05/09/11:20――レイン・気軽な訓練

 空間転移を利用してレインが三人に近づいてすぐに、鷺花はベルトを留めることもなく行動を開始していた。つまり。

「どうやら、本気ではないようですね。いや出されても私では手に余りますが」

「――話は聞いてるがレイン、お前でも無理なのか?」

「ケイオス、あれを止めるなら小夜を呼びなさい。そういうことです」

「なるほど――おい、四が吹き飛ばされたぞ。兎仔、見えたか?」

「いや……」

「橘の歩法ですよ。単純に、ごくごく単純に死角を縫って移動しただけです。移動速度そのものは、まあ、遅い方ですね。ただし」

「ただし、あっちの連中だけじゃなく、あたしらも含めた全員の死角を――だろ。やっぱ把握されてんのな、完全に視界から切れてるはずなのに」

「あー、目に見えない攻撃を見ろって、昔からよく言われてたっけねえ」

「あ? そういやメイリス、お前の息子って同い年くらいじゃないか? 鷺城と」

「ええ!? あ、いや、そう、えっと……うん、そうね、そうなる」

 認めたくない気持ちはよくわかる、そう思って兎仔は二度ほど頷いた。

「すげえな。手数の多彩さじゃサギシロ先生以上の相手とは、まだ逢ったことねえぞ」

「ちっ――七八の切断術式に、同一の切断術式をぶつけやがった。相殺……じゃねーな、鷺城のが強い」

「むきになって壊さなければいいけどね」

「茅! あんた広範囲殲滅が得意なら、余計なこと考えず全員巻き込んで攻撃なさい! 同じ戦場に立ってんだから、ほかのはそれを避ける! 当たり前のことよ!」

 怒鳴られてら、とケイオスが苦笑する。無茶な注文にも聞こえるが、戦場では当たり前だ。フレンドリーファイアを気にするよりも前に、撃たれたら自分で避けるのが流儀である。

「お、リキが対応を始めたぜ」

 五木裏生の袖から十数枚のカードが散らばる。それは地面に落ちた途端、土を構築して即席の壁を作成した。

「あーあ……」

「平地じゃなく立体的な空間を作ろうとするって考えはいいんだけどな。つーか、あたしらとしちゃ、いいと思いたいよな」

「おや、どうやら経験があるようですね」

「ありゃフェフだっけか? やったよなあ――あ、やっぱりか」

「作成だけさせといて、完成したらそれを元に戻す、と。サギシロ先生の対術式よね? 相変わらず魔力波動シグナルくらいは感知できるけれど、術式そのものはわからないし。あの術陣だって、ケイはどう?」

「たぶんオリジナルだろうってことくらいはな」

「相変わらず、か。――鷺城は、こっちの攻撃に合わせた分類で対応してくるよな。四の歩法に、ああ茅の糸には体術で、切断術式には切断術式。さっきから四がナイフで自分の腕を切ろうとしてるのも、あいつの〝操作マニピュレート〟だろ。それから裏生の複写っつーか、〝流用アクセス〟に対しては、発揮された効力そのものを返してる」

「そういや先生って、魔術師だって公言してたわよねえ?」

「見ての通りだが、それにしちゃ体術も随分と、だな」

「――あたしは以前、銃撃戦で遊ばれたことがある」

「なに? いつの間に……」

「どうだったの?」

「いや、以前は隠れてやってたからな。苦手だから術式で補助するって言って、鷺城が言うには視覚情報を強化してたみたいだが、やられた。十二発であたしが両手上げて参ったと言ったぞ」

「トコが? 狙撃ならメイリスだが、お前、弾丸を撃ち落とすじゃねえか」

「あたしは基本的に、どうやれば一発を当てられるかって考えながら発砲するんだよ。避けさせる、防御させる、まあ接近戦闘と同じ戦術だ。――で、鷺城は同じことをやりやがった上に、あたしの方が先に押されたってこと。さすがに狙撃の腕は見たことないけど、術式補助がありゃ、かなりのもんじゃねーか?」

「だからって接近戦闘も、今見ての通りだろ。って、あー……裏生の右腕、やられたな」

「賭けるか?」

「一時間で」

「俺は一時間と二十分」

「じゃああたしは五十分な。――で、レイン。いいか」

「ああ、なんでしょう。今回、知っての通り私は直接的な介入はしません。言うなれば私は、この結果をエルムへ報告する役割ですので」

「お前、キングと面識あんのかよ……道理で、面倒な立場な癖に融通がきくわけだ」

「そっか。ケイは軍部の方との繋がりがあるから、レインとの関わりもあるのね。あの朝霧芽衣については、あんまし聞きたくないけど」

「混ぜっ返すな――お、鷺城が地形効果を使い始めたか。四が膝下まで埋まったぞ」

「――兎仔」

「お、いや悪い」

「いつもこんな感じですか……それで?」

「教えてくれ。レインなら鷺城の全力を見たことがあるか?」

「……なるほど。そうですね、ありますよ。今の、ではなく以前に一度だけ」

「どうなんだ?」

「まず――私の存在はそもそも境界線として在ります。現状のあなたがたでは私を越えることは不可能でしょう、それは確実に断言できることですし、今のサギだとて全力の一割も労力を割いてはいないと私は考えています。その上で――ですが、私は何もできませんでした」

「――なにもって、え、なにも?」

「攻撃も、防御も、あらゆる思考をもって考えた結果、――最終的に私はどうしようもないと判断を下しました。何をしても届かないと」

「おいレイン、その事態はどうやって収束した」

「小夜と、紫陽花が……〈瞬刹シュンセツ〉と〈朝露の花ウィルフラウ〉が二人がかりで、一切の無駄なく最大効力を発揮して終わりです」

「っていうか、その話を聞く限り、私たちってまずレインに訓練を頼むべきなんじゃ……?」

「いえ、私よりもサギの方が優しいですよ。ちゃんと相手の実力に合わせて、きちんと叩き潰していますからね。私とやると何がどうなったのかも理解する前に、明日の日の出を見ることになります」

「あれが優しいのか……? 前から本人が言ってたけど、俺は一度もんなこと思ったこともねえよ」

「私も。あ、チガヤがリタイヤ。気を失ってる。よく見ると糸であちこち縛られてるね」

「……七八は様子見か。さすがに初見じゃ全力行使はできねーよな」

「なんだ、まるで初期のトコじゃねえか」

「うるせえ。あたしはそういうふうに、師匠から言われてただけだっての。今だって、お前ら相手じゃなきゃ見せねーし」

「ま、だからこそだ」

「うん、そうよね。――サギシロ先生が、そんなとこ見逃すわけない」

「レイン、どうだ?」

「現状を見る限り、あなたがたと比較すればレベルは低いと言わざるを得ません。ただ戦場において、軍人という範囲からはもう逸脱していますね。世間的には良い線です。槍としてどうなのかと問われるのならば、返答は保留しておきましょう。それはエルムがすることです。もっとも、――エルムの期待に応えられないようならば、ただ死ぬだけでしょうけれど」

「ストレートに言うなよ。駒だって自覚はしてるし、それを誇らしいとも思うけどな」

「実際に、彼らが足手まといとは感じていなかったでしょう?」

「それは俺に訊くな。今回に限って言えば、俺は部外者も同然だろ。サーベルに聞いてくれ」

「いやあたしに聞かれてもな。一応、統括してんのは裏生だし」

「うん、そうね。特に文句を言った覚えはないけれど」

「では未熟ではないと?」

「それは、この状況を見れば未熟だろ。ただ、あいつらだってどこまで成長するのか、その度合いってのがわかんねーし」

「うんうん。どこまでできるのかとかもよね」

「なるほど。――ではサギ、見せてあげたらいかがですか。技術に伴った思考を持てば、どの程度まで可能なのかを」

「――おい」

「いいから見なさい」

 変わらないトーンの言葉に対し、遠くにいる鷺花は苦笑したようで躰が僅かに揺れる。

 そうして、ようやく、彼女はポケットから両手を抜いた。

「影複具現が消えました。さて、明らかに誘っていますが、どうなさるおつもりで?」

「三人で行け――ってことか」

「いくつか助言を。まずメイリス、狙撃銃は置いていきなさい。先ほどとは条件が違うのを理解しているとは思いますが、念のため、防御への気を散らすと死にますよ。サギも加減するはずですが――制圧することより、お互いに生き残ることを考えなさい。いいですか? 己が、ではなくお互いに、です。孤立すると終わりますから」

「諒解した」

「じゃ、行くかトコ。メイリスは一応、後方支援な。とりあえずはさっきの配置でいこう」

「オーライ」

「では、いってらっしゃい」

 そして、彼らが踏み出して行くのに苦笑してから、レインはふと吐息して表情を鋭いものへと切り替えた。

「――アンブレラ、戦闘起動アテンション

 拘束が一斉に弾き飛んだ大剣を振りおろしの動作で抜いて、切っ先を地面へつけたレインは大剣を脇に置き、肘を乗せるようにして全体を見渡す。

 三人が戦場に入り、最初に気付いたのはケイオスだ。そこら中に張り巡らされていた剛糸はもともと茅の所持物だったのだろう、ワイヤートラップとは言えないものだが、しかしどれかがトラップになっている可能性もあり、回避経路が限られる――とレインは思ったが、そもそもそこまで思考が回らず、時間を必要とするために僅かに立ち止まった。兎仔もまた舌打ちを一つして勢いを殺し、左右に跳ぶかどうかを逡巡する。

「馬鹿ですか」

 直後、巨大な切断術式が完成、空気を切断することでその術式は目に見えて飛来する。そして同時に、剛糸による結界が広がった。

 剛糸は彼らを攻撃するのではなく、避けるようにして広がって退路を遮断、しかも糸同士の繋がりなどのパターンを変えているため、おそらく彼らレベルでは目視確認でもしなければ安全を確保できまい。

 前門の虎、後門の狼というやつだ――二秒にも満たない時間で切断術式は直撃する。

 二秒。

 それこそが鷺花の優しさだ。

「ケイオス!」

 呼ばれて切断術式を一時停止、それを兎仔が銃弾三発で破壊する――つもりだったのだろう。

 結論から言えば停止したのはケイオスの方だ。

「な――」

 停止するための術式を鷺花が〝操作〟して対象を変更、兎仔の放った弾丸は術式の移動によって破砕点を追えずに効力を半減するに留まり、その時点でようやく周囲の剛糸を確認したメイリスが抱え込むように安全位置へ移動、どさりと三人が地面に落ちる。半端な切断術式はしかし、剛糸をすり抜けてレインにまで至るが、それを大剣の一振りで切って捨てた。

 けれど、三人が立ち上がるよりも前に地面が隆起して持ち上げられる。いち早く気付いたケイオスが二人を蹴り飛ばし、一手遅れた彼を助けるために兎仔が銃弾を放ってそれを壊した。

 その兎仔が、突如として出現した鷺花に脇腹を蹴られて真横に吹き飛んだ。その先にはもちろん剛糸の結界、メイリスが青白い顔をして追いすがる。

「ふむ」

 鷺花は蹴り飛ばしている最中も、彼らに視線を投げていない。むしろ背中を見せている。あくまでも残りの四人が目当てだと言わんばかりだ。

 さて追撃だ。

 上空に向けて右手を挙げた鷺花は何かを握る動作と共に、それを引き込む動きでくるりと一回転した。

「――」

 剛糸の結界が凝縮する。

 配慮はしたのだろう、一号剛糸はかなり細く、本来ならばらばらに刻んでもおかしくはないのに、それは暴力を伴って一点に集中、その場にいた全員が回避しきれずに、程度の差はあれど、鷺花のいる場所に集合した。

「レイン、時間は?」

「まだ二十分程度でしょう」

「だらしないわねえ……この程度で息があがるなんて、本当に、どうなのよ。まあいいわ、ちょっと休憩なさい。んでレイン、そのままで」

 それなりに動いてはいたが、鷺花は息も上がっておらず、もちろん負傷もない。着衣の乱れすらなかった。

「で、どうだった?」

「ん――そうですね。鷺花も随分と体術が成長したかと。とはいえ、そこに限定するならばまだまだ、ですが」

「でしょうね。まだ術式補助が必要だもの――ま、私が魔術師である以上、それは必要なことかもしれないけれどね」

「なるほど、相変わらずの向上心ですね。おっと、もしかして彼らの錬度に対する説明が必要でしたか?」

「ああ、それはいらない。見ての通り、知っての通り、――レベルが低すぎて話にならない。あれ以降、五十を超えてからは数えるのを止めたわよ」

「殺せる回数、ですか。そこまで数えられるだけ優しいのでしょう」

「そうよねえ――と、それでレイン、四年前に遊べなかったからお返しをしようと思ってね」

「はあ、あの時ですか……お返しとは?」

「や、本来は私に預けられたものなんだけど、解析も終わって用済みだから、レインにあげようかと思って。元所有者とベルには許可を貰ってるし、ここの連中なら口封じをせずとも良いから、都合がいいのよね」

「つまり、引き継ぐならば打破してみせろと」

「いやいや、打破とは言わないわよ。凌ぎ切りなさい」

「……わかりました。主人様の許可があるのならば断わる理由はありません」

「よし。ならこいつらの休憩時間として、――千手、凌ぎなさい」

「――」

 レインは後方に跳躍して広い空間に移動して大剣を両手で構えた。それを鷺花は待つ――何故ならばそれはレインの戦闘準備ではなく、ここの七人に危害を加えないための行動だからだ。

 そして、言った。

「貫きなさい、――〝千本槍サウザンドデット〟」

 レインを中心にして発生した大きな術陣は発動の起因ではなく、あくまでも別術式で周囲の空間を補強するためのもの。それを理解したレインは一瞥すら投げず、――虚空から発生した槍に対して行動を起こした。

「お、おい……鷺城、これって」

「ん? 口外は無用よ?」

「いやそうじゃなくって、マジで、これ、千本槍って」

「そう、そのまま。千本一殺、千手必殺、あの千本槍よ。まあ全部引き出す時は見ての通り、対象を貫く行動をさせるんだけれどね。ほぼ自動的に――裏生、よしときなさい。複写、というか流用は無理よ」

「何故ですか?」

「ケイオス、説明してあげなさい」

「あーいや、そうは言うがなサギシロ先生」

「いいから、気付いたことを言いなさい」

「……おう。あのな裏生、ありゃ術式つっても、〝格納倉庫〟と同じだ。すべてが術式によるものだが、槍は実体が存在してるんだよ。そもそも、千本槍ってのはな――ただ、岩を貫いた槍、川を泳いでいた小魚を必ず貫いた槍、海を一時的に割った槍、みたいな、能力的には大したことねえ一本を、千集めただけだ」

「しかし、効力を失った槍は消えています」

「だから、最初からオリジナルの槍の〝複写〟なんだよ。あれ自体がそもそも流用されてるんだ。複写に複写を重ねても、完成度は低くなるばかりだろ。ついでに言えば、千本を格納しなきゃ意味はねえし、それを扱うのにも……相当の魔力が必要だろ。俺がわかるのは今のところ、こんなもん。どうだサギシロ先生」

「及第点ね。レインはともかく、ほかの魔術師ならば必要条件に槍の扱いを挙げるでしょうけれど」

「あれって……先生、対一用の術式なの?」

「基本的にはそうよ?」

「だからこそ、千本の中で必ず一本は貫く、か」

「心配しなくても、レインならどうにかするわよ。だから休憩に専念しときなさい。あれが終わったら、そうね、今度は私が槍持って相手してあげるから」

 それは彼らにとって、最後通牒のように聞こえただろう。逃げ出したいと思いながら、それができないことを自覚した先にあるのは諦めと、僅かに残った闘争心だけだ。


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