だがな」

 立ち上がったゼネクが、オリナから受け取った金属の騎士証――黒色に近いそれを二つ手に取り、こちらに近づいてきて、それぞれに手渡す。続いてリーレが立ち、刀をイザミへと戻した。

「まだ市井には浸透していない、新しい規則だ。その点を鑑みて行動してくれ。それと、この街にいる間は、学校に在籍すること。――建前だな、これは」

「わかってるし、頷いておくよ」

 それでいいと、身を翻した王は、再び玉座へと座り、相好を崩すようにして足を組んだ。

「しかし、随分とやり方が乱暴だな――コウノ」

「久しぶりに逢ってそれかよ、ゼネク。あんたはもうちょっと賢いかと思ってたけどな」

「賢いとも! であればこそ、柔軟な対応で、特例を押し通せた。違うか?」

「違わねえよ……ほんとに変わってねえな、あんたは」

「コウノ、知り合いなんだ?」

「ああ……伯父だよ。先代、俺のおふくろの兄貴だ」

「――なに!?」

「お父様!」

「がはは、内緒にしておったのだがなあ。そうだ、コウノはお前たちの従兄弟だ。確かに頃合いか――お前が〝朝霧〟であることを黙っていた対価、充分な働きとして得た。無理を言ってすまなかったな、コウノ」

「そう思ってんなら、最初から言うなってんだ……ま、こっちとしても大した労力はなかったから、べつにいい」

 対価、繋がり、労力。

「ああ――」

 その言葉で連想されることは、そう多くない。

「――そゆこと。偶然じゃなかったにせよ、リーレの襲撃に際してはそういう意図もあったんだ。で、あたしとの戦闘も上手く利用したってわけ?」

「一手で最大効率を求めるなんてのは、初歩だと言わなかったか?」

「忘れた」

「そうかい」

「親父殿! どういうことじゃ!」

「どうもこうもない。こういう状況に備えて、頼んでおいただけだ。お前たちが騒動に巻き込まれるようなことがあったら、手を貸してやってくれと。もっとも――それだけではなかったようだがな」

「お前に手を貸した覚えはねえよ。邪魔も何度かしてる」

「うむ、俺が裏を洗うよりも前に始末をつけたのが、何度かあったな」

「あとでそれとなく、情報流してやっただろーが……文句を言われる筋合いはねえな。おっと、先に言っておくが、オレグやファブを信頼してなかったわけじゃねえぜ? 伯父をフォローするわけじゃねえが……騎士じゃ対応できねえものも、世の中にゃある」

 そうだねえと、イザミは左手を柄の上に乗せ、その感覚に落ち着きながら言う。

「ファブはオリナの王騎士だし――オレグさんは、王様の騎士だもんねえ」

「え――そうなのですか?」

 振り向くようにしてリーレが視線を向けると、盾と槍を手にしたオレグは、苦笑いだ。

「第三騎士との兼ね合いもあって、公表はしておらん。形式上の立場だけだ――よく気付いたな、イザミ」

「え? いやだって、オレグさんが槍を持ってたから。違和があったのはそういうことかなって。――剣なんて似合わない」

 そう断言すると、小さくファブが噴出した。オレグが睨むとそっぽを向く。同期らしいし、まあ笑いたくもなるか。

「手放すには惜しいが、元より契約はない。コウノが足を進めるのならば、俺が止めるのも筋違いだろう」

「敵に回ったら面倒だからって付け加えろよ」

「がはは、違いない! さすがの俺でも、朝霧に手を出すほど落ちちゃいねえよ。そして、これからは付け加える必要もある。――楠木にも手を出すな、とな」

「過大評価な気もするけどなあ……」

 楠木としての志は持っているが、さすがに胸を張れるだけの実力は有していない。コウノが先代から継いだのが朝霧ならば、今代の楠木はイザミの母親だ。

「――まったく、親父殿の秘密は多すぎて困るのう。わははは」

「許せオリナ。俺にも事情はある。こっちとしては、お前らがコウノに引きずられる可能性すら考慮しなくてはならなかったからな」

「……のう、姉さん」

「ええ、今日は家族会議ね」

「マジか? 今日はこれがあるからって、仕事を片付けるんじゃなかったぜ……」

 仲が良いねえ、なんてイザミが言うと、コウノは詰まらなそうに鼻を鳴らして、煙草に火を点けた。

「さあて」

 椅子に座ったまま、両ひざに肘を乗せるような、やや前のめりの姿勢になったゼネクが、笑う。声を立てず、口元だけ。

「――本題に入ろうか」

 獣の御大が、本性を示す。

 かつてオリナに感じていた獣の気配よりも強く、あっさりと主導権を握られたかのように場を支配されるものの、腰に刀を佩いた今のイザミにとっては、笑って受け流せる。むしろ、手合せしてみたいと意欲的になるくらいだ。

 獣を前に、負傷した身で挑むのは窮地だ。イザミにとって己が刀とは、そういう位置づけである。

「イザミ・楠木。お前の目的はなんだ?」

 本気の目をしている。

 本気の顔だ。

「事の次第によっては――敵になるが?」

 であれば、イザミも本気で当たるしかない。

 ――乱暴なんだよ、姉さんは。

 呆れ顔でそう言う弟は傍におらず、それを自覚しながらも、だからこそ常に一線を引くことで、それを押しとどめてきた。

 できるだけ敵を作らないこと。

 ただそれだけを意識すれば、人は変わることができる。けれどそれが自衛のためではないのならば――たった一言で、切り捨てることも可能だ。

「――じゃ、敵になろうか」

 乱暴な決断、その思考回路を読み取るのに二秒を費やしたコウノは、初めてイザミの内面に触れたかのような感覚に、少しだけ驚きを胸の内に抱く。

「ここんとこ、あたしの手を離れてて、鬱憤も溜まってるでしょ。ね――リウ」

 短い呼びかけに、刀が応えた。

 ひとりでに鍔が押しあがり、刀身を見せる。ほんの少しだけ、それは姿を見せ、――周囲を威圧した。

「――っ!」

 据え置きの椅子に座っていたゼネクだけが、身動きしない。いや、できない。正面からの圧力に押され、椅子との間で潰される。波紋のように刀から広がった威圧は、隣にいたコウノの右手に、ナイフを組み立てさせるほどの強さがあった。

 強さ――というより。

 魔力波動シグナルが王城という〝場〟に広がったような感覚に近い。しかも極端に濃度が高く、指向性を持っていたが故に、衝撃派のように感じるだけだ。

 遅く、イザミの左手が鞘を持つ――といっても、上から軽く押すように、抜きやすい位置へと移動するだけの所作で、右手は下がったまま、柄には向かない。

「騎士証を得ようとしたのは、トラブルを避けるため。何故かって、次にここへ来た時に、面倒がないから。でも――そっちがあたしを敵にするなら、段階を踏む必要はそもそもない。あたしは敵になろう。そうでなくとも、可能性があるなら監視はつくだろうし、そういうことを気にして、もう一度ここへ赴くくらいなら、――敵になって、二度と来ない方をあたしは選ぶ」

 旅人とは。

 ――そういうものだ。

「ああは言ったが……俺とやった時に、最初からそれを使えよ」

 わかる。

 今までの刀は業物だった。けれど名を呼んだ今は、呪刀の類だ。

「え? だって、それでも敵わない――でしょ?」

「そうだとしても、だ」

「うん。使ったら、きっとそれはあたしの結果じゃなく、刀の結果になったから――と、よし」

 ありがとうね、と呟いて、左手を使って刀を納めた。

「本気には本気で応えた。そっちの返事は?」

「…………ああ、いや、すまん」

「謝るんだ?」

「なに――侮っていたのは、俺の方だった」

「そう? あ、ごめんね。ほかの子も巻き込んじゃったけど――今ので、わかったこともある。面倒だから直截するけど、この王城に〝地下〟があるよね? 案内する気はある?」

「待て、まあ待て……ふう、ん、よし。というかコウノ、お前な」

「対価は支払った。俺とお前との間柄は、ただの他人と同じだ。イザミの道を邪魔するほど、俺は馬鹿じゃねえよ。ちなみに? 王家の血筋以外が立ち入りを禁止された地下へ、案内する気がねえなら、俺がするだけだ」

「出入りの結界は壊れたけどねー」

 刀が勝手にやったことだが、責任は誰でもない、イザミにある。

 そして、次の瞬間に構えを取ったのは二人だ。コウノは今度こそ、両手にナイフを組み立てて、煙草を口から捨てる。

 揺らいだ。

 ――地震である。

 この日、確かに数秒だけ、王城は揺れた。

「イザミ」

「あーうん、ここまではさすがに見越してない。探り入れただけ」

「だろうな……行くぞ」

「ん」

「――待て、何をしに行く」

「知りたけりゃ、黙ってついて来い。べつにそこまで制限しやしねえよ。自己責任でな」

 そう、自己責任だ――イザミは構えこそ止めたものの、背中を張りつかせる汗をこれ以上なく感じているし、コウノも先ほどから自分の領域を隠そうともしない。二人はお互いに、自分ができる最上級の警戒を身に宿したまま、足を進めている。

「ぎりぎりだな」

「なにが?」

「前か後ろか、その見極めだ」

「ん――〝目的〟そのものを度外視すれば、とっくに後ろを選んでるよ」

「それでもか」

「うん」

 かつて志を抱いた。刀と言えばイザミ・楠木だと、そう豪語できる己になろうと。

 その道が果てしなく遠いことを自覚しながらも、それはまだ、抱き続けている。なればそれを、人は信念と呼ぶのだろう。

 そして目的ができた。母の親友の名を関した刀を佩いて、世界を回ろうと――いや、刀と共に在るために、信念を貫くために、お互いの在り方を見定めようと、目的を決めた。かつてリウラクタと呼ばれていた女性が歩いた道を、自分なりに辿ってみたいと。

 母親のためだと口にしながらも、もちろんそれも理由の一つだが、それだけではない。

 ――ただ。

 そう、言葉にすれば簡単だ。けれど決して、それは口にできない。けれど自覚してしまったから、弟と別れて一人旅をしようと思った。

 ――ただ、憧れたのだ。

 リウラクタの生き方と、在り方に。


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