10/20/18:30――円つみれ・夕食を作りながら
今日はハンバーグにしよう。
そう決めたのは食材売り場であり、普段ならまず選択肢から外す――というか、面倒だとかそういう理由ではなく、単純に、ありあわせの食材で料理をするつみれは、長期的にとはいえ、週に二度ほどは食材を買うのだが、あくまでも今日だけでなく、次の買い物の日までに消費可能な食材を選択しつつも、食材のあまり具合で料理を決めるものだから、手の込んだものをあまり作ろうとしないのである。
だから、これを作ろうと思って、そのための食材を買うのは珍しい。何しろ基本が、白米と味噌汁だ。一人ならばおかずはサラダともう一品くらいで済んでしまう。
だから、今日は決め打ちだ。だからこそのハンバーグである。ちなみに手抜き料理の部類に入るのはパスタだ。最悪、塩茹でして黒コショウをかるく振ればそのまま食べられる。隣のお姉さんがトマトをたくさんくれた時は、トマトソースを作って冷凍していたこともあるけれど。
「ただいまー」
いつものように鍵をあけて中に入ると、返事があった。おやと思って食材を持ったままリビングに顔を出せば、帯白結衣と潦兎仔の二人がソファに座って話していた。まだカップも片付けていないようで、多く並んでいる。
「おかえり、つみれ」
「おー」
「ただいま。ん、兎仔さんもちゃんと飲んだみたいだね。不具合ある?」
「動きにくいぞ」
「怪我したんだから当たり前。縫合もしたんだよ? 文句言わない」
キッチンに行って食材を一度冷蔵庫に入れてしまう。冷凍の肉は出したまま、自然解凍だ。時刻は十八時を回った頃、手の込んだ料理をするなら丁度良い時間だ。それから一度リビングに戻り、カップの片づけを始めた。
「兎仔さんもご飯食べてく?」
「ん? あー……状況によりけりだな。面倒じゃねーなら適当に、流動食以外でな」
「ほんとは固形物とかあんまよくないんだけど……ま、いっか。兎仔さんの判断だしね。あ、今日はハンバーグ作ろうと思って食材も買ったから、義母さんもゆっくりしてって」
「ありがと」
「なんだよ、よくできた娘じゃねーか」
「そうね」
「ほとんど一人暮らしみたいなもんだから。――そうそう、今日、エイジェイさんと逢ったよ」
「なにか、面倒を言っていた?」
「ううん、べつに。ただ義父さんとは知り合いだったってのを言ってたけど……」
「あいつがそうそう、多くを語るかよ。語ったところで自分のことだけだ」
「当たり。狩人は生き様だーとか、合格しようなんて思ってる時点で、試験には通らないとか、そういう話を聞いただけ」
「まあ……当たってるね」
「だな。あたしは狩人じゃねーけど、そんくれえはわかるぞ」
「あたしはよくわかんなかったけど」
「で? どういう経緯であの野郎とツラ合わせたんだ?」
「うん。ちょうどね、情報処理科の課題がエイジェイさんが適当に作ったセキュリティを突破して、情報を引き抜くやつで、あたしが合格したら、向こうから話がしたかったらしくって、逢いに行ったんだ」
「適当に、ね……どの手を使ったの」
「正面からアタックで対応引出したら、電子警察のムカデと似た対応だったからデコイを散らして消えといて、ダミー追わせながら側面から内部へ侵入。向こうのAIの対応にこっちが追いつかなかったから、アンチウイルスのファイルチェックに対してウイルス仕込んで、沈静化した頃に情報だけ送ってもらった。……なんか負けた気分で、今夜は反省会」
カップを洗ってから、部屋用のノート型端末を先に片付けたつみれは、授業用のものを開いて起動する。内部データの転送だ。
「見るわよ?」
「どーぞ。解析はしないでね」
「仕事は取らないの、基本的にはね。……学内サーバのデータベースへのハッキング? ちょっと兎仔、あんた学園へのアクセスコード持ってない?」
「てめーの使えよ」
「嫌よ、過保護にみられるじゃない」
「痕跡を残さないならあたしの使ってもいいよ?」
どうぞと、席を立ったつみれは、料理だなーと思いながら手を洗い、材料を取り出した。
「つーか、なにすんだ、お前は」
「エイジェイが作ったセキュリティがわかれば、私のほうで構築してつみれにアタックさせやすいでしょ?」
「充分に過保護じゃねーか……」
「否定してるつもりはなかったけど。ただ、そうみられるのが嫌なの」
「おーい、つみれ、おい、てめー、こいつが過保護だっての知ってたか?」
「義父さんは甘いけど、義母さんは優しいから知ってた」
「どうだ聞こえたかラル」
「でも義父さんは冷たいし、義母さんは厳しいんだけどね」
「どう、聞こえたかしら兎仔」
「……」
「……」
「え、なに無言になってんのそっち。わけわかんない言い合いだし」
「いいんだよわからなくて。おら、コンソール寄越せ。あたしがやってやる」
「どうぞ」
「ふん……あ? まあた面倒くせえ組み立てしやがって。操作性が悪くね? コンマ六秒くらい反応も遅いし」
「反応速度まで重点的に改良してないのよ」
「へえ。つっても、あたしとは違って触れて長いんだろ?」
「んー、六年くらいかなあ」
「充分じゃねーか。ま、癖を変えるよりゃ癖に合わせた方が楽だから、つみれの好きにすりゃいいだろって、あたしみてーな部外者は言っちまうけどなー。ああ、断片情報を見るにこいつだな。どうする? クラックして困らせるか?」
「できるの」
「お前ね……学生を相手に遊びで作ったセキュリティだろ? ――あ、内部探査終わったぞ。こりゃまた甘いなあ……」
「兎仔さんから見て、どこらへんが甘いの?」
「つーか、これセキュリティが一層しかねーだろ? 一般的にゃ七層まで作ってんだよ。多すぎても欠陥になるし、せいぜい十層くらいが限度ってな。いや待てよ、おいラル、教えてねーのか」
「帯白……ああもういい。その辺りの多重構想は現物を見るか、発想から始めるものでしょ」
「ああ、べつに仕事にしてるわけじゃねーってか。んじゃここのセキュリティはどうなってんだよ」
「マンションのメインサーバを経由してるから」
「ああ……そりゃ、まあ、そうだよなあ」
「そのへんの事情はともかくさ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「おー、とりあえず構造データを抜いとくぞ。あとで復元しとけ、ラル」
「基礎圧縮コードはヌルウェアの二番使って。あとで復元するの簡単になるから」
「へいへい」
「それで、なに?」
うんと、料理を続けながら、つみれは問う。
「エイジェイさんにも似たようなこと聞いたんだけどさ――義母さんって、なんで狩人になったの?」
「そうねえ」
「…………あ? なんだ、あたしのことなら気にするな。てめえで調べる前に種明かしされたって、文句は言わねーし、どうせ調べられるんだろ」
「どうかしら。慶次郎が隠してる可能性もあるから」
「なに? そりゃ……くそ、面倒だな。脱げばいいか?」
「馬鹿、べつにいいわよ。そろそろ情報解禁してもいいし――ただねえ、どこまで話したものやら」
「それって、どゆこと?」
「いいつみれ、現在の私というのは、当たり前だけれど、過去の積み重ねでできているのよ。どこかに起点があったとしても、必ずそれは過去の経歴と繋がっている。それこそ、人生を簡略して話さないといけないくらい、現在の個人という情報は多いのよ」
「ん……そだね。そういうことも、知りたいんだけど」
「じゃあ」
本当に昔の話からねと言って、結衣は肩肘をつくようにソファにもたれかかった。
「私の両親は敬虔な信徒だったの。厳密には、父が司教ね」
「信徒っつーか神職だろ、それ」
「茶茶入れない。で――まあ、その影響もあって、私もまあ、その一員だったわけ。以前に話したことがあると思うけれど、教皇庁は知ってるわね?」
「うん、覚えてる。正式には教皇庁魔術省のことでしょ? 確か、魔術師協会が自己の研鑽を主としているのに対して、教皇庁は魔術そのものを信仰の対象として、大いなるものの欠片を預かった身って位置付けから、行動してる」
「厳密にはしていた、よ。今はもうないから」
「あ、そーなんだ……」
「そうなのよ……ねえ?」
「あたしに振るな。知ってるけど、――いやまあ、お前より知ってるけどな、あたしは」
「その辺りの事情とか、あたし聞いたら不味い気がするからスルーでー」
「そうね。以前は話さなかったけれど、教皇庁は協会を敵視していると同時に、一般社会そのものに魔術が知られることを良しとしていなかったから、各地に支部を配置していたのね。それが、〝
「じょうかい? どんな字?」
「錠前を戒めるって意味だぞ」
「ああ……締め付けかあ」
「私はそれの、野雨支部に配属されていたのね。けれど――日本において、錠戒がどれだけ異質か、わかる?」
「ん……と、その頃の野雨を知らないけど」
「野雨じゃなく日本の、よ」
「あ――信仰の自由」
「その通り。ただでさえ信心が薄い日本において、信仰による技術なんてのは、それが魔術であっても浸透性がない。結果として日本の錠戒そのものは、狩人と提携することで、いわゆる魔術犯罪が表に出る前に始末して、身柄を拘束したのちに、狩人専用の拘置所へ放り込むことで、体裁を保っていたわけ」
「それ、余所じゃ似たようなことしてたってこと?」
「結果的には、似たようなことね」
「妥協の結果かあ……」
「まあ、そうね。親がそうだったとはいえ、私は信仰そのものを、単なる形骸化した儀式か何かだと思って、適当にしていたから、余計になんだけど、ともかく当時一緒に行動していた女の子がいて、彼女がまた動かないもんだから、仕方なく私が
「やっぱり、じゃあ義母さんも、取ろうと思って試験に臨んだわけじゃないんだ」
「正直、落ちれば言い訳できるのに、と思っていたのは嘘じゃないわね」
けれどと、懐かしそうに結衣は言う。
「二〇四一年十月十六日――日本から錠戒という組織が一夜足らずで消滅したのよ」
「――あれ? その日付って、なんか、覚えが」
「鷺ノ宮事件の前日だ」
「あ――そうだ、鷺ノ宮さんところが、なくなった日の前の……」
「そこの関係性は、またいずれ。あるいは自分で調べてみなさい。私は実際に何が起きたのかも、あとになってじっくり調査して、ようやく輪郭を得られたのだけれど――まあその時助けてくれたのが、慶次郎なの」
「へ……? 義父さんが、助けたの? うーん、確かに義母さんには甘いし優しいし、隠し事が多い癖に、男前なとこあるけど」
「そうなのかラル」
「うん、まあ……昔から、そういう子だから。あれこれ誤魔化すけれど」
「おいつみれ、おい。――こんな二人と一緒にいてお前平気なのか? あたしなら銃をぶっ放しているところだぞ」
「ええー? べつに平気だよ? 二人一緒で何してるのか知らないし、たぶんあたしと話してる時の方が義母さんも義父さんも素直だし」
「バレてるぞ、おい」
「あんたは茶茶入れるの好きねえ。だいたい、その時の慶次郎とはほとんど初対面も同然で、半ば拉致されるように安全な場所に連れてこられたんだから、大変だったのよ? 主に私が」
「初対面同然ってことは、最初は違うんだ?」
「ああ、最初は対象として私が仕事で捕獲して、狩人の拘置所へぶち込んだの。そしたらどういうわけか、狩人になって私の前に現れたわけ――ああ、まあ、もういいわよね。慶次郎は――〈
「イヅナ……」
「やれやれ、ようやくこれで呼べるなあ」
「兎仔の都合で動いてはないわよ。ま、だいたいそんな流れかしら。つみれを引き取ったのも、ちゃんと理由があるのだけれど……私と慶次郎の間には子宝に恵まれなかったし、そういう理由以外にも、まあ、そうね。やっぱりその辺りは自分で調べなさい」
「わかったけど……じゃあ、どうしてうちじゃ仕事しないの? ほら、あたしにつきっきりだった二年くらい、ほとんど仕事してなかったみたいなこと言ってたし」
「あれはけじめというか、正直に言えば娘と過ごすなんてのは初めてだから、片手間にしたくなかったのよ。うちで仕事しないのも、その流れ。もちろん、狩人である以上は同業者に恨みも買うことがあるし、つみれを巻き込みたくなかったのも事実ね」
「やっぱり物騒なんだ」
「物騒っつーか、力だろ。暴力もそう、権力、金、そういったもんは裏切らねー。どうやって立場を手に入れるかってのも、いわゆる知恵だな、それも必要だ。誰かを蹴落として奪うこともあらーな」
「ふん? 物騒っていうより、誰かとずっと比較され続けるってことかな」
競争なんて、どこにでもあるものだけれどと、しかしつみれは不満そうに、あるいは納得していないように言った。
「なんか引っかかってたんだけど――あたしはさ、エイジェイさんと話した限りで、思ったんだけどさ。結局のところ狩人って――なんにでもなれちゃうから、狩人しかなかったんじゃないの?」
「へえ……」
「面白い解釈ではあるわね」
「否定する人間も、肯定する人間もいるだろ。捉え方としちゃ間違ってねーぞ」
「うん。けれど、あんまり興味を持たれるのも、良い気はしないかしら」
「んんー……興味っていうか、社会勉強の一環みたいな? 少尉にしてもミュウにしても、なんかあたしって、違う視点が必要じゃないかなーとか思えてきて」
「……少尉、ね」
「誰だよ?」
「三〇一」
「え? なに、おいつみれ、マジか? あのババァと知り合いかよ」
「それ、朝霧さんもエイジェイさんも言ってた……ババァって。あー前崎さんもかあ」
「なに面白いことになってんだよ……こりゃ、ちいと調べてみねーとなあ」
よしと言いながら立ち上がった兎仔は、ゆっくりと身震いするように躰を動かしてから、ぐるりと肩を回し、膝を曲げ、足首をふらふらと動かして確認をしたのちに、シャツのボタンに手をかけて脱いだ。
「んー……おおう、どしたの兎仔さん。ストリップ? ちょっと待ってて、今ドル札持ってくるから」
「馬鹿、んな真似するか。……いや待て、ドル札の用意してあんのか?」
「あはは、冗談だって。――あるけど」
「なんであるんだよ……」
「えっと、確かお隣のお姉さんが、こういう時のためにドル札は必要だよって渡してくれたから」
「面白いヤツがいるもんだ。つみれ、治療ありがとな。もう動ける」
言いながら、兎仔は自分で抜糸を始める。時計を見れば、まだ治療から四時間と経過していないのに。
「恢復早いねー」
「体質がこっちよりになっちまってんだよなあ……ま、ラルが引き取らなくたって、さすがにどうにかはしてたけど、楽だったのは確かだぞ。つみれには感謝しとくが」
「はいはい。次はもうないようにねー」
「気軽に返答できねえ言葉がきやがった……」
「いい子でしょ」
「うるせーよ。んじゃ世話になったな」
世話をしたつもりはないけどねと、呟きに似たそれは玄関から出て行った兎仔には届かない。見れば、結衣はノート型端末を操作している。
「それで? 本当は何が訊きたかったの?」
「……義母さんってさあ、なんでそゆことわかるの」
「そりゃつみれの母親だもの。慶次郎ならわかった上で、きちんと会話誘導でもするんでしょうけれど……ま、つみれはあんまし気付かないから、嫌味にもならないんだけどね。私はそういう気遣い、面倒だから」
「いいけど……あのさ、義母さんにとって帰る場所って、どこ?」
「私? そりゃ慶次郎のいるところだけど」
「ちょっと待ってね」
料理を一時中断、携帯端末を取り出してコール。
『はいよ。どした?』
「ねえ、義父さんが帰る場所ってどこ?」
『なに言ってんのかわからんけど、結衣がいるところじゃね?』
「あんがとー。ほんじゃね」
『おー』
ううむ、と唸りたくもなる。
というか――つまるところ、それはどこだって同じだと言っているわけで、帰る場所がないのと同じだ。
「……どっちが、先?」
「うん?」
「狩人になったのと――帰る場所を失くしたの」
「え、ああ、うん、そうねえ、私の場合は捨てた方だからなんとも。でも、そんなに気になる?」
「うーん、ほら、義母さんや義父さんはさ、たとえ連絡取れなくなっても、いつか顔出してくれるんだろうなあってことが、わかるんだけど」
「まあそうね、勝手に放り出して消えたりはしないわよ。慶次郎もね」
「うん。だけどさ――少尉もミュウも、なんか、そういうことがあっても、戻ってこない気がしてならないから、ちょっと不安になっちゃって」
「不安、ねえ……引き留めたいの? それとも、一人になるのが嫌?」
「……わかんない」
「情報不足で」
「たぶん、そう」
まあ、しょうがないかと、作業の手を止めた結衣は、小さく苦笑して台所に立つ娘を見た。
「私と慶次郎は契約があって、余計なことは話せない。だからまあ……そうねえ、こういう流れも予想はしていたし、しょうがない。何かが劇的に変わるとも思えないけど、あるいは――つみれの疑問があっさり解決しちゃうかもしれないけど」
「ん?」
「この際だから、経験してみなさい。――こちら側で生きてる人間が、どういう存在で、その中で少尉とか白井とかが、どういう立場で、あるいは……社会という構図がどんなものかを、知ってきなさい」
「えっと……なんか怖いけど、どゆこと?」
「慶次郎は説得しておいてあげるから、食事のあと、人と逢ってきなさい。大丈夫よ、向こうの都合はきいておくから」
「えーっと、なんか勝手に決められてる気もするけど、誰に逢うの?」
「それはね」
結衣は、笑いながら言う。
「――このマンションの管理人よ」
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