04/16/09:20――リンドウ・訓練後の反省会

「――じゃ、ここまでね」

 そんな声をイザミは地面に仰向けで転がったまま聞いた。聞こえるだけで反応はできず、ただただ胸を上下させて高鳴る鼓動だけを感じ、右手だけを小さく上げて――ああそれでも、間違いない、己の左手が掴んでいるのは己の刀だ。

 この戦闘で得たのは、居合いが弾かれることだ。今までは回避されてばかりで、防がれることもなかったが、甲冑はとかく切断が難しい。そして居合いとは線であるため、途中で弾かれると大変な行動ロスになる。

 とりあえずはその対応策を練らないと、そう思って躰を起こして呼吸を意識すれば、立ち上がることは難なくできた。それから刀を腰に差し、左手を柄尻に置いて深呼吸をもう一度。見ればリンドウは座ったまま腕を組んで首を捻っている。

「共闘って難しいねえ」

「うん。わからないことだらけだ。でも姉さん、初手で上へ居合いしたよね。あれはどうして?」

「んー……牽制じゃなかった。あたしは間違いなく迎撃……じゃないか、攻撃するつもりで居合いをした。上を選んだ理由はわかんないけど、間違いじゃなかったって確信はあるんだ」

「先生もその一撃で対応を変えたみたいだし……先手で封じられたのかな?」

「かも。けど自覚的じゃないから、あの感覚はもっと探ってみるつもり。それよかリンドウは、途中どうかした? 先生の魔術回路を探ったんだよね?」

「一瞬ね。――安全装置が下りて、もとに戻った。あれは、あの魔術回路は……なんていうか、大きかったから、僕じゃ受け止めきれなかったんだ」

「大きい?」

「えっとね、こう――普通の魔術回路、たとえば僕のもの。これを基準にすると、って言っても父さんのも、僕が今まで知る魔術特性なんかも基準と同じくらいなんだけど、先生のは……大きいっていうより、僕の魔術回路が小さすぎるって感覚だったんだ」

「えっと……大きい先生の回路の隅に、リンドウのがあるってこと?」

「――それだ。うん、そうだと思う。影複具現魔術も使われたからね。たださ、これって先生にしてみれば遊びみたいなもんじゃない?」

 今、サギシロはほかの子供たちと反省会に入っている。問われたことに返答したり、注意を簡単にしているようだ。

「僕はまだまだ未熟なんだって、思い知らされるばかりだよ」

「そりゃやる前から未熟なのはわかってたじゃん。でも、だからこそ成長できるね。うんまだまだっ」

「一歩ずつだよ姉さん」

 リンドウが手を差し伸べるとイザミが引き上げてくれる。黒衣の裾についた埃を落とそうと手ではたくが、汚れはそう簡単に落ちそうにない。見ればイザミの袴装束も汚れが目立ち、切れてしまっている部分もある。

「あ、これ? 後でかーちゃんに怒られそ。でも鍛錬だししょうがないよね」

「その言い訳が通じるといいね」

「――イザミ!」

 放たれた言葉から方向を見出し居合いの態勢を取りつつ振り向くと、驚いたように近づいて来ていたクルリが足を止め、苦笑しつつリンドウがイザミの肩を軽く叩いた。

「なんだ姉さん、まだ余裕があるみたいだ」

「……と、そうだねえ。ごめんクルリん」

「え、何その呼び方」

「語尾を変化させてみた」

「付け加えただけじゃない」

「そうとも言う。いやごめんごめん、まだ戦闘から意識が抜けてなくて」

「それはべつにいいケド」

「おっけー。じゃあクルリんで」

 それもまあいいケドね、とジト目のまま言う。不満そうだ。

「イザミは――その居合い、腰から抜いて手持ちにする方が領分だよね」

「へえ……まあ隠してはなかったけど、うんそう。まだちょっと慣れてないんだよこれ」

「刀って重そうだケド、どうしてそれ選んだの?」

 選んでないよと、イザミはあっさりと否定する。

「あたしの傍にはこれしかなかったから、手にしただけ。選ぶほどあたしって人生経験ないし。でも――好きだよ刀。憧れってのもあるけどさ。クルリんのは――細い双剣、だね。怖いなあ」

「――怖いって?」

「細ければ細いほど、扱いって難しくなるでしょ?」

 難しいどころの話ではないとイザミは思う。厚く大きければ振り回すだけでも効果的だが、細ければ脆く折れやすい。つまり、使い手がそれを考慮した上で折らない、ないし折られない扱いができることの証明だ。それは技術に直結する。

 それに。

「なんだ、クルリんって熱い人だったんだ」

「――え?」

「生まれ持った火気だよクルリさん」

 リンドウが口を挟む。そもそも火気を静めるのには水気が効果的であることは先ほど証明されたし、イザミは水気を持っている。わからないはずがなかった。

 ――ここは、まだ戦場なのだから。

「火系術式が得意だろう? 実際に戦闘をこの目にしたわけじゃないから断定はしないけどね。ところで、あっちの反省会には参加しなくてもいいの?」

「あ、うん……私はただみんなの意見をまとめてるだけだから」

「んーでも、みんなこっち気にしてるよ? 挨拶とかした方がいいのかな?」

「姉さんの好きに。僕はちょっと調べもの」

「起動しないようにねー」

 もちろんと頷いてから少し離れた位置にしゃがんだリンドウは、睨みつけるように地面を見る。戦闘中はあえて意識から除外していたが、こうしてじっくり観察してみると、実に精密な術陣だった。

 魔力を通せば簡単に実行できる。隠してはあるが、鍵を暗号にしていない――つまり、誰でも発動可能にしている。これはどういうことだろう、かといって常時展開させるものでもなさそうだ。

「仮想組み、してみるか……できるかな」

 結構な魔力を使ったとはいえ、まだ残りもあるし回復もしている。昨日の記録のように手に余る術式の解析・複写をしなければそれほど困らない――のだが、やはり持続できない方は問題としてきちんと解決しておきたいものだ。

 複写する必要はまだわからないため、順序よく解析を行っていく。瞳を閉じてまぶたの裏に術陣を描くようにして一つ、二つ、三つ、更に増える。意味文字、外周補強、発動因子、補助のための複合式、逆転の意味式、連立式に連結式――。

 ゆっくりと目を開けば、両手を広げたサイズで眼前に展開している。円形は中央に、四隅に四角形が作ってあり全体図を見れば五角形だ。

「――あ、術陣じゃなく式陣に近いか。布陣はさせてるけど」

 式陣とは儀式のために描くものだ。手法で有名なのは直接、魔術品などを使って地面に描くなどがあるけれど、魔力それ自体を刻み込むのも描くことに含まれる。確かにこの施設全体にあるのもその傾向が強いけれど、むしろ手順としては逆に思えた。

「先に陣を作ってから埋め込んだって感じか……うーん」

 どのような意図で作ったのだろう、と左手側に図を固定したまま、右手側に分解して性能を詳しく調べてみる。

「中央の意味文字は〝集積ノーズ〟……補強で受け入れ口を作って、発動鍵は魔術師ならだれでもできるけど、ちゃんと把握して鍵を埋め込まないといけないのか。複合式は〝許容シェイク〟だけど、意味合いが重複してないか? あ……逆転式はここにかかってくるのかな」

 うーん、と目まぐるしく視線を移動しているのにも関わらず、リンドウには術陣の構成にしか意識が行っていないため、周囲に子供たちが集まっていることにすら気づいていなかった。もちろんサギシロもそこにいるし、イザミは苦笑しつつクルリと話をしている。

「でも全体図としては……待て待て、そうじゃなく、許容をここで逆転させて……うん? どうしてここで連立させるんだ? 連結は整合性を取る意味合いとしても、何をどう連立させてるのかな。――っと、なんだこの連結式……」

 連結式とは文字通り、複数のものを合致させるための式だ。最後のまとめでもあり、適当に書いたらくがきを円で囲うことによって一緒にするような、そんな役割だと受け取ればまず間違いない。

 だがこの連結式は、そもそも構造だけは連結を目的として作られているものの、内容を見ればまったく逆だった。

 除外だ。

 むしろ連結ではなく、複数のものを反発させるための式――。

「こんなの初めて見た……連結式の記し方で反発させるなんて、どういうことだ? いやでも除外だと思った僕の考えは間違ってないし、俯瞰すれば――あれ?」

 一歩退くようにして術陣を俯瞰したとき、ようやくリンドウはそれに気づいた。

「……あれ、どうかなさったんですかみなさん」

「気にせず続けなさい」

「はあ、そうですか。というかこれは施設の敷地内に布陣してあったものですが、みなさんはご存じだったんですよね?」

 問うと、一斉に視線を逸らされた。二人だけがこちらを見ていて、頷いている。つまり知らなかったのが大半ということだ。

「そうですか」

 それならそれでいいと、改めて俯瞰して確認する。

「うん、やっぱり効果としては除外のはずだ。でも見たことない構成となると、うーん……いやただの除外なら式陣にする必要はないわけで、必要があったから式陣にしているんだから、その差異はひとまずいいとしよう」

 懐から本を取り出してぺらぺらとめくる。過去に得た知識と照合するのではなく、復習する意味合いで違う知識を頭の中に流すことで閃きを探っているのだ。

「ん、――サギシロ先生、この襲撃は昔から行っていることで、場所はいつもこの施設だったのですか?」

「そうよ」

「ありがとうございます。……となると効果は、特定人物以外の除外で間違いない。つまり選別を集積によって行うなら、個人の魔力のみに呼応する形じゃなく、集団の魔力ないし呪力を識別代わりにしてるってことか。結果はわかったけど、さてどこがどんな作用なのかな――」

「リンドウ」

「ん、どうしたの姉さん」

 思考のタイミングを見計らって声をかけたイザミは、改めて空中に浮かんだ式を見て、足元を見て。

「これって平面じゃない?」

「――どうしてそう思うんだ」

「足元に違和感あるけど、空中はそうでもないから。敷地全体だけど、なんかこう、建物の上とかはそうでもない気がしたから」

「……うん、そうだね。これは平面だ、立体じゃない。だから結界の類じゃないよ。そうか、そうなると使われていなかった理由も頷けるね」

「あれ、もしかしてリンドウ気付いてない?」

「え、なにが?」

「先生が使ったじゃん」

 言われてぽかんと口を開いたまま停止したリンドウだが、額に手を当ててため息を落とした。

「しまった、除外に対して拒絶で打ち返してたのか僕は……! サギシロ先生が僕たちに使った、広範囲術陣はこれだったのか。姉さんはどうして?」

「え? いや感覚が似てたから。本当に同じかどうかはわかんないよ?」

「――同じものよ」

「やっぱり。あたしも術式で強引にねじ込んだけどさあ、後で気づいたんだよね。あれ飛べばいいんじゃね? みたいにさ」

「なるほどね。わかったよ、僕はやっぱり未熟だ。後で研究かな。――サギシロ先生、それからみなさんも。今日はありがとうございました」

「ありがとね! 勉強になったよ」

「こっちの台詞だケド、うん。これからはどうするの?」

「まだ時間あるし市場を見て回ろうかなってあたしは思ってるんだけど」

「うん、僕もそうするつもりだったからいいよ。じゃあみなさん、これで失礼します。よかったらまたお逢いしましょう」

 ぺこり、と頭を下げて学校を出ていく二人に、クルリがついていく。ほかの子たちも、ばらばらと屋内に戻っていった。これで終わり――だけれど、サギシロはそんな様子を最後まで見送ったあと、腰に手を当てて視線を上げた。

 学校の建物の屋根にいたミヤコは、その視線を受け、苦笑しながら飛び降りる。

「どうだった?」

「いろいろと思うところはあったかな。特にイザミは――あたしが教えた、成果そのものだから」

「教える側ってのも、大変だものね」

「本当にね」

「――で、調子は上げてきたのね?」

「あはは、さすが先生」

 二人をサギシロに預けたミヤコは、岩場にいって朝の鍛錬をしていた。ほぼ日課となっているのは事実だが、それ以上に。

「挑んでも、いいかな」

「試すと、言い換えるならいいわよ」

「敵わないなあ……」

 そうして。

 流れる動作で右足を前に出す居合いの姿勢を取ったミヤコに対し、サギシロは胸の上下にある一つ目と二つ目、腰にある三つ目――だから、すべてのベルトを締めて。

 対峙した。

 一秒後にはもう、ミヤコは背中に汗を感じている。

 さすが、というべきか。無手であってもサギシロの動きは、あらゆる得物を扱っているのと同等のもの。お互いに〝ケン〟だけで牽制をし合う――が。

 十五秒を過ぎた時点で、右手を離したミヤコが直立の姿勢に戻り、肩の力を抜く。見ればサギシロもベルトを外し、腰に手を当てていた。

「ありがと、――サギシロさん」

「やるわねえ」

 先生と呼ぶな、といった意味がようやくわかった。

 もう教えることはないと――そういう意味だ。もちろん、教えられない、という意味合いも含まれているだろうけれど。

「知ってるの?」

「あれ……サギシロさん、聞いてない? あたしの師匠とか……リウから」

「うん? なに、師を見つけたの?」

「まあ、数年に一度とか、たまにだけど。今はレーグネンって名乗ってるよ?」

「――ああ、そう、そうね。けど疑問も残る。こう言ってはなんだけれど、アレが弟子をとるとは思えないし、弟子にはなれない。それを承知の上でも、誰かに教えるとは考えられないんだけど?」

「あーそれは逢った時から言ってた。最初はねー、そのつもりだったみたい。あたしも〝楠木〟を一通り見せられて、方向性だけ与えられて、まあこれで終わりなんだなって思ってたんだけど」

 たまには顔を出す、と言って去った後は、リウとは違う意味で、まあ次はないんだろうなー、なんて思っていたんだが。

「三年前……くらいかな? イザミに基礎を教えたりしてた頃に、顔を見せて、一手交えてからは、ちょいちょい顔を見せるようになってさ。一年に五回くらい」

「それは多いわね」

「理由は、いやまあ、ちゃんと聞いたんだけどね。いいように利用してくれてるっていうか――あたしなら」

 それを聞いた時は、なんだか複雑だったけれど。

「あたしなら、八割まで持っていけるって。つまり、体のいい鍛錬相手っていうか」

「ははは、なるほどね。どこまで見せられた?」

「んー……どうだろ。大半は見たとも思うけど、奥の手までは見せられてない感じ。けど無手はやってる」

「それで私のも対応できたわけか」

「だって、サギシロさんも、あくまでも体術のみだったじゃん。術式が絡んだことを想定してたから、冷や汗ものだって」

「それがわかるってのも、一つの成果よ。さてと――じゃあミヤコ、午後からうちの研究室にきなさい」

「ん、わかった」

 待ち遠しいだろうかと問いかけ、そうでもない自分に苦笑した。

「じゃ、メイと適当に雑談でもしとく」

「そうなさい」

 子供たちの心配は、まあ、必要ないだろう。うん。


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