05/08/18:00――鷺城鷺花・通信機の調整
翌日の夕刻、鈴ノ宮邸に顔を出したのは術式を無遠慮に行使したいがために、その場所を借りるためのことであって、そのことに関しては既に電話で許可を取っていたため、詰所に顔を出してその地下に向かおうと思ったのだが。
「――あ? 鷺城か?」
「あら
ここで縁が合ったのはどういう流れだろうか、などと考えつつも、近くにいたジィズ・クラインに軽く手を上げて挨拶だけしておく。
「聞いたか、鷺城」
「なによ、ちょっと落ち着いたら? まあついて来てもいいけれど、訓練はしてあげられないわよ」
「いやそんなこと望んでねーし。いやあたし、そんなに落ち着いてねえか……?」
「ないわね」
ついて来る兎仔を好きにさせ、傍にある扉から地下へ行く。通路こそ狭いが到着した先の空間はかなり広く、ただしやや暗く、柱が四つほど点在する、いわゆる訓練場だ。
「なんだ、こんなに広いならちょくちょく借りればよかったかしら――」
術陣を二十枚ほど周囲に展開しつつ足を止め、影から板を取り出して置き、鷺花はコートも、戦闘衣を羽織る。
「――あたし、逃げ遅れた?」
「は? 気にしなくていいわよ、ただの創作だから。それで? 朝霧が野雨に来るって話?」
「やっぱ、知ってたのか」
「といっても今すぐって話じゃないでしょうに、今から慌ててどうするのよ。なに、嫌なの?」
「嫌というか……いや、あたしとしちゃ嬉しさもあるけどな。ただ野雨に来るとなりゃ、話しが違うだろ」
「違わないわよ、別に。兎仔だってそうやって野雨に来たじゃない」
「あたしと一緒でいいのかよ……」
「何を警戒する必要があるのよ?」
慎重に、臆病に、失敗をする前提でそれを封じるように、いつだとて製作作業にはそんな綿密な気配りが必要になる。鷺花は見た目ほど大雑把ではないし、己の魔術が地道な積み重ねでできた結果であると、そうした自負を抱いている。だからこうした作業は得意な方だ。
「どこでもない、野雨に来るんだぜ。そりゃあたしの立場とか、そういう問題を気にしてるんじゃねーけど……アサギリファイルの問題は解決されてんのか、とか。あの人の弟のこととか」
「よその人間を気にするくらいなら、まず自分の足場を固めなさい」
「――あたしは、鷺城が朝霧さんに何をすんのかが気になってんだ」
「私は特に何かをするつもりはないわよ? ただ、私のことを忘れてるみたいだから、思い出させるつもりではいるけれどね。そもそも、どうして私が何かすると思ったのよ」
「知り合いなんだろ。それに……」
「それに?」
「――あたしから見ても邪魔なのが三匹も足を引っ張ってる」
その言葉に作業を一時停止させて顔を向けると、睨むように兎仔はこちらを見ていた。敵意ではない。ただ、忌忌しげだ――が。
「言うようになったじゃない。私と最初に出逢った頃は、その邪魔なのと同じだったのにねえ」
「――にやにや笑ってんじゃねえ。笑うとこなんてなかったぞ」
「いや、なんていうか、思いのほか世話をしてやった子がちゃんと成長するってのは、嬉しいものなんだと、実感していてね。筋金が入ったとでも言うべきかしら」
「そんなに変わったつもりもないぞ」
「最初の時、あんたはこう思っていた。――死ぬまで殺そう」
「……そうだな。成長を対価にして、無茶もやってた」
「そうね。だからこそ、技能の使い方に関しては飛び抜けていたけれど、すぐにケイオスに追いつかれることになる。私が訓練を見てやってようやく、――死にたくないと思い始めた」
「せめて生きる意志を抱いたとか、そういう感じで言ってくれよ……」
「次の転機は殺されてもいい、でしょう?」
「――」
おかしなことではない。そして、それは死んでもいいと思うこととはまるで違う。
殺し、殺される。そうした殺伐とした雰囲気から外れたところで、死というのは存外に近くで身を潜めているものだ。人は死ぬ、それは当たり前のことで、老衰だろうが事故だろうが結果は同じになる。
殺されてもいい――けれどこの言葉には、前置が必要だ。
鷺花、いやウィルやセツもたぶんきっと、こう言うだろう。
殺せるものならば殺されてもいいと。
最大限の防衛と攻撃をしてなお、その上で命を奪おうとしてそれが成功するのならば、命乞いをすることもなく純然たる結果として殺されてやる、と。
そんな、当たり前のことを受け入れている。
「良い目をするようになったじゃない」
「……実感はねえし。よく考えりゃ、当たり前のことだぞ」
「当たり前のことを、受け流すんじゃなく、知ってる振りでもなく自覚するのが始めよ。たとえば――独りで在ることとかね」
孤独であることを悲観した時点で、それはただの嫌悪と拒絶でしかない。
孤独であることを誇ったのならば、それはただの虚栄と否定でしかない。
孤独であることを自覚して他者との繋がりを求めたのなら、それは正解で。
道を外れれば、孤独だと自覚した時点で一人歩きを始める。
他者との繋がりをそこに含めることすら論外だ。孤独とは内にあるもので、繋がりは外にあるものだから。
「とはいえ慢心はしないこと。だからとっととセツやウィルと同列になりなさい。後継者なんだから」
「さらっと難しいことを言う……」
「技術も格段に上がってるようだしね」
「やっぱわかるか? あたし、これでも隠してんだけど」
「ん? 隠し方としては上手い方よ? ただ前から知ってる私を相手にするなら、もっと捻らないと駄目ね」
本当にわからない相手なら術式で調べるわよと言いながら、鷺花は作業に戻った。
「精進する」
「時間は限られているけれどね」
「わかってる。つーか、いつだって時間なんて限られてるようなもんじゃねえか。……あ、そうだ、鷺城に聞いておきたいことがあった」
「んー?」
「いやな、そりゃ答えられねーなら別にいんだけど、アブのこと。あれどうなんだ?」
「どうって、また――ん、……兎仔はどう思うのよ?」
「師匠なんかは、見下してるっつーか、五神の中じゃ一番弱いって言うんだけど」
「その点に関しては正解ね。現実に五人の中でアブはたぶん、一番弱いわよ」
「かもしれねえ。けど――怖ぇぞ、あれは」
「そう?」
「怖ぇよ。現状でどうだとか、そういう意味じゃなく、あたしはどうであれアブとは……あるいはアブの後継者とはことを構えたくねえ。あれは、なんなんだ」
「なにって、そこまで気付いててわからないの?」
「わからねえよ。面倒で厄介で――怖いってのはわかるけどな」
「それはね兎仔、アブが普通の人だからよ」
「――」
「あら、それは理解の沈黙よね。ふうん」
「……なるほどなあ。普通か、確かに納得……すとんと落ちたぞ。だったらベルは? まさか師匠の言う通り〝
「じゃあ、なんだと?」
「わかんね――と、思ってたけど、ようするにアブと同じってことか。心底から恐ろしいぞ。ベルがただの人間だ、なんてな」
「どうして気付いたのか、いいかしら」
「いいぞ」
そもそも、言わずもがな――だろう。鷺花ならばその経緯も察せられるはずだ。
「単純な話、ただあたしは見ただけだ。〝
「へえ、いつよ」
「最近だぞ。レインと戦った時に止めに入られた」
「ということは、こちら側に来たのね」
「……まあ、そういうことになるんだろ。正直、だから情けねえと思ってんだけど」
「イントッカービレ」
影から取り出した二枚の板の一つを放り投げ、それを術陣に構造を変えて組み合わせを行いながら、会話だけは思考の片隅でやる。
「今は境界線のこちら側の人間を指す意味合いで使われてるみたいだけれど、私に言わせればイントッカービレはベルに対する言葉そのものよ」
「
「あの人はね――最初から、何も持っていなかったのよ。フェイには法式があって、アブには火系属性と刃物への執着があって、コンシスは記す者でマーデは……ま、いいか。私だって最初から魔法師で魔術師、兎仔もそう。
「まあ、物心ついた時からの付き合いだけど、ベルだってあの雷系術式とか――」
「後付けなのよ、あの人」
「――おい、じゃあ、普通っつーか、ただの人間って」
「人としては壊れてたわよ? 何しろ、最初からあの人は自分の
「〝
「そうね、
「――空白だけで構成されているようなモン、か。そりゃ……聞くんじゃなかった、余計に怖くなっちまったぞ。まさにイントッカービレじゃねえか。あのクソ師匠、どういう見方をしてやがる。眼科に行けっての」
「そうやってベルが誤魔化してるのよ。接触したって誰もがわかるわけじゃない。ただ兎仔は、真理眼があったから疑念を抱けただけ。今のベルが壊れかけ――死に体だなんて知ってるのは、それこそ十人もいないわよ」
「セツは」
「当然知ってるわよ。ウィルもね。ほかにはブルーとか、まあ何人か。そこに混じれたことは幸運だと思って、胸の裡に閉まっておきなさい」
「わかってる。つーか、ベルにも似たようなことを言われた。こっちの内心を見透かしたような物言いも、その誤魔化しの一種なんだろ? とんでもねえぞ……」
「私に言わせれば、そうやって恐怖を覚えるのもベルの一手なんだけれどね。――よし」
「ここまで話しといてなんだが、何を創ってんだ? あたし邪魔じゃね?」
「ん? 手順はもう完全に組み込んであって、後は実践だけの状態だから会話してても問題ないわよ」
一つ、一つと繋がりを作る。これはいうなれば、装着された電池に一枚の紙を挟むことで通電を防いでいたものを、一つ一つ紙を外していく作業に近い。数こそ多くないものの、繋がり一つ間違えればとんでもない大惨事になることは、まあ、兎仔にはわからないだろうけれど。
下手をしなくても鈴ノ宮が半分ほど吹っ飛ぶだけだ。黙っておこう。
「つまり確認作業だけね」
「ああ、自宅じゃここまで術式展開もできねえから、ソプラノを頼ったってことか。あたしはアキラ大佐との連絡を、ここ経由で聞いてるってだけなんだけど」
「ああそうか、直接だと芽衣と接触することにもなりうるわよね」
「それだけじゃないけどなー。あたしとしちゃ、ちょうど良いと思ってるぞ」
「まあそうでしょうね。よし、一応は完成っと。兎仔、ちょっとこれ使ってみなさい。とはいえ、一つじゃまだ本命は使えないから機能制限もあるけどね」
「おう」
確かに成長したなあと思いながら、二枚目の作成に移る。とはいえ二枚目は先の手順を踏襲するだけなので早い。ちなみに三枚目以降ならば、もっと早くなるけれど、まだ機能チェックを完了しているわけではないのだ。
兎仔は疑問も口にせず、投げられた板を手にとって目を軽く細めて。
「って鷺城、譲渡認証しとけよ」
「ああそうだったわね」
忘れていたわけではない、ただ試しただけだ。小さな術陣を投げると、それを兎仔は受け止める。そしてすぐに、〝意識〟を向けてそれを稼働した。
「……こりゃ通信機か。ああ、なんつーかメッセンジャー形式みたいな感じだな。こっちがフレンドリストで、……名前の登録も必要か。いいのか?」
「いいわよ」
「おう……すげーな。並列会話可能で、しかも映像つきか。鷺城、これ、だいぶ上の方に干渉してるよな。どこだ?」
「形而界」
「あー……これ、すげーのも確かだがまずいな。あたしの手に負えねえぞ」
「いいのよ。幸運だと思っておきなさい。さすがの私も、分析・解明して作れとは――兎仔には言わないから」
「あたしじゃなけりゃ言うのかよ」
「私に弟子でもできたら、言うわよ――っと、二つ目完成。兎仔、チェック付き合ってもらうわよ」
「いいぞ。……お、早いな」
空間に投影される形の窓、リスト表示枠にトコとサギが表示される。厳密には、お互いにお互いの名前が一つだけ、だ。
「あたしの固有魔力波動を感知してるんだな。死んだら名前が消える、そうだろ?」
「そうなるわよ。板は――通信機の媒介であって、本体だけれど、所有者が特定された時点で〝所持〟してればいいだけだから」
「その辺りに放置しといても問題はねえ、か。形而界に干渉してるってことは世界中で使えるんだろうな。あちら側がなくなるこたないだろうし。……つまり、あれか。電子ネットワークの崩壊を前提とした通信機ってことか。やれやれ」
「頭が回るようで何よりよ」
「このくれーのことは流してくれ……馬鹿にされてる気分だ。あたしが知ったのだって、気付いたのだって遅いくれえだしな」
「ふうん? でも本当、都合が良くて助かるわよ。通信送るから」
リストからトコの文字に触れて通信の意図を与えると、ふうんと兎仔は腕を組んで頷いた。
「強制接続じゃねえのな。着信の意図を魔力波動で認知させる、か……ああ、そうか、生活しているだけで漏れてる魔力を利用してんのな。そりゃ生きてる間はオンライン表示なわけだ――っと」
仕組みを理解して受信意図を投げると、新しい枠が出現してそこに鷺花の表情が浮かんだ。見れば、鷺花の方にも映っている。
「解像度がかなり高いぞ。電子データだと送受信速度……三千くれーか?」
「術式変換してるから、その比較は意味がないわよ。魔力消費はどう?」
「ストレスはほぼねえな。意図を投げてはいるけど、魔力を流してる自覚がねえってくらいだぞ、これ」
「よしよし。言葉が二重に聞こえてないわよね?」
「ああ。でもこれ、鷺城が展開してる別の術陣の効果だろ?」
「そうよ、まだ試験段階だもの。そっちの反応を解析しながら、そのついでにね。論理も組みあがってるし、面倒なバグが発生しなけりゃいいんだけど……もうちょっと付き合いなさい」
「いいぞ。役に立つんなら、世話になってるし」
そうと頷いた鷺花は携帯端末を取り出し、Rabbitの直通連絡で
「わかってるわよね? そっちからなら、通信機なしで介入できるでしょ。登録してみて。……はあ? いいからやんないさよ。それとも私から強制的に登録して、私にされたからって言い訳をぐずぐずと長い間したいわけ? そう、ならいいわよそうするから――なによ、最初からそう言いなさいよ」
「なんつー暴言を……お」
リストに、如月寝狐の文字が追加されてすぐ、新しい枠が投影されておかっぱの女性が顔を見せた。
『――これでいいんでしょう?』
「いいわよ。この程度のことで時間をかけさせないでちょうだい」
『私からの文句がない時点で不具合がないのだとわかったでしょうに』
「わかったから何なの?」
『……久しぶりね兎仔。いえ、初めましてかしら。如月寝狐よ、よろしく』
「初めまして寝狐さん、よろしくな」
「そんな挨拶はどうでもいいわよ。それで、本当に不具合はないんでしょうね?」
『今のところはと、付け加えてもいいわ』
「じゃ、出たらすぐ連絡をちょうだい。こっちでも対処するけれど、しばらくは使用頻度が高くなるからそのつもりで。――以上よ」
『……それだけのことで私を呼びだし――いえ、なんでもないわ。そうね、ええ、諒解したわ。じゃあ』
たったそれだけ言って枠は消えた。だから兎仔は呆れたよう腰に手を当てる。
「鷺城、通話切断時の感覚を知るためだけに呼び出しただろ、今の」
「正解よ」
「魔力が切れるっていうよりも、繋がりがあって、いや繋がりはそのままに相手の顔が閉じる――そういう感覚だぞ」
理解が早い。兎仔のこうした成長は、鷺花にとって。
思いのほか、やはり嬉しいものだった。
「――〝
「厳密にはまだ。つーか銃でも師匠には後れを取ってるのが現実ってとこだぞ」
「現実、ね。――兎仔、正直に言いなさい。銃の技術を度外視して、もう今ならフェイを壊せるでしょう?」
「……悪い。壊せねえとしか答えられない」
「肯定したのと同じじゃない」
「銃で圧倒できなきゃ意味はねーぞ。それに、師匠だってこっち側じゃ大したことねえだろ。そういうことだ」
「あははははは」
嬉しさに、笑いが堪えきれなかった。だからそのまま言う。
「予備も含めて十二個。その内の一つを兎仔にあげるわ」
「――鷺城がそれを判断していいのかよ」
「いいのよ。五神の後継者には渡すつもりでいたけれど、まだ継いでないあんたでも、今の兎仔ならば問題ないわ。……そう、問題ないと私が今決めた。そういうことよ」
「……あ、そう、か。――なんだ、嬉しい反面、期待を背負わされた感じで微妙だぞ」
「ま、そうね。もし兎仔が次の世代に継ぐことがあったら、一緒に渡しなさい」
「諒解だ」
さて、残りの十個も製作しておこう。後は渡す相手ぶんだけ、数が足りてればいいのだが、どうなることやら。
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