2051年

02/11/09:00――鷺城鷺花・終わりの日

 一年。

 多少の前後はあれど朝霧芽衣との訓練はその間ずっと続けられていた。お互いに切磋琢磨し、殺し合い、けれど殺せない状況で、意識を切り替えながら休息と戦闘を繰り返す。それでも憎み合うような間柄にならなかったのは、たぶんその時点で二人が既に、一般人とはかけ離れた思考を持っていたからだろう。

 確実に殺し合いをしているのに。

 それを訓練だと割り切り。

 憎悪をそこに持ち込まない。

 嫌悪すらしない。

 ――あるいは、ただお互いを己の利のために使うだけのシンプルな関係だった。

「それも今日で終いね」

「……ん? 何か言ったか?」

 べつにと、銃の手入れをしている朝霧に向けて言った鷺花はコートを脱いで影の中に落とす。お互いの関係と同様に、十歳を迎えた二人は出逢った直後とそう変わりはない。外見も、雰囲気も、ただ存在を強めただけだ。

 おそらく二人はもう、同年代の群れには入れない。垢抜けているどころか、むしろ孤立する。馴染める要素がない――同類であると示すのが数字だけしかない。共通点もない。一般的な会話すら通用しない。

 あるのは、ただ二人から同年代に対する多大な気遣いだけだ。

 大人びている――のとも、また違うか。

 たぶん、差は大したものではない。けれどその差があるからこそ、決定的に違ってしまっているだけだ。だからこれから、二人が同年代の学び舎などに顔を出すことなど、基本的にはないだろう。あったとしても戯れに、だ。

「明日辺り、連れてくるって?」

「そうらしいな。どこでなにをしていたかは知らんが、一匹ばかり拾ってくるそうだ。昨夜の連絡ではそう言っていた」

「朝霧はどうするつもりよ」

「知らん。師匠がどうするかが問題だろう。私は私だ。――もっとも、術式に関してはどうなるかわからんが」

「……そうよね」

 朝霧芽衣が抱く術式の不安定さは鷺花も知っている――いや、鷺花は知っている。当人はまだ自覚もしていないが、それを自覚したところで許容量と人格の問題もあるため、現状での解決策はない。

 それをどうするか、興味はあったけれど、たかが一年では過程など見ても変わらないし、これから見届けられるわけでもない。

「さあて、私も帰らないと」

「なんだ、今日なのか? まあ邪魔が入らんぎりぎりの日時か。およそ一年の区切りにもなる」

「帰ったら帰ったで、成果を見せろと言われそうだけれどね」

「見せてやればいいだろう。何ならプランニングに付き合うが?」

「結構よ」

 ちなみに今まで、ただの一度も鷺花は己の巣に関して、あるいはプロフィールに関するあらゆるものを朝霧には教えていない。朝霧も過去など話さないし、殺し合いでわかることだけを知ればそれで充分――だ。

「これから、戦場に出るたびに物足りなさを感じるようでは先が思いやられるな」

「忘れればいいのよ。身についた習性だけはなくならないから」

「折り合いをつけるのに一年もかかったがな。さすがに私はお前のような真似はできん」

「あら、私だって熟睡してるわけじゃないのよ? ただ半自動的に対処可能な術式を展開して防衛しているだけで、緊急警告レッドアラートが入れば起きる程度には覚醒してるもの。最初の内は熟睡していたけれどね」

「なんだ、そうだったのか。初期状態を叩くのは効率的だが、いかんせんその初期は私も同様だ。――参る話だが」

「朝霧、一応言っておく。――あんたはジニーの後継者にはなれない」

「――」

「無理よ。同じ知識、同じ経験をしても」

「私では届かない、か?」

「馬鹿ね、違うわよ。――あの場所には立てないし、後に継ぐものがないと言っているの。朝霧、あんたには継げない。冷たいようだけれど何も、継げないわ」

 最後の作業、つまり分解した拳銃を組み立てて弾装に弾を込めた朝霧はそれを完了させ、ようやく顔を上げた。

「師匠は私に何かを継がせるつもりだったと――そう言いたいのか」

「気付いてるんでしょう? だから、何が継げるかを模索してたじゃない」

「その観察眼には手を焼いたからな、今の私には軽軽と否定はできん。素直に受け取っておくつもりだが……後に継ぐことは、先人の務めだと思っている」

「そうね――次のない人生は自己満足だと聞いたことはあるし、ここで私の考えを言ってもいいのだけれど、そこに実感が伴わない以上はただの言葉でしかない。けれど、そうね、継げないことを理解しているのならば拘泥する必要はないでしょ。きっと」

「ふむ。おい鷺城、確認しておくが今この場にはお前と私しかいないな?」

「そうね。あと三十分もすれば上空に迎えのチョッパーがくるけれど。たぶんアパッチ辺りかしら――フル装備だったら笑ってやって」

「いや笑えんだろう、空域侵犯という言葉をパイロットに教えてやれ。ヘルファイアでも落とされたら敵わん」

「私有地だしありそうね」

「勘弁してくれ」

「冗談よ。チョッパーは来ない。自力で帰るから問題なしよ」

「ふむ……いや、それよりも、だ。鷺城、教えてくれ。――師匠はあとどれくらい持つ」

「……そ、気付いてたのね」

「お前よりも付き合いは長い。とはいえ私が組み立てを覚えた今から二年か三年前くらいに気付いたんだがな。――私にも隠してはいるようだが、壊れかけなのはわかった。師匠はあれでもハンターズシステムの設立に伴う、いわばハンターの先駆者だ。誰よりも早く先頭に立った人間ならば、――かなりの無理をしてきたことくらい想像はできる」

「どうして私に?」

「言っただろう? お前の観察眼については身をもって経験している。だから参考までに聞いておきたくてな」

「そう。なら、最後の土産に私の見解だと――ま、五年前後ってところでしょうね。もちろんジニーの対応によっては変化するわ。短い蝋燭が、その火を強めればなくなるのは早い。その判断は」

「わかっている。師匠がどうしようと私は介入せん」

「――朝霧、あんた苦労するわよ?」

「予言はやめろ。お前が言うと本当にそう聞こえてくる」

「はは、じゃあ忘れなさい。どちらにせよ私たちにとって、ここからがより一層密度の濃い時間になるだろうから、否応なく頭の片隅に追いやられるわ」

「それも予言のようで気になるがな」

 嫌そうな顔をしつつも苦笑した朝霧は立ち上がり、こちらに右手を差し出した。

「世話になった」

「私の台詞よそれ。いい経験を積んだわ」

 握手を一度、それはすぐに離れ、次の言葉はなく鷺花は己の術式を構成する。

 アメリカからイギリスへの長距離転移――現在の技量では不可能に近い。飛べたとしてもせいぜい一キロメートルを二十回連続跳躍が限度だ。けれど、それならこちらに向かっているヘリに移動することくらいはできる。

 冗談とは言ったが、迎えを呼んだのは事実だ。そして、こちらから合流する旨も伝えてある。そして三度の転移だけでヘリを発見し、四度目で内部に移動できた。

 ――CHの57?

 人員輸送に使うチョッパーで四十名程度の搭乗を可能とする機体だ。内部にはパイロットが二名いるだけで、がらんとしている。こんこんと近くでシートを叩くと副操縦士がこちらに気付き、驚いたように目を丸くした。

「やあ鷺城、早かったな。オーダー通り、イギリスの楽園でいいか?」

「そうよフェブリス、任せるわ」

「オーケイ。マッコフ、ピザが届いた。百キロノットでポイントアイスを経由、会場へ向かうぜ」

「諒解だフェブ、パーティがあるまで俺に任せろ。ピザのつまみ喰いはするなよ?」

「喰われるなら俺の方だ。――シートオンしてくれ鷺城、ベルトは好きにしていいけどな。一年ぶりじゃないか。あと六年もすりゃいい女になる」

「馬鹿言わないで、その頃には相手にもしないわよ。それより57は結構新しいでしょ? 鈴ノ宮に配備されたのね」

「おう、話だけは聞いてたが操縦してる新入りマッコフが現地から調達してきたものだ。なかなかいいが、俺は戦闘機乗りだからいまいち好きにはなれん」

「鈴ノ宮にとっては有用でしょ。もっともアパッチでも充分じゃない?」

「眠らせておくのももったいねえって話だ。それに新型だとマッコフしか繰れねえからな」

「ヘリは機体差が大きいから仕方ないわよ」

「よく知ってるな」

「ここ一年でカタログデータくらいは頭に入れたわよ。専門がいたし」

「おう、それもそうだったな。ミスタ・ジニーは元気にしてたか?」

「かろうじて」

「……そっか。無理を押し付けたのはビッグサムだ、あの人にゃいい老後を過ごして欲しいもんだがな」

「本人は星条旗のためにってわけでもなさそうだけれどね」

「元軍人から見りゃ、負担を押し付けたような負い目ってのがあるのさ。ま、知らねえ野郎も多いけどな。おう、煙草いるか?」

「未成年に勧めないの。吸えるけれどいらないわ。そっちは変わりなし?」

「大きく変わっちゃいねえよ。多少は新しい名前を聞くようになった、そんくらいなもんだ」

「世代の交代時期かしらね」

「そうだな。ちょうど鷺城の世代だ。この前、雨天――紫花が遊びにきてたが、だいぶおもちゃにされていたぞ。……ん、ああ、そういえば、俺の口から言っていいのかどうかはわからんが」

「どういうことか説明してから本題ね」

「わかってる。話は五六からジィズ、それから俺に流れてきたものだ。今回迎えに出るってことで、時間があるようなら伝言をってな。本来なら五六か、せめてジィズが言うべきものなんだろうが、大した内容じゃあない」

「そう。なに?」

「神鳳って野郎を覚えているか?」

「――ええ、忘れてないわよ、もちろん」

「野雨に戻る時があれば、話したいそうだ」

「そう。もしも逢うことがあったら、諒解の旨と――ありがとうと、伝えておいて」

「……? ああ、わかった」

 礼儀正しかった彼のことだ、きっと時間を空けて逢いにくることは可能だろう。けれど突発的な来訪が相手に対する迷惑だと考えれば実行は難しい。だから逆に逢いにくる相手に合わせれば、自分のスケジュールの問題だけで済む。

 何を話したいのかはともかくも、鷺花もそれを望んでいたのだ。できれば早く逢いたいとは思うけれど、いつ時間が取れるかはわからない。

 とりあえず、今は屋敷に帰るのが先だ。そして、久しぶりに美味しい紅茶を飲みたい。何しろ今まで珈琲ばかりだったから。


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