02/20/16:50――鈴ノ宮清音・鈴ノ宮の終わり

 派手に作られた道を歩いてきた。

 行軍には慣れている者が大半だ。それは侍女であっても変わらない。一直線に屋敷から学園まで、周囲を警戒しながらだったので時間を要したが、全員無事にここまでたどり着くことができた。

 ふいに、戦闘を歩くジィズとシェリルの足が遅くなる。終わりを惜しむわけではない――行軍速度を遅くして、学園がもう見えている時点で、先頭に立つべきは清音と五六いずむだ。

 そうして、彼らは学園へ到着する。無言で、肩を落とすこともなく、荷物を下ろすこともなく、ただ学園の運動場に至って、振り向く二人の姿を視界に捉えるため、横に広がった。

「――当初は、ただ鷺ノ宮の代わりを、疑似的にでも担おうと思って作ったのだけれど、こうしてみれば随分と家族が増えてしまったわね」

 薄く、嬉しそうに、清音は笑いながら全体を見渡した。

「お疲れ様。これよりあなたたちは鈴ノ宮を離れ、一人になる。好きに生きなさい。もう私に囚われる必要はない。私も、あなたたちに囚われることはない。けれど、もし困ったのならば隣人を頼りなさい。私を頼りなさい。どうであれ、いつになっても、私たちが家族であったことは、変わらないのよ。最後に、運んできた荷物を、それぞれ所持者に渡すこと。――さあ、これで鈴ノ宮は終わりよ。ありがとう」

 おう、とあちこちで声があがる。こっちの台詞だ、なんて言葉もあれば、ありがとうと返す者も。

 賑やかでいいと、清音は思う。肩の力を抜けば、真横に五六が立つ。

「お疲れ様です、お嬢様」

「五六も。……というか、言葉遣い、もういいわよ?」

「いったいどれだけの時間を、こうしていたと思っていらっしゃるのか、糾したい気分ですね。もう変えられませんよ、お嬢様」

「それもそうね。それが、私たちらしい、かしら。――火丁あかり

「はいよー。そのうち兄さんくるから、いいよ?」

「そう。じゃあ、またあとで。五六」

「ええ、先に忍さんのところへ」

 終わりだって言ってたのに、まだ仕事があるんだなあと思いながらも、二人の後ろ姿というのは、見ていてなんだか嬉しかった。

 荷物を下ろした彼らは、軽く雑談に興じている。しばらくすると、ふらりと少止がやってきた。予想通りだ。

「兄ちゃん! お疲れ様」

「ああ……全員無事か、何よりだ」

「おう少止、おい」

「なんだジィズ」

「田宮や浅間のガキどもが、学園の防衛戦に手を貸したってのは、マジか?」

「大マジだクソッタレ。説教の役目はあんたらに任せる。初陣明けだ、楽しませてやってくれ」

「生き残ってんなら、それでいい。うちに装備預けてる連中を、呼び寄せて欲しいもんだが」

「さっき、園内放送を忍が流してたから、すぐくる。もう少し待ってろ。私は火丁を持っていくだけだ」

「ちぇー、荷物扱いかあ」

「親父とお袋がいる」

「あ、いく! 父さんと母さんも無事だったんだ。よかった」

「ああ。宴会騒ぎに付き合ってられるか。とっとと行くぞ」

「はあい」

「っと、ちょい待て。――花刀に九! 雑務が山ほどあるから、早めに手伝えよ! どうせ、ろくに役に立っちゃいねえんだろうからなあ!」

 なんて台詞を捨て置いて、少止は校舎へ。校庭で遊んでいた茅は、鞠絵と別れて近づいていく。

「やあ、お疲れ。シルヴァンはいるか?」

「――親父!」

「ん、生きているようだね。うん、なんだ、いい顔つきになったじゃないか。かつてとは違っていても、家族をちゃんと見つけられたようだ」

 駆け寄ってきたシルヴァンは、なにかを口にするよりも前に、深く――頭を下げた。

「……ありがとう、親父」

「ん?」

「ありがとう。なんつーか、いろいろと理由はあるけど、あんたには感謝をまず、言いたかった。親父、ありがとう」

「ああ……そうだね、そういえば、きちんと言ってはいなかったか。シルヴァン、お前はもう、一人前だ。胸を張れ。これからは、僕とお前は、対等だ」

「親父……」

「泣くなシルヴァン。誇れ」

「ああ、そうだな親父。――ありがとう」

 万感の想いを乗せた謝辞を受け取った茅は、ふいに胸の内に空洞が広がったような感覚を味わった。ずっと前に、シルヴァンを育て上げた時にも味わった、どうしようもない空虚だ。一人になれば痛みに苦しむことがわかりながらも、まだ、茅は生きている。

 そんな茅の横を抜けるよう、ふらりとサミュエル・白井がきた。

「……ああ、いたかキーア殿」

「おう、サミュ。無事だったか。突入部隊だったと聞いたが」

「まあな。――親父もいるのか」

「エルか。酒はやらん。これは僕のだ」

「知ったことか。キーア殿、俺の相棒はあるか?」

「俺が持ってきている」

「寄越せ。受け取ったら俺は戻る。馴れ合いは御免だ、面倒臭い」

「徹底してるな……」

「あ――ちょっと、サミュエル? うちの子……鬼灯とあやめは?」

「あんたがメイリスか。連中なら生きてる。学園のどこかにいるだろう」

「そう……ん、ありがと」

「対物を提げてツラ合わせか? 笑えるのは、そのだらしない顔だけにしておけよ。じゃあなキーア殿、確かに返してもらった」

「おいサミュ、弾は?」

「必要ない。余ったら、あとで届けてくれ」

 ケースを片手で持つと、白井はすぐに校舎へ戻る。その時に田宮たちとすれ違ったが、軽く手を挙げただけにとどめた。

「――お前ら!」

 腕を組んで、ジィズ・クラインが大声を上げると、自然な流れで注目が集まる。それを承知で、こちらにくる四人を睨んだ。

「未熟な分際で死地に赴くとは何事だ! ――ったく、よく生き延びたもんだ、クソッタレ。おいお前ら! 余った酒を出せ!」

 ほれみろ、と言わんばかりの田宮の頭を、ジィズが叩く。浅間はジェイルとメイリスに引っ張られ、戌井や佐原もすぐに囲まれてしまった。

「よくやった、とは言わんぞ馬鹿が」

「――ははは、厳しいですね、キーア殿」

「当たり前よ。――で、どうなの浅間」

「ん、大丈夫。私は次があっても、応じますよ。田宮もそうしてくれるから、心強い」

「……さすがに無傷とは、いかなかったようだな」

「あー、そうです。右目を失いました。吹雪さんの治療もあったんで、なんとか生活には困らないですが」

「そうか。まあ、飲め」

 ボトルの酒を渡され、まあいいかと思って口をつける。口当たりは甘く、それほど強くはなさそうだった。

「――怖かっただろう」

「……はは、そう、ですね。どんだけの長時間戦闘か、よく覚えてないんですよ。治療が済んで起きてからも、自分を確認する意味合いで、田宮と一緒にあれこれやってて――さっきまで、がたがた震えてました。情けないですよ」

「それでいいのよ。誰だって、戦場は怖い。死地を越えたとわかった途端、安心と共に震えが訪れるもの。私だってそうだった」

「仕方がなかったのかもしれん。だがな浅間、手におえない戦場に自ら飛び込む理由を作るな。望んで恐怖を抱けば、隣にいる人間から死ぬことになる」

「はい、わかりました。今ならその言葉、痛感します」

「わかればいい。――ほれ、こいつはお前の得物だ。良かったな、うちに預けていて」

「ありがとうございます。そういえば、鈴ノ宮さんところが、大きくは最後だったみたいですよ。もう結構な数が、学園にいます」

「もう夕方だものねえ……知ってる子、いるのかな」

「どうでしょう。北上さんなんかは、顔見知りが多くて困る――なんて、ぼやいてましたけど」

「ほう、北上か」

「ええ、七草さんと一緒に、つみれちゃんの指揮で忍さんを運んでくれたので。そういえば、道を作るとか言って、酷い無茶をしましたよね」

「ありゃ俺らじゃねえよ」

「うん、ウィルが勝手にやった」

「動ける人間、ほぼ全員で、なんとか相殺したらしいです。私なんかはまだ動けなかったんですが、田宮が呆れてました」

「サギシロ先生は手伝わなかったの?」

「みたいです。人を集めて、指揮はやっぱりつみれちゃんが執ったみたいで」

「呆れたものだな」

「まったくですよ。とてもじゃないけど、真似はできません」

「適材適所ね。そういえば、メイは? いるの?」

「いますよ。――あ、そっか。確かお二人は、ケイオスさんともお知り合いでしたっけ? もう学園にいますよ」

「なんだ、ケイもこっちにきてたか」

「んじゃ、私は先に息子のところいってくるわ」

「おう」

 どうにか間に合った感じだなと、ジェイルは肩から力を抜いた。

「ここから先、どうなるか知ってるんですか?」

「さあな……ただ、想像はつく。いつそうなるかもわからんが――ベルには、満足して欲しいものだ」

 やっぱりそこなのかと思ったが、浅間は口を挟まない。何がどうなるのかなんて知らないし、わからないけれど。

 ただ。

 ずっと、この機会を待ち望んでいた人たちがいる事実が、ひどく遠く感じられた。


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