08/27/19:00――鷹丘少止・気が重い実家
素直な心情を吐露すれば、気が進まない、という言葉以外の気持ちが自分の中には見つからない。それでもやらなくてはならないのならば、仕方ないと諦めもつくのだが、その諦め自体がまた面倒だ。面倒ならため息も落ちる。
七歳だ。その頃が、一つ目の転機である。
七歳までの
拾われた。
一人の男に、鷹丘の名を与えられ、どういうわけか、今の実家に引き取られたのである。
その実家というのは、
――ただし。
すぐに妹ができたのだ。二歳年下の、
子宝に恵まれなかった二人にとって、少止と火丁を養うことは賛成だった。けれど少止は、あまり実家に近寄らずに、鈴ノ宮にいることが多く、そこでいろいろな知識や、魔術師の仕事などを学んだりしていたのだが、けれど。
決定的だったのは、その一言だ。
――兄ちゃん。
最初、その言葉を放った火丁は、どこか躊躇いがちに、本当にそれでいいのかと戸惑いぎみに、けれど確かに、少止を兄と呼んだ。返事として、火丁の頭を撫でたのは、今でも記憶に残っている。
今こうして、鷹丘少止として、火丁の兄として生きている自分の、発端だからだ。
その後、鈴ノ宮で出逢った男を師と仰ぐことになり、まずは米軍の海兵隊訓練校に入れられた。十一歳までそこで過ごしたが、今でも一応の籍はある。そこからは師の無茶な指示、というか仕事じみたことをして――その途中、妖魔に遭遇して、その際に師匠が逃げ、一人で対応しなくてはならない状況へと強制的に落とされ、対応していた際に、蹄花楓と出逢ったのだ。
そもそも、少止は花楓を知っていた。
人となりを知っていたわけではない。単に、蹄という武術家の在り様を知っていて、誰が現役なのかの情報を仕入れていただけだ。十三歳の頃に
違うか。
確かにその通りではあるが、そんなのは欺瞞だ。
――ただ、妹のために、必要だから足場を固めているのだから。
情報収集能力に関しては、花楓や夢見が独自で作ったものよりも、よっぽど勝っている。いや、勝ち負けではないが、範囲も量も、ついでに言えば処理能力も違う。簡単に言ってしまえば、彼らが持つルートは、少止の持っているものの一部でしかない、といった具合だ。
それでも、特定ができない相手ならば、逆に数を絞れるのだが確定ができない。そのためには、仕方なくこうして実家に戻り、借りを作りたくない相手に打診しなくてはならないのだ。というか、借りにすらしてくれない相手なのだからこそ、困るのだが。
ため息を落としながら実家の玄関を開ければ、他人の家のようにも感じる。おかえりー、なんて間の抜けた声が隣室から聞こえたので、靴を脱いであがれば、畳の上で二匹の猫と遊んでいる母親がいる。
鷹丘重だ。どういう理屈かは知らないが、タブレット端末にノート型端末が二つ、それと携帯端末も二つ置いてある。猫と戯れる程度には暇らしく、和室に足を踏み入れることをためらった少止は、廊下の柱に左肩を預けるようにして立ったまま、何かを言おうとして、口から出たのはやはりため息で。
「……ただいま」
「ん、よろし」
「火丁が気付く前に話を終えたい」
「だったら、もっと早くに帰れば良かったのに。たとえば二日前とか」
「お見通しか」
野雨市内を走る情報収集プログラム、ナンバリングラインの総括にして開発者が、この鷹丘重という女で、ランクB狩人〈
「五日前、俺たちは誰に遭遇した?」
「仕事はきちんとできたのに、気にするんだ」
「どうするかは知ってから判断する。それとも、お袋は〝知らない〟と?」
「んー、知ってるけど、あんまし好きな相手じゃない。それに、あれは通りものに遭ったように、魔が差したみたいに、進路の先にすれ違う道がちょっとだけあったみたいな、そういうものだから、気にしても仕方ないと思うんだけど」
「話せないのか? 話したくないのか?」
「可愛くないなあ、もう。――コンシス。ランクSの〈
「……そうか。助かった、対価は払う」
「いらない。息子からもらったら惨めになるから」
「親を頼るってのも、子供にとってはいつまでもガキの証明みたいで気に入らないってことを覚えておいてくれ」
「はいはい。しばらくいるの?」
「いや、三日後からは軍部で仕事が入ってる。厄介な類だが……まあ、仕事の難易度とは別のところだから、それはそれでいい。その辺りの情報は入ってねえのか」
「少止の? んー、私は国内全般がメインで、外のものはほかの情報屋との繋がりでしかないのね。だから、少止の仕事は知ってるけど、現場は知らない――というか、追えない。ソレが誰なのかを特定できるほどの情報網を持ってる人が限られるから」
「それなら、一安心だな」
「そうお?」
「保護も過ぎれば嫌われるってことを、そろそろ覚えろ」
「――少止に言われたくない」
「うるせえよ」
相手に気付かれていないのならば、いいじゃないかと思うが、口にはしない。過ぎているのは重重承知の上である。
「仕事があるなら、次の帰国に合わせてくれ」
「だからないよー。実働は
「……それがわかってるから、頼りたくなかったんだけどな。私にとっては鬼門だ」
「べつにいいのに。今日は泊まってくの?」
「いや、今日は酒を奢らされる日だ。明日には飛行機に乗る」
だから、今日を選んだ。ぎりぎりまで自分で情報を集めたかったのはもちろんだが、このスケジュールならば実家に長居することはないから。
「――火丁」
廊下から吹き抜けの階段、つまり二階へと声をかければ、わずかに騒がしい音と共に少女が顔を見せる。やや丸顔で小柄、母親の趣味で自宅にいる時の大半は和装で過ごす――少止の、妹だ。
「兄ちゃん! おかえり!」
「おう。宿題の追い込み時期に悪いな」
「もう終わってるし、そういう面倒なの」
ばたばたと、やや慌てた様子で階段を下りてきた火丁は、大して迷わずに少止へ抱きついた。毎度のことなので気にせず、頭を撫でておく。
「久しぶり」
「一年くらいなものだろ。元気そうで何よりだ」
「くらい、じゃなくて、一年も」
「似たようなもんだ」
「ぬう……あ、そうだ兄ちゃん。あたしさあ、一人暮らししたいんだよね?」
「親父とお袋には話したのか」
「うん。駄目って言われた」
「だろうな。どうして言われたかわかってるか?」
「うん、ちゃんとわかってる」
そうかと、頭を二度ほど軽く叩く。
「――あ。ちょっと少止?」
「なんだ」
「火丁をあんまり甘やかさないの」
「……? 火丁、私はそんなに甘くはないよな」
「あー、うん、そだね。結構、あれだね、バランス。でも最後の砦っていうか」
「なんだそれは。まあいい、進学先がVV-iP学園付属中学なら、そのくらいの欲は出てもおかしくはない。何せ、日本中から集まってくるからな。あの周辺の物件はなかなか良いのが揃ってる」
だが。
「一人暮らしは私も反対だ」
「ぬう……やっぱ駄目か」
「――共同生活の寮なら、紹介してやってもいい」
「え、ほんと!?」
「だから、なんで少止はそうやって……」
「お袋、
甘やかしてばかりでは、駄目なので。
「火丁、ちゃんと親父とお袋を説得しろ。自分でちゃんとやれ。それができないなら、この話はなかったことになる。――いいな?」
「わかった!」
「ん。そうだな、十月末くらいを期日にしておく。わかっているとは思うが、親父は帰宅日が少ない。きちんと交渉材料を考えて、説得しろ」
「はあい! んふー、あんがと兄ちゃん」
「私からの入学祝いとでも思っていてくれ。親父は相変わらずか?」
「うん、いつも通り――あ! ご飯片付けちゃったけど、食べてく?」
「いや、すぐに出るからいらない」
「ちぇー、またお仕事?」
「そういうことだ。……ま、私はガキの頃から好き勝手やってるからな。そのぶんは火丁に返してやりたくもなる。落としどころはそんなもんだろ、お袋」
「はいはい。火丁はまず、ちゃんと自分で考えること。で、私にまず見せて。そこから父さんとお話しね?」
「はあい」
「――ん、ああ、金銭的な心配はするなよ。それは火丁が考えることじゃない」
「そなの?」
「そうなの。そういうのは、親が考えること」
「あるいはほかの金持ちが考えりゃいい」
「……兄ちゃんは、学校行ってるの?」
「ん? ああ、行ってる。仕事もしてる」
厳密には、間違っていないが真実でもない。何故ならば、少止もまた学園付属中学に所属していて、試験などで顔を出している――が、通っているのかと問われれば、否だ。その場合は誤魔化しも、もう少し上手くやる必要がある。
「なんだ、火丁も仕事したいのか?」
「え? 学生は勉学が仕事じゃないの?」
「良い返しだ。その通り、反論の余地もない」
「んふふ。――いよっし、充電完了! じゃ、あたしは部屋に戻ってるね!」
「おう、出る時には一声かける」
「あいよー」
今度は慌てず、とことこと階段を上がって自室へ。
「――こりゃ察してるな」
「聡い子だもの」
重の仕事と、少止の仕事に共通点があること。知っていても言わないのがらしいというか、あるいは、らしくないというか……どちらかと言えば、知りたいけれど邪魔はしたくない、という気持ちなのだろうけれど。
「こっちの会話が〝聞こえていない〟ことへの疑念から、繋がらなきゃいいんだが……ま、そこまではさすがに気にしすぎか」
「いつも過ぎてるから、それ」
「うるせえよ。――で?」
「大きくは賛成ってところ。六六への連絡はそっちがやる?」
「空き部屋が余ってるのは知っているし、火丁なら〝ワケアリ〟だろ。ソプラノへの話は――……どうせ、明日飛ぶ時に寄るんだ、嫌だが私から言っておく」
「え、嫌なの?」
「お袋に逢うことを嫌がってる私が、なんで望んでソプラノに逢わなくちゃならねえんだ」
「あー……清音もねえ、まあしょうがないね」
「そんな言葉で片付けるな。……もう一つだ」
「なに?」
「
「えっと……それは、特に情報ないけど……?」
「だろうな。――いや、忘れてくれ」
わかっていたことだ。半自動的に情報を収集するナンバリングライン。その半分が手動であったところで、あの女の動きを追うことなど不可能に近い。影響は確かにあるだろうが、それを確かめるのなら、己がその影響下に置かれるくらいでないと、わからないはずだ。
それでも、気にせずにはいられない。知らないなんて間抜けな顔を見せるわけにはいかない――が、やれやれ、面倒でかつ難しい問題である。
「忘れていいの?」
「お袋が立ち入れるような問題じゃない。自分の〝
「む……」
「少しは若い連中に経験を積ませろって言ってんだよ、気にするな」
いずれにせよ、届かない。まだ自分は成長期で、急ぐことはないけれど、だからといって楽観できる立場でもなかった。
「どちらにせよ、厄介な手合いはあいつだけじゃない。――火丁に関しての進捗具合は私にも寄越せ、こっちも対応を変える必要も出てきそうだ。それと、以前に使っていた口座を封鎖したのは気付いているな?」
「うん、そっちは確認済み。バイパスを作って指定口座からの引き落としに変えておいたけど?」
「あれから更に手を加えて、私の口座からの引き落としに変えているから、確認だけしておいてくれ」
「トラブル?」
「お袋が気にするような話じゃない」
人は生きていくだけで金がいる。食費などを含めた生活費以外にも、学費などもそこには含まれるものだ。
「――子供らしくないなあ、少止は」
「だったら」
子供扱いは辞めてくれと、少止はため息を落とした。
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