02/20/00:00――田宮正和・己との契約

 届かない背中を追うことはがえんしよう。いつだって周囲を見渡せば、未熟な自分が生まれたての子供のよう、どうすれば手が届くのかと考えるのも億劫なほどの実力者が、一人どころか二人、三人といるのが日常になって久しい。

 今になって思う。実力差は明確、届かない相手に向かって足を進めればいつか追いつけるのだと思い込んでいたけれど、彼らはただ、もっと先を見ていただけなのだ。手を伸ばせば甘えるなと態度で示され、くそったれと足に力を入れたものだが――いつだって彼らは、見えない手をこちらに差し伸べ、背中を支えてくれていた。

 田宮たみや正和まさかずにとって、ここは死地だ。

 何度、胃液を吐き出したのか覚えていない。胃も相当に荒れているのか、戻すのは胃液に血が混じったようなもの。それでも、胃を逆流してきた液体を吐き出せば、痛みと共にすっきりするのだから、どれほど追いつめられているのかは自覚できる。

 力の使い過ぎで倒れ、数秒だが気を失い、再び立ち上がるのには五分以上の時間を要する。そんなことを繰り返し、補給の水すら痛みを伴って、固形物など喉を通らないこの有様で、それでもと躰を起こすのは、死にたくないなんて恐怖よりもむしろ、田宮にとっては仲間に対する己の信念があるからだ。

 必ず、どんな時も、仲間には自分の背中を見せようと、決めたのだ。

 足に力を入れれば、この場にいる転寝うたたね夢見ゆめみのフォローが入る。戦場全体に広がっている水のような気配が彼から発せられているものだと、田宮は気付けており、逆にそれが指針となって、ESPそのものの使い方を教わっている感じもする。

 前線に出ている戦力は、場に留まることしかできていない自分たちと比較して、どうかと問われれば、たぶん、似たようなものだと答える。こちらには数が多く、けれど前線には少ない――その差こそ、実力と呼ばれるものなのだろうけれど、あとは戦術のうまさだ。お互いに役割分担をしているわけでもなく、ただ並び立つだけで、何をどうしているのかを把握できている。

 だが、それを羨ましいとは思わない。

 こちらだとて戦場の中だ。防衛線に切り替えてはいるものの、断続的に襲ってくる妖魔がいないわけでもなく、特に空からの攻撃は前線の連中も防ぎきれておらず、守られている実感がありながらも、立ち止まれば真横で死神が肩を叩いてくる。さすがに、今の田宮にはその肩を叩き返す度胸はなかった。

 ――固定観念を外せ。

 柔軟性の先にある、効率へと手を伸ばす。

 田宮の持つESPイメージは弾丸だ。速く、強く、より遠くまで飛ぶ力。それゆえに、防御の力としての扱いは苦手だ。より攻撃的な力を選んだつもりはないが、かつて目の前で見た発砲の音色が、強く脳裏に焼き付いていた結果なのだろう。

 大きく変化させることはできない。こんな状況下で足手まといなら死ぬだけだし、そうでなくともイメージを変更することの危険性は、事前に教わっている。それでも変えようとしなかったのは、本当の意味合いでの戦場を、今まで知らなかったからだ。

 きっと、その心情を察することができる朝霧芽衣が傍にいたのならば、苦笑して言うだろう。戦場に触れることでようやく、成長は始まるのだと。

 今持つ技術で無理ならば、成長しなくては生き残れない。学校で椅子に座って授業を受ける時よりも、よほど頭を酷使する。脳が焼き切れんばかりの思考はしかし、いつか芽衣が教壇に立った時の授業を彷彿とさせられた。きっとここを乗り越えても、基準が今になる。そして、人は足を踏み出すのだ。

 今までの前進を否定はしない。しないが、甘かったのは痛感できる。だがこそ、今まさに成長しなくてはならない。

 弾丸を、限りなく細くすれば針になる――いや、イメージの問題なので、なったと、そう表現すべきだろう。弾丸そのものではなく、なにかを飛ばすことが本質ではないかと仮定しての試みは、成功した。それは夢見が戦場に出た時に、針をテレポートさせて周囲の妖魔を潰した攻撃が、一つの影響だ。

 夜は暗い。

 そんな当たり前のことも、今までは感じられなかった。夜に出歩いても紅月があって、それは光源そのもの。まさか影の濃さに隠れるような妖魔の大群を視認するのが難しい現状など、田宮にとっては初めてのことだ。

 けれど、視覚に頼らず感覚任せならば、それはエスパーの本領だ。ほかに劣っているようでは話にならない――のだが、いかんせん、周囲を察知するESPの使い方を、未だに見つけられてはいなかった。

「――」

 喉をせりあがる何かを抑え込み、今度は弾丸そのものを広く、大きく、平らにして射出するイメージで飛ばす。結果としてそれは、防御の陣となり、遠距離攻撃を八つほど防ぐ。踏み込んだ右足をゆっくりと戻しながら、は、と力を抜いても息しか漏れない。こちらの集団の先陣を切っているロウ・ハークネスが振り返るように一瞥をくれた。

 ロウの動きはこちらを背に、守るような動きが多い。けれど単独であり、橘よんのフォローがあるにせよ、攻めと守りを同居させているような形での防衛が主だ。

 もう、言葉を交わす余裕はない。きっと田宮たちが生き残っているこの状況こそ、奇跡的だと、この場にいない人間ならば言うのだろう。けれどまだ、終わりは見えない。

 籠城戦と同じだ――そう言ったのは誰だったか。まだ会話ができる頃、それなりに休憩がとれていた時間に聞かされた。いつ終わるのかを考えるのではない、今を凌げたと思って続ける。けれど今を見るだけでなく、繋げるための次を考えて、耐えろと。

 躰はずっと火照ったまま、熱を感じ続けた結果として今はもう、熱さすらわからなくなっている。けれどそれでいい、きっと温度を感じてしまったら、冷え込もうとする予兆だけで心が折れる。しかし、それでも頭の中は冷静そのものだ。感情の起伏すらしないのは、精神的な力がもうそこまでの余力を残していないからか、飛び込んでくる景色を、ひどく冷めた視線で受け止めている。

 周囲がゆっくりと動くような感覚はない。危機的状況に陥った際、脳が認識の枷を外し、莫大な情報を仕入れるために見える情景、オーバーレブと呼ばれる現象も、この危機はさすがに度外視か、あるいは持続しなければいけない現状を慮って、逆に躰が制限をかけたのか。

 上手く戦闘を組み立てる、なんて真似はできない。圧倒的な経験不足だ、一手が決めた数手先の未来など、予測も予知もできなければ、想像もできない。だからずっと、目の前のなにかに、応じるだけだ。

 田宮はずっと、誰かの背中を見てきた。

 最初は亡くなった母親だ。自分を育てるために、パートへ向かう母親の背中を見ながら、どうにかしてやりたいと思いつつ、なにもできなかった過去がある。

 そして気付いた。自分は母親を助けたくて、それを悔やんで、一人で生きていた母親を羨ましく思ったからこそ、狩人になりたいと思い、四苦八苦していたが、狩人になるのは手段でしかなく、ただ、己の信念を貫いた母親を、一人前の人間として自分を育ててくれた母と、同じ生き方をしたかっただけなのだと。

 だから、仲間の背中を追いかけるなんて真似は御免だった。それがどうであれ、差がたった半歩でしかなくとも、田宮は浅間らら、戌井皐月、佐原泰造の三人だけには、必ず背中を見せようと、信念を抱いた。

 立ち上がれないのは、最期の一人になってからだ。どれほどの苦境、どれほどの死地、けれど仲間が隣にいるのならば、田宮は必ず、最期の一人になる。

 それが己との契約だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る