2048年

09/22/09:30――鷺城鷺花・魔術品、魔術武装

 魔術品と魔術武装。

 この二つは似て非なるもので、また区別それ自体をしない魔術師もいるけれど、違うものとして認識した方が正しい。

 魔術品とは、術式の構成そのものを組み込むことは両方においてさほど変わらないけれど、それが単一で攻撃にもなり防御にもなり、その効果が発揮されるのならば魔術品となる。

 逆に魔術武装とは、それ単一では効果を発揮したところで、所持者がいなければ完全に意味が消失してしまうものを指す。つまりエミリオンの刃物なども武装の類になるが、これは使用者がいなければいけない――たとえば武器や防具のように、だ。

「これは入学祝いだ」

 どさどさとジュニアハイスクールの教材を山積みに置いた後、つまり小学校卒業と同時に中学入学レベルの本を置かれたわけだが、エルムはついでとばかりに宝石を二つテーブルに置いた。半月前と同じような光景に慣れてしまった自分に落ち込んでいたりしたものの、褒美という飴に不信感を抱いたのも確かだ。

「好きに使っていいよ。一般課程の学修は早いレベルだ、ジュニアハイなら一年かけてもいい」

「普通は三年なんだけど……」

「鷺花なら可能だと評価しているんだ。ま、適当にね」

 なんだかエミリオンとの接触で魔術品に興味を持ったのを見越したような一手だとは思ったが、まあ宝石が手に入るならそれでもいいやと、受け取っておいた。

 まずは宝石そのものではなく、宝石から抽出した展開式で調査をする。

「――ふん?」

 からっぽだ。展開されたのは構造式で、何の手を加えられていない宝石となっている。また貯蔵量が比較的多く、どう使おうにも対応できる部類の材料だ。

「あ……これなら、使えるかも」

 以前、魔術戦闘に介入――というか乱入、いや巻き込まれた、いやいや放り投げられた時から構想だけはあったそれが、ふいに閃く。

 戦闘などの極限状況下での高速思考処理――それに必要なデータベースと思考補助。それを、この宝石を利用して作れないだろうか。

 五番目の大剣のように。

 今度は宝石を術陣へ変えてしまい、少し手を加えてより貯蔵可能な形状に仕上げる。といっても球形からあえて段差を発生させるようなやり方で、ふと思いついた薔薇の形状を模したものにする――と、ついでに色分けをしようと思って片方を青、もう一つは黒にしておいた。

「指輪……は、邪魔んなるか。イヤリングとかどうだろ」

 とりあえず身に着けている前提として、装飾品ならぎりOKだろうと勝手に判断し、適当な金属を構造変換して短い鎖にしつつ合致させ、右と左につけた。

 ――試さないとわかんないなあ。

 右につけた黒薔薇をぱちんと弾く。そこに今まで記憶していた連立式、複合式、混合式を番号付けでそれぞれ順番に保存する。認識としてはフォルダ別けしている形に近い。それはあくまでも一括りにしておき、さて術式を保存しようとも思うのだけれど、ここで問題だ。

 どうやって保存すべきか――効率を求めるのならば、そこが重要だと思う。そして、実践――否、実戦がそこには必要不可欠だ。

 一瞬、それは一秒にも満たない選択の時間。無数のものからたった一つ、正解に至る一手を選び取ることに関して疑問は持っていない。それは半ば直感に限りなく近いものだが、鷺花はそれを自覚してそのままで良い、信じて構わないと思っている。

 だが、選択が可能であっても実行までに時間がかかっては意味がない。

 ――でも、術式の使用にかかる時間は短縮できる。

 と、思う。そうなるために鷺花は自分の術式をどうすべきか今まで考えてきた。もちろん、それは実際に行わなければわからないけれど、カタチとしてはある程度できていて、改良も可能な前提を崩してはいない。

 さて、もう片方の青薔薇はどのような効果にすればいい?

「うーん……」

 いや、まずは保存形式を考えるためにも、黒薔薇を中心にして構築を先にしよう。そう思って部屋を出ながらいくつかの術陣を展開して黒薔薇の効率化を想定――していたら、アクアが通りがかったのですぐにやめた。

「――サギ様」

「うん、わかってる、わかってる。最近はちゃんと部屋の掃除もしてるよ。うん」

「…………はあ、以後お気を付けを」

「はあい」

「まったく誰に似たのですか。シン様、いや若様……旦那様? いけませんね、心当たりが多すぎて誰を叱ればいいやら……」

 たぶん、まず最初に鷺花を叱って間違いはないだろうけれど、そこはそれ当事者なのでスルーしてエントランスにまで出ると、ちょうど出て来たジェイと鉢合わせになった。

「あ、キースレイおじさん。暇? ねえ暇だよね? 暇よね――そうに違いない」

「勝手に決めるなお前は、誰に似た誰に。レインか? いやセツか?」

 また違う人物が出てきた。それも間違ってはいない。

「で、どうした」

「ちょっと遊んでくれない? ――外で」

「ん……まあ、昼くらいまでならいいぞ」

「よし、ありがとおじさん」

 とことこと階段を下りて玄関から外へ。今日は天気がいい。

「遊ぶって何をするんだ?」

「ちょっと術式使うから、適当に相手してくれればいいから」

「子供の遊びじゃねえだろ……まあいいが、俺から狙いを大きく外すなよ? あと加減はしろ。加減だ、これが一番重要になる。俺は誰が相手でも甘く見ない。だから加減をしろ」

「はあい」

 ぴたりと鷺花が停止した位置から五歩ほどの距離でジェイも止まり、振り返る。

「で?」

「うん……いろいろ試すから、お願いね」

 まずは、術式を使うこと――前方に魔術陣を展開して、それを確認して頷く。円を基本とした魔術陣、けれど中央だけは空白になっており、そこに独自の紋様を描いてはめれば、ジェイの周囲の地面についと線が走り、火柱が盛大に上がった。

「んー……」

 魔力伝導率が悪い、と術陣の細部に変更を施して次、周囲の空気が火柱を中心に凝縮して大爆発を引き起こす。

「せめて火系統術式がこの術陣一つでまかなえると楽だなあ」

 手を添える必要もなく、中央の意味文字は意識だけで描ける。しかし細部を変更するためには指先でなぞるようにしてやるのが簡単なので、腕を組んで首を傾げているわけにはいかない。

「……おいサギ、てめえ、おい聞けよ! 加減しろって言っただろ!?」

「次は、と」

「だから聞け――……おい、待て、コラ、そいつはいくらなんでも」

 ジェイの声など聞こえていない鷺花は、同一形状の術陣を周囲に二十三ほど展開して己の魔力容量に打診してみる。まだ術陣、つまり実行しない構成段階であるため魔力消費量はそう多くないけれど、全てを実行した場合における現在の魔力量は充分か?

 その自問に対し、問題ないと自答する。だから。

「おし」

 そのすべてを一気に実行した。

「んあ……」

 さすがに狙いが甘くなるな、と思う。それぞれの術式を黒薔薇に記憶させつつも、引出しに必要な時間がやはり問題だと頭を捻った。

 いくらなんでも対応する術陣そのものを常時展開リアルタイムセルするのは野暮ったい――つまり、邪魔だ。効率的ではない。もちろん、その術式が展開し続けることで特定の効果を発揮するものならば必要だろうけれど、刹那の一手を得るためには邪魔だ。邪魔……だけれど、展開しているのでは遅い。

 まずは四大属性だと思って片っ端から術陣を展開して行使し、黒薔薇への蓄積を続ける。時にはそれらを入り混ぜるが、そのどれもが基礎的な――あるいは物理的なものであって、たとえばセツの使う転移術式のような特異性はない。ただ、同じ属性であっても違う現象を発生させているだけだ。

 どれもこれも、魔術書を読んで鷺花がこうすれば可能だろう、と予測して構成したものである。実行して結果を見たことで、更に違う発想を得ることもできた。

「あれ――」

 ふと、思考の合間にジェイの対応が気になった。これだけ乱発しているのに身動きをしていないようで、こちらの術式を無効化している。

 対術式だろう。有名なのは解体術式で、術式そのものにバグを仕込んで自然解体させるものがそうだ。もちろん、真逆の術式をぶつけて相殺するのも対術式と呼ばれる。しかし、魔力の流れを追うと、自分の術式が消えていることに気付いた。

 手ごたえがない。さっきから、なんだか全部狙いを外しているようにも思える。それは湖畔に向けて水を撒くようで――吸収しているのだろうかと、片っ端から術式をぶつけて確認を続けた。

 ――違う。吸収じゃなく、消えてる?

 水を壁にむけて撒いた時に散らばるような感覚が僅かにあり、そこから先が一切ない。だから、攻撃術式に混ぜて、普段使っている展開式用の術式に似た解析を当てた直後、三つの展開していた術陣が消えた。

「ありゃー……」

 解析を優先したため、進行形の術陣が保てなかった。これも一つの問題だ。

 ――状況分析をもう片方に任せるのは難易度高いかな?

 などと考えつつも、とりあえずは攻撃術式を控えめにして解析を先にする。

「んお」

 複雑な術式だが、それが術式であることに間違いはない。どうやら吸収ではなく消失系で、半ば結界のように展開した上で、結界に当たった術式の魔力と相応の魔力を術者が消費することで効果をキャンセル、いやリセットさせるもののようだ。

 欠点は身動きができなくなること、か。

 ――消失に消失を重ねたらどうなるんだろ。

 分類としては冥属性系列。これの特徴は本来あるものから歪ませるような現象が目立つ。ちなみに天属性は創造と破壊で、エミリオンも大きく見れば天属性になる。

 ついでに記録してやれ、と思って黒薔薇を更に改良する。実行できたものと、していないもの……いや、それは必要ないか? 黒薔薇への蓄積、そして青薔薇を状況分析などの思考補助だとすれば――待てと、思考が止まる。

「……ああ、そうか、二つを」

 別のものとして捉えるのではなく、違う役目で繋げてしまえばどうだろうか。

 黒薔薇を参照して青薔薇が状況把握――行使された術式を青が感知して黒を参照することで、更にそこから対術式まで引出せたのならば、かなりの補助になるのでは? もちろん、それを勝手に実行されてもらっては困るが……。

 全体像は掴めた。改良には時間がかかるけれど、その方向性でやってみよう。とりあえずは多用な術式を自分なりに作ってやることだ。

「おいサギ! てめっ、聞こえてんだろ!?」

「えーっと、こうしてこうで……こう? だから、んー……よし、こんな感じで」

 いけるかなと、全術式を解除して一つに絞り、ジェイが使っている消失の術式を模造したそれをぶつけ――。

「コラァ! ちょっ、てめえら何してんだあ!」

「――んお?」

 鬼のような表情で、空気を震わせるほどの声を放ったのは屋敷から出て来たシディだ。やや呼吸が荒いところから、急いできたのだろう。とりあえず手元の術陣をぶつけると、ジェイはぞっとした表情で別術式を構成して迎え撃ち、効果を消失させた。

「ありゃ失敗か……で、どしたのシディ」

「どうしたもこうしたもない。ちょっと座んなさいそこ、正座で」

「えー」

「正座!」

「……あい」

 しぶしぶ正座すると、クソッタレと毒づきながら近づいてきたジェイが、シディの顔を見てぎくりと顔を硬直させると、僅かに目を泳がせた。

「ジェイ様」

「いや待て、落ち着けシディ話せばわかる」

「わかんない。――なにこの惨状は! あたしの庭に穴空けてくれちゃってどーしてくれんの! 初犯のサギならともかく、あたしが大変なのわかってるジェイ様はどーなのさ!」

「あー……ごめんシディ、全然考えてなかった」

「考えてお願いだから!」

「だからごめんって」

「もうっ、いいからお終い! 片付け! 手を動かしてれば会話していいから!」

「あいおー」

「あ、術式使ったら怒るから」

「わかってる。こんなことならキースレイおじさんに結界でも作ってもらうんだったなあ」

「……お前ね、俺がさんざん待てって言っただろ」

「え? ぜんぜん聞こえなかった」

 とりあえずスコップで穴を埋める作業からだ。しかし、陥没した穴の位置にあった土はどこかへ消えている。どうしたものか。

「んで満足したか?」

「ぜんぜん。予定の半分も消化できてないし、問題も三分の一しか解決できてないよ?」

「……二度と俺を被験者にすんなよ」

「えー……」

「ま、けどだいたいの方向性はわかった。つーかお前、とんでもねえな……まだ未熟なのは当然としても、よく思いつくもんだ」

「いやこれ、たぶんししょーの思惑通りだから」

 決めたのは私だけれど、と鷺花は付け加える。それがわかる時点で、かなりのものだと思うのだが、しかし当人に自覚はない。

 ないならないでいいかと、その時のジェイは苦笑して追及はしなかった。


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