--/--/--:--――円つみれ・予想外の錬度
およそ一時間。
意識を失った振りをしながら、流れに身を任せていた白井に言わせれば、つまりそれは退屈の一言に尽きた。
最初の十五分ほどは、一つの目的が達せられると、仕事中であっても気が抜けるものだな、なんて至極当然であり、熟練者ならもっとも警戒するだろうことをしない彼らの会話から、いくつかの情報を引き抜くことで暇潰しをしていたものの、しばらくすると無駄な情報ばかりで呆れの吐息も落としたくなる。
しかし、身動きできないのだから、そんなこともできない。実質、寝ていないのだが、体力は温存できるとはいえ、これ以上回復しても同じことだ。となれば退屈を持てましたところで仕方がないと言えよう。
ともかく話を総合すれば、彼らはいわゆる下請けであり、命令に従う駒のようなものだが、半ば自嘲を込めて言うのならば――なるほど、彼らを駒呼ばわりはできない。
かつての自分がこうだったと思えば吐き気がするし、むしろそれ以下だったのだから地獄に落ちればいいのに。
彼らは目的を持って仕事に順じている。その理由については定かではないにせよ、金であったり行動することの意義であったりと、その多岐にわたる可能性については考慮しないが、それでも肯定であれ否定であれ、己の意志で決定しているようだ。
けれど、かつての白井は違った。
命令に対して、正誤はなかった。肯定も否定もない、理由すら必要がない。あえて言うのならば、命令されたことが理由だ。それだけで動く理由になったし、レバーを押せば回り出すスロットの目と同様に、命令されれば遂行して殺していた。
彼らとは比較しようがない。なんとも、自己のない人形――装置だったではないか。
自嘲は浮かぶが、否定はしない。その状況を甘受していたのは白井自身であるし、今は、まあたぶん違うんだろうと思うくらいには、変わろうと考えている。
状況は度外視して、感情的な物言いをするのならば、白井はこの連中を気に入った。
わかっている。こんな連中など、外に目を向ければどこにでもいるし、もちろん白井のような人種も――まあ、いるのだろう。けれど、最初に接触した、という新鮮な感覚がそれを後押しする。
――とはいえ、だ。
悲しいかな、それも命令如何だ。それでもまあ、できれば殺さないでくれと願うくらいは悪くない。
そんなことを思っていたら、車が停止した。ようやく到着かと、この退屈からの開放にやや喜びに似た感情を沸かせながらも、ばたばたと動く音が聞こえて、そして。
車の後ろの扉が音を立てて開いた。
開く、外気を感じる。そして、自分のポケットから携帯端末が鳴らした音も。
「ああ?」
「彼の持ってる携帯端末だよ――」
やれやれ、まったく面倒なことだと、軽く起き上がって外に出た白井は、こちらを見ていた三人の横を通り過ぎながら、ポケットから携帯端末を取り出す。
メールだ。差出人はつみれである。
実働は殺すな。ばぁか。
「……信用がないな」
いや、以前の白井ならば迷わず全員殺してから、一応詳細を調べておこうかと動き出すだろうことが予想できたため、あまり強くは言えない。あと、馬鹿とはなんだ馬鹿とは。
「てめっ」
背中から殴りかかってきたのは、布佐という男だった。短絡的、直情的、何とでも言えるが行動そのものは正解だろう。一番うるさいのから来たのかと、横に動いて拳を躱しつつ、振り向きざまに腹部に一撃。勢いをつけたので相当の威力が入っただろう。
どさり、と落ちる音が妙に新鮮だ。
「ああ……そうか」
そういうことか。
人を殺さずに倒すと、水音はしないんだな、なんて物騒なことを実感した。
振り向くと、どうして、なんて言葉を漏らす女性――確か、一条だったはずだ。その彼女を守るよう、利久という少年が前へ出た。
「さて」
どうしたもんかなあと思いながら、踵で倒れた布佐の顎を蹴っておく。脳震盪で気絶を誘発させたのは、あくまでも用心だ。あれだけで身動きできなくなる――というのは、さすがに楽観し過ぎだろう。
「抵抗せずに捕縛されるつもりはあるか?」
返答はなく、ため息を一つ落とす。今まで我慢していたのだから、これくらいは許して欲しいものだ。
「……面倒なことだ」
踏み込みの幅を合わせてやるように、無造作に三歩ほど近づいて、相手の最大効力圏内に入る。油断を誘うというか、単純に同程度の体格であるため、白井にとっても都合の良い地点だ。
四歩目、まだ動かない。
五歩目、するりと伸ばした腕が喉を掴むまで、利久は動けなかった。さして威圧しているつもりはなかったが、さて、どういうことか――頸動脈の位置を狙って握力で締め落とすにはそれなりの技術がいるのだけれど、どうにか成功したようだった。
「どうして、という疑問は後回しだ。悪いな」
利久を放り投げた白井は、ゆらりと一条の背後に回って襟首を掴み、同様に締め落とした。まったく、知識としてはわかっていても、自分がその行為をしているともなると、どうしても違和感が拭えないのはどうしたものか。
「おい、紐はあるか? 鞣した荒縄があると手間が省けて助かる。ナイロンの紐でもいい」
「――ありません」
「ならいい、代用品を探す。――で、お前が四人目の……籠、だったか」
「ご存じですか」
周囲を見れば工場跡なのだろう、柱に隠れていた最後の一人が顔を見せる。背丈はつみれよりやや低めで、動きやすそうな洋服を着ていた。
「道中で聞いた」
「なるほど。――あなたの目的はなんですか」
「お前たちの目的が何なのかを知るために、ここまで何もしなかった。満足か?」
「……」
問いに対しては無言、そして突きつけられる銃口。
殺意を向けられても、殺意で応えられないことは、大して問題にならなかった。ただ、面倒だと思うだけだ。
しかし、銃の扱いには慣れていないのだな、と考えながら足を進める。
握られた拳銃はチーフスペシャル、小型の回転式拳銃だ。持ち方や構え方がどうの、という以前の問題で、銃を突きつける行為そのものが、白井の知っているそれとは違っていた。
動くなと警告するのならば、真っ先に上空へと発砲する。殺すつもりならば胴体だろうが頭だろうが狙ってとっとと撃つし、顔を見せる必要はない。こちらの動きを止めたいのならば、同様に足や腕を狙えばいいだけのことだ。
つまり――銃口を向けるが、撃たない。
その行為には理解が及ばなかった。なんだろう、日本の流儀かなにかだろうか。
――ああ、なんだ。
「人を殺したこともないのか」
言った直後に発砲されるが、それよりも近づいた白井が踏み込む方が早い。
四人目を無力化した白井は、首を傾げながら車の中を漁る。荷物を固定する紐を数本見つけたため、それで代用することにした。しかし、広い場所に転がしておくと後が面倒だ――そう思って、周辺の捜索にも入る。この行動は手早く済ませておきたい。まずは、連中を確実に捕縛するのが先決だ。
それにしたって、錬度が低すぎではないだろうか。予想ではこの段階で四対一、かなりの劣勢に回されることを考えて、いくつか手を考えていたのだけれど、ナイフを引き抜くことすらしなかった。
運が良かった? いや、あるいはトラップの類に誘導するための布石? 見えていない五人目がいる?
「まったく――」
自ら動いたとはいえ、面倒なことこの上ないのは、どうしたものか。空気に共感してやれば周辺の把握など簡単だが、いかんせん連中がここにいる以上はそうもいかない。ナイフに共感するのとは違って、空気は彼らも触れているのだ。迂闊な真似は避けた方が良いだろう。
まあいい。
いずれにせよ、現場の面倒以外は、全部余所に任せてあるのだ。あまり愚痴をこぼすわけにもいくまい。
さて、次の指示があるまで、のんびりできるといいのだが。
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