08/19/13:00――鷺城鷺花・音頤への依頼

 どうせなら外で昼食にしようと、昼前にでかけた三人は鷺花の望みもあってリリィ・エンという中華料理屋で食事を済ませ、ゆっくりと落ち着いてからデパートに向けて歩き出した。

「あー、緊張したー」

「うん? 何がよ」

「だって本格的な中華料理店じゃん。店構えもしっかりしてたし」

「騒いで暴れださなきゃ問題ないわよ。私はそれなりに常連だし、味が合えばそれでいいの」

「うん、おいしかったよ!」

「本場の味やったな……日本人の舌に合わせとらんかったべさ。けんども、料金支払ってもろうてよかったん?」

「私が誘ったんだから当たり前でしょ――ん? 当たり前よね?」

「なの?」

「うーん、社会人なら当たり前かもしれへんけんども、まあええわ、ご馳走さんや」

「そうそう、気にしなくてもいいのよ。ところで二人は、よくデパートなんかには行くのかしら」

「そこの高層ビルやろ? うちは仕事でも行くきに。そこら中の店舗が構えちょるじゃろ。衣類ならとりあえずは三階だのん」

「あ、先に五階に行きましょう。ちょっと見たいものがあるのよ」

「おっけー。っていうか五階って何があったっけ? 家具とか新学期用品というか、んむ」

「生活用品やろ。焼き物系も多いけん、うちは結構用事あって顔出しとるけんど」

「ああ、旅館では必要かもしれないわね」

「――あれ? 鷺花さん、エレベータこっち」

「火丁、若いんだから階段よ。エレベータを使うのは帰りに荷物が多くなってから。混雑を避けるための常識よ?」

「そうなんだー」

「いや、ちゃうやろ……まあええねんけど」

 さすがに休日ということもあって人も多いが、敷地面積の広さもあって窮屈さは感じない。あちこちに点在する休憩所や喫茶店も、席がない――ほどではなかった。

「火丁は実家暮らしだっけ?」

「うんそう。高校に入ったら寮生活しようかなーとか思ってるけどね。でも料理覚えないと大変なことになりそ」

「あー、それうちもや。板前さんがおると台所も使えんがー……ええねんけど、横から手ぇやら口やら出されてまうんよ。まあ板前さんの仕事場やさかい、しょんないなあ」

「なごみはともかく、火丁は無精なだけでしょ」

「失礼な! ちゃんと母さんに、食べれるもの作らないからもうやめろって言われてるもんね!」

 決して胸を張るところじゃない。

「火丁はかわええなあ」

「んふふ、ありがと――あ、紫月おばさんに水質関係の報告書、出しといたから後でチェックしといて? 鷺花さんのやった泡のも、感想書いといたから」

「なるほどなあ。チェックリストはまだ残っとるん?」

「まだちょっとね」

「一応、そういった一般の旅館みたいなこともするのね」

「一般の旅館やからうちは」

 言いきったものが勝ち、というわけでもあるまいし。

「っていうか、火丁を呼ぶための大義名分や。うちじゃなくおっかあの好意やな」

「あたしはどっちでも楽しいからいいけどね! なごみんとこの仕事着も好きだし」

「あんまり学業を疎かにしちゃ駄目よ? 嫌なことはとっとと済ませて遊ぶ方がいいんだし、逃げてもどうしようもな……ごほん、おかしいわね、なんでこうなるのかしら」

「うん。なんか鷺花さんって」

「友達ゆうより、保護者やけんなあ」

「奇遇ね、私もそう思ってたところよ。おかしいな、昨日はそうでもなかったわよね?」

 問うと視線を逸らされた。なんだか実際に返答があるよりも辛い。

「どうしてかしら」

「そういえば七八んも、鷺やんにえろう気ぃ遣ってはったなあ」

「あ、それあたしも思った。警戒してるみたいな感じで、すっごい意識してたよね。あたしはその人と話したことないけど」

「あれはしょうがないわよ、あの子が駄目なだけ。多少は成長しているかと思えば、そうでもない――あ、ここよここ」

 出入り口はガラスの引き戸であり、看板には黒色で竜の顎を模した印がある。中に入るとカウンターで作業をしていたまだ若い店主が顔を上げ、驚いたように目を丸くした後に破顔した。

「――いらっしゃいませ」

「おおう、骨董品? なのかなこれ」

「そうじゃのう。ほれ、これなんか手作りじゃよ。よーっく見てみい、カタチが微妙に違うべや」

「あ、ほんとだ。あたしはこっちのが好きかなあ」

「とと、お世話んなっとります。あ、うちは今日仕事やなくて」

「ああそうでしたか。ならば今日は、ごゆっくりなさって下さいなごみさん」

「ありがとうなあ」

「じゃ、ちょっと時間潰してて」

 言って、鷺花はカウンターに行くと、すぐに店主の前崎は椅子を取り出して置いた。

「あら、待遇が良いわね。上客扱いされると困るわよ」

「いやいや、お久しぶりです鷺花さん」

「なんで営業の敬語なのよ……私の方がずいぶん年下でしょうに」

「六年か七年ぶりになりますね。以前、大将のところで出逢った時には、私はまだ今の鷺花さんくらいの年齢でしたか。いやいや、あの時の印象が強かったものですから」

「私はあんたのとこの大将に師事してるわけじゃないのよ?」

「だからこそ、でしょう。リーリンから連絡は受けていましたが、こちらにいらしているとは思いませんでした」

「ベースをこっちに移したのよ。それより前崎はナイフ系が専門だったでしょ? 趣旨替えでも偽装フェイクでもないわよね」

「ええ、骨董品関係を苦手としていたので、だからこその選択です。もう二年近くになりますか」

「ふうん? あんたこそ野雨にベースを構えててるなら、それなりに大変でしょう」

「ご贔屓にして下さる方も多くいらっしゃいますので、そうでもないですよ」

「ナイフを辞めたわけでもなし、か。メイリスの血は薄いみたいね」

「――こんなところで、母の名を聴くとは思いませんでした。鷺花さんはお知り合いでしょうか」

「ん、四年近く訓練をしてやったのよ。それだけね」

「なるほど。鷺花さんならあるいはと、納得してしまいますよ。はは……私はどちらかといえば父の血が濃いようで、弟の鬼灯ほおずきは逆に母の血を継いでいるようです。最近では父が孤児院から一人、女の子を養子にしたそうで、父も落ち着いてくれればと思ってはいるのですが……」

「へえ、そうなの。でもあんたも彼も、根っからの商売人だから、家のことは二の次でしょ。とりあえず、面倒な情報はあるかしら」

「これといって特に――せいぜい、魔術師に覚醒した一般人が何をどうしたらいいのか困ってる、くらいの情報は入りますが、危険性のあるものは入ってませんよ」

「そう。じゃあ本題に入ってもいいわね」

「どうぞ。少し用件が怖くもありますが、なんでしょう」

「音頤に頼むものは、基本的に物品関係でしょうに。専門分野だから好き嫌いを言わないのよ……って、私もこの言い方が悪いのかしらね」

「純然たる実力の差ですから、私としては何とも」

 だいたい年上なのに敬語とか使う連中が悪い、などと責任転嫁をしつつ、影に手を伸ばしてそれを取り出した。

 一つは鉄板のようなものだ。色は黒で、縦は十五センチ、横は五センチほどの長方形であり、表面はひどく滑らかだ。それをまず手渡す。

「これと同一のものを、そうね、最低でも十は作って欲しいのよ」

「失礼、――確認ですがこれは鷺花さんが?」

「そう、私が製作したものよ」

「なるほど。つまりこれは、ある種の技術提供……音頤機関そのものに対し、製作可能な技術を所持しておけ、との認識で間違いないでしょうか」

「聡明ね、その通りよ。もちろん私が量産する暇がないのも事実ね」

「これは、しかし……形や素材は無論のこと、空白容量ブランクも適性も同一のものでなくてはいけないと?」

「もちろんよ。それは、いわゆる魔術品の素――云うなれば素材そのもの。それを利用して何を作るかは明言できないし、完成の道筋もまだ見えてはいないから言えないけれど、そっちは私が現在進行形ってところね。少なくとも完成を前提にした場合、その素材が最低条件なのよ」

「――期限は」

「遅くて二年後」

「そして最低で十、ですね」

「そうよ。この記録メディアに可能な限りわかりやすく、製作工程と必要な素材、術式なんかを文字化してあるから読み解きなさい。前崎一人なら難しいかもしれないけれど、音頤機関そのものならば可能なはずよ。ただ、――門外不出は徹底なさい。漏えいしても、たぶん無駄だとは思うけれど、念のためよ」

「はい、それは徹底させます」

「必要な料金に関しては、基本経費の五倍まで出すわ――と、報酬に関しては私だけじゃなくセツとウィルも出すから、狩人非公式依頼統括所のRabbitに連絡を入れて。口座も指定すればすぐに振り込まれるわ」

「もちろん、必要経費に関してはそうさせていただきますが……これは、仕事の依頼であると同時に、私ども音頤機関への試験であると、そう受け取ってよろしいでしょうか」

「試験……とは、まあ、言っていいものかどうかわからないけれど、少なくとも信頼はしてるわよ? 評価もしている――音頤ならば、できるだろうと。この件に関しては私とセツ、ウィルの三名が承認してるわ。というか」

 元を辿ればセツからの依頼なんだけれどと、鷺花は苦笑した。

「承知致しました。正式な返事は十日の内に、Rabbitを経由してお伝えします。それではこちらの二品は、こちらでお預かりしますが、扱いについてほかに注意点はございましたか?」

「多少は乱雑に扱っても構わないわよ。ただし、壊しても二つ目はないから気を付けなさい。わかっているとは思うけれど、こっちに打診されても製作に関して口出しはしないから」

「返答がないことを前提に、もしもの際は声をかけさせていただきます」

「よろしい。――とりあえずの用件はそれだけよ」

「はい。……さて、今夜にでも緊急招集ですねこれは。私は見た限り、難易度A以上でしょう」

「詳細は後でちゃんと決めなさい。ああそうだ、なにか手に余るような物品があるなら預かるわよ?」

「ああ、それでしたら一つ、どう処分したものか迷ってるものがありまして――ちょっと失礼」

 一礼した前崎がカウンター奥の倉庫に向かう。術式の封印もしてあるので影響が外に漏れることはないだろうが、しかし、ここを工房にして何かを作成しているわけではなさそうだ。

 店の構えには問題ない。客の視線誘導もきちんと取り入れてあるし、金額もどちらかといえば儲けをあまり意識せず、安い部類だろう。けれど構えそのものが一般の客を立ち入りにくくしているため、集客そのものを拒絶しているがゆえに、売り上げもそう良くはない――だ。

「お待たせしました。こちらなのですが」

「ん」

 置かれたのは一振りの日本刀。きちんと紐で封がしてあり、鷺花は指先で鞘に軽く触れた。ふうんと、瞳が細くなる。

「入手経路は?」

「客から――です。いくらでもいいから引き取ってくれと、イリノイ州のゴーグが受け取りました。客は中国人ですが、事後調査中に死亡とのことで入手経路は引出せませんでした」

「……そう。中は見た?」

「はい」

「安心なさい、これは最初から壊れているものだから」

「――、そうでしたか」

「情報は抜いてあるわね? 復元は可能だと思うけれど止めておきなさい」

「わかりました。調査の段階で手に余ると、そうした判断で復元は進めていません」

「賢明ね。じゃあ、これは私が預かっておくわ」

 元とはいえ呪刀の類だ。後できちんと調べておくが、影響が一切なくても、やはり流出は考え物か。

「ありがとうございます。機関内伝達はしてもよろしかったでしょうか?」

「断りいれてどうするのよ。フットワークの軽さ、いや、ネットワークの広さこそ音頤の利点でしょうに。好きになさい、私はただの客よ?」

「これは失礼致しました」

 はいはいと苦笑してから背後に声をかけた。

「火丁、その辺りのべっこうの飾り、適当に三つ選んでおいて」

「べっこー?」

「ほら火丁、この辺りやさかい」

「なごみは、そうね、置物を二つ。サイズは構わないし選択は任せるけれど、あまり存在を誇張しない癖に、ふいに目に入るような、小洒落たのね」

「なんやの、玄関口にでも飾るんけ」

「そんなものよ。あ、前崎、そこの瀬戸物の大皿は包んでちょうだい。刺身の盛り付けに合いそうなの」

「あれは――、参りました。売り物ではないのですが」

「視線誘導のための一品でしょ? わかってて言ってるのよ」

「はい鷺花さん、この三つでど?」

「ん……あ、こっちのはいいけれど、この一つは変えて。感覚で選べばいいのに、この一つだけ変なこと考えながら引いたでしょ」

「うげっ、なんでそんな――いやいや変なことじゃないし!」

「男には基本的に合わないわよ」

「んぐ……はあい」

「おっと、なごみ、大きいものなら持ってこなくてもいいわよ」

「あいおー、これとこれじゃのう、どないじゃ」

「うん? ああ、いいわね。じゃあそっちにある石の文鎮を四つほど適当に選んで」

「あいあい」

 ぐるりと全体を見渡した前崎が小さく苦笑を落としたので、鷺花はポケットから携帯端末を取り出し、それをあっさりと渡した。

「あの、鷺花さん?」

「ん? 足りないことはないわよ。口座はいくつか分けてあるけれど、その端末からアクセスすれば――っていうか残高見ればいいでしょ」

「金額提示もまだなのですが……」

「信頼よ、信頼。決して面倒だから適当に金を落として貰おうとか考えてないから。ええそうよ――三割増しの請求までなら認めるわ」

「信頼でしょうか……わかりました。はい、好意に甘えさせていただきます」

 これだから頭が上がらないんだと、ちょっと素に戻ったような声に鷺花は口元を笑みに変えた。

「ほい、これで四つじゃ。どないや」

「ん――いいわね。火丁の方は?」

「これ! これに決めた」

「これならいいわね」

 よしと立ち上がった鷺花はべっこうの髪飾りを自然な動作でなごみと火丁の髪に一つずつつける。それから支払いの終えた携帯端末を受け取った。

「じゃ、配送手配は今日中に――なごみの旅館当てに送っておいてちょうだい」

「夕刻に到着させます」

「結構。じゃあまた、何かあったら顔を出すわ」

「はい。――ご来店、誠にありがとうございました」

 さて、では目的通り三階の衣類を見に行こうかと店を出て階段へ向かうのだが、どうも二人は釈然としていないらしく、頭の髪飾りに手を当てていた。かんざし――なのだけれど、そこそこ派手だ。

「なあ鷺やん? これもろうてええん?」

「そりゃそうよ、返されても困るもの。似合ってるからつけときなさい」

「えーっとなあ、これ、安くないじゃろ……」

「ん? ああ気にしないの。ちょっと別件で用事もあったし、依頼ついでに金を落としていきたかったのよ。まあ、ちょっとしたプレッシャーを与えたんだけれどね」

「そなの?」

「仕事を頼んで、それとは別に売り上げに貢献したんだから、向こうにとっては良いこと尽くしでしょ」

「そら鷺やんの事情やしええのんけど……んで、いくらなん」

「商売人ねえ……客商売だけど。前崎とは繋がりもあるし、もともと安く売りだしてるから――しょうがないわね」

 携帯端末の支払い記録を参照してから、吐息を一つ。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、店舗を振り返るだけに留めた。二人もいるし、目的は衣類の購入だ。そこまで見越していたなら大したものだが――まあ、よしとしておこう。

「あの馬鹿……」

「うん?」

「一番上のよ」

「――んおっ」

 三度ほど確認した後、火丁はやや大きく飛び退く。なごみはじっと見たまま固まっていた。

「ちょっ、ななま……ええ!?」

「あの大皿だけで七万くらいする――と、円換算だと七十万円ね。私の概算だと全部揃えて百二十万円くらいを見てたけれど、まったく……貸したのか借りたのかよくわからない感じにしちゃってまあ、しょうがない子ねえ」

「……はっ。さ、最近の涅槃は金貨の風呂があるんじゃのう」

「なごみ、それ涅槃と違うから。たぶんどっかの豪邸だから。……たぶん」

「火丁、よー考えてみい。この髪についとんの、五万くらいするんやぞ」

「んぎゃ――」

「はいはい、そんなこと気にしないの」

「やけど、なんでや……」

「なんでって、心理的には――」

「――あれだ! ほら、たまーに顔を出すとばーちゃんとかがお小遣いくれたりする」

「や、うちもなんとなくそんな気ぃしてたんけども、のんほい、直接的過ぎやがー」

 さて、どう反論すべきだろう。

 実際にそういう気持ちがあるのも確かだが、年上扱いはそろそろ止めてもらいたい。というか。

「……おかしいかしら」

 うんと、二人が揃って頷いた。まったく、一般人というやつはよくわからん。


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