05/23/06:00――ミヤコ・襲撃の訓練
ミヤコ・
刀を握り、使い始めたのは八歳の頃からだ。かつても、そして今もほぼ独学ではあったものの、こうして定期的に訪れる先生の襲撃により、三年前に一度、身に着けた全ての技術を圧倒され、そして完全に砕かれた。
結果として――それは違うものだと、示されたのである。
そこからも独学。師事する人もいなければ、周囲に刀なんて珍しい得物を使う人間もいない。試行錯誤を繰り返し、自身で考え、そして今回のような襲撃でまた試す。ただ前回の襲撃もそうだったが、否定されることはなくなったように思う。ただ、それでも通用しない現実に直面させられるので、ミヤコはまた未熟であることを痛感するのだけれど。
まだ準備段階ということもあって、早朝に近い時間帯なのだが、ミヤコは運動場として使っている正面広場を、玄関口にある階段に腰掛け、頬杖をつきながら見ていた。いわゆるトラップ型の術式を配置しておく絡め手だ。それを狙い、誘導しつつも、個人技との連携で対応する――らしい。
ミヤコがこの玄関を任されたのは、おそらく体術において場を守ることを念頭にした配置だろうが、彼女自身としては守りに長けているとは思っていない。だから消去法で、室内戦闘を得意とする人間を除外した上で、広場で動く人間の中から周囲への被害を出さないような技術――となれば、刀を持って居合いを専門とするミヤコになってもおかしくはないのだけれど、であるのならば遊撃にして欲しい、とも思う。
何かを守る、というのが苦手なのだ。
結果的に守られるのならば、それを良しとしよう。けれど、これ以上進ませないように、なんて言われても、じゃあ動くなってことかいと、半目になって文句を言いたくもなる。ただ、襲撃は訓練と同じであるため、反対はせずに頷いておいた。これも経験だろう。
「姉さん」
頭上からの声に視線を向ければ、クロがパンを手渡してくる。二十センチほどの小さなものだが、固いパンだ。クロが好むもので、ミヤコは甘いものが好みなのだけれど、受け取って食べる。ノザメエリアと付き合いのあるミシデアシティでは麦の生産が盛んであるため、比較的簡単に手に入る。そのため加工技術が発展し、パンの種類に関しては類を見ないほどだ。
などと、そんなことを考えるが、クロの受け売りだ。こと街の歴史に関しては、クロが好んで情報を集めている、いわば領分で、そういうものが自分にもあればなあ、とミヤコは思うものの、やはり優先順位は刀になってしまうのが現状だ。
「あんがと」
「リウ姉さんが、孤児院に戻った時、ミヤコ姉さんに買って持っていけって言ってたんだよ。お礼はそっちにしといてくれ」
「そっか」
街にいる時は必ず、リウは朝に孤児院へ顔を出す。朝食を作ってあげる場合もあれば、準備させることもあるけれど、朝の挨拶だけでもしない日はない。どうしてと問うたこともあるけれど、明確な返事はなかった。
正直、リウは何を考えているのかさっぱりわからない。
「いや……」
それを口に出すと、あのなあ、といった様子でため息を落とされた。
「俺にとっちゃミヤコ姉さんだってよっぽどだろ」
「え、そかな。あたし単純だと思うんだけど」
「単純……うん、まあ、そうだな、それはなるほどと頷ける話だ」
「……あれ?」
「だからといって、愚直であることと素直であること、それらが単純の比較材料としてあったのなら、たぶん愚直の方に倒れるだろうし……素直? ないない、姉さんに限ってそんな、まさか、ははは」
「クロ、ねえクロ、――斬っていいかな」
「冗談だ。……そういうことにしておいてくれ。準備には混ざらなくていいのか?」
「あたしはほら、ここの番人だから。しかも個人で」
「ん? 姉さんは、先手で出たかった?」
「任されたのがこの場だし、文句はないよー」
「姉さん、年下に結構甘いよな――俺を除いて。ここは任せた、なんて言われるとわかったとすぐ頷くんだから……もうちょっと、自己主張したらどうなんだ?」
「クロに言われたくはないけどね」
「俺は結構、主張してるだろ」
「どうかなー。でもほら、あたしの仕切りじゃないから」
「――姉さん、自分が仕切るならどうするつもりなのか、意見があるみたいに聞こえるぜ」
「んー」
横に回ったクロは、立ったまま顔を見る。ミヤコの表情はどこか呑気なままで、パンを齧りもぐもぐと咀嚼してから、そうだなあ、なんてぼやく。
「あたしに意見を求めないでって態度は、ロウにも通じてるみたいだけど」
「求めてもすっとぼけた返答しかしないし、人の話を右から左に流してるのは姉さんだろ」
「誰かの意見にさ、口を挟むってのがめんどーなの」
「じゃあ、これからは誰よりも先にまず、姉さんに意見を聞けば、応える?」
「たぶん。だから訊かないでね」
「今訊いてるんだけどな、俺は……」
「そうだねー」
そもそもだ、先生の襲撃は確実に防げない。実力差がありすぎて、子供の遊びに対応している程度かと思えば、あの人にとっては道端の石を蹴飛ばす程度の労力でしかないのだろう。だからそれは大前提、失敗して制圧される流れは完成していて、けれど、どう流すのかを試行錯誤するのが、こちらのやり方だ。
「どうして撃退するのかなって」
「――え?」
それが、クロが問うたことへの返答だと気付くのに、時間を要した。
「それは――」
どういうことだと、そう言うより早く立ち上がったミヤコが、跳躍をして玄関の雨避けの上へ手をかけて移動する。なんだと思ってクロもその後を追うと、屋根の上で欠伸を噛み殺しているリウがいた。もう戻ってきたのかと、そんなことを思うと降りてくる。
ミヤコは改めて腰を下ろし、上から運動広場を見下ろしていた。
「ミヤコ姉さん」
「うん?」
「どうして撃退するのか――って言ったけど、どういう意味だ?」
合流したリウが、それ言ったのと頭に手を当てると、ミヤコはうんと頷いた。口外禁止だとは言われていなかったし、かれこれ二年も前から思っていることなのだ、問わない馬鹿が悪い。
「リウ姉さん?」
「ん……」
発想の転換だ、と言おうとして止める。昔、師から言われた内容を思い出したからだ。
「ミヤコ、続き」
「え? 前に話したじゃん」
「クロに」
「ああ……うん、だからね? 襲撃されることに対する手は、防衛と撃退だけじゃないと思って」
ミヤコならどうするのか――実は、リウにそう問われたことがあるのだ。もちろん二人だけの時に、しかし返答は早かったのを覚えている。
リウにとっては、ミヤコがそこまで考えているのが予想外だったけれど、しかし、思考としてはそれほど難しくはない。ただ、招き入れて封殺することを考えていない配置なだけだ。今までの戦術は、足止めや妨害の意味合いがほとんどで、実戦的であったとしても傾倒しがちである。
けれど、それを口にするのは厳禁だ。特にリウは言えない。ミヤコは性格上、言わない。
「ううん、俺にはよくわかんないな。そんなもんか」
「そんなもの。で、ロウはどこ?」
「校長室だろ」
「そう」
ひらりと飛び降りたリウを見送っていたら、いつの間にかミヤコは仰向けに寝転がっていた。眠いのかと思えば視線は空へ。
「――昨夜はまた雨だったみたいだね」
「ちょろっとね。上がりが早かったから、ほとんど濡れてなかったし……今夜は降らないよ。明日も昼頃まではまず持つかな」
「よくわかるな……俺にはさっぱりだ。雨の気配が感じないくらいはわかるけど、昨日ははずれたしな」
「そりゃクロは金だもんね」
「キン? ……ああ、以前に言ってた属性がどうのとか、そういう」
「そう……あ、うーん、そっか、でも、うーん」
そういえば呪術を使っての戦闘はまだ襲撃でやってなかったな、と気付く。けれど使うべきかと考えた時、迷わず否定が浮かんだ。通用しないというか、使かうべき相手ではない――そう思う。
それに、試すにしては観客が多すぎる。
「むっ」
その思考がなんだかリウに似ていて、やや顔を顰めたが、何の話だとクロは肩を竦めた。
「クロはさー」
「なんだ? 百面相は見ていて面白い」
「先生と本気でやり合ったことある?」
「……? よくわかんねえけど、全力で当たってるぜ」
「そっかー」
「姉さんはそうじゃないのか?」
「どうかなー。真剣ではあったけど、本気とはちょっと違うかな。試行錯誤? そんな感じだったし」
誰かが出てくる気配、それと盛大なため息が聞こえた二人は顔を合わして苦笑した。
「ロウ」
「む……」
頭上からの声に驚いたのか、周囲を見渡した少年は、白衣の裾を揺らしてようやくこちらを見つけた。
「なんだ、ミヤコとクロか。驚かせるな……貴様らはあれか? 馬鹿となんとかが高いところに上りたがるという、体現者か?」
「違うし。まあた、リウの相手してため息?」
「うるさい」
舌打ちをしたロウは柱を背もたれにして腕を組む。
「疲れてるならやんなきゃいいのに」
「そういうわけにもいかん。あの女は、できるのにやらんから性質が悪い。できん理由があるなら言えばいいのに、誤魔化すばかりで埒が明かん。口にできないと、はっきり言われた方がマシだ」
「それで、ロウは頭が固い――なんて言われれば、ため息も落としたくなるか」
「――クロ、手伝ってこい」
「へいへい、一言多かったな」
クロは飛び降り、ミヤコは寝転んだまま顔だけ出す格好だ。その姿勢に注意をしようと思ったロウは、言おうとして止める。それは諦めからだ。
「調子はどうだ」
「あたし? いつも通り万全かな。――あ、そうだロウ、これ言うと怒ると思うけど」
「俺がいつも怒っているように言うな」
「今回の襲撃でさ、あたし、本気で先生とぶつかってもいいかな?」
「――」
どうして今まで本気じゃなかったんだと言いそうになったが、これもまた、どうにか留まって、右手で眉間の皺をほぐす。
「今まで本気でやらなかった理由は、言えるか」
「あのね? 今までだって真剣にやってたけど、あたしは何ができるのかーって、試してた部分が強いの」
「……だったら、本気になって何を試す」
「先生を」
「なに?」
「先生がどこまでやるのか、試してやるって言ってんだけど?」
「またお前は……どう考えても無茶だろう」
「やってみなきゃわかんない」
「いい、いい、好きにやれ。ミヤコがそう言うのは珍しいし、やる気があるんなら、やっちまえ。ただし、ほかを邪魔するな。そのための配置だ」
「へ? そなの?」
「貴様は俺の話を聞いていなかったのか? 連携もしなければ、背中を預けられるやつもいないお前は、個人技で単独行動だと、俺は説明したはずだが」
「……そう、かも?」
まったく覚えていなかった。
「だから、好きにしろ」
「あんがとー」
ごろりと仰向けになったミヤコは、陽光を確認して眩しさに目を細める。雨も好きだが、こうした晴天もミヤコは好きだ。爽快感は、きっと湿度の低さよりもむしろ、空を広く感じるからだろう。
――リウはなんて言うかなあ。
基本的に、ミヤコもまた、実力を隠しつつ生活をしていた。それは隠すというよりも、見せるものではないと、そんな思いからでもあるし、何より刀の使い手が少ないことも所以となっている。
けれど否応なく、この場では他人の視線に晒される。それを考えればやはり、すべきではないとも思うが、それ以上に、やってみたい気持ちが強かった。
「ミヤコ」
「んー」
視界の隅にリウがいる。術式で移動してきたのだろうけれど、それを今のミヤコは捉えることができない。驚きがないのは、当たり前になりつつあるからだ。
「本気でやるって?」
「あれ、聞いてたんだ。うんそう、逆に試そうと思って」
「術式は?」
「使わない」
「……そ。昨日もやれなかったし、それは構わないけれど、私も見ていていい?」
「え? あ、うん、どぞ。でもなんで? 面白いかな」
「さあ、どうかな。ミヤコの方がよっぽど楽しそうよ。――どうして?」
「そろそろいいかなって」
直感、なのだろう。それはまだ早いのかもしれないし、遅い可能性もある。それでも今を選んだことは、リウにとって好ましい。
そろそろだと、思っていたところだから。
――ま、どうかしらね。
あくまでもリウの都合だ。上手く行くとも限らない。
それでもあるいはと、リウは西の方を見て、僅かに目を細めるよう、真剣な表情をしていた。
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