03/24/11:20――刹那小夜・実戦配備
休暇は実質五日間だけ行われ、岩場のキャンプ跡を利用してそれこそ退屈だとぼやくくらいには有意義な休みを過ごした彼らは、規定通りに残り二ヶ月は基礎教育機関期間として割り当てられた。途中でディは本業に戻ってしまったものの、さすがにつつがなくとは言えないけれども、それなりの成績を出して一等兵になった彼らは、猶予期間を与えられずに現場配置となった。
「ありえねえ……普通、後期は適当に割り当てられたベースで休みながら、たまにゃ訓練校に顔出して指導しつつも、配置が決まるまで一ヶ月そこそこの猶予はあるはずなんだけどな」
「あれだろ。あん時、二ヶ月前の休暇中にもう配属先とか決めてたってオチだ。あたしゃセツがいる以上、こういうことは当然のようにくるって諦めたぜ」
「なんだ、お前たちは不満か。俺は楽しくていいと思っているが……」
「だよなジェイ、ひっそりぼんやり過ごすよりゃ、楽しい方がよっぽどためになる――と、トンネルか。ここを抜けた先だったな」
「そういやさっきの検問で、屍体が落ちてるって言ってたな。おいケイ、どうする」
「なんで俺なんだ……まあいい、とりあえずベースは先だが警戒だけしとくか。セツが先頭でトライアングル、しんがりはジェイな。灯りはないだろうけど、そんなに暗くもねえだろ」
指示通りの配置につき、小銃を肩に提げたままトンネルの中に入ると、途端にむっとした熱気を感じた。雨の後のような湿度だが、焼け焦げた匂いから違うとわかる。
「焼き払った後か。懐かしい匂いだ、反吐が出る」
「そうなのかアイ」
「ああ。敵も味方もお構いなしに焼却処分ってのは、どこ行っても同じだ。ま、そりゃ敵味方の区別なんぞつかねえ屍体だろうけどな。あたしら傭兵の流儀じゃ、どいつも平等に弔ってやるんだが、軍部じゃんな手間なことしてらんねえってことだろ」
「――あ、こりゃまずい」
先頭のセツがぴたりと足を止めたのはほぼ中央。奥からは光が見えるものの、まだ距離はある位置だ。
「どうした?」
「いや敵じゃねえ、そうじゃなくオレの問題――あーどうしようもねーなこりゃ。てめーら、とりあえず他言……無用じゃなくてもべつにいいか、くだらねーぜ」
「ああ? なんだてめえ、おい」
「いいからちょっと時間寄越せ。あー体質だから、こりゃ考えておくべきかもな。おう、てめーらに害はねーから、余計な動きはすんな」
どうしたもんかと呟いた直後、停滞しているはずの空気が蠢いた。その進行方向を嗅ぎ分けたジェイはセツから離れ、赤い霧のようなものが集まってきてからケイとアイも離れる。その霧はセツに吸い込まれるようにして消えたが、十秒ほど続いただろうか。
「ったく……面倒なもんだぜ」
やや長くなった髪と、瞳を金色にして。
やれやれとため息を落とした。
「――悪い。集合時間までにゃ余裕があるだろ、馴染むまで待ってくれ」
「セツ、俺の勘違いでなければ……」
「なんだ、知ってんのかジェイ。たぶん当たりだ」
「……そうか」
「あ? おい、何だってんだ」
「よせケイ、知らねえならそれでいいってことだ。あたしだって半信半疑だし、確定するようなもんじゃねえよ。ま、面倒な体質だな」
「最近はご無沙汰だったから仕方ねーだろ。オレだってこんな事態は初めてだ。一応、訓練校に入る前に予想と慣れだけはしといたんだけどな……こりゃ友人に報告しとかなきゃ、後で怒鳴られる」
「なんだセツ、専門医がいるのか」
「馬鹿、友人だ。医学界に詳しいか?」
「あ、俺はそれなりに知ってるぜ。親父から渡された資料にあった」
「フブキの娘だ、わかるか?」
「お前ね、そりゃ医学界の一番上にある名前じゃねえか。娘の方は覚えてねえけど」
「脳医学関係に入ってるはずだ。オレの数少ない友人だよ、昔から世話んなってる。年齢も近いからな。――おう、そろそろ行くか。だいぶ落ち着いてきた」
「とはいえ、まだ金色は抜けていないだろう」
「ブロンドにゃ見えねーか?」
「おいおいセツ、金髪と金色の髪を一緒にすんな。僅かだが発光してるぞ――おいこっち見るな。魅入られる」
「あー? 魔眼じゃねーって聞いてるけどな」
「うるせ。眩しいんだよ」
「体細胞が活性化してるだけだ。行こうぜ、時間に遅れると面倒だろ」
「セツがそれでいいなら、行くか。――なあ、ここ、ガソリン撒いて火を点けたって感じじゃねえよな」
「こりゃ火系術式を使って爆発を起こした跡だろ。見りゃわかるだろーが」
「お前はまた平然とそういう……だいたい魔術なんてのは、最近じゃ珍しくもねえけど表向きはないものと同じだろ」
「アイだって魔術師だろうが」
「そりゃそうだけどな……つーか、傭兵なんてこんなもんだ。ジェイとケイはどうなんだ?」
「それなりにはな」
「俺も、ある程度ってところだ。ここを見てすぐに術式を繋げられねえくらいには疎いけどな」
トンネルを抜けると眩しさに少し目を細める。山を一つ越えたそこは広い砂地――いわゆる砂漠だった。
「面倒なところに飛ばされたもんだな。ケイ、そのまま案内頼むぜ」
「もうベースが見えてるだろ。そこのログハウスみてえなのがそうだ。こりゃ哨戒だけでも三日くれえは戻ってこれそうにないな。つーか暑い……」
「オレはこういう場所、初めてだけどな、まあ慣れるだろ。ジェイはどうだ?」
「湿度が低いな……俺もそのうちに慣れるだろう。それまでに死ななければいいが」
「勝手に除隊すんなよジェイ」
「アイは平気そうだな」
「傭兵は環境なんかに拘らねえっての。定住しねえのが基本だからな。ま、とりあえずあたしらは補充兵だ。挨拶に行こうぜ――ケイ、先導してくれ」
「てめえら、面倒な挨拶を俺に任せようって判断じゃねえだろうな……」
「んなこたねーよ」
「そうだな」
「ただ、ケイに責任者と会話させて性格を掴んでこっちは上手くやろうって考えてるだけ」
「――ああ? てめえ俺が黙って受け入れると思ってたら大間違いだぞ。だいたいなんで俺ばっかが面倒事を……あ?」
ベースの扉が開いて男が出てきたかと思えば、こちらの姿を確認してから目頭に指を当てて空を仰いだかと思うと、瞬きを数度してから再確認し、盛大に吐息を落としてから背中を向けた。
「――ってディ少尉! なんで無視してるんだ!?」
「…………」
「おいケイ、睨まれてるぞ。あたしは知らん。どうにかしろ」
「どうにかって、てめえ、どうしろってんだ。どう考えても厄介ごとが歩いて来たから面倒になる前に現実逃避って感じだ。なあおい」
「――おい貴様ら」
「はっ、一一二○時、補充兵として着任することとなったサヨ・セツナであります!」
「同じく、ジェイル・キーアであります!」
「あーいい、挨拶はいらん。続けなくていい。とっとと入れクソガキども。クソッタレが、上の連中、俺に押し付けやがったな……?」
そんなことは知ったことじゃない。口に出さずとも目配せをした四人が中に入ると、一人の女性が軽く手を上げ、ディはパイプ椅子に座りテーブルに肘を立てていた。
「現在、哨戒中が六名、戦闘配置が二班で十二名。補充兵の貴様らはそこにいるメイリスと組んで五名の班として動いてもらう。状況は芳しくないが防衛ラインだ。小競り合いが続いている」
「おい、すげーやる気なさそうなんだけど……」
「何か言ったかアイギス」
「なんでもありません、サー!」
「今日一日は待機、明日からはスケジュールを組む。夜間に広範囲爆撃……いや、術式による攻撃が確認されているため、注意しろ。術式については聞くな、見て感じて理解しろ。赤痢にも気をつけろよ。上官は俺、従え。以上だ」
「諒解であります」
「クソ可愛げのねえガキどもだ。質問もなしか。おいメイリス、珈琲をくれ」
「いえ、珈琲は自分がやります」
ジェイが前へ出て準備を始める。それを見ながらも、セツは一度メイリスと呼ばれたブロンドの女を一瞥してから、一歩だけ前へ出た。
「ディ少尉、現場の隊長はそちらのメイリス殿でよろしかったのでしょうか」
「そうだな。というか、後のことはメイリスに聞け。俺は上への文句をレポートにして出すから、しばらく部屋へいる。何かあったら呼べ」
「諒解です」
まったく、どうしてこなったんだとディは呟きながら奥の部屋へ消える。後で珈琲も持って行かなくてはならないだろうが、まずは挨拶だ。
「メイファル・イーク・リスコットン伍長よ。現場が同じだし、敬語はいらないからよろしく」
「聞いた名だな。オレはセツだ」
「訓練校で狙撃結果の名前で見たな。あたしはアイでいい」
「去年のトップじゃなかったか? っと、俺はケイだ」
「ジェイだ。確か
「まあね。それより、コニーとは知り合い? ディなんて愛称は聞いたことないけれど」
「訓練校で教官だったんだよ。ま、途中であたしら放り出して現地に向かった薄情な野郎だ」
「その気持ちは、わからんでもないが。メイリス、ディ少尉の部屋は?」
「通路手前から四つ目左手側」
「そうか。珈琲を置いてくる。お前らは後だ」
「オーライ、雑談でもして待ってるぜ――ってなんだメイリス、その顔は。俺なんかおかしいこと言ったか?」
「いやね、コニーから愚痴を嫌ってほど聞かされたけど、あんたたちみたいな子供だったってのを確認してただけよ。っていうか、運動会の障害物競走でやらかしたってのは本当なわけ?」
厳密には基礎訓練の成果を示すため、特定種目に参加して結果を出すものなのだが、運動会という通称が彼らの間では普通だ。障害物競争とは、文字通り障害を通り抜けて目的地に到着する五キロメートルほどの距離がある競技だ。
本来ならばシックスメンバーでやるところ、彼らは四人で、記録は三位だった。
「そういや、あれがディ少尉が最後に見たヤツだったな。つーか記録的にゃ大したことねーだろ。なんかあったか?」
「お前ね、忘れてんのか。クソとろい狙撃兵が配置されてただろ? しかもあたしらん時だけ障害最中にサブマシンガンをぶっ放しやがって、苦労したじゃねえか」
「……そうだっけか? おいケイ、てめーも覚えてねーよな?」
「セツと一緒にすんな。つーかメイリス、あれだろ? 俺らがあのジャッカス――クソ狙撃兵をかなり挑発したって話を聞いてんだろ」
「ええまあ、うん、そうだけれど」
「……あー思い出した。あの馬鹿だ。せっかく狙撃しやすいようにオレやジェイが立ち回ってやってんのに、絶好の位置でも撃ちやがらねーから、どんなチキン野郎だと思ってさんざん挑発したっけな」
「ありゃジェイも悪いんだぜ? 俺ならとっくに全発撃ち込んでるってため息交じりだったじゃねえかよ。だから三位だったんだよな」
「それでジェイが頭にきて、狙撃位置にいた野郎を蹴飛ばして変わってから、残り四班は全部リタイアだっけな。あれにゃあたしも笑ったぜ」
「あんたたちね……」
「命令には従うから気にするんじゃねーよ」
「命令順守する範囲で行動するから性質が悪いってコニーも頭を抱えてたのよ」
「同情くらいしとくべきか? セツ、そんくらいのラインだよな」
「おう」
「いやてめえら、もっと前から同情してやれよ……同情だけしかしてねえけどな俺だって」
そこでジェイが戻ったため、彼らは木でできた円形テーブルにそれぞれ腰を下ろし、珈琲を持ってきたジェイが最後に座った。
「――で、メイリス。状況はどうなってる?」
「とりあえず境界を挟んで睨み合ってる感じよ。っていうか、睨み合ってなさいっていうのが上からのオーダーで、政治的解決がされるまでは終わらないでしょうね。前がやられれば交代、不定期だけど最長で五日間で配置替えしてる」
「術式を使われてるって聞いたぜ」
「ま、ね。私が所属してた班も、それが原因でね……広範囲の熱風が走ると、あっという間にミイラだから気を付けて――と言っても、仕方ないか」
「対応すりゃいいんだろ、覚えておく。障害物ねーんだろ? やっぱ塹壕か?」
「基本的にはそうよ。絨毯爆撃はないけれど、ただ向こうは戦車を引っ張り出してくるからね。たまに、だけれど」
「おいおい、砂地換装してんのか? 砂を噛むから長時間の使用は厳禁だろあれ。しかも換装がまた面倒で金もかかる。鹵獲して使ってたけど、メンテがすげえ面倒なんだ。あれ被弾時に逃げ場がねえのと、歩兵連れてないといけねえのが面倒だよな」
「だよなって私に言われても使ったことなんてないわよ。そっちは陸軍の仕事で海兵隊に回ってくるようなことじゃ……というか、使ったことあるのアイは」
「だから鹵獲してな。小回りも利かないしあたしら向きじゃなかったから、最後は爆薬積んで破壊したけど」
「そりゃいい花火だな。やるか?」
「やりません。っていうかやらないで。私の責任が問われるから」
「調子くれてっと死ぬ――なんてことを、俺が言うまでもねえ。つーか俺が言われる立場だな。やれやれだ」
「べつに調子に乗ってるこたねーよ。なあ?」
「当たり前だろ」
「それが油断であり死に直結することは否応なく学んでいる」
「あんたらって……なんなの? まだ前期三ヶ月終わっただけの新米一等兵でしょ?」
「その通りだが、問題があるのかメイリス」
「問題があるっていうか……あーもう、コニーの苦労も少しわかるかもね。いいわ、とりあえず私たちのコールサインはフラット、ナンバーは私がファーストで……次はケイ、三がアイで四がセツ、最後にジェイ。いいね?」
「諒解だ」
頷いた直後、セツがふらりと立ち上がって外を見る。続いてアイが足元に置いてあった装備を手に取り、同じ方向に視線を投げつつもジェイに向かって、顎を上げるように合図を出す。
「……セツ、まずいか?」
「可能性の話だぜ。ケイ、装備拾っとけよ」
「おう」
「ちょっと――」
何をしているんだと問いかけるよりも前に、通信が入った。内部スピーカに自動接続されて、そのノイズにメイリスが慌てて立ち上がる。
『こちらムーラツー! クソッ、二人殺られた! 狙いが正確になってきやがって――』
『ロンドワンだ! こっちは一人、クソッタレ戦車を二つ確認した!』
「――ベースに待機中のフラットだ! 補充もきた、増援に向かう! 堪えろ!」
『諒解だクソッタレ! 補充の弾丸はいらねえから戦車をどうにかしてくれ! そうすりゃどうとでもなる!』
それからいくつかの声が続くものの、メイリスはアンチマテリアルライフルを背負うと、部屋から出てきたディに対して出ることを伝える。その間に四人は先にベースを出た。
「よお、なんでわかった?」
「術式の反応だ。
「セツよりは遅かったけどな」
「――全員いいわね? 走るわよ!」
「諒解だ。セツとアイは先陣頼む。俺とメイリスは狙撃地点を確保してから、メイリスに戦車を破壊してもらおう。ケイはこっちのフォロー、中衛で頼む。それでいいかメイリス」
「問題ないわよ。人選の配置に関しては、そっちのが得意だろうしね」
「なら、――先行するぜアイ。ついてこいよ」
「そっちこそ」
既に走り出しながらの会話であったのにも関わらず、そこからの二人は倍以上の速度で走り始めた。疾走――足場の悪い砂地であるのにも関わらず、あるいは平地の訓練で走っていた時よりも速い、つまり戦場の匂いから発生する緊張が、彼女たちをそうさせているのだ。
障害物のない平地において移動は迅速が過ぎるくらいがちょうど良い。とろとろと歩いていればダッグハントだ、ジャッカスと笑いながら殺されるのが目に見えている。
「アイ、離れすぎるとまずいか?」
「あっちは狙撃、ケイに任せて合流を先に――」
弾かれるように並んだ二人が離れ、遅れて届くライフルの乾いた音。そこからしばらくは離れたままだったが、どちらからともなく再び近づく。
「二千ヤードだろ、無茶するぜ」
「凄腕がいるかもしれないから注意に越したことはないさ。いいかセツ、踏み込むなよ。あたしらがやるのは防衛だけ、そのつもりでな」
「軍規違反するなら、まずメイリスに相談するっての」
「それでも術式には術式で、だろ。なんつーか、あたしにとっちゃこっちのが日常だったんだよな」
「もう忘れてんのか?」
「まさか、身に染みついてんだ、そうそう忘れるか。お前だってそうなんだろ」
「まあ、な……それなりに制限は外せるが、共闘ってのは初めてだ。問題があるようなら言ってくれ」
「殊勝だな」
「オレだって気遣いくれーするっての」
そのまま、塹壕に飛び込んだセツは、肩に提げていたサブマシンガンを置く。
「待たせたな。補充兵のフラットフォーだ。ワンが狙撃用意をしてる」
「――早いな。狙撃兵がいる、気をつけろ」
「知ってる。こっちは囮で出るけどな、背中を撃つなよ」
「は?」
「アイ」
「付き合うぜ。あたしもちょいと気になってんだ」
「敵との距離は?」
「え、あ、ざっと二千ヤードだが……おい!」
拳銃を引き抜くことなく、セツはひらひらと手を振って塹壕を出て、今度は走るのではなく周囲に視線を投げるようにして歩き始めた。やはりアイはその隣だ。
「戦車の砲塔がこっち向いたな……距離はまだ千五百ヤードってところか。ま、相手が術式を使ってんだから、こっちがわざわざ隠すようなことはしなくても、いーだろうぜ」
「そりゃそうだけどな、お前、あたしは広範囲殲滅とか苦手だぜ?」
「オレだって乱戦はともかくも、広範囲は苦手だ。見えるか」
「ああ、戦車の横に二人いる。でも違うな」
「……来るぞ」
砂地の表面を浮かせるような風が前方から押し寄せる――それと同時に、津波のような炎がそこへ出現し、表層を焦がすようにしてきた。かなりの高熱らしい、確かにこんなものを真正面から受け止めれば人など簡単に蒸発するだろうし、余波を受けただけでも干からびそうだ。防御手段といては、塹壕の中でも更に深い位置で対爆防御姿勢を取ることと、傍にある弾薬に引火しないことを祈るくらいなものだ。
不自然すぎる現象。けれど発火現象と気圧変化における風という自然現象を意図的に引き起こしたそれに対し、二人は真正面から受け止めた。
セツは、術式そのものを――おそらく術者がいるだろう後方へと転移させる。局地的なもので全体にその効果を及ぼしてはいないが、術者個人に被害が行くのならば問題ない。そもそもセツは守ることになど長けてはいないのだ。
対したアイの周囲には紙吹雪のようなものが舞っていた。
「あ? なんだそりゃ、対解――つっても通じねーか。解体術式か?」
「解体じゃなく分解だ。もっとも対になってる〝
「へえ……悪い、あんま詳しくはねーんだ。特に名称がな。どんなもんか知るよりも前に、対応だけできるよう仕込んじゃいるが」
「それはそれで、おかしいと思うけどな……で? どうするんだ」
「ん、だいたい確認はできたし、反応も良好だ。オレは術者に転移させて返したんだが、避けられた。つーか……いや、まあ、囮にゃなるだろ。戦車砲撃くるぜ」
どうするよと問われた矢先に発射音。面倒だがと前へ出たアイが左手を前へ出し、着弾するよりも前に砲弾を分解してしまう。
簡単にやるように見えても、実際には対象物がどのような物理構成をされているかを把握した上で、どこまで分解可能かを己の力量を見極めてからでなくては行動に至れない。更に言えば分解した要素、たとえば分子などは全てがアイの肉体に貯蓄される形を取るため、そこに不具合が発生するような取り込み方もできず、また最初に取り込む器を用意しておかなくてはならないため、かなり面倒な対応になる。
もっともアイは産まれたころからそうしたことを、当然として受け入れて行ってきたため、簡単にやっているように見えるだけだ。
それを。
「――なるほど、面倒だなそりゃ」
セツはあっさりと見抜く。
「分解から組み立てをしろよ。相手のモンを己のものにできるだろーが……ん? そうか、砲弾なんか組み立てたって、どうしろって話か。投げろよおい、笑ってやるぜ」
「うるせえよ」
まだ距離があるため銃声は少ない。戦車の砲撃だとて最大考課範囲を求めるのならば、もっと接近しなくてはならないだろう。ある種のこう着状態にどうするかとセツが首を傾げると、風切音がしたかと思えば、一台の戦車が爆発した。
「――あ? そういや戦車二台とか言ってなかったか?」
「そうだな。見当たらないけど、たぶんあそこだ。術式反応がある。火系術式で陽炎の中にでも隠してんじゃないか?」
「ん、ああ、それっぽいな。砲台がこっち向いてねーから気にしてなかったぜ」
「お前は、油断と余裕の区別がわかりにくいな」
「わからねーようにしてんだよ。得体が知れない方が恐怖を煽れるだろーが……と、なんだ撤退するみたいだぜ。そりゃ妥当な判断だ」
「逃がすと思ってるのかね、あちらさんは」
「だから戦車を置いて徒歩で移動するんだろ。メイリスの二撃目が――そらきた」
一発目は砲台の入り口を狙い、二発目は燃料タンクをピンポイント狙撃。それだけでかなりの腕前は証明できているが、セツは軽く肩を竦めただけだった。
「アイ、哨戒しようぜ。まだ陽が落ちるまでは時間があるだろ」
「そうだな。ツーマン、ワンセル。つまりはあたしも付き合えってことか……」
初めての戦場――のはずなのだが、彼女たちにとってそれは、懐かしいものでしかなかった。
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