04/16/10:50――イザミ・未熟の自覚

 市場の隅にある露天ではテラスが設置されており、飲料を頼むとそこで座って休憩できるようになっていた。イザミとリンドウ、そしてクルリは市場に入る前にそこで少し休むことにし、飲み物を片手に一つのテーブルを囲んでいた。

 疲れていたから、というよりはまだ戦闘の名残を引きずっており、敏感になりすぎているために気を休めたかったのだ。

「ごめんねクルリん、あたしもリンドウもまだ切り替えがうまくいかなくって」

「べつにいいケド、そんなに難しいかな」

「難しいというより、僕たちは基本的に切り替えができないんだよ。戦闘だからって気構えることをしないからだと思うんだけど、なかなかね」

「このままじゃ人ごみに入ると問題起こしそうだし。クルリんも付き合ってくれてありがとねー」

「いいの。私は二人に興味があるから」

「あたしだってクルリんに興味あるよ」

「僕も。――クルリさんはどっちかっていうと、僕たちの中間じゃないのかな? 接近戦闘もやるし、魔術も扱うって感じの」

「うん、まあそうなんだケド」

「見苦しいとこを見せちゃったかな。僕のあれは接近戦闘なんて呼べるものじゃないから」

「私から見ればすごい完成度だったケド」

「まだまだだよ」

「あたしも、まだまだ」

「そうかなあ、施設にいる子たちの中じゃ一番だと思うんだケド」

「へ? そなの?」

「うん。上は十四、下は十一」

「そうなんだ。ごめん、僕はあまりピンとこないんだ。今まで同世代の人たちとこんな機会はなかったからね」

「それに一番って言われても、実感ないよ。だって先生には勝てなかったよ? 本気だったら手も足も出ないだろうし……」

「それ、比べる人が違うと思うんだケド」

「――え? じゃあクルリんは先生を超えたいとか思わない?」

「思えないよ。サギシロ先生なんて雲の上だもん。母さんだってそう言ってるくらいだし」

「うちの母も同じようなことを言ってたけれど」

 それとこれとでは話が別だと思う。親と自分は違うのだし、今の自分が至らないからといって目指して悪いことではない。自分よりも優秀な人間は山ほどいるのは当然で、だからこそ知識と経験を得て並び立ちたい、超えたいと思う原動力こそ必要なのだから。

 ――自分は未熟だ。

 それはきっと、母親の口癖だからこそ身に染みているのだ。それが事実であることを、何度も何度も見せられたから。

「――活気があるね」

「うん。旅人も、街の人も利用してるから」

「店を出している人もこのノザメエリアの人? あ、そーでもなさそ」

「いろいろかな。私も詳しくは知らないケド、行商の人もいるし」

「ほかで商品を仕入れてここで売るって人も、可能性としてはあるね。武器に関しての制限はある?」

「えっと……特にないと思う。危ない使い方するとハンターに捕まるし」

「ギャンブルやってた兄ちゃんたちも、ちゃんとそゆことしてるんだね」

「姉さん、それは失礼だよ。でも警備の役割も果たしているんだ……となると」

「うん、なんかこう、余計にびみょーな均衡に思えてくるね。誰かが統括とかしてるわけじゃないんだ?」

「それは聞いたことないケド……」

「商人同士が横の繋がりを強くしてるのかもしれない」

「――ねえ、ちょっと疑問なんだケドさ、どうしてそんな商売のことなんか気にするの?」

 昨日もずっと気にしていたように思う。確かにこのノザメエリアで過ごしている以上、買い物などには無自覚でいたことを、昨日にリンドウから投げられた質問に答えられなかったことで知ったけれど、クルリには彼らがそこまで執着する理由がわからなかった。

「専門外だと思うし、生活に困ってるようにも見えないんだケド」

「市場には、情報が集まってるから――って、言われたんだ。新しい街に行ったらまず市場に行けって。だからあたしらも、それを実践中ってこと」

「でも、それで何がわかるの?」

「――じゃあそろそろ行こうか。いいよね姉さん」

「うん」

 揃って立ち上がり、カップをカウンターに返しながら通りに出る。三人ともまだ子供で小柄であるため、道の隅を歩くようにした。

「たとえばそこの武器商店だけど、……やっほー兄さん、繁盛してる?」

「おうらっしゃい! ――ってガキか。なんだよ」

「子供だって客になるよ? ちょっと見てもいいかな」

「そりゃ見るぶんにゃ構わんけどな……ほかの客の邪魔すんじゃねえぞ?」

「あははは、ほかに客いないじゃん」

「ぐ……お前さん、そうはっきり言うな。泣きたくなる」

「だいじょぶ、客来たらすぐどくから。――兄さんとこは、販売だけ?」

「おう。そりゃちょっとくれえは修理できるぜ。けどメインは販売だな。修理がしてえなら、通り向かいの奥にある別の店を当たるといいぜ」

「ありがと。食品と違って風が強くても配送には困らないでしょ」

「そうでもねえよ? ホンロンからここまでは道中が長いしな、まあ多少傷ついたって鞘がこすれるくらいなもんだ。むしろ食べモンの底に敷いて重し代わりにされるのがなあ、見てて複雑になるぜ」

「そんくらい許してあげなきゃ。――と、客だ。んじゃね兄さん」

「おう、気を付けてけよー。らっしゃい!」

 なるほどねと、会話を聞いていて頷いたのはリンドウだ。

「どうしたの? 私には当たり前の話にしか聞こえなかったケド」

「そうでもないよ。やっぱり姉さんは会話が得意だな。僕も少し見習わないと」

「とーちゃんに今度、交渉の仕方でも教えてもらうといいよ。あたしはギャンブルでちょっと覚えた程度だし」

「あの……」

「ああ、ごめん。さっきの会話でわかることがあったよ。まずあの商店は外から仕入れて売ってるってこと。品物を見る限り量産品だ、規模がそれなりに大きい工場を持っているとみて間違いないけれど、それはこの街にはないみたいだね。ホンロンから食品も一緒にとなると、ほかの街を中継しているはずだ。つまりこの街には一括とは言わずとも、まとめて商品が入荷する形式をとっているとわかる」

「共同のが安くなるんじゃないの?」

「たぶんね。そうなるとだ、この近辺には工場がないこともわかるし、販売を専門にしてるってことは一般を対象にしている店ってことだよ。だからこの街の近辺には鉱山がない」

「ということは、土木関係の大きな仕事はあんまないのかなあって思うよね」

「うん。それに、あっさりとほかの店を紹介したところから商人同士の繋がりが強いってこともわかる。でも見る限り、同じような店がほかにもあるからね。分野ごとに突出した店が独占してないってこと。良い商売仇としての立ち位置が確立してるってことは、やっぱり暗黙の了解があるのかな」

「店を出すのも自由ってなると、ルールないのかもよ?」

「それも考えたけど……まだ情報が足りない。ただ流通拠点になっているのかって話は、半分だけ頷けるよ――と、クルリさん。そんな感じだけど」

「えっと……すごいね。私はそこまで考えたことなかったケド、うん」

「すごくないよー。ほとんど予想ばっかで、確定できないし」

「そうかな。すごいと思う。よくわかるね」

「わかろうとしてるだけだよ――あ! オトガイさんだ、発見!」

「ちょっと姉さん、あんまりはしゃがないの」

 ひょいひょいと人を避けるのはさすが武術家か、やれやれとため息を落としてリンドウもそれに続く。何がそんなに珍しいのかもクルリにはよくわからなかった。

「――こんにちは!」

「あ? ……帰りな嬢ちゃん」

「うわ門前払いとか! 知ってたけど!」

「……これは、魔術品だ」

「値札ついてないね。ふうん、ねえねえおっちゃん」

「帰れって言っただろう、何も売らんぞ」

「つれないなあ。――リンドウ、わかった?」

「〝蓄積ヘキサ〟と〝転換リバース〟の特性かな……間違っていたらすみません。あなたはゴーグさんですね?」

「――」

「ああ、客を選びすぎるゴーグっておっちゃんのことだったんだ」

「誰の情報だ」

「ということは、僕たちを門前払いする気はないと思っていいんですか?」

「ふん。そっちの小僧はともかく嬢ちゃんのその刀、その服。もしかしてミヤコ嬢ちゃんの……いや、ミヤコの知り合いか?」

「質問に質問で返すなってよく言われるんだ」

「ちょ、ちょっと二人とも。あの……」

「……ふん、しょうがねえな。確かに俺はゴーグだ」

「あたしはイザミ・楠木」

「僕はリンドウ・リエールです。お察しの通り、ミヤコは僕たちの母なんです。ゴーグさんのことはマエザキさんから聞きました。お世話になってます」

 あの野郎、と禿頭の男は呟いて太ももを軽く叩く。広げられた商品を見るためにリンドウが前へ出た。

「買い取りもしていますか?」

「魔術品に限りだがな。まあ宝石もその範疇に入れてる」

「――この街は販売が中心みたいだね。人が集まりやすいの?」

「おう、旅人もここを経由する場合がほとんどだ」

「んー、でも大陸の隅だよねここ」

 それはそうだがと視線が上がり、その方向を見れば鐘楼があった。そこで見事に失念していたことに気付いたイザミは苦笑する。

「そっか。目印があるもんね」

「それに〝炎神レッドファイア〟エイジェイの故郷ってのも有名だぞ?」

 それうちの父さんなんだケド、と呟いたのはクルリだ。視線が集まると困ったように頬をかく。

「えっと、なに?」

「んーん、そうなんだあと思って。五神には一度も逢ったことないし、興味はあるかな。それよりおっちゃん、繁盛してる?」

「うるせえ。俺は儲けよりも人を選ぶ。そうじゃなきゃ商品も納得しねえ。だから帰れと言ったんだ」

「僕たちに欲しいものがあったならば、話は別なんですか?」

「そういうことだ」

 欲しいものもないのに顔を見せたのならば、それは客ではない。子供だからではなく、一見してその性質まで見抜いた慧眼はどのように得たのだろうか。それが経験ならば、自分も持てるかもしれないとイザミは思う。

「大陸の中心、かな」

「――え? なにイザミ」

「ちょっと思っただけ。中心って、べつに真ん中じゃなくてもいいよねって」

「……なるほどな、そういうことか。ガキの割によく考えてよく見ていやがる。リウ嬢ちゃんを思い出すな」

「それって……」

「おう、ミヤコ嬢ちゃ……ミヤコの友達だ。知ってるか?」

「名前だけは、聞いてます」

「仲が良いって感じじゃあなかったな。いや悪くはねえよ? 俺としちゃミヤコ嬢ちゃんよりも――と、今や母親か、いかんな。まあリウ嬢ちゃんとは付き合いがあってな」

「どんな人だったの?」

「そうだなあ……年齢はそう変わらなかったはずだが、どちらかと言えばリウ嬢ちゃんがミヤコの世話をしていたって感じか。姉さん気質って言ってわかるか?」

「前へ出て引っ張ってくれる、ですか」

「え、そうなのリンドウ」

「まあ僕にとって姉さんは、そんな感じだよ」

「そっかあ」

「引っ張るってのも間違いじゃない。ないが、それも少し違う。そうだな……ああ、サギシロさんに近かったかもしれん。そっちの嬢ちゃんはたまに見る顔だ、知ってるだろ」

「あ、はい」

 さっきまで襲撃受けてましたケド、と話に置いてかれそうだったクルリが言うと、それなら話は早いと言った。

「以前から変わってなけりゃ、サギシロさんは決して――注意はするが、何をどうしろとは言わないだろう?」

「そうです。でも、いつも行動で気をつけろってことを示してくれて」

「それと同じだな。リウ嬢ちゃんは止めろだとか、こうしろだとかは言わないんだ。でも態度や行動でそれを示す」

「それって、師匠みたいな感じなのかな? ほら、駄目なこととかすると強引に叩かれたりするじゃん」

「捉え方としちゃ間違ってねえな。だから――リウ嬢ちゃんはいつも、上に立っていた。けど見下ろしちゃいねえ、まあミヤコとは領分も違ったからな。俺なんかはいいように扱われてたってもんだ。なかなか、口でも作品でも勝てなくてな」

「そうなんだ。でも作品って? えっと魔術品のこと?」

「ああ、魔術品には限らねえがリウ嬢ちゃんも、いわゆる作り手なんだよ。一つ商品が残ってるが、見るか小僧」

「はい、ぜひ。……これは」

 通信機かなと、板のようなものを受け取ったリンドウはその場に座り込んでしまった。それを見てイザミは苦笑する。どちらかといえばクルリもそちらに興味があるようだった。

「その人は作り手で、魔術師だったの?」

「俺とは格が違うがな。とんでもねえ女だ。領分が違うとはいえ、あのミヤコが正面から挑んだってただの一度も勝てないってぼやいてたこともある」

「勝てないって……え? 居合いで?」

「十三くらいの頃だがな。ミヤコに合わせて接近戦闘をして、リウ嬢ちゃんは圧倒できたそうだ。終いにゃ一歩も動かずに制圧された、なんてこともあったらしい。作り手がだぞ?」

「うわあ……すごいなあ、それ」

「まあ後でサギシロさんの――」

 そこまでにしておくんじゃなと、言葉を遮る。誰だろうと周囲を見渡すと、やや小柄な女性がメガネの位置を正して、足を止めた。

「……え?」

「年寄りは話が好きだとは言うがのう。わからんでもないが、こやつらにも事情があってな」

 その人は、猫の目のような瞳を持ち、人の形をして、そこにいた。

「メイか。何しに来た」

「邪魔をしに、じゃな。今のところはそう受け取れるだろう。……冗談じゃよ」

「えっと……」

「うん」

 ちらり、と一瞥を投げると、リンドウも頷く。

「人間じゃないよね?」

「術式の気配がある。分析していいかな」

「――ふむ、良い反応じゃの。妾はメイじゃ、よろしく頼む。用件は呼び出しじゃ、ほれ空を見るといい」

 見上げた空が陰る――今日は雲が多かったけれど、雨雲のように厚くはなかったが、一気に周囲が暗くなり、その原因に至った。

 浮遊大陸が、上空を通過しているのだ。

 昼じゃからのうと、メイは言う。親御さんが呼んでおるぞ、と続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る