01/20/10:30――リウラクタ・迷いの森

 魔女――その単語で想像できるものは、畏怖の対象であり狩りの対象でもある、ということだ。そして女性でもあるのだろう。そして、異質でなくてはならない。

 もちろんリウラクタ・エミリオンにとってそれ以上に想像できることもあるが、今はその程度で充分だろう。確認できることと、想定できることはべつで、そのどちらにも天秤が傾いてはいけないことなど、旅をしてきた経験として知っていた。

 十日、猶予期間を置いた。

 準備期間というのももちろんだが、それよりも情報収集の時間と考えた方が良いのだろう。アルケミ工匠街は大きな街だが、そこで仕入れたものだけを信じるほど、リウは旅に不慣れではない。あちこちの街を回り、時には村にも顔を出し、この大陸の様子を掴むと同時に、いろいろな情報を集めた。

 そして今、単身にてリウは魔女が棲むとされる森へ向かっていた。

 伝承として魔女のことを知っている。姿は見たことはなく、いや、見たことがあっても、隣にAAがなくても、その異質な人物を魔女として認識してはおらず、また同時に、頻繁に街へ顔を出すわけでもない。

 つまるところ、そういうものなのだ。

 畏怖でも狩りでもなく、迫害でもない。おそらく、異質そのものが、単独でそこにすとんと落ちている。

 逆なんだろう。

 遊び半分で森に入って戻ってこない――それは、遊び半分でなくては森に立ち入らないのであって、正式な調査ができないこと。しないというより、できない。魔女が街を作ったのが事実だとしても、本来は魔女の棲家のために街が必要だった。

 おそらく、そこに間違いはない。ないが。

 ――なぜ?

 その疑問はつきまとう。

 魔女のことを探るような風潮がないことは、頷ける。だが、一つ間違えればそれこそ迫害されそうなものなのに、探りを入れられそうなものなのに、どうしてわざわざ街の傍を棲家としたのか、街の存在が必要だったのか。

 対比?

 比較対象を傍におくことで、自身の環境を定義しやすくした? 馬鹿らしい、そもそもあらゆる物体・事象が存在律レゾンによって確定されている以上、自身の存在定義など、自身の乖離か消滅を想定した上での術式行使、くらいしか想像がつかない。

 環境?

 ここに自分がいると声高に叫んだところで、世界はそんなこと知っている。叫んでも聞こえないし、叫ばなくても知っている。だったら場所を確保するために――ならば、多少は頷ける話だ。領域を区切って棲家を確保するため、定住を前提にするのならば、代償もまた必要になる。いや、そもそも定住そのものも代償の一つになりうるが、街を作る成果そのものが、そうなのかもしれない。

「……ああ、でも」

 あるいは、戯れなのか。

 誰かを、待っているのか。

 異端でありながらも、人との繋がりを切れない、そんな制約か。

「ま、いろいろと確かめてみましょうか」

 相変わらずの雷鳴があちこちで響いている。あちらもいい加減に待たせたままなので、先ほどから攻撃的で煩わしい。狙って落ちてくる雷そのものへは、反射作用を持つ術式を組んで倍返しにしているが、さて、届いているかどうかは知らないし、確かめようとも思わなかった。これも経験だ。

「さて、何日かかるかが問題かしらね――」

 森を前に、腰に手をあてて、頷きを一つ。

「メイ、補助をお願い」

「――主様よ、わたしは雷というやつが苦手じゃ」

「行くわよ」

 うむ、ともっともらしい頷きをして寝床、リウの影に戻ろうとした黒猫のメイの首を掴み、そのまま肩に乗せた。

「主様よ」

「さすがに地形を利用した広範囲術式は厳禁、ね。魔力そのものは停滞していないから、逆に魔力感応型のトラップが発動する可能性が高い。メイ、思考も借りるから言いなさい」

「……苦手なんじゃがのう、雷」

「なんで?」

「毛がの、逆立つのじゃ。どう言えばいいのかのう……そう、服が脱げる感覚か」

「全裸が今さらなに言ってんの。それ、人型になりたいって催促?」

「人型になれば、雷も怖くなくなるかの?」

「――怖い」

「む……違う、違うぞ? 主様よ、それは勘違いじゃ。苦手と、そう言おうとして、少しばかり言葉を噛んでしまっただけだ」

「そう。人型ね……そこは好きにしてもいいんだけど」

「そうじゃのう。しかし主様よ、この森じゃが」

「ん、なにに気付いた?」

「む、ああ気付いたとも。森じゃがと肉じゃがは似ておるな!」

 ちょうどよいタイミングで落雷があったため、弾き返すのはやめて誘導してやると、思い切り尻尾を立てたメイは自分の術式で雷そのものを打ち払った。毛も立っている。

「びりっとするのう……!」

「馬鹿なこと言ってないで、頭を回しなさい。それとも単独で先行する?」

「うむ、――がんばって考える」

「よろしい。で、どう見る?」

 魔術師として――ならば、使い魔の扱いとなるメイよりも、リウの方がよっぽど熟練しているが、旅をしてきた経験は同一のものだ。そして、個性による着眼点の違いがそこには発生している。

 つまり、その助言は時に、必要となるものだ。

「シンプルじゃの。――ここは迷いの森じゃ」

「メイならどうする?」

「妾なら、そもそもここから先に至る道など最初から備え付けんな。ま、どうであれ一筋縄じゃいかんのう。ほうれ、そこに視えよう主様よ」

「ん」

 森にはそもそも入り口がない。いや、あったとしても木の間から入るようなもので、茂みも多く、人の手が入っていない山くらいには歩きにくいだろう。だからこそ、足を止め、どこから入るべきかを探るのではなく、見える範囲を――視える範囲を分析する。

 初歩だ。

 入ってみなくてはわからないなど、旅人が口にして良い言葉じゃない。

 ――言った覚えもあるけどね。

 そこはそれ、これはこれだ。

魔力波動シグナルを感じないタイプの、たぶん空間転移術式ステップね。どっちだと思う?」

「妾なら感応式にするのう」

「触れた人間の魔力で動くタイプか。となると、――魔女はかなり厄介よね」

 サイズとしては一人ぶんくらいの大きさであり、それをごく最小限の魔力で稼働状態にしているのならば、そこには効率化の理念がある。今のリウでは不可能な領域だ。

広範囲探査術式グランドサーチは?」

「向かう先が決まってるのに、スマートじゃない。これから訪ねる家を前にして、大声を張り上げて鍵を開けてと叫ぶのは、マナー違反でしょ」

「こっそり中に入るのは良いのか」

「当たり前じゃない。けど忘れちゃ駄目よ? 入ってから、お邪魔しますと言うの」

「くくっ、そうじゃのう」

「――ま、気付かれてるけどね」

「そこはわからんのう。確かか?」

「ちょっと、触れられた感じがあったから。なんていうかな、こう、意識を向けられたけど素通りしたような……ま、それはいいとして、どの程度の防御術式が必要かなあ」

「対人、対術、対物、対界――と、まあ一通りでよかろ」

「じゃ、そっちは任せるわね」

「主様よ」

「私は解析と分析しないとね」

「むう……妾は腹が減っておるのに、酷使するのう」

「ここんとこずっと、影から出てこないじゃないの」

「言ったじゃろう? 雷が苦手なのじゃ、出たくない。焼き魚くらい、影の中に入れてくれてもよかろ」

「私、甘やかさないタイプだから」

「知っておる。仕事の対価を支払うことも忘れん女じゃ」

「はいはい、覚えておくわよ。じゃ、どうせあっちには気付かれてるし、そこに配置してある術式の分析から始めましょう」

「……ここでか?」

「ここでよ」

「ふぬっ……森の中の方が、雷が少ないと思うのじゃが」

「駄目よ――うわ」

 術式そのものを複製することは難しい。だから術式をそのままに、展開式へ外部から変更させてやり、形だけを変えてやると、思わずリウは驚きの声を上げた。

「綺麗なフラクタル図だ、これ……初めて見た、こんな展開」

 なにが近いかと問われれば、万華鏡の映像に近いのだが、あれは基本的に対称として表現されるものであって、フラクタルはその限りではない。そもそも展開式とは、魔術師が自身の術式を研究する場合において、魔術構成そのものを視覚的に表現する場合、自分に合った――ないし、性質そのものが表現されるもので、本来ならば他者の術式に対して他者の展開式を読み取るだなんて真似は、それこそ解析術式の至上にすら当たるのだが。

 リウにとっては、ここが基本なのである。

「――失態ね、これは」

「どうかしたかの」

 だからこそ、リウはその転移術式を元のカタチに戻した。

「いつもの通り、主様の術陣に変えればよかろ」

「駄目よ。そのための対抗策が術式に含まれてる」

「――主様よ」

「冗談じゃなく、真面目によ。つまり、この術式の主は、私のように展開式にして分析してしまうことを、前提にしてるってこと。それは、知ってるってことでしょう」

 リウを、ではない。

 リウのように、そんな分析を行える人物を――だ。

「師匠しかいないじゃない……」

「うむ、妾の記憶の中にも、ほかにはおらんのう」

「つまり、そういう相手ってこと……まずいなあ」

 立場が明確になった。

 これより一歩でも森に足を踏み入れれば、リウは挑戦者になる。

 挑まなくてはならない。

 サギシロの名を持つ、紛うことのない魔術師として最高峰の師匠と、同じような相手に。

「ってことで予定変更。メイは分析系主体で」

「嬉しそうじゃの、主様よ」

「そりゃあね、こんな機会はそうないし、八割程度は手の内を明かすつもりで」

「豪儀な話じゃ」

「さすがにミヤコが一緒じゃできない類だからね。ま、今までも隠れてきちんとやっていたけれど」

「ミヤコ嬢ちゃんなら、斥候に出しても問題なかろ」

「あれで観察からの結論は、私よりよっぽど早いからね。今まではどうにか誤魔化してこれたけど……気付いてるかしら、あの子」

「言語化が難しいがのう」

「思考を言語化するなんて馬鹿なこと、できないわよ。準備は?」

「うむ」

 周囲に展開した術陣をざっと眺めたメイは、一つ頷く。

「因子分析、位相解析、術式分析に魔力解析と、加えて把握系術式を展開しておる。妾の思考を通さず、主様に直通じゃ。……妾の脳は小さいからのう」

「大きさじゃないでしょ。場合によってはそっちでも処理してもらうから」

「なにをするつもりじゃ?」

「メイにできなくて、私がやること」

 そもそも、魔術的な知識はメイと共有化してある。行使する者が違えば、それはまったくの別物ではあるが、基礎は同一だ。そして、大きな違いが一つある。

 メイは術式を使うが、――リウは術式で創るのだ。

「道を創るのよ」

「諒解だ主様よ――そうでなくては、面白くもない。じゃが、最悪は想定しておくべきじゃの」

「じゃ、最悪をどうぞ」

「分析、封印、解法、構築、拡大、現象、凝縮、呼応、因果の九つじゃのう」

「それ、師匠の情報にあった極赫色宝玉クロゥディアのことじゃない」

「ゆえに、最悪じゃのう」

「はいはい。じゃあ行きますよっと――」

 一歩を、森の中に踏み入れた。

 領域に入った。

 そして、その直後に、足元に展開していた円形の小さな六つの術陣が、壊れるのでもなく、弾けるのでもなく、拒絶でもなければ破壊でもなく、ただ消えた。

 消失した。

 なぜ?

 簡単だ、リウとメイからの魔力供給が途切れたからだ。

 なぜ?

 簡単だ、リウとメイからの魔力供給が、できなくなったからだ。

「――」

 言葉がない。

 浸透する理解が、意識を模る。

 ――分析された。

 ――解法を見定められた。

 ――封印された。

 ――周囲には構築された術式多数。

 ――転移術式そのものを拡大して。

 ――森の中に戦場と呼ばれる現象を具現して。

 ――リウの術式に呼応する。

 すなわち、七つ。

 九つの内の――極赫色宝石が持つとされる、九つの特性の内の七つが、ここにあった。

「メイぃ……!」

 現実を直視し、この空間そのものが〝転移〟の特性に成り代わってしまっている状況にようやく、リウは己の肩に乗る黒猫を睨んだ。

「あんたのせいよ、これ」

「やっぱりそうかの……これ、主様と妾との繋がりまで切っておるようじゃが」

「本物だったら尻尾!」

「ふぬっ、まずい逃げ場がない!」

 リウが封印されている以上、メイもまた影の中に戻れない。けれどそんな呑気な言葉を交わしている時間は終わりだ。

「逃げ場がないのは、あんただけじゃない――ってね!」

 逃げ場がないのならば。

 前へ踏み込むしかない。

「周囲の知覚を最優先! 次に私の傍から離れないこと!」

「爪立てても良いかのう!」

「痛いから駄目! 珠の肌に傷ついたら腹よ、腹!」

 前方への全力疾走をしながら、転移を利用して飛来したものが投擲専用スローイングのナイフであることを見抜く――が、同時に十六個、しかも方向が定まっていない。全方位を覆うほどではないにせよ、およそ行動できる隙間がないのは確かだ。

 ――背後以外には。

 だから一歩を更に踏み込み、右側から飛来するナイフを掴みとる。牽制の一手であることが僥倖だった。本気で殺害目的ならばこうもいかない。

 武器を握った、けれどそれを使わずに回避を行う。飛び道具を相手にする戦闘は――慣れている、とは言わないけれど。

 叩き込まれている。

 なんというかあの師匠、間違いなく魔術師として最高峰、いや至上の位置にいるサギシロという女は、魔術の師匠でもあるにも関わらず、あろうことか魔術師の身であるリウに対して、魔術を使わない戦闘技術だけはまともに叩き込んでくれやがったのだ。

 つまり。

 リウラクタ・エミリオンにおいて戦闘とは、魔術を使わない方が動きやすいのである。

 魔術師なのにどうかと思うので、これはほとんど誰にも見せたことがなかったのだけれど、術式を封印されてしまっては、それを解除するための術式を構成することすら難しい。

 なによりも、そんな暇がない。

 だからリウは肩にかけたストールが落ちないように気を付けながら、ついでにしがみつくメイが揺れる動きを煩わしいと思いながらも、鋼を仕込んだブーツで、手にもったナイフで、場に対応するしかないのだ。

 しかし、癪な話だ。わかっているのに意地が悪い。

 後退などするはずがないのに、そこが逃げ場にならない――拒絶の場だというのに。

 背後からの攻撃は、一切ないのだから、癪だ。

 来ないのならば好きにしろと、そんな意思表示に。

 馬鹿なことは言わないでと、リウは意思表示する。

「主様よ! 妾、落ちる!」

「知るか! っていうかあんた〝瞳〟は!? 動くんでしょ!」

「動いておっても伝えられん!」

「ああああそうだった! 役立たず!」

「噛みつくぞ!」

「うっさい!」

 二本目のナイフ――それを左手で掴み、防御ではなく進むために六度振る。

 小太刀二刀流〝六連むつれ〟。

「う――わ」

 強引な停止に木の一本を使い、躰を前へ倒すような不自然な動きからの防御行動――アイギスの盾と名を冠した動きを行う。それはしゃがんだ人が躰を捻りながら立ち上がる行動に似ていて、それは己を守るための行動だ。

「この――」

 一度両手を離し、踏み込みながら右手を大木に当てて腰を捻り、衝撃を一点集中させることで破壊することで道を創り、倒れる木を蹴り飛ばしながら疾走を始める。やはり、移動に際してメイがぷらぷらと揺れるのが邪魔だ。

 術式が使えないため、目的地に至る道も己の感覚に委ねるしかない。合っているのか否か、などという迷いを浮かべるつもりは毛頭ないが、面倒なのは事実だろう。

 ――でも。

 この感覚は忘れない。これでも常時、術式の封印に関しては気を配っていたのに、それをあっさりと無効化されたのだ、良い経験だと思おう。うん。

「って思えるか! こんにゃろっ!」

 足を止める勢いでナイフを二本、死角を縫うようにして飛来した追加三本を周囲に投げて刺し、ブーツに当たって弾かれたナイフを強引に足の裏で踏み込む。

 ブーツがなかったら串刺しだ、身動きを封じられていたと、そんな事実を忸怩として噛みしめながら、懐に手を伸ばす。

「メイ!」

「なんじゃ!」

「最長で二秒、有効利用!」

「あいわかった!」

 取り出した宝石を口の中に入れ、犬歯で噛み砕くと、リウを中心にして五本のナイフの距離まで術陣が発生――するが、しかし言葉通り二秒で消え、再び走り出す。

「うぬ、断片情報じゃの!」

「どっちの!?」

「つかまされた方じゃ!」

「へたくそ!」

 いや、下手なのはリウの方だ。たったの二秒しか持たなかった。

 リウは以前から、居を構えたことがない。一時的に場を区切ることはしても、それを己の領域として捉えない。いや、捉えたとしても一時的だ。

 二秒だろうが二時間だろうが、一時であることに変わりはない。

 今のように〝転移〟の領域の中に、自分の領域を持つことで一時的な術式行使を可能にできたところで、やはり、一時なのだ。その場を保ったまま移動することはおろか、二度目の展開すら不可能ときた。

 砕いた宝石は魔力を蓄積したものではなく、周辺環境に存在する魔力を自己のものに変換するだけの代物で、一種の誤魔化しでしかないし、二つ目もない。

 二秒で得られた情報も、探って調べた結果として、相手側がこれを見ろと突きつけた情報でしかなかったわけだ。

「まず……!」

 一秒でメイを掴み、二秒目で停止、そして四秒目を狙うようにして大きく前方の空間へ飛び込んだリウの背後で落雷が一つ、大木が裂けた。

「……」

「あ、主様よ」

 立ちあがり、俯き、紅色の髪を背中側に振り払って。

「……――あーもう!!」

「落ち着け! 落ち着くのじゃ主様! 妾のことを忘れるでない!」

「うっさい! 忘れてないから大丈夫よ!」

「いや主様よ――」

「あーもー、そっちが術式封じからこっちの体術確認のためだって思ったから乗ってみたけど、雷の馬鹿が介入すんならこっちだって、いつも通りやってやるわよもう、くそったれ、ミヤコがいなくなって一番良いのがこれだけどああもう――」

 珍しく、感情を爆発させる。

 今まではミヤコが傍にいたため、あくまでも自制して、常に強さを示す立ち振る舞いが必要だった。

 何故ならばリウはミヤコが目指すべき位置であり――そんなリウは、そうあるべく振舞う。未熟という呪いを負ったミヤコに対しては必要な措置だったが、今はそれをしなくても良い。

「相手をより本気にさせるだけだと思うんじゃが……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、走り出そうともせず回避に専念するリウの肩でぼそりと呟くと、思い切り睨まれた。

「メイ」

「な、なんじゃ」

「共同戦線よ」

「うぬ……あれ、妾は疲れるから嫌いなんじゃが」

「なんか言った!?」

「なんでもない、やるとも、やればよかろう!」

 奥歯に入った力を意図的に抜いて、右足を地面に叩きつける――浮かぶ紋様、けれどそれは術式ではない。呪術における初動紋様だ。続いて飛び降りたメイの足元から、同一の紋様が重なった。

 リウの白色とメイの黒色の紋様が重なり合い、色合いは混ざる。混ざるが、べつの色へと変化をすることはない。

 呪術は、身体強化のため――そう、それが表向きの理解。だが仕組みそのものは、妖魔の領域へ足を踏み入れる、あるいは妖魔と同じ立場になるために必要なもの。

 魔術とは違うのだ。

 それは、世界の在り方そのものに干渉するための技術。

 であればこそ、転移の領域の中に、己の領域を持つことができる。

 その中で。

 呪術を基礎として。

 ――リウは、魔術式を構成することができる。

「状況維持! 対術式への応答!」

「わかっておる!」

 まるで円柱のようにリウを中心にした術陣が複数枚展開する――異常なし、妨害なし、それはメイの手際の良さでもある。

 同じの知識量を持った魔術師が二人。

 逆にいえば、そうでなくては対応できない状況。

 二十六枚の術陣が圧縮されて一枚になると、足元から外側に向けて大きく広がる。そこから得られる情報を適時受け止めながらも、しかし、外側における対術式への対応は自分でするしかなく、高速処理における魔力消費よりも、脳内の処理に顔を顰めた。

 転移の空間そのものに干渉して領域を把握するには、規模が大きすぎる。こちらの術式を分析・解体への流れは半ば自動化されているようだが、それにしたって対応が早すぎて、こちらの防御処理を追いつかせるのに精一杯。これでは空間に乗せて把握することもできない。

 であるのならば、――探すしかない。

「主様よ、押されておる!」

「我慢!」

 端的な言葉に、理不尽なんて文字が頭に浮かんだメイはそのまま脱力しそうになったが、ぎりぎりで堪えた。あとで頭つきの焼き魚でもねだろう。

 返答しながらもリウは、額から流れる汗を拭うことすらできず、ただ瞳を凝らしながら術式で探す――そう、探すのだ。いつもならば術式で分析してから解決策を導き出すリウでも、これでは分析したらそこで終わりだ。

 これだけ大規模でかつ、七つもの同時行使がされている領域だ。できるだろうが、できた瞬間にリウと呼ばれる許容量を超える。

 時間との勝負だ――と、そう思えた直後に、それは見えた。

 いや、見せられたのだ。

 目的地を。

 ゴールを。

 ここだと、示された。

 ――私の。

 そうだ、こちらの意志を読み取った上で。

 ――私の限界を知ってる……?

 それ以上は止めておけと、そんな意思表示をされた。

 足元にいるメイを抱え上げ、一歩を踏み出した瞬間に視界がブレる。足元の感覚がなくなる前に、膝から一気に力が抜ける感覚が走り、奥歯を噛みしめて――たぶん、二歩目をきちんと踏み込めたと思う。

 転移の空間に身を投げだし、領域の内部にある転移術式そのものを利用して。

 ――たぶん。

 リウは、その目的地に到着できた。


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