03/18/11:30――鷺城鷺花・重複式

 屋敷にきて十日、ようやく一通りの知識を得た鷺花は発展系を模索しつつも、ようやくそれを作ることができた。

 それとはつまり、エミリオンのナイフだ。あくまでも模造――というか、物体の構成そのものを抜き出した式を使って、模倣しただけの代物である。何の発展もしていないし、右にあるものを左に動かしたようなものでしかない。

 だから、ノックをして返事があると部屋に入ってすぐ、窓際に座ってぼうっと外を見ていたエミリオンに対して。

「じーさん、これどう?」

 と、完成した嬉しさよりもどこに不具合があるのかを聞きたくて、それを差し出した。

「ん? 早いな……レプリカか。時間を考えれば及第点だな」

「や、それはいいから。どのへんがおかしい?」

「ああそっちか。――ん」

 こんこんと指の関節でナイフを叩くと、それはあっさり二つに折れてテーブルの上へ落ちた。

「――あれえ?」

「重複式も覚えたか」

「あ、うん。複合が左右の連立なら、重複は上下の複合ってところよね。合わせるんじゃなくて重ねる。じーさんの術陣がどーもわかんないと思ってたら、重複式の基礎を知ってからはわかるようになって、今朝ようやく作れたから」

「やはり早いな」

 ちなみに基礎の中でもっとも難しいのが重複式だ。二つの式を繋げる連立、二つの式を混ぜる混合、二つを一つとして認識させる複合――そのどれもを知っている前提で、二つ以上の式を〝重ねる〟ことで、違う効果を発揮させることができる。あるいは、重複式だけで連立、混合、複合などの基礎そのものの効果を出すことも可能だ。

 あるいは、重複だけが左右の二次元方向だけでなく、三次元方向へ干渉していると言ってもいい。もちろん物理的にではなく、論理的な構想の中で、だが、そこへ至った場合における汎用性はひどく広い。エミリオンにしても、あくまでも刃物の創造系に関してならば可能といったレベルでしかない――らしい。ウェルもまだ確実に至っているわけではないようだ。

「とはいえ重複式をそう使っているわけじゃない」

「だね。混合式と混合式を混合させてるって面倒な感じ。分解するの大変だった」

「俺の術式だからな……ふむ、そうだな、これは経験だが」

 一気に三つのナイフがテーブルに並び、鷺花は対面に腰を下ろした。

「順に強度が弱く、ちょうど良く、強いだ。壊れやすいのはどれだ?」

「強い」

「そう、強度が高ければ高いほど――いや、硬いものは往往にして壊れやすい」

 そのナイフを指先で叩くと、簡単に真っ二つになる。回数は一度だけ、術式の展開は見れなかったがおそらく、強い力を一点に集中させたのだろう。

「もちろん弱いのもダメだ。たとえば割れにくいガラスを柔らかくする技術が随分と前に発展したが、あれの欠点は同時に別箇所からの特定衝撃であっさりと壊れる」

 二度ほど叩くと、弱い方のナイフは三つに分解した。そして最後の一つ。

「ちなみにこれにも欠点がある。バランスが良い――からこそ、だ」

 刃の部分を構わずに掴むと、それは小さな破片になってばらばらと落ちる。

「全方位からの衝撃を受けるとこうなる」

「あ――そっか。ダメージが蓄積するからか。でも受け流す術式も組み込んであったよね?」

「それでも、そうだな、今のナイフだと使用二十年が限度だろう」

「長く使えることが前提なのね、やっぱり。あ、じゃさっきの私のは?」

「同一箇所に八十七回、同一衝撃を加えた。――訂正、物理衝撃じゃなく魔力振動だ」

「んぬ……術式の構成は間違ってなかったと思うけどなあ。えーっと……ほらこれ、どうじーさん」

「ああ、そういうことか」

 何かに納得したエミリオンは頷き、椅子にかけてあった上着のポケットから鉱石を一つ取り出して置く。

「確かに模倣してはいる。いるが根本的な間違いが一つあるな。この――」

「あ、触っていいよ。動かせるから」

「便利だな。この術陣に対して疑問はなかったか?」

「ん? それは物質の構造式よね」

「そうだが、これには実際の物質を利用している」

「その鉱石?」

「リーリット鉱石と呼ばれる、硬度と純度が高い代物だ。魔術材料としてよく扱われる。見てみろ」

「えっと……こう?」

「違う」

 同じように鉱石から構造式を抜き出そうとしてみるが、成功はするもののエミリオンが作った術陣とは違うものになってしまう。ちょっと待ってと制止して鉱石に指で触れた。

 鉱石――ではないにせよ、金属を使って刃物を創る場合はどうすればいい? そんな単純な疑問に答えは転がっている。鉄は火にくべて形状を変えて打つ。それはつまり、変化そのものだ。

 同じ工程をこの鉱石で再現するには、つまり、溶かさなくてはならない。もちろん火に当てて、という物理的な意味合いではなく。

「――そっか、うん、こうだ」

 汎用性の高い術陣そのものに――鉱石を、鉱石の構造式へと変化させる。それはそれで成功したが、ふと思って逆手順を踏むと、元の形になって鉱石はことりとテーブルに落ちた。

「そういうことかあ……」

「同一の構造式でも製造は可能だが、物品があるのとないのでは差異がでる。魔術品に関してはまだ知識が薄いな」

「うん。魔術って分野が広すぎて、どこから手をつけようかって」

「その辺りはエルムが上手くコントロールしてるだろう」

「……やっぱりそうなのかなあ」

「基礎の重要性について解くのは俺じゃなくジェイの領分だ。――それと勘違いはするな。鷺花の模造品は製造時の魔力過剰で脆くなっていた」

「多すぎた? あー、それは鉄を打つのに火を強くし過ぎてたってのに近いかな」

「それを言うなら、火そのものの違いも考慮しろ」

「あ――そっか。じーさんの魔力と私の魔力は完全に同一じゃない。でも……じーさんの魔力を真似ることを考えるくらいなら、私の魔力に順応するカタチを目指した方がいいかなあ」

「できるなら、どちらにも着手すべきだろう」

「それもそっか。でさじーさん、レインの大剣って最後の一振りでしょ? いくつ創ったの?」

「刻印入りに限っては一番から四番までだ」

「じゃ、刻印なしのもあるんだ」

「……どれ、俺の作業場に行くか」

 ラッキーだ、とついて行くが隣室だった。中には金属――ではなく、刃物がごろごろしている。大きめのものは壁に飾ってあるのだが。

「しばらくはアクアが整理してたが、屋敷に人が増えてからは時間も取れなくなってな。放っておけと言ってある」

「うわあ……形状もばらばら、似たようなのでも効果がぜんぜん違うし」

「確かこの辺りに……ああ、あった。これが一番目の雛型だ」

 渡されたのは、これはどこの位牌なのだろうと疑うような、刃物とは呼べない代物だ。ただ握ってみると確かに刃物のようにはなっているけれど、刃も厚く、切るというよりは割るために使うように思える。重量もかなりあった。鷺花では両手を使わなくては長時間持てないだろう。

「一番目は」

 次のものを探すためにしゃがみながら、エミリオンは続ける。何を探しているのか聞こうとも思ったが、鷺花ではすぐに手を切りそうなので、手伝うのは止めておいた。

「強度を題材にした一振りだ。一応は刃物としての形を作ってはいるが、実際にはあらゆる状況下で酷使したところで壊れず、不具合の発生しない問題を解決してる。今はアブが持ってたはずだ。アイツ、刃物しか持たない主義だからな。銃弾を受け止めるのに使ってるんだろう」

「アブ……ああ、確か〝炎神レッドファイア〟が通称の、ランクA狩人〈唯一無二の志アブソリュートジャスティス〉だっけ。レインにざっと聞いてる」

「そうか。そういえば連れて来たのはセツだったな……ああ、これだ。二番目の雛型。ちなみに二番目はセツが持ってる」

「へえ――ぜんぜん気付かなかった。レインのは気付いたのに」

「あいつの隠し方は尋常じゃない。製作者の俺でも迷ったくらいだ」

「二番目は?」

「ああ、二番目は〝複製イコール〟を入れた。どのレベルまで魔術を混入可能かを調べるためだ。オリジナルを所持していれば、同系統のナイフを複製できる。形状を見てわかる通り、投擲専用だ」

「スローイングナイフか……それなら、複製も理に適ってるけど、それって二番目そのものが魔術構成ってことでしょ? 使用者の魔力で複製できるんだから」

「魔術品よりも魔術武装に近いのは承知している。だから三番目は、ああなったわけだ……っと、これか? いや違うな……」

「どうなったの、三番目」

「三番目は、――魔術回路そのものにした」

「……えっと、よくわかんないんだけど」

 そもそも魔術回路は人体に生成されるものであって、それを具現することはできない。だから魔術品で術式が使える場合は、構成を組み込んでやって魔力に呼応して現象が発生するようにするわけだ。

「いや、だから魔術回路そのものを作った」

「えー……ちょっと想像できない。かなり飛躍してるんだけど」

「まあ三番目を完成させるにはだいぶ時間がかかったのは事実だ、と、あった。これだ」

「お、曲がってる、シミターに近い形状かな」

「三番目は最初から形状がない。あるにはあるんだが、たぶん魔術回路と同化してるだろう。〝組み立てアセンブリ〟の術式が使える人間なら、その刃物を組み立てられる」

「えっと……術式そのものがこの刃物ってことか。携帯性はかなりいいし、組み立てならなくなることもないだろうけど、一気に跳んだ感じがする。でも、あくまでも刃物って前提で考えれば、すっごい面白い着眼点よね。組み立てかあ……」

「――で、これが四番目だ」

 右手を一振り、たったそれだけの動作でエミリオンはその刃物を創った。

「これは雛型を作ってない。個人的な感情で、――残したくなかったからな」

 刃渡りは三十センチほどでやや歪曲しており、先端は鋭利。金属自体は薄く、柄の部分には木を当ててふくらみを出しているものの、ナックルガードを含めて一枚板だ。

「こいつは今も、ベルが所持してる」

「セツの親狩人だっけ……〝雷神トゥール〟の、ランクS狩人〈鈴丘の花ベルフィールド〉」

「――こいつは、法則を切断できる」

「え……?」

「ん、ああ、厳密にはベルが持ってるオリジナルな。これはそこまで可能にしてはいない」

「ちょっと待って。えっと……法則を、切る?」

「切る。もちろん切っても世界は修正力を働かせるから一時的なものだ。その〝一時〟も解釈がいく通りかあるからな、実際には一瞬じゃない。……だがまあ、ちょっと遅すぎたな」

「遅い?」

「ああ……昔、一方的な約束を交わしてな。いつか法則を切る刃物を創ってみろ――俺としてはそれに応えたつもりだが、アイツはもういなくなった後だ。そうそう、五神を選んだのは俺たちだが、それもアイツとの約束だったからな。俺が連れてったのはアブだ」

「選別ってわけじゃなくて、推薦したって感じ?」

「そんなところだ。それから音頤おとがい機関――武器流通組織を作ってやったが、これは暇潰しだな。職人連中を集めたに過ぎん。……ま、俺のところへ学びに来る馬鹿もいたか」

「ふうん。私はまだ世間の流れは覚えてないんだけど、じーさんにもいろいろあるんだ」

「面倒なことばかりな。――少し話し過ぎたか、歳をとりたくはないものだ」

 そんなものかな、と思う。まだ幼い鷺花に実感などわかないだろうし、それを知るのはもっと先になってのことだ。

 ただこの日。

 頭をなでるように乗せられた手の感触は、初見の時にそうであったように――どこか優しさを持った硬い手を、鷺花は生涯忘れることはなかった。


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