04/16/08:30――イザミ・挑む二人
朝食後、しばらくして魔術研究所に行ったのだが、そこで初めてサギシロが研究所で寝泊まりしていることを知った。ミヤコは用事があるらしく既にいないが、二人はサギシロに案内された研究所でお茶を出され、一休みの雰囲気がそこにはある。
「えっと」
「あ、砂糖はないからストレートよ」
「僕は平気です。姉さんも紅茶なら大丈夫だったよね」
「うん。それはそうだけど、ここって先生の研究所なんだよね? 本も少ないし、機材もないし……とーちゃんの部屋とは大違い。――あ! 窓側は庭? 広いし隅にいろいろあるね」
「茶葉やハーブは自前よ。広くしてあるのは躰を動かせるように。部屋が綺麗なのは使ってないからよ。私の魔術研究はとっくの昔に終わらせたから」
「終わらせた……ということは、先生はもう至ったのですか?」
「そうねえ、一概にそうは言いきれないけれど、満足したという意味ならその通り。今のところはあらゆる魔術が既知の内よ」
「だから所長なんですか?」
「そこは違うわ。所長なんてのも名目だけ押し付けられたようなもので、昨日にイザミが言ってたように、私は誰かに何かを教えることなんてしないもの。せいぜい、気付かせてあげるだけね。弟子にはもうちょっと踏み込むけれど」
「おー、弟子がいるんだ」
「その話は、ミヤコを交えてゆっくりね。そうそう、あなたたちに聞いておきたいことがあったわ。二人は脳内通話ができるでしょう?」
「げ、なんでそんなことわかるかなあ」
「うん、僕らこっち来てから一度もやってないのに……どんな理屈があるんだろ」
「経験が違うのよ。それはどうやって構築したのか、教えてくれる?」
「構築したのはリンドウだよ」
「はい。ちょっと前にESPを使う人と逢う機会があって、テレパスの仕組みを聞いたら実際に送ってくれたんです。適性があれば送受信もできるって言ってて、そういう現象を魔術で構築できないかどうかいろいろ考えて、双子だからそういう繋がりも持ちやすいかなって」
「ふむ、血の繋がりか。実行鍵はすべてリンドウが持っていて、イザミはそれを受け取る――そこに許可は?」
「一方的に送る場合は、姉さんが拒絶する場合はあります」
「うんうん。会話だけなら、だいたい受け取るけどね」
「やはり会話以外も可能なのね。けれどイザミは呪術師であって魔術は使えない。でも――そうね」
こんな感じかしらと、空中に投影した青色のマーカーで文字と数式を組み合わせた後に回路図を描く。同じことを父であるジェイがやっていたので驚かないが、描写されたものに関しては驚いた。
「うわ、すご。これ前に書いてたよねリンドウが……あれ、でもちょっと違う気がする」
「うん、行使の際に少し手を加えたから」
「難易度は?」
「えっと……行使は怖かったです。姉さんを巻き込むことになるので。構築はでも七日くらいかかりました。構想を現実にするのって難しいですよ」
「中心は座学ね?」
「はいそうです」
「それはイザミも一緒……じゃないにせよ、ミヤコ以外と手合わせをしたことはほとんどないんでしょう?」
「うん。機会がないっていうよりは、まだわかんなくて……」
過保護ねえと思わずサギシロは呟いたが、苦笑して誤魔化した。
「じゃあ今日は、どんときなさい。私に対しては何をしても大丈夫だから――責任は私が持ってあげる。そのくらいしかできないのよ実際」
その言葉には自信が窺えたためか、はいと言って二人は頷いた。立ち上がったサギシロはハンガーから藍色のコートに腕を通し、やはりベルトは締めない。
「そろそろ行きましょうか」
「うん。……やっぱり、その服って先生の戦闘着なんだね。でも……」
「そうだね、何かの術式が絡んでるようには見えない。たぶん意欲の問題だと思う。気を引き締めるっていうのかな……」
「あたしの袴装束とは違うのかな?」
「実用性よりも、気持ちじゃない? 似てるけどなんか違う」
「うーん……確かに、この服じゃなきゃダメって感じじゃないよね」
「ふふ、本当によく考えるのね。答えを訊かないの?」
「できれば自分で考えたいもん」
「訊いた答えよりも自分の答えって、昔から言われてたので」
それはいいことよ、と研究所から出て学校へ向かいながらサギシロは言う。
「考えることを忘れなければ、きっと答えは得られるわ。ミヤコもそうやって道を選んできたのだから」
「道――ですか」
「選ぶっていうのもちょっとわかんないなあ」
「今はそれでいいわよ。ただ、そういうことがあるのを忘れないようにね」
「はい。……先生、あの、一つだけ訊いてもいいですか?」
「返答を期待しないなら。なあに?」
「昨夜、ちょっと母さんの説教入ったんですが……母さんはあの鐘楼に行けないのではなく、行かないって言ってました」
「あら……理由は聞いた?」
「はい。――行けば、きっと戻れなくなるからって。てっきり僕は、姉さんもですが、先生の家みたいなのとは逆で、入ることも出ることも難しいからって思ったんです。でも母さんの聞いてた反応が少し違ってて……なんだろうあれ」
「んー、間違ってないんだけど、やっぱり違うっていうか」
「――そう。あの子、本当に成長したのね。だったら私はこう答えるしかないわ。ミヤコの答えは、その考えは、決して間違ってはいないと」
「行ったら戻れない……死地、とは違うみたいだ」
「そういう雰囲気じゃなかったよね。でも、近づけないようにしてるってことは、やっぱり何か特殊なんだと思う。でも何がどうなのかはわかんないね」
「うん。僕たちはまだまだってことだ」
「二度とやるなって言われたし」
「まだ早いんだね。だからサギシロ先生、昨日はありがとうございました」
「先生の家に行ってなきゃ、危なかったかもしれないしね。でもたぶん、あの方法じゃそのまま通り過ぎちゃってたと思うなあ」
「それ、母さんにも同じこと言って説教の時間が伸びたの、忘れたの?」
「あはは、ごめんってば」
「いいけどさ……」
「それだけの観察力があれば十分ね。はい到着よ、二人は入り口で待ってて。終わってからお楽しみよ」
「はあい。いってらっしゃい先生」
施設の前で立ち止まり、サギシロだけが中に入る。出迎えたのは無手の少年二人で、サギシロが踏み込んだ瞬間に術式を展開して本気で制圧にかかった。
「――言術だ。同い年くらいの子が使ってるの初めて見たよ」
「あたしだって。でも作用は呪術と同じ、身体強化を念頭にしたものだね」
どうして無手なんだろう、とリンドウが呟いたのは一切の攻撃をせず、回避だけで自滅を演出させたサギシロが途中にあった罠も含め、四人の子供たちをあしらって中に入ってからだ。負傷者の手当てのためにか一人駆けつけるが、どうやら簡単には立てそうもない――外傷はそれほどないようだが。
「言術の考察もやっておかないとね」
「うん……なんとなく似たような感じだからわからないでもないけど」
「言葉を鍵にして発生させる呪術と捉えるのが簡単だ。でも……何かが違う。魔術と呪術は違うものだし、ESPだってそうじゃない。でも言術は、似てるんだ。魔術にも呪術にも」
「いいとこ取りって感じじゃないかなあ。まあそれはそれとしてさ」
「どう?」
「先生、魔術師だって言ってたけどさ……かーちゃんより凄いかも」
「え……体術がってことだよね」
「うん。――どうする? 同時に来いって言われると思うけどさ」
そうだねと、腕を組んだリンドウは深呼吸を一度してから施設の内部をじっと見る。
「共闘はしたことないけれど、できることもあるし、やってみたいこともある。連携は必要ないし、通信術式は邪魔にしかならない。僕からの要望はまず、先生に魔術を使わせること」
「そだね、リンドウにとってはそれがまず最初……だけど、今の魔術回路は? 〝
「うん」
いくら魔術回路を変えられるといっても、リンドウはそれをストックできるわけではない。元から所持している感応の特性――つまり、相手の魔術回路や術式そのものを感知することに秀でたものが通常であり、それを変えても十四時間で元に戻ってしまう。だから変化のためには、誰かの術式を感応で見抜いて複写するしかない。
「――あれ? この施設、水面下に何か仕込んである。これは……術陣かな」
「あ、やっぱそう? 違和感みたいなのがあって、さっきから入れなくってさ。どんなの?」
「もっと早く言ってよ」
「んー、戦場の空気と勘違いしてたかもしれないって思ってたの」
「そういうことか。……えっとこれは、なんだろう。
「正面に立つのはあたしでいいんだ?」
「もちろん。だけど姉さん、一つだけ――僕がいるのを忘れないでよ」
「あー、そだね。それだけは気を付けないと」
「一人で突っ走ると周りが本当に見えなくなるからなあ姉さんは。でも、そうなれば必ず足元をすくわれるよ」
「わかってる。まあ初めてのことだらけだし、胸を借りるつもり――で、いいんだっけこーゆう場合って」
「うん合ってる」
「アレ、試せるかな」
「やってみようか。ダメならまた練習すればいいし……そうだ、視界は借りるからね」
「そんくらい、いいよー。処理に困るのリンドウだし」
「大丈夫、その辺りもちゃんと改良したから。姉さんは気付くの早いけど分析は苦手でしょ」
「んふふ……でも、ここの人たちも戦術とか立ててるんだ。すごいよね。クルリんがやってんのかな?」
「その呼び方はどうだろう、本人に許可とった方がいいよ」
「あとでねー」
「……クルリさんはどうだった?」
「昨日の様子しか見てないけどさ、ちょっとあたしとは質が違ったかな」
「僕もそれは思った。あ、僕とは違うなって意味だけど」
「なんだろうね。そゆ話もしてみたいけど、これ終わったらかーちゃんと先生が話するって言ってたじゃん。あたし興味あるから聞きに行こうかと思って」
「そうか……なら僕は、魔術研究所に行こうかな。そっちは任せるよ。後で要点だけ教えてくれればいいから」
「うん……あ、終わりかな?」
「――姉さん、母さんの気配は?」
「今のところは感じないよ。でも本気で隠れるつもりなら、あたしじゃまだわかんない」
「……そっか。いや気にしなくていい。僕も気にしないから」
サギシロがゆっくりと入り口から顔をだし、けれど出てすぐの場所で足を止めた。それから残っていた子供を手で呼び、中から出てきた十人ほどがその背後に並ぶ。その中にはクルリもいた。
「さてと、これからちょっとあの子たちの相手をするから、みんなは反省会の前に見てなさい。何がどうってわけじゃないけれど、冷静に観察する機会もそうないでしょうから。――挨拶はどうする?」
「はあい! イザミ・楠木で十歳!」
「同じくリンドウ・リエールです」
そうして中央付近まで歩いたのはイザミで、リンドウはまだ入り口から入ってすぐの場所で腕を組んだままだ。もちろん戦闘の意志がないことを示しているわけではない――探っているのだ、多くのものを。
イザミは笑いの一切を引っ込めて右の肩を突き出すように構えをとる。
居合い、それが楠木が扱う刀の技術である。けれど添えられた左手は鍔を押し上げてはおらず、掴む右手にもまだ力は入っていない。いやそもそも十歳のミヤコにはいささか大きすぎるとすら思えるほどの得物なのに、その姿は実に均衡が取れていた。
対するサギシロは普段の歩幅と同じ、散歩のような足取りで中央付近にいるイザミにまで近づいてきて、ぴたりと間合いの外で足を止めた。そこが境界なのを理解しているのだろう、実際に抜けば切っ先が触れる位置だ――もちろん、イザミが動かなければ。
サギシロの足がわずかに動いて土が音を立てた瞬間、風切り音と僅かに遅れて鍔鳴り。サギシロは顔に浮かべていた微笑みを一瞬消して、後ろに引いた。
――あれ?
なんだろうかと疑問を持つが後回しだ。今は正面ではなく真上への居合いで、鞘を引き抜きながら刃を下にしつつ鍔を弾いて下から上への軌跡を描いた。逆袈裟のものでは――と疑問にも思うだろうが、少し違う。
攻撃とは正面へ向かうのが基本だが、正面を向いたままで死角になる真上へ居合いを放ったのだ。イザミにとっては嫌というほど繰り返した行為でもある。
ただそれならば、サギシロが退く理由はない。何故ならば正面から動いていなかったからだ、それこそイザミの居合いは空振りだったのに――。
とんとんと靴を整えるようつま先が地面を叩く、完全に間合いの外。それは行くの合図ではなく、来いの合図だとわかった。それがどういうつもりかは知らないが――ならば、行ってみよう。
最初に教えられた言葉を今でも覚えている。それは刀を渡されて最初にミヤコが伝えてくれたのだ。
――楠木の抜刀に待ちはない。
後の先を取るのではない。先の先を取ってこその居合いだ。
――たった一つの居合いに
イザミはまだそこまで至っていない。まだまだ基礎に近い段階だ。それでも言葉の意味をくみ取ろうと鍛錬をしている。
往こう、そう思った。
だから態勢を維持しながら僅かに後退しつつ、とんとんとステップを踏むようにしてサギシロの周囲を移動して。
消えた。
いや違う、それは走り込みからの居合いだ。ただし移動速度が踏み込みから一気に増加して消えたように見えただけで、対角線上に出現したイザミは再び同じような移動を始める。
――くそう。
限界に近い最高速度だったのにも関わらず、サギシロは立ち位置をちょっと変えるだけで回避した。あれはおそらく目で捉えていて、刀を抜く瞬間に軌跡を把握して回避行動をとったのだろう。
――通じなかったことを二度もやるのは馬鹿だぞ。
それはギャンブルを教えていた時に父親がもらしていた言葉だ。けれど必要ならば繰り返す必要があり、同じような攻撃を三度、そして四度目にそれは訪れた。
回避しようと動かした躰がぴたりと停止する。踏み込みと同時に見えた動きは、高速移動であるのにも関わらずひどく緩慢に見えた。
イザミの視覚情報からタイミングを得るのに時間を要したリンドウだが、ノザメエリア全体に敷いてある結界から拒絶の特性を得て縮小展開し、サギシロの回避方向を阻害した。ほんのわずかなその時間で、けれどリンドウですら口元に浮かぶ笑みを、目視で捉えている。
何故だろうか、こんなに行動が遅く見えるのは。
居合いを放つ瞬間、あろうことかサギシロは拒絶の結界へ半身をぶつける。そこにあるのは拒絶、つまりぶつけた逆方向への力が強引に働いて弾かれ、結果的にそれが回避になった。
けれど、走り抜けたイザミは停止して振り返る。これで――。
――できた!
かなり広い校庭だったが、その全体を隠すように巨大な火柱が上空を紅色に染めた。イザミが走り回ることで陣を描き、リンドウがそれを発動させる。かつて両親が共闘を行っていた時に見せたものだが、どうやら成功したようだ――けれど、でも。
だからといって気を抜くわけにはいかない。嬉しがるのは後でもできる。
奥、火柱の向こう側で胸を抑えるようにして顔を歪めるリンドウが見えた瞬間、イザミは火柱の中へ突っ込むようにして走った。
――なんだこれ!?
火柱に対して全体を無効化する術式は、水の属性を持つものだった。火を消すには水、つまり合理的な判断ではあるものの、リンドウにとってサギシロがそんな術式を使ったこと自体が成果である。
だからその特性ごと模写しようとした瞬間、その刹那、一瞬だけサギシロの特性に触れた途端に
吐き気をこらえるために胸へ手を当て、奥歯を噛みしめる。その意味を反芻するのは後だ、今はイザミの足手まといになることを避けて戦闘に集中しなくては。
――難しいよなァ、戦闘中に思考するッてのは。
それは誰の台詞だったか、よく覚えていない。ただ両親ではなかった。
――だから考えるな。戦闘中に必要なのは、判断することだぜ。
周囲の空気が急激に冷えるような感覚と共に火柱が消え、向かった先にいたサギシロの姿が消える。視界から消えた、踏み込み、強引に躰を捻って背後への居合いはしかし、空を切る――納刀、そのタイミングを狙っていたかのように当たらない位置にいたサギシロが踏み込みと同時に術陣を足元に展開、それがどのような作用かを探るよりも早くイザミの躰は宙に浮いていた。
――風の術式!
真下にいたサギシロもまたふわりと浮くようにして追撃に来る、だから迎撃の意味を込めて空中抜刀をしようとした直後、背中に衝撃があった。
見ていて、動きが捉えられなかった。いつの間にと思うほど早く、サギシロがイザミの背中を強く蹴り、地面までの距離は二メートルもなく、背中から落ちるために躰を回転させるのがせいぜいで――。
腰にある刀、鞘の先端が先に地面へ触れ、押し出す。勢いがついていたため飛び出た刀は自然な流れで、サギシロの視線がどうするんだと問うている。このままサギシロが掴んでしまえば、それで終わりだと。
なるほど、ああ確かにここまでかもしれない。
空中にある鞘に向かって左足を蹴り上げて当てる――けれど、ぴたりと刀はその勢いからは想像できないよう、停止して。
術式紋様をそこに展開させた。
「――」
倒れこむ勢いをも停止させたイザミは刀を足場にして態勢を維持しつつ前へ出ると、空中に立っていたサギシロはゆっくりとした動作で間合いを取るように後退し、そこに発生した土の円錐を回避する。その間にイザミもまた後退して刀を左手に持った。リンドウの良いフォローだ。
――そろそろ仕込み終わったかな?
――そろそろ姉さんも本気になったかな。
視線が重なるのは一瞬のこと、頭に手を当てて苦笑いを浮かべていたサギシロは左足をとんと地面に叩きつけた。
攻め気に誘われてイザミが動く。足元に展開した術式紋様がサギシロを中心にして広がる術陣とせめぎ合い、弾いた。リンドウも冷静に拒絶の術式で受け流しつつ、前へと足を進める。
戦闘において、冷静なのはいつもイザミの方だ。リンドウはどちらかといえば熱くなりやすい。本来ならば逆になりそうなものだが、接近戦闘をするイザミが熱くなれば無謀に直結することになるため、昔から教え込まれているだけのことで、性格とは直結しないものである。
だからこそ、リンドウが前へ足を踏み出したことにイザミは注意する。何しろあの父親に仕込まれているのだ、リンドウが得意とする魔術戦闘は――。
「来い
――げえ。
身の丈よりもやや短い、けれど短剣にしては長く一般的な剣よりもやや短いそれを二つ、リンドウの得物を呼んだ瞬間に急停止したイザミはサギシロの攻めを気にしつつも大きくバックステップを踏む。
追撃はなかった。
リンドウは決して走らない。ゆっくりと歩きながら近づいて行き、サギシロはそれを待つ。だが間合いの外でぴたりと停止し、右腕を左へ、左腕を右へと躰を捻るようにする。
空気が震えた。
卒塔婆にも似た格好の紅波は赤く、表面には文字も描かれており、その様子からは破壊力そのものが表現されている。青色の蒼雪はやや曲がっているものの細く鋭く、ただただ切断力があった。
紅波に触れた空気は勢いに波打ち、蒼雪に触れた空気はシンと冷える。
サギシロが迷わず一歩を踏み出すと、弾かれたようにリンドウが回転した。
――んー、タイミングがちょっちなあ。
遅い、とイザミは思う。だがリンドウは魔術師であって、イザミほど速度を求めてはいない。だが特徴の違う二つの武器の回転によって空気は混雑し、破裂したような音がした。
既にサギシロは間合いの外、興味深そうな視線から一転、頷きと共に術陣を二つ展開してそれをリンドウに放り投げ、それを迎撃し破壊する。それが、探査系の小型術陣だとリンドウが気付いたのは破壊してからだ。
「――参ったね」
ちらりとイザミに視線を投げてくるけれど、もちろん油断もしていないし戦闘状態は継続だ。この状況でのんきに観戦できるほどイザミは熟練者ではない。ただその視線に困惑が浮かんでいる。
「しょうがない、か。本当なら」
私から動くのはルール違反なんだけれどと続けたサギシロは三枚の術陣を足元に展開し、苦笑しながらその言葉を呟いた。
「――カミトリ」
術陣から何かが生まれる――その気配に驚いたリンドウもまた、数歩後ろへと下がった。
甲冑だと思った。
そして。
紅波と似たような剣と、蒼雪に似た刀を持っていた。
――同じもの?
少なくともイザミにはそう見えるけれど、長さはこちらの方がある。イザミの持つ刀と同じくらいだろう、つまり背丈に合わせたサイズではなく正規のものか。
リンドウは、その術式を知っていた。いや知らないはずがない、そもそもこの二本の武器はあくまでも術式の副産物でしかなく、本来は。
「
まだリンドウでは使えない、己の魔術回路に馴染んだ一つの術式は、己の分身を作り出すことで戦闘をさせるものだ。
その完成系に近しいものが今、目の前にある。
「さてと」
カミトリと呼んだ具現はイザミへ、そして己はリンドウへとサギシロは場を動かした。
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