06/26/16:30――朝霧芽衣・墓参り
さて下校時間だと思って外に出ると、少し騒がしい。なんだろうと思いながらも正門へ足を進めると、小さな人だかりができていた。
「どうかしたか。不発弾が発見されたか? それとも今日の予報で地雷注意報でも出ていたか」
「いや違うけど」
見知った同じクラスの女子生徒が手を振って否定する。ここは笑うところなのだが。
「あ、でも不発弾は近いかもしれないけど……」
「なに?」
「ほら、あれなんだけど。なんか雰囲気がめーやんに似てる」
「その呼び方については威厳に欠けると説教したい気分だがな」
なるほど不発弾かと、私は納得する。正門にある駐車場に乗り付けているのは黒色のスポーツカー。自動運転化してからは、まず見ることのないガソリンエンジンタイプだろう。外観よりもむしろ乗り心地を求めて作られる日本の自動車開発の中、速度を求めるタイプは売れないため、あまり好んで作られない。ただでさえ、マニュアル運転であっても搭載AIによって速度制限がかかるから、面白味がないのだ。
加えて、車に背を預けているのが赤を基調としたスーツスタイルの女性。つけているアイウェアも偏光色の赤で揃えてきた形だ。
「あれは不発弾というより核爆弾の類だろう。なにを考えてこんなところに乗り付けたのかは知らんが、危うきには近寄らない方がいい。遠目で眺めて指を突きつけながら、ばーかばーかと三度ほど言ってやれ」
「言うとどうなるの」
「まず間違いなく喧嘩を買われて、チェイス開始だ」
「やるわけないんだけど……」
「はは、きちんと駐車場を使っているのだから、気にすることはあるまい。正気を疑うくらいに――おっと」
彼女の手から離れ、放物線を描いて投げられるアイウェアが私の傍に落ちてくる。それを掴み、流れる動作でかける。
「馬鹿を言ってないで早くこい、だ。ではな」
「めーやんの知り合いだったんだけど」
「ははは、そう睨むな」
鷺城鷺花から視線を投げられ、私は左側の助手席へ。運転席に乗ると、すぐにエンジンが始動して動き始める。鷺城は携帯端末とAIを接続していた。
「なんだ、自動運転なしか?」
「なしだから、こんな面倒な手間をかけてるのよ。これセツの車だから、普段は完全なマニュアル運転だし」
「ん、ああ、
「私が運転してもいいんだけど、なんとなくね」
正門から公道へ。法定速度よりやや速いあたり、さすがは狩人の持つ車といったところだ。超法規的措置ではあるが、これで事故が起きたら間違いなく億単位の賠償金を命じられるあたりでバランスは取れている。
狩人のイメージとして、例外的な、犯罪を行っても罰せられないと思われがちなのだが、実際には犯罪を行っても知られなければオーケー、なんて曖昧なものでしかない。こうして黙認される場合はあっても、それは被害が出ない前提での話だ。たとえ仕事でどこかの企業に入り込んで情報を盗んでも、もし一つでも痕跡があって、人物を特定されれば、狩人専用の拘置所にぶち込まれる。
それを苦にしないからこその、狩人でもあるが。
「どこへ向かっている?」
「あんたの両親の墓」
「ふむ、なるほどな。確かに鷺城が誘わなければ行かなかっただろう。途中で酒を買いたい、寄ってくれ」
「はいはい。体調も良さそうね」
「さすがに登校は午後になってからだがな。鷺城こそ」
「私は誤魔化すのが得意なだけ」
「はは、私も誤魔化しはしているがな。――ああ、そうだ、今日は一単位ほど私が講義を行ってな」
「へえ? 芽衣が請われるのはわからなくはないけれど、請う人物がいる方が驚きよ。大山校長?」
「いや、うちの担任殿だ。あれはなかなか、見た目は未成年だが頭は回る。これだ、まあ読んでみろ。なかなか面白い結果が出た」
「――なに、これを実践したの。何人?」
「ざっと四十名ほどだ」
「興味深いわね」
言いながら、太ももの下付近に手を入れた鷺城がペンと大きめの付箋を取り出す。そんな日常品を〝
「教壇に立った感想はどう?」
「日本人は真面目が過ぎる。軍部では珍しいことでもないが、ああまできっちりされると、逆にやりにくい。反応そのものがストレートなのもな。こっちとしては、話を聞こうが聞かまいが好きにしろと、そんな態度で構えるのが一番楽なのだが、堅物とでも言うべきか、気が抜けん」
「望みに応えるのが教育者の務めだものね。……ん、確かにこれは面白い。この資料だけで三時間は会議できそうね」
「同感だな」
読み進める速度、記して付箋をはがしてつける作業、共に澱みが一切ない。どんな仕事をしているのかと問いたくなるような手際だ。しかし、大きめの付箋は有効活用が可能だな。私も購入しておこう。
「タイムスケジュールがないわよ」
「ああすまん、一枚目を見せろ」
軽く時間だけ記しておく。なんだ、思ったより長く時間を使ったのね、なんて言われるが、それが私の考えと同じだったため、なんとも複雑な気分だ。
「反応は?」
「良好だとは言わんが、楽しんでいたようなので何よりだ。それなりの影響を与えられただろう。結果が出るのは先だ、それまで持続できればいいが」
「遊び感覚でできる授業は小学生までって感覚も、基礎力の薄い日本じゃ通じないわよね。甘く見積もっても、大半が中学生レベルの回答じゃない」
「そこまで辛辣なことは言わんが、似たようなものだな。ところで、明日までにその資料をデジタイズするつもりなのだが、どういう話の流れから確約を得られるのだろうかと、考えているのだが?」
「素直に手伝ってくれと言わないの?」
「言って通じるならば最初からそうしている」
「まあそうよね。私は無理だけど、足りない手を増やすくらいはしてあげてもいいわよ。それだけの価値がこれにはあるし」
「詳細はあとで構わないが、ふむ、書いているのは感想か?」
「そう、建設的じゃないただの感想」
つまり、受け取る側が好きにして構わない、個人的な思ったこと、だ。それは主張でも、改善要求でもない、ただの言葉になる。見れば鷺城も共通言語だ。
「まだ報告書もないのね」
「九十分かけて読んで、構想だけは頭にあるが、メモもできない状況だったからと、そんな言い訳で勘弁してくれ」
「責めてないわよ」
「私が気にしていることをずばっと言うからそういうことになる。それに、どうせ報告書を上げても読む人間がな」
「私に回しなさいよ。それともディジットにでも送付する?」
「こんな子供の遊びを指導したと? 馬鹿を言え、私は望んで説教を受けるマゾヒストではない。わかった、そうでなくとも近い内に連絡くらいは入れるから、そう言うな」
「強要はしてないのだけれどね。ああ、ついでに着替えもしなさいよ」
「酒のついでに、か。元よりそのつもりだ。組み立ての術式を使ってもいいが、魔力波動で発覚するくらいなら、最初からべつの衣類を買った方が早い」
「わかっているならいいのよ……と、へえ、これが例の田宮か。狩人志望なだけあって、反応は早いわね」
「ESP保持者だろう? とぼけてはいたが、自己の感覚を把握することには長けている」
そもそも超能力と呼ばれるものは文字通り、能力を超えたものであって、それは基礎として能力がある、という意味合いでもある。つまり簡単に言ってしまえば、五感を超えた位置付けであり、それらの汎用性には舌を巻くが、それは効果にであって、基本はなんら変わらないと私は捉えている。
「よくわかるわね。事前情報じゃないんでしょ?」
「近くにいればわかる――はは、これに関してはどういう理屈か、よくわかっていないのも現状だが。もちろん私にとってではなく、エスパー本人が、だ」
「ふうん……ああ、そういえばスイとは仕事を一緒にしたことがあったっけ」
「誰のことかはわからんが、もしかしてライザーのことか? 私の知り合いでエスパーとなると、それくらいしか思い浮かばないが」
「運び屋の眠り姫で合ってる。私の知りうる限りでは上位ランクだけれど、あれの父親が最高峰ね」
「ふむ……嫌な話だが、それは転寝熟のことなんだろう」
「そうだけど、なにが嫌なのよ」
「今まで出逢ってきた人物がここに集合しているのか、それとも私が逢ったから集合したのか、それとも――などと、あれこれ考えるからな。用意されているのがこの場だけならまだしも、場を用意するために今までがあったなどとは考えたくあるまい」
「あら、繊細ね」
「私をなんだと思っているんだ」
作業をしながら会話を続けることは苦にならないらしいが、さすがに集中して手早く終らせようという意思が伝わってきており、会話はおざなりだ。私もそれほど真面目な話をしているつもりはないので構わないが。
途中、デパートのような店に寄り道をして、私は面倒だったので赤色に近いスーツを一式購入した。色を合わせたのはもちろん嫌がらせの類である。そもそも私は、衣類そのものに頓着しないので、着れればなんだっていい。昨夜、制服のまま戦闘に突入したのも、そのあたりが原因だ。
買い物から戻ると、鷺城は車の中でお茶を片手にのんびりしていた。そういえば日本の自販機はお釣りが戻ってこないなら、クレームも出せるんだったなと思いながら、実際にはほとんど電子通貨での購入となるため、それは一昔前の常識になるのだが、私もお茶を購入してからもう一度戻った。化粧室で着替えは既に済ませている。
「さすがに、陽が沈む前に今日は戻るぞ」
「わかってるわよ。つれづれ寮のシステムも知ってるし、ここまでだって十五分ってところじゃないの。ああ、ラルの手配しといたから」
「ん? なんだ、ラルがどうした」
「デジタイズ要員」
「ふむ。……ま、死ぬ気でやらせれば、どうとでもなるか。要求は?」
「いいのいいの」
「私のペースでどうとでもしていいなら、それで構わないが」
再び車が動き出すと、ファイルを返される。鷺城の使う付箋は薄い黄色、私が買ってきたのは赤色だ。万年筆は服と一緒に買い物袋の中なので、鞄からペンを取り出す。
「芽衣、田宮を学園の軍式訓練にぶちこんで」
「当人の意思確認まではしていないし、確約はできないが、情報を渡して軽く誘導するくらいなら構わないが?」
「それでいい。そうすればラルの負担も軽くなるでしょうし、もし目につくようなら、昨日話してたみたいに、芽衣が何人か引き抜く際の一人にしてもいい」
「ふむ……五人、いや、四人くらいならば見てやれるか」
それにどうやら、鷺城の目には、この先が見えているらしい。それはおそらく私の推測にも関係しているのだろうけれど、言及したところで答えがないのは、よくわかっている。
わかっているのは、こういう鷺城のやり方もだ。彼女がそうであるように、私もそれとなく鷺城の行動を調べている。程度を比較すれば、よっぽど私の方が調べられているのだろうが、だからといってそれが、私が調べないでいい理由にはならない。
私が田宮に干渉すれば、それだけラルの負担が減り、となれば今回の要求をラルは飲まざるを得ない――というか、飲ますための話術が構築しやすい。そして私は、鷺城が手配してくれたぶんの労力を、田宮を学園で訓練が受けられるよう学校側、特に大山校長へ口添えをしなくてはならなくなる。
労力の均衡、あるいは出す結果のバランス。ありていに言えば対価、それに伴う代償の計算だ。まったく、どんな頭の構造をしているのか研究したいくらいだ。
「言い忘れていたが、酒井景子の名があっただろう」
「ん、頭の回転が早い子ね」
「それが担任だ」
「へえ――柔軟なのね。芽衣を教壇に立たせるだけじゃなく、芽衣から試すことをきちんと享受したわけか。医者にとって必要なことは、手の施しようがない場合、原因が突き止められなかった時、わからないと恥も外聞もなく事実を伝えることだけれど」
「研究者にとっても同様だろう。教育者として必要な要素は、わからないものを、相手が誰であれ、教えてくれと頼める度量だ。その点において景子はきちんとしている」
「典型的な、ルールが資質を縛っているタイプね」
「エッダシッド教授の著書も知っていたぞ」
「そりゃまた見聞が広い。あの落書き、それなりに高値で売買されてるみたいだし」
「なに? 私は以前、中古本屋に捨て値で置いてあったので、購入して……いや、あれはどうしたんだったか。記憶が不確かだが、ふむ……キーア少佐殿にあげたんだったか」
「稀少品なのは確かね。というか、なんでこんな話をしてるのよ」
「それを私に訊くか? 昨夜、奇しくも同じ教授に指導されていたと発覚したことが原因だろう。いくら専攻していたとはいえ、こんなものは暇潰し程度でしかないのだが、思いのほかお互いに深く考えていた、ということか。お互いの見解がどうであれ、話し合いは面白い」
「そうだけれどね」
「ほう、
「野雨寄りだけどね――やっぱり場所の把握はしてなかったか」
「それほど必要だと思っていなかったからな」
そう言って手元の資料に追加された鷺城のメモを読んで二十分ほどだろうか、車が停止したのに顔を上げれば、墓地に到着したようだ。私は一人、まずは住職らしき人間にコンタクトを取って場所を聞きだし、ウイスキーを片手にその場所まで行った。
朝霧家、と書いてある。背面を確認してみれば、親父とお袋の名が刻まれていた。それから、私の名も。
「幼いながらに憧れは持っていたが、その度に言われたものだ。――軍人になどなるな、と」
ウイスキーを半分ほど、墓石の上からかけてやる。こういう場合の儀礼的な行動を知らないわけではないが、するような気分でもない。
「負い目でもあんの?」
「ないと言い切れないくらいには」
六歳。
襲撃者が二人やってきて、屍体は四つ。生き残りは当時四歳の朝霧
「ジニーは遅れたことを随分と悔やんでるみたいだったけれど」
「ああ、知っていたよ。直接聞いたわけではないから、知らない振りをしていたが」
流れとしてはこうだ。
両親は私たちが生まれてからは予備役登録をして、一線から退いた。しかし、あることの調査を任されていて、それらの仕事はしていたらしい。その成果が出る頃になってようやく、調査内容の危険度が非常に高いことを知り、撤退を考えたが、両親はそれを拒絶。そのため同組織――インクルード9と呼ばれる〝
実際の命令内容は殺害ではなく、奪取だったらしい。けれど遅く、その動きを察知しながらも、ランクSS狩人〈
到着すれば、四つの屍体が転がっている。そこで私は師、天野
当時のことを、私はよく覚えていない。いないが、どう考えても私が殺したとしか思えないのだ。
「屍体は四つ」
「……ああ」
間違いはない。けれど本当は、組織から派遣された人物は三名だったのだ。その一人は組み立ての術式を使う人間で、元傭兵のアイギス・リュイシカ。
その人物だけの行方が不明。
日本にきた以上、私には調べる理由ができた。いや、元よりそのつもりだったし、これが偶然の采配だとは思わないけれど、でも。
「私が知っている――はずなんだがな」
当時の情報をいくら集めても、それはただの記録でしかない。生き証人として自分がいるのだから、自分に問えばいいのだけれど、当時の記憶は霞がかかってよく思い出せない。
きちんと骨は埋葬されている墓を見て、手にしたウイスキーを一口。残りは墓石の前に置いた。
「亡くなった同僚の兄弟に挨拶へ行ったような気分だ。言葉がない、勇敢に戦ったのだと伝えてなんになる」
「……そうよね」
鷺城にも思うところはあるのか――いや、そうだな。思うところがない人間など、そういるものでもない。
さてもういいだろうと思った矢先に、誰かの気配。振り向けば、制服を着た男性が桶を片手に近づいてきていて、こちらに気付く。やや不審げな視線を投げられたので、軽く吐息を合わせて鷺城に視線を送る。
けれど。
「――あの」
彼は、声をかけてきた。
「うちの墓に、なにか」
「ふむ。礼儀を知らなくてすまんな。生前、朝霧殿には世話になったので挨拶にな」
「ではあなたは、軍人ですか」
「そうは見えんなら、朝霧殿も存外に交友が広かったんだろう。そういうお前は?」
「っと、おれ――僕は、息子です」
「そうか、朝霧殿には息子がいたんだな。そんな話はあまりしなかったから、仕方ないか」
「僕には姉がいます」
「ほう、そうなのか」
「ご存じありませんか」
「と、言われてもな……朝霧殿とそういう話は、あまりしなかったと言っただろう? 世話にはなったがな」
「そう、ですか……」
「期待に添えなくてすまんな。――そろそろ行こう、邪魔をした」
背中に彼の視線を感じるが、振り返る気にはならない。ただ、念のため足跡は消しておいた方が良いだろうな。
「鷺城」
「連れて来た私が責任をもって対処するからいいのよ」
車が動き出してすぐに言うと、先を封じて鷺城がため息。面倒な反応をしているが、ここまで見越して連れてきたに違いあるまい。
「弟、か。どうなんだろうな」
「どうなのよ? 用途不明金が定期的に振りこまれてるみたいだけど?」
「どっかの誰かが、遅れたことを悔やんで手配したんだろう。私には関係のない話だ。それに、今更私の関係者などと言い出したら、大変なことになる」
「言わない方が大変なことになるとは思うけれどね。現在、〝見えざる干渉〟の四桁ナンバーの九割は軍部へ移行したか、表向きは予備役として各地に散った。残った三桁ナンバーのうち、軍部と関係してるのがいくつか。それらが日本入りしたとしても、同じことが言えるわけ?」
「知っていて言っているが?」
「へえ?」
「関係はない。だからこそ、一般人を対象にするのならば遠慮はいらん。そういうことだ」
「じゃ、見えざる干渉に情報流したのも芽衣?」
「とぼけておこうか」
「巻き込んでるのはどっちよ……」
「身内だから――ははは、そう睨むな。なんとかするつもりだ」
「タイミングを間違えないようにね。野雨ならばともかくも、ここは風狭よ」
「忠告感謝する」
「――で、あの時はどうだったわけ?」
やはりその話題なのかと、私は座席に体重を預けて苦笑する。
「どうなのだろうな。不明な点は多い……が、私が彼女を〝喰った〟のは間違いないだろう」
彼女、アイギスを私が喰った。それがどのようにして、なんの要因があってと、そういった細かい部分は知らない。だが間違いなく、その時だ。
「ただな、三番目のナイフのことが、わからない」
「……そうね。いくつかの可能性はあるけれど、三番目の特異性はその形態にある。それは刃物に術式を組み込んでいるんじゃなく、術式に刃物の形態をとらせたのね。三番目のナイフは、イコールで、組み立ての特性になっているわけ」
「初耳だな。確かにこれは私の一部ではあったが……なるほど、これが既にオリジナルだったわけか。私が死亡した際にどうなるのかを実験するために、私を殺すのはやめてくれ」
「アイギスの見解は? いるんでしょ中に」
「同居――とはやや違うんだがな。最近はずっと逢っていない。ただ昔には」
「いつよ」
「お前と殺し合っていた頃だな。気付いたらそうなっていた――とのことだ」
「当事者がこれじゃね。少なくともアイギスは所持していない」
「だとしたら私が? それならば確かめる術は今のところないな。気になるか?」
「ん……エミリオンには随分と世話になったのよ。私の祖父みたいなものだから」
「ご存命のうちに逢いたいと思っていたんだがな……」
「ありがと」
「で? 聞きたいのはアサギリファイルのことか?」
「どこにある?」
「と、言われてもな……」
かつて、朝霧が求めたのは嵯峨財閥と呼ばれる存在を壊すための方法……いや、あるいは嵯峨財閥のリストになるのが、アサギリファイルだ。
新しい発展を求める研究者を集め、ただただ彼らの好奇心を抑制することなく発揮させ、品物を創り上げ、それを売り出しているのが芹沢企業だ。その分野は非常に広く、また環境などに効果的な物品などは、配布に限りなく近い行為にもなり、利益を求めるための企業とは一線を画す。その性質上から投資する資産家も少なくない上、投資家は日本の企業や個人だけではない。
そして嵯峨財閥もまた、性質だけ考えれば同様のものだ。ただし一つだけ、決定的に違っている部分がある。
芹沢企業には社長がいて。
嵯峨財閥には社長がいない。
芹沢が表ならば、嵯峨は裏。
合法と非合法。
その境界線は明確であり、不明瞭だ。
「所在を知りたいのか?」
「ジニーが保管してたはずなんだけど、形見分けは?」
「好きにさせてある。私には必要なかったからな……」
連中はともかくも、私はもうすべてを受け取ったから、形見分けはいらなかった。山の中の土地は私の所持になっているし、屋敷もそのままだろうが、おそらく探したところで情報は出てこない。
「必要か?」
「……わかったわよ。必要だと思う人間を幾人か集めてから聞くわ」
「そうしてくれ。どちらにせよ、リストがあったところで嵯峨を壊すのなら、芹沢を潰すしかない。だが、そこまで気にする理由はなんだ?」
「じーさ――エミリオンは日本人なのよ。名は
「お前の縁か」
「そう。介入はせずとも、見届けたい」
「――珍しいな」
「感情的になってるって? じーさんには世話になったもの。私に術陣を見せた初めての人だし、ナイフも作ってくれたし」
「はは、そういう人間らしいことは似合わんな。よく聞くが」
「言うのはあんたくらいなものよ」
「そうか? それほど付き合いが長いわけではないだろうに……」
「一緒に過ごした時間で言えばかなりのものよ。あの一年は密度も濃かった。今の私ができた経過の中の、核心だから」
「ありがたい話だな。……すまん鷺城、世話になった」
「……いいのよ」
ここまでの手配をしたのは、鷺城の好意だ。その中に鷺城が望むものもあっただろうが、一連の流れを作ったのは私ではない。
今はまだ、作られた道を歩いている。そう遠くない未来にそれは訪れるだろうが、そこまでは決定されていて、寄り道はできない。するとしたら今のように、鷺城が作った脇道のように、上手く元に戻れる流れにするしかないわけだ。
道の中でも気分転換はできる。だがそれでも、余計な情報を得るのは難しい。
鷺城鷺花。
戦闘技術だけではない彼女の存在は、まったく、この私であっても敵対したくない相手である。
どんな関係かと問われれば、忸怩を噛みしめて私は、やはりこう言うのだろう。
鷺城鷺花とは、友人だと。
「ちなみに一ついいだろうか」
「ん、なに?」
「鷺城から見て、私との関係はなんだ?」
「はあ? なに言ってんの、友人でしょ。それ以外になんかある?」
ふむ。
どうやら、一方通行ではなかったらしい。
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