07/03/08:00――刹那小夜・仲間への遊び

 訓練室を独占可能な交渉は結果的に肯定させたが、条件としてまずはディが立ち会うこと。これはセツやジェイも観戦するつもりだったので問題はなく、二つ目は映像を艦内に流すことだった。こちらは娯楽の意味合いも兼ねているのだろうが、ディにしてみれば訓練とはいえ殺し合いに限りなく近いものを娯楽にされても困るというのが本音だ。

 始めろ――ディがそう合図してから十五分、待ちうけるようにしてアイは自然体のまま、少し腰を落としたケイは額に流れる汗を拭おうともせずに停止している。

「つまんねーな。おいジェイ、ほれ」

「おう」

「ディはいるか?」

「セツナ、貴様……酒を持ち込むとはどういう了見だ」

「あー? 他人の戦闘なんてモンにゃ必要だろーが」

「同感だ。もっとも肴になるような展開じゃないがな。職務中でもあるまいし、構わんだろう」

「俺は仕事なんだがな」

「そりゃご愁傷様。おいケイ、迷ってんじゃねーよ。何をしたって通じねーのは最初っからわかってることじゃねーか。ビビってんな腰抜け野郎」

「余計な茶茶を入れるなセツ。――アイとの実力差など明白なのはわかっているが何もできないケイが可愛そうだろう」

「そういうジェイはどうなんだ?」

「ちゃんと頭を使ってセツとアイだけは敵に回さないようにしている。冗談でもやるなよ」

「オーライ。そりゃこっちも似たようなもんだけどな、訓練ならまだしも――本気でケイとは敵対したくねーよ」

「同感だ。今はまだいいが、な」

「おう」

 ふうと吐息を落としたアイが右手にサバイバルナイフを組み立てる。それを見て迷ったのか、ゆっくりとした動作でケイも腰からナイフを引き抜く。

「あれいいな」

「なにがだ?」

「アイの組み立て。装備携帯しなくても済むだろ? 多少の条件はあるにせよ、面倒がねーから」

「セツもだろう?」

「オレの方が条件付けが面倒なんだよ……」

「ふむ。――ケイの術式は物体操作だったか」

「厳密にゃ、対象に紐をくっつけて引っ張るのと同じだろ。いわゆる〝綱引き〟ってやつだな。今のところは、その程度でしかねーよ。アイはやらせるつもりみてーだけど、まだ使ってねーよ」

「そのくらいは俺にでもわかる」

「そっか。お前、〝視覚化ヴィジョン〟だからわかるよな。本来なら目に見えない事象や何かも、既存のモチーフに擬えて視る――だっけか? あんま詳しくはねーけど、んな感じなんだろ」

「まあな。ほぼ常時展開型リアルタイムセル、しかも内世界干渉を基本としているから情報解析の部類に該当する。脳の並列処理が可能なのはその副産物みたいなものだ」

「手の内がわかっても、ジェイ自身が対処できるとは限らねーってか」

「いやもちろん、なんとかするが、得意分野ではないのは事実だ。しかし、ケイはまだまだ単純だな」

「探ってはいるみてーだけど、戦術思考はまだだ。わかるだけマシだろ」

「……貴様らは、随分とケイオスを評価しているな?」

「ああディ、いわゆる、これからが楽しみだ、という部類の評価だ。あいつにはまだ先がある」

「貴様らにはないのか?」

「そうじゃねーよ。ただ、完成するまでと、完成してからってのは、まったく別物だろ?」

「それはそうだが」

「急がせるつもりはない。同じ道を辿っても困る。俺たちなりに、ケイの扱いには迷っているのが現状だ。これを機に少しでも、とも思ったが、やはり俺たちにできることはないらしい」

「だな。それはそれで、情けねー話だけど、まあ基礎ができてるってのは、そういうことか。しょうがねーな」

「うむ」

「あともう一つでっけえ問題がある」

「なんだ?」

「アイは向かねーわ」

 言葉が聞こえていたのだろう、アイがくるりと振り返る。背中を見せる――その無防備すぎる隙に、一気に間合いを詰めたケイだが、そのまま一回転したアイに迎えられる。伸びる腕、ナイフを持つ手をどうにか回避したケイ、だが。

「――ん?」

 ジェイが眉根を寄せる。

 回避したはずの腕が消えたかと思ったら、既にケイの眼前でぴたりと停止していた。

 ――組み立ての術式だ。

 それは間違いない。ジェイには視えていた――が、それと現象とがくっつかない。最初の腕が組み立てたもので、後出しが狙いだったのならば術式反応は先に出ているはずなのに、今のは間違いなく後から組み立てたものだ。

 回避されてから術式を使ったのにも関わらず、本物だったはずの腕が消えた。

「……つまんねーことしやがって」

「なに?」

 ゆっくりと立ち上がるセツに合わせて、ジェイは思案したまま立ち上がり、それを聞く。

「――よせよセツ」

「聞こえねーな」

「これが目的か?」

「気付くのがおせーよ」

 直後、セツが一歩を踏み出したのとほぼ同時にアイはケイを転ばしつつ蹴って位置を移動させながらも、一テンポ遅れて床を蹴り、天井に手を当てて落下軌道を修正しながら着地――その間、ジェイはしゃがみ両手も使って訓練室の隅から中ほどまで、セツから離れるよう獣のように跳ぶ。またディも膝を曲げるようにして上半身を落としながら、自然な流れで腰から拳銃を引き抜き、残弾を確認した。

 ちりちりと肌を焦がすような殺意が訓練室に充満する――その発生源は、セツではない。

 それ以外の人間が、セツに殺意を向けているのだ。

「おー、なんだディも避けるのかあれ。さすがだなー、無駄に歳食ってねえってか」

 殺意を受けながら、セツはジェイとディに背中を向け、アイを見ながら言う。いいかと、前置きをして。

「興が乗ったし、てめーらまとめて試してやるよ。ま、アイが怖いのはよくわかった。ついでに、てめーらオレを試せ。頼むぜ」

「――あんまふざけたこと、ぬかしてんじゃねえ」

「てめーが厄介なのは知ってる。だから、……さっき飲んでたのは酒じゃねーよ」

 銃声が五度、それはディが無遠慮に放ったものでセツへと向かい、胴体に三箇所、額に二箇所、それは間違いなく当たった。

 当たり、金色の髪を片手で触れるセツは、ゆっくりと金色の瞳をディに向ける。

「死なねーよ。六百回は殺してくれねーとな」

 腰からナイフを引き抜いたセツは己の左腕を強引に切断するが、血が噴き出るよりも前に落ちた腕は砂のようになって消え、その時にはもう腕が復活していた。

 再生――ではなく、復活に限りなく近い。

 もちろんセツが体内にためた吸血種の血液が消費してはいる、いるが。

 微微たるものだ。

「さて、楽しもうぜ」

 ――その日。

 彼らは初めて、お互いを知った。

 本当の意味で、どんな相手なのかを知ることができた。

 その対価は少し高かったけれど。


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