09/12/14:30――鷺城鷺花・実力差
半年ほど訓練を見てきて、ようやく馴染んだかと思えるようになった頃、それがバレた。
「――おい、サギシロ先生ってセツの知り合いかよ」
そう言ったのは昼食後の珈琲を片手にしたケイオスで、来たそうそうに放った言葉に同じテーブルで話をしていたメイリスが驚いたように目を丸くした。
「ちょ、ちょっとケイ、なに言ってんのあんた……」
「セツの口から聞いたんだ、冗談でもねえだろ。どうなんだ」
「げ……あいつ嘘言わないし、え、どうなのサギシロ先生」
ちなみに、馴染んだのはその呼称に対して鷺花がようやく慣れてきた、という意味合いだ。教官としてはもう初日から役目を全うしている。
「なに、まだ私の調査してなかったのあんたたち。呆れた、この半年何やってたのよ」
「間違いなく先生の訓練を受けてたな」
「その割には成果が出てないって皮肉を言っているんだけど?」
「はいはい、その通りですねっと。――んで、どういう知り合いよ」
「考えなさい」
「じゃ、戦友?」
「大馬鹿者、理由をきちんと添えなさい。そんなだから訓練されるがままで、訓練しようと思えないのよメイリスは」
「相変わらず一言多い……」
「はあ? 一言で済ませてやってるのにまだ気付かないの? 駄目ねこれ、昏倒させてやろうかしら」
「ちなみに、セツはともかくも、やっぱサギシロ先生も見た目通りの年齢じゃねえよな?」
「節穴。どっからどう分析しても見た目通りの十歳よ」
「――げ」
「信じらんない……」
「うん?
「そう変わらなくても立場はぜんぜん違うじゃねえか」
「じゃあ戦友って線は消えるわね」
「――セツの戦友は私の知ってる限りいないわよ。っていうか、どっちかっていうとあんたたちでしょ。肩を並べられる相手なら一人、対抗馬が一人、……せいぜいその二人くらいなもんでしょうね」
「いくら見た目がアレだからって、セツの友人ってこともねえだろ」
「ああ……そうね、あの子はそういうの、ないね」
「セツの友人は一人だけよ。あ、限定条件つきでもう一人いるけれど」
たぶんウィルとセツの間にある何かが消えない限り、友人にはならないだろうけれど、関係を聞かれればそう答えるだろうことは予想できる。
「だからって敵じゃねえだろ」
「セツに敵なんていないわよ。そのくらいのこと、付き合いの長いあんたたちならわかるでしょうに」
「ってことは、短い付き合いなのね?」
「そうね。顔を合わせたのは……十回もないかしら。だからただの知り合い」
「ただのってことはないでしょ。そりゃセツは規格外だけれど、そういう点で先生も負けてないと思うんだけど?」
「規格外、ね。どうかしら、私とセツじゃ土俵がたぶん、違うわよ」
「土俵って、なんだそりゃ」
考えたことがないわけではないのだ。
セツの立場、立ち位置、そして己が立つ場所。
「確かに、あんたたちにとっては――規格外でしょうね。敵わないと、そう思うだろうし」
「おいおい、先生は敵うってのかよ」
「いや敵わないわよ? 当たり前じゃない。馬鹿なの? ああ馬鹿だったわね……ケイオスは便所掃除追加」
「ちょっと待てそれ思いっきり適当に追加だろ! 理不尽だ!」
「軍部なんてどこも理不尽続きじゃない。今さらケイは何言ってんの」
セツは、――ベルと同じく盤面上の駒だ。
指し手が動かす駒。
けれど鷺花は、駒になってはいない。なりきれない。――では?
それでも指し手ではないのだと、そう思っている。もう少し経験を積めば理解も深まるだろうが、ただやはり、立場が違うとしか思えないのだ。
「――お、いた。おい鷺城」
「兎仔? なに、昼寝は終わり?」
「あたしのスケジュールまで管理すんな。つーか何やってんだ、ケイとメイリスまで」
「お前……相変わらず強気だな」
「本当にね」
「強気じゃねえっての。あたしはいつもあたしだぞ」
「そうよね。未だに実力を隠してるのは兎仔だけだもの。私の目も狂ってはなかったってことね」
「――うん? そうなの?」
「メイリスは窓拭き追加」
「ええ!?」
「最初の方の訓練で言ったでしょうが。己を見つめるのは基本、けれど戦闘では相手を、何よりも相手と自分を観察している第三者にもっとも気を配りなさいと」
だから基本的に、鷺花の訓練は集団で行わせる。個別にやらせるのではなく、あくまでも鷺花対全員というかたちだ。いわゆる混戦を演出しているのである。
「まあでも隠しているだけで、全力でやってないわけではないもの。罰則はなし」
「えらく目端が利くんだな鷺城は」
「生存本能と直結してないから兎仔とは違うわよ」
「……あたしのこと、どこまで調べてんだ」
「この二人がいる前で?」
「経歴まで隠した覚えはねえぞ」
「そういや、チビガキだってのは見てわかるが、どうして軍部に入ったのかまでは聞いてねえな」
「私も」
「だからあんたたちは、ちっとは独自のネットワークでも使って調べなさいよ」
「無駄だぞ。こいつらはまずネットワークを組むことから始めねえとな」
「んじゃトコは持ってんのかよ」
「当たり前だ。繋がりは持っておくに越したことはねえし、情報がなけりゃ仕事がとっとと終わらないだろ」
「その辺りの基礎はさすがに詰め込まれてるわね」
「本当に、どこまで知ってんだよ鷺城」
「初見でわかったのは、とりあえずここにいる誰よりも人を殺してるってことね。しかも暗殺に特化――は、隠してるみたいだけれど、錆びついてはいない。よかったわね? 兎仔がその気ならあんたたち、とっくに殺されてるわよ」
「マジかよ……」
「サギシロ先生に言われると、無条件で納得しちゃうんだけど」
「嘘なんて言わないわよ。兎仔」
「――ん?」
よそ見をしていた兎仔が、返事をしてからしばらくして顔を戻す。その動作だけで、一体何を見ていたのかと考えるのが普通で、ケイオスもメイリスもその先を視線で追う。おそらく一秒にも満たない一瞥、ただ無意識の確認。
それでも視線が切れた事実は現実に在る。
テーブルを迂回せず、足元から最短距離で彼らの背後へ。兎仔がいないと気付いた直後にはもう、ゆっくりと兎仔の手は首へかかった。
そっと触れる。面倒そうに、自然体のまま。
殺意はない。そもそも兎仔は殺すつもりがないのだ。ただ鷺花に言われたから、仕方なくこうしているだけだ。
けれど、やられた当人たちは、そのままぎくりと躰を強張らせた。
「とはいえ、まあこんなの、暗殺技術でもないんだけれどね」
「……だったらあたしにやらせるなよ。警戒されるのは面倒だから隠してるってのに」
兎仔が離れ、テーブルを迂回して鷺花の隣に腰を下ろすと、額に浮かぶ汗を拭うよりも前に、二人は呼吸を意識して鼓動を落ち着かせたようだった。
「……くそ、だらしねえな俺は」
「あらまだ気付いていなかったのね?」
「私、しばらく狙撃するの止めようかな……嫌な感じが残ってて集中できなさそ」
「あなたたちも知ってるでしょうけれど、暗殺の基本は気付かれずに近づくこと――なんて、思ってるわよね。まったく……」
「違うってのか?」
「私に言わせれば、暗殺の根源は気付かれずに殺すことよ。――殺されたことにも気づかない、そういう技術ね。兎仔のレベルは、まあ、暗殺だけってことならそこそこね。わかりやすく言うとランクC。私に言わせれば普遍的」
「誇るもんじゃねえからな」
「ま、あくまでも暗殺だけの話よ?」
「……本当に、鷺城はどこまで知ってんだよ」
「知ってることと確認したことは別なの。だからまあ、ある程度ってところかしらね。だからあんたたちも、ちょっとは焦りなさいよ?」
「諦めやしねえよ」
「呆れてるけどね……」
「それで兎仔、何か用?」
「おう、それだ。ゲンネドとブライムスがいねえだろ。あいつらどうした?」
「は? いや仕事じゃねえのか?」
「軍部に出向……じゃない、出頭したとは聞いてないけど」
「お前らにゃ聞いてねえぞ」
「ってことは、わかってるのね?」
「だから確認ってところだ」
「そう。まあ、そうよ。裏切ったゲンネドをブライムスが追ってる。あの二人だと生存確率は五分ね」
「――おい、裏切ったって、なんだ?」
「槍を抜けようって算段で情報提供を餌に軍部での地位を引出そうとしたのよ。元より
「やっぱりか……」
「うわ、トコって本当に知ってたんだ」
「ま、偶然だ。昨日まで出てた仕事の途中で知り合いの情報屋が消されたって聞いたんでね、さっきまでそれを調べてたらそんな情報が出てきたんだ」
「そういうことね」
「鷺城、二人の処分を誰がやるんだ?」
「なあに、ブライムスが裏切るのも前提な物言いじゃないの」
「裏切りはしねえにせよ、どっちも駄目だろこの場合」
「――ちょっと待て。そんな不味いことしたのか、あいつらは」
「うん? そうね、あなたたちが考えて、こりゃまずいだろうと思うようなことは大抵まずいし、そうでないことなら大丈夫だから、気にしなくてもいいわよ。たとえば、私のことを外で話そうとは思わないでしょう?」
「そりゃまあ、ねえ……セツのことだって、そうそう口にしないものね」
「身内と外様くらいきちんと分けるだろ。ルールっつーか常識だぜ」
「その常識を破ったってことよ」
「……ふん。鷺城の経歴を調べようって踏み込むのは常識の範疇か?」
「どうだった?」
「鷺城に関わるな、手を出すな、邪魔をするな――くらいなもんだな、あたしが得られたのは」
「なんだそりゃ、情報でもなんでもねえだろ」
「半端者は黙ってろ。あたしにとっちゃそれで充分だ。いや、……過ぎるくらいか」
「……?」
「メイリスも落第。どのみち兎仔の答えがそうなら、別にいいわよ。私は逆を言うけれどね。関わって、手を出して、邪魔をしなさいって」
「そこの馬鹿二人はやりそうだがな。まあいいや、あたしは確認が取れたらそれでいいし。スケジュール通り昼寝でもしてるよ。じゃあな」
鷺花は何も言わず見送り、手元の空になったカップを軽く指先で弾いて、そのまま右のイヤリングを軽く撫でる。
「本来なら、あの子はこんな場所にいちゃいけないんだけどね……」
「ああ、それについては同感だ。ようやく理解できる言葉がきたぜ。そりゃ――あいつにゃ余白があんまねえって話だろ」
「伸び白を自覚しているなら、ちゃんと伸びなさいよ」
「うわ、また俺に矛先が向いたぜ……失言だったか」
「――さてと、私も寝ようかなっと。じゃ、今日中に全館の窓拭きと便所掃除しときなさいよ。手を抜いたら……ま、わかってるか」
「お、おう」
「だ、だいじょぶ、うん、手なんて抜かないし」
初期の頃、甘く見ていて手を抜いた輩たちの末路が文字通りの半殺しだったため、その現実を知っている彼らは決して、そんなことはしない。
降ってわいた休暇がなくなったと、彼らはテーブルに突っ伏した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます