10/13/16:00――サミュエル・遊びの開始時間

 さて、時間である――。

 再び射撃部の部室に顔を出したのは十五分前のこととなり、受付には変わらず女生徒が待っていた。そこで少尉、白井、つみれの三人はそれぞれ武器を渡されると、そこで追加ルールを始めて聞いた。

 なんでも六グループでのゲームとなった際に、時間を考慮した上で、各自の陣地――というか、開始場所の決定を通達したのだ。つまり、行動範囲や何やらの拘束はないものの、初期時点では全員が明確に、居場所が全員に知られた状況である、ということ。

 四つの建物にそれぞれ四グループ、残りの二グループは中庭が開始位置となる。どこの敷地にも隣接する中庭は、集中砲火を受けやすい反面、どこにも攻めやすいのだが、そこは射撃部が入ることとなり、彼らが与えられた陣地は、どういうわけか、プレハブ第四棟になった。

 三階建てのプレハブ棟、その作りは少尉の部室がある第二棟と変わらない。移動を終了すれば既に開始五分前。大した話をするよりも早く開始の合図があり、すぐに少尉はふらりと姿を消した。

「二階に上がる」

「らーじゃ」

 といっても、プレハブ棟の階段は三箇所だ。その一番隅の踊り場で、ふうと吐息を落とせば、つみれは腰にぶら下げた拳銃の重さが慣れないのか、位置ばかりを気にしている。それを言うのならば白井も同様で、慣れないホルスターからの取り出し速度は望めないが、それほど真剣にやろう、という気概もない。

「撃ち方はわかるか?」

「あーうん、初めて触るけどね」

 つみれはゆっくりと拳銃を引き抜くと、重いなあと言いながら弾装を抜き、遊底スライドを引いてから初弾が装填されていなかったのを確認すると、弾装を再び入れてから親指で戻せば、初弾が装填される。

「一発目は空砲か。――日本人らしい」

「そなの?」

「まあな。一応言っておくが、無暗に撃つな」

「じゃ、どういう時に撃つの?」

「当たるかも、では当たらない。当たると思った時にだけトリガーを絞れ」

「らーじゃ」

「あとは接近戦闘に注意しろ」

「へ?」

「得物が拳銃だからといって、遠距離になるとは考えるな」

「え、ああ、うん……大丈夫かなあ」

「俺のフォローも当てにするなよ」

「ええ? 助けてよう」

「相手が一人なら、それも可能だが、そんな馬鹿は――」

 無線に通達が入り、白井は吐息を落とす。

「――見ろ、こうやって戦線離脱だ」

「うわ、すげータイミングだ」

「俺の傍からは離れるな。こういう状況では各個撃破が基本だ」

「少尉はいいの?」

「あいつは知らん」

 しかし、随分と都合がいいと、軽く手を振って廊下の移動を始め、ついてくるように指示を出す。

「対象の配置は教師棟だ。見ろ、ここからだとよく見える」

「あ、ほんとだ。直線距離でどんくらい?」

「厳密にはわからんが、五十ヤード前後だろうな。つみれ、視力は良い方か?」

「悪くはないくらいだけど……」

「教師棟の側から狙撃銃でこちらを見ている相手を発見できるか」

「うえ!? いるの?」

「向こうに手を振ってやれ。笑顔で」

 どこにいるのかなあ、と目を細めつつも笑って手を振ってやる。残念ながら発見はできずしまいだ。

「ミュウは見えるの?」

「いや、可能性を指摘しただけだ。いないかもしれん」

「なによう……」

「確かめてみるか? 先に中央踊り場までいけ」

「……なにすんの?」

「まあ見てろ」

 移動したのを確認して、白井は一度視線を合わせて頷いてから、無造作に窓へと手をかけて開いた。

 窓の桟に手をかけて、下を見渡すように視線を投げつつ五秒、ふらりとつみれのいる側に移動した直後、飛来したペイント弾が廊下に色をつけ、窓をしめた白井は詰まらなそうに肩を竦める。

「うわ……」

「良い腕だ。さすがに、どこから撃ったのかはわからんが」

「ライフルかあ。黄色ってことは、対象グループだね」

「そういうことだ。挑発したから、すぐツラ合わせになるだろ。大した事前準備もできなかったんだ、先に済ませておくに限る」

「なあんか、余裕っぽいけど」

「そうでもない。相手は未知数だからな」

 怖いのかと問うと、緊張はしていると返る。なにしろプレハブには誰もいないのだ、余計に張りつめた空気を感じるだろう。この緊張感こそ必要だと説いたところで、通じないことは白井もよくわかっている。

「少尉殿がなにを考えてるかは知らんが、顔合わせだけの機会だ。気負うな」

「んー、この緊張も初めてだし、良い経験だと思ってるけど」

「……そうなのか?」

「うん。あたしってほら、経験が足りないってよく言われるし」

「経験に勝るものはなしとも言うが、知識があってこそだろう」

「そんなもんかなあ」

「俺の場合は、経験のあとで知識として覚えたタイプだがな」

「ん――ん? ねえ」

 これに気付くのかと、視線を投げれば、つみれは首を傾げたまま言う。

「なんかプレハブが軋まなかった?」

「つまり――誰かが這入ってきた、ということだ。どうせ窓からこちらの動きは監視されてる、下に向かおう」

「向かって、どうすんの?」

「俺がアタック、つみれがフォロー。上手く行くかどうかは知らんが」

 そもそもお互いに、どの程度の動きができるのかもわからないんだ。フレキシブルな対応が求められることに変わりはない。

 一階に降りる前、途中の踊り場で正面入り口を確認するが、誰もいない。特に足音も隠さずに白井が下りて左右を確認するが、人影はない。

「……どうしたものかな」

 見当たらないとはいえ、いないとは限らない。やや遅れて降りてくるつみれは周囲を警戒しているようだが、とんと、着地音への反応は遅れた。

 白井は気付いていて、まだ判断をしない。

 身軽な動作で飛び下りてきたのはつみれではない、女性だ。つまり、警戒の外側に位置する頭上からの飛来――屋根伝いに来たのか、それともよじ登ったのかは定かではないが、その判断はある意味で効果的だ。

「う――わ!」

 とっさの反応、いわば反射で突き出された右手に持たれた拳銃を、左手の甲で弾くようにしながらも、するりと左手で手首を掴み、引っ張る。

 そこからの動きは、白井も素直に褒めたくなるような綺麗な動きだったが――残念ながら、途中までしか見えなかった。

 右手を引っ張りながら、踏み込んだつみれの右足が相手の左足を払う。つんのめるよう、右足立ちになってしまった相手へ、背中を当てるよう奥に押して重心を完全に制御しつつ浮かせたかと思えば、背負い投げをすると思いきや、くるりと外側を回るようにして、更に右腕を引っ張る。

 どん、と相手の女性が地面に倒れた音を聞きながら、体格の良い男が教室の一つから飛び出してきて、白井も対応に追われた。

 ――まずいな。

 判断は瞬間的に。

 視線を合わせながら低姿勢で走り込んだ白井は、拳銃を持ったままの相手の右腕に対し、左腕を絡める。内側から外側へ、更に内側へ潜り込んだ左腕に力が入る瞬間、既に左足も上がっており、相手へ向かう寸前で、危険信号イエローアラート

 まずい、と。

 この反応はあまりにも、場にそぐわないと。

 ぴたりと停止して二秒、男が慌てたように絡んだ腕を外そうとした直後に、背後から発砲音があり、緑色のペイントが衣服についたのを確認する。ちらりと背後を見れば、つみれを乗せたまま上半身を起こした女性の手に、拳銃が握られていた。

 肩を竦めた白井は、両手を軽く挙げる。

「あっちゃあ……」

「サミュエル・白井。被弾だ」

「あっと、円つみれ、被弾です」

 通信を入れて、耳にかけていた携帯端末を外した白井は、ポケットに突っ込み、つみれに手を貸して立ち上がる手伝いをする。

「上手く行ったと思ったんだけどなあ……」

「倒す最中に自分の拳銃を抜かれたとは気付かんかったか」

「そうみたい」

「――見事だったわよ。倒されるとは思ってなかったもの」

 飛ばされた自分の拳銃を取り、今しがた使ったつみれの銃を返した女性は、そう言ってからすぐにプレハブから出ていった。

 けれど、躰つきのよい男は、追う動きを止めて白井を振り返った。

「どうして、動きを止めたんだ?」

「さあな。そういう星回りだったんだろう」

「……そうか」

 それ以上の問いはなく、男が見えなくなってから、つみれの頭に白井は手を置いた。

「こんなもんだ」

「難しいなあ……」

「女の方は戌井皐月、男の方は佐原泰造だろう。なかなか、面倒な相手だ」

「そっかあ」

「ま、その内にまた逢うこともあるだろう」

「んむ……なんかちょっと消化不足が……」

「……? まだ昼食が消化されてないのか?」

「いや、そーじゃなくってね……ああもーいいやー」

 何が不満なんだと思いつつも、この時の白井はまだ知らない。

 また逢うこともある――なんて言葉が、本当にすぐ実現するだなんて。


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