02/11/13:50――刹那小夜・成果への対応
「誰か四番目を持ってこいよ……」
呟いたセツはまるで熔岩の中に浸かっているような状況で、転移術式を利用しながらも落ち着いていた。
この状況が不味いことはわかっている。鷺花が〝見〟を鍛えているように、それはセツもウィルも当然のように行っており、レベルとしては鷺花よりも格上だ。それだけの修羅場をくぐってきているし、こんな状況は初めてだが心の揺れが何よりも致命傷になることを知っている。
「ないものねだりなんて珍しいねえ、せっちゃん」
「うるせえ。――レイン、てめー上限解除の許可貰ってねーだろ?」
「え、ああ……そうですね」
「だったらサギを連れて退避してろ。こっちで手配してやっから。射線にいるとお荷物だ」
「っていうか、れーちゃんいるとフォローめんど」
「仕方ありませんね……」
「しょうがねえか。付き合ったのはオレだ」
「じゃ、せっちゃんのせいでいっか」
「てめーも望んでここにきただろーが」
後ろに出した手がレインに触れる、目配せもなく左右にわかれたセツとウィルは攻撃を開始した。
視界の端、転移したレインが鷺花に手を貸している。にしてもでけーなと、意識を眼前に向けると、四十階建てのビルはゆうにある巨体があり、黄色の眼球付近――つまり顔は見上げる形になる。首が痛い。
上空に転移した矢先、その巨体に舌打ちを一つ。取り出した拳銃を三発撃ち込んでやる。
三発、――それほど単純な攻撃ではない。
何しろ撃った瞬間に見えない位置で〝伸縮指向(フォーシス)〟魔術を発動された。放たれた弾丸の威力は通常の六倍にまで膨れ上がり、物理法則に従って反動も六倍――そのままにしておけば拳銃が壊れ左腕が使い物にならなくなる。だから反動そのものを別所へと転移させて威力はそのままに。
――硬いじゃねーか。
結果は跳弾だ。表面の鱗が何もなかったかのように弾いている。
「――っと」
背中についていた翼が動き狙いをセツへ向ける。背中に瞳がついているわけでもないのに――おそらく周囲の属性状況そのものが、感覚へと直結しているのだろう。さて、どう回避するのが効果的かを逡巡した直後、翼は違う方向へと折り曲がって、ばきりと嫌な音を立てながら――火を噴出させた。
拳銃を消し、二番目のナイフを四十本ほど竜の体内へ転移させるが、まるで効果がない。やはり、鱗などの存在はあるものの本質的にはただの属性のようだ。
――思った通り。
「ブルーの予言通りってか、クソッタレ」
「しんないし。ぎっちゃんが納得しないなら、べつに?」
「独り言に茶茶入れてんじゃねーよボケが」
まだ鷺花は知らないが、世界は既に危うい均衡の中にある。この状況が続くことは問題だ。エルムの手配はさすがとしか言いようのない一手ではあるけれど、閉鎖している状況が既に異常となってしまう。
だから。
「サギの様子も気になる――そろそろやるぜ、ボケっとしてんなよ紫陽花」
「せっちゃんこそ」
再び間合いを取って、二人は並んで立つ。ウィルは枝毛を気にするように髪に指を触れ、セツは煙草を口にして火を点けた。
「賭けるか?」
「二十三回以外なら」
同じ答えなら賭けになどならない――だ。
竜の口元が赤く光る、ファイアブレスの予兆か、けれど中心に線を描くように、何かが竜を分断した。
厳密に言えばそれはまだ分割していない。中心に沿って左右を空間転移術式で切れ目を入れただけで、本体には何の効力もない。右と左が繋がっているのだから、違和感こそあれど、躰に不自由はないはずだ。
――サギは……おう、意識まだあんのか。
縦横無尽に転移術式が走る。その数は六十と二つ、それが。
一斉に閉じた。
「――!」
苦痛にも似た声が上がる直前、分断された竜が火の形に戻ろうとするよりも早く、まるで重力が倍加したかのように地面へ強引に押し付けられた。
転移途中での強制解除における物質切断と、伸縮指向魔術における平面圧迫。
二人にとってはもう、呼吸のように行える攻撃方法だ。
それを、ただ繰り返す。たったそれだけの圧倒的な暴力。
「二十二回」
「で、私が地形均して二十三回っと……」
そうして、場に静けさが戻った。まだ空気は熱く、炎天下の砂漠を彷彿とさせられてか、経験のある二人はやや苦い顔をしている。
「オラ、でけーの退け」
「うっさいチビ」
蹴りの動きを回避して、ひょいひょいとウィルが逃げるのを放置しておき、セツは手を上げてエルムに状況終了の合図を出す。
歩いての移動が面倒だったため、軽く転移して、地面に座り込み疲れた表情の鷺花を見下ろした。最近では鷺花の背丈も伸びてきて一四三センチしかないセツにとっては面白くない話だ。
「一丁前に意識を繋いでんじゃねーか」
返答はない。ないが、返答の代わりに血染めの左手をひらひらと振った。傍にはナイフが落ちている。
「痛みで堪えたか……いい根性だ。――状況終了、もう寝ろ」
「あい、まぁむ」
冗談交じりに笑っていた鷺花は、そのままこてんと横に転がって意識を失った。
「シン、中に運んでくれるかい。アクアに任せるよ」
「おう」
「ガーネ、ウェル、ご苦労だったね。助かったよ。――ひなたも、昼寝の最中にごめん。埋め合わせは後でね。シディ、見ての通り庭は無事だ」
「んー……んん」
「魔術に関しては真剣だなシディは。愛いヤツめ、こっちこい。おしおし、――お前はこれ以上背丈を伸ばすなよ?」
「レインもお疲れ様。結果としてはまあ、――及第点だよ」
「私が、ですか?」
「まさか。鷺花の評価だよ」
「ま、上出来とは口が裂けても言えねーわな。……あの〝資質〟をどうするつもりだエルム」
「どうもこうもないよ、好きにさせる」
「……世間勉強がまだだろ」
「予定よりも早く消化してはいるけれどね」
「あのガキがここまでやるようになったんだ、早いのはわかってる。今のところは安定してるみてーだが、どっかで均衡保たねーとこっち側にきちまうぜ」
「そこまで、僕が関与するつもりはないよ」
「だからってオレが関わりゃ否応なくこっち側にきちまうだろーが……ただでさえアレなんだ、放任させるなら自覚させろよ」
「自覚ならしてるよ」
「しててこのザマか。――やられたな」
セツは笑って言う。
「てめーがやろうとしてたことを、先にやられたぜ? しかもあれだけの具現だ、専攻が違うなんて言い訳は通用しねーな」
「それをあっさり消した君たちには頭が下がるよ」
「属性具現だったからな……水をぶっかけても通用しないんなら、刻むしかねーだろ。核がありゃ別だが。二十三回じゃ〝並〟だろ」
「僕ならまず場を支配するところから始めるよ」
「こちとら対人に特化してんだ、手数じゃてめーらに負ける。オレに限っちゃ、紫陽花みてーな広範囲攻撃も苦手なんだぜ。ジニーに預けて一年なんだろ? ここで終わりってわけじゃねーが、かなり落ち着いてきてる。良い傾向だ」
「そうだね。しばらく〝槍〟の育成でもしてもらおうかと思ってるよ」
「今はジャックが行ってんだっけか? 槍なあ……てめーの個人所有の軍隊、んでもって魔術師か。アメリカ海兵隊と繋がりあんだろ。ケイが世話んなってっか」
「今はまだあるだけで使ってはいないけれど、槍はいつか必要になる」
「そりゃわかるが――ん? おう、どうしたシン」
「よお、ちょっといいか」
戻ってきたシン・チェンは禿頭を撫でると腕を組み、小さく吐息を落とす。シディがセツの拘束から離れ、屋敷へと戻っていった。ウィルはいつの間にか姿を消している。
「――俺の〝千本槍〟をサギに預けたい」
「なんだ、重荷になってきたか?」
「もう二百年も前からな……」
「いいよ、その辺りは任せる。ウェルに話を通して鷺花が承諾するのならね」
「諒解だ。……すまんな」
「僕に対してかい?」
「オレに対してだとしても、意味合いを掴みかねるだろ。弱気になりやがって」
「どうだかな。さあて、俺は風呂だ風呂」
「年寄りはこれだから……レイン、自己走査は終わったか?」
「ええ。――服が台無しです。エルムには後で請求するのでよろしく」
「無事ならそれでいい。今度はベルに限定解除許可もらっとけ」
「いえ……二度目はもうしません。あれは加減を知らないのですか」
「何言ってんだ、レインなら問題ねーって思ったんだろ? 期待されてんだぜ、受け取っとけよ。戦闘データは?」
「現在、主人様に映像データつきで送付中です」
「レィルにも回しといてくれ。――ったく、オレも少し疲れた。野雨に戻る」
「おや、もうですか?」
「クリーブランドとポポカテペトルくらいは見て回るからな」
「オリンポスはどうするのかな?」
「目視確認しとけよ馬鹿。じゃあな」
さてと、エルムは吐息を落として腰に手を当てた。
「レインは休んでいくといい。僕は、――各地に手配して調査をさせるよ」
「ではお言葉に甘えます」
エルムは、基本的に口出しをしない。選択肢を与えることはあるが、決定権を奪ったことなどない――だから、こうした成長の仕方をするのは予想もしていなかった。
そこに善し悪しなど求めない。ただ現実を受け止めるだけだ。
つまるところ。
「僕の立場も、取って喰われそうだなこれは……」
それはそれで楽しみだと思えるだけの度量があるのは、師としての器だったのかもしれない。
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