01/10/05:20――アイギス・演習の準備
一時間も早くにたたき起こされた彼らが巡洋艦に放り投げられて海を二時間ばかり移動した後、放り出されたのは小島のような場所だった。整列した四人の足元に放り投げられるそれらに視線も投げず、船上で腕を組みこちらを見るデイヴィットに傾注した。
「――今から、演習を行う」
ここで、はあ、などととぼけた返答をすれば怒鳴られるのは決まっている。姿勢を正したまま、返事をするのならばはっきりと、だがこの場合はいちいち返答しなくても良い。
「貴様らの相手はざっと六十人だ。弾丸の中身はペイント弾、それを当てれば死亡したとみなされる。――いいか、ルールはない。ただし殺すな。貴様らは生き延びて結果を見せろ。質問はあるか?」
やはり、返答はしない。
「開始まで三十分はある、作戦会議でもしておけ。装備の点検もだ。ただし、あまり遠くへは行くな。俺の声が届き、戻れる位置にいろ。いいな」
「イエス、サー!」
ふんと鼻で笑ったデイヴィットが艦内に戻ってから、足元に落ちていた装備を拾い、各自のペースで装着する。真っ先に立ち上がったアイは、何かを探るように足元へと視線を投げる。
「おい、日陰に行こうぜ。暑いと体力がな」
「それもそうだな」
ケイの言葉にすぐ答えたアイは全員を見渡しながら人差し指を立てて唇に、それから軽く手を振って近くの茂みを乗り越えて大木の傍へ誘導してから、無言のまま腰にぶら下げた通信機を指してから、ある動作を一つした。
スイッチを切ったのだ。それに合わせて三人も同じ動作をする。
「……オーケイ。ちょっと時間貰うからな」
「おう。にしても、演習ね。予備弾装も含めて一人二十発ってところか。それでてめー、相手は六十人ときた」
「明言はしてねえよ、ざっとだ。もっと多い」
「ケイ、詳しく聞かせろよ。想定でいいぜ」
「こういう時の教官は意地がクソッタレなほど悪い。全員で八十発なら相手は七十人、しかも相手がペイント弾を使ってるとは限らねえ」
「ほう、それは何故だ?」
「人数差がありすぎるだろ? あっちにとっちゃ四人を制圧するだけでいいんだ、ペイントにするまでもなくゴム弾辺りがありゃ簡単だ――と、思う。ある種のリンチみてえなもんさ」
「なるほどな。頷ける話だ」
あったと、ブーツの中に隠していたツールで通信機のふたを外して分解していたアイが、苦笑しながら小さな部品を取り出した。
「なんだそりゃ。小せーな」
「発信機と通信傍受、両方可能なやつだ。ったく、こんなくだらねえことに金使いやがって、何を考えてんだ」
「なんでンなモンが仕込まれてんだ……つーか、よくわかったなお前」
「依頼主の飴にゃ毒が入ってるってのが教訓なんだよ」
「ふむ、随分と慎重なのだなアイ」
「臆病じゃなきゃ傭兵なんかやってられっか」
壊すのはもったいねえと続けたアイは、取り外したまま組み立てる。お前らのも寄越せと手を出して、妙な空気に気付いた。
「あ? なんだよ、とっとと寄越せ。場所はわかったからすぐ外せる」
「オレのをやれ。つーかてめー、傭兵だったのか。オレの予想も当たりだったな」
「ん、ああ口に出してたか。今さらだな」
「この状況、どうだ?」
「あたしなら戦力補強するね。できなきゃ依頼を引き受けねえ。それでもってんなら各個撃破――だろうが、相手もそれを想定してるだろ。裏を掻かなきゃ生き残れねえな。演習とはいえ、一発貰ったらアウトだ。現場で言い訳は通じねえ」
「ご立派なことで。んじゃアイ、てめーが作戦立てろ」
「いや駄目だ。セツ、お前がやれ」
「あー?」
「――いいなそれ、面白え。頼んだぜセツ」
「珈琲を淹れてやっただろう」
「ジェイまで……べつにできねーことはないけどな。ただ、指示は始まってから出すぜ。もうちっと考えさせろ。結果が見えても過程をどうにかしねーと、得られねーからな。とりあえずは情報か」
「その前に一つな」ケイの通信機を分解しつつアイは口を開く。「まさかとは思うが連中――教官側な、軍用衛星使ってるかもしれねえ。ここは森だ、ある程度は身を隠せるが完全にはいかねえからな。あたしゃ、対応を見られるのが嫌いでね」
「オーライ、考慮しとくぜ。ただまあ――オレとしては、対応を見せつけるってのも手だと考えてっからな。承知しとけよ」
「しょうがねえな、そりゃ」
「外周で五キロ、小島だな。手入れされてねえジャングル、ただし場所によっちゃ森も開けてるはずだ。一般的には同じ人数で対岸から攻める形式をとるが、俺たちはゲスト、そうとも限らない。最悪、増援もある」
「――詳しいなケイ」
「聞きかじった程度だ。訓練校ってのはな、訓練生を馬鹿にするために何でも仕込むもんだ。最初っから俺たちの勝利なんぞ期待もされてねえ、無理だと教えるための訓練だからな」
「その言いよう、相手に想像がついているようだが」
「訓練生。時期的に俺らの一個上の先輩ら、階級は一等兵。最終試験としての現場配置がまだの連中。じゃなきゃ、こんな訓練するかよ。もっと上の可能性もあるけどな。教官の目から離れた場所で銃器なんか触らせねえ。たかが一ヶ月で、まともに使える連中なんぞいねえだろ」
「いるじゃねーか」
「あのなセツ、てめえが巻き込んだも同然だろ。ったく……」
装備は模擬ナイフに通信機、P229が一丁と予備弾装。たったそれだけだ。これでは死ねと言われているのも同然だが、訓練生には拒否権がそもそもない。
「ほい終了っと。発信機はしばらく持ってろよお前ら。使いどころはセツに任せる」
「オレより先に言うんじゃねーよ。通信機のスイッチは入れとくべきだろーな……」
「なんだ、適当に投げたにしちゃ、えらく考えてるなセツ」
「誰かを使うってのも経験だろ。オレ一人なら、現場に入って現場で判断すりゃそれで終わる。相手が師団でもな。けど、こいつはそうでもねーだろ? いろいろと制限をかけなきゃいけねーんだ」
「どこの化け物だてめえは」
「人間じゃねーかもな。けど、ジェイとは似たようなもんだ。なあ?」
「桁は違うが、馬鹿は同じ分類にするかもしれないな。似たようなものだが、同じではない。そうだろうセツ」
「オレと同じにゃされたくねーって思ってんなら、そいつは賢明だ。そういうモンってことくらいオレもわかってるさ」
それでも、だからこそ。
「だいたいジェイの考えている通りだなこりゃ」
「はあ? っておい、ジェイは何で笑ってンだよ」
「いや、……クック、なるほどなと思っただけだ。だがそれだと問題もある」
「でけえ問題はアイにやらせる。小せえのはオレとケイで充分だ。で、最大の問題が一つある」
「なんだ、言ってみろ」
「いいかてめーら。そもそもオレらが集まってる時点で、こんなくだらねー訓練を終わらせることは容易い。オレ一人、いやてめーらが単独だって馬鹿みてーに日和ったガキを相手に、油断の一つもしねーオレらが、負けるはずがねーんだよ。だったら問題は一つだ、勝ってどうする? 結果を示して、どうするかって話だ」
「あたしゃどうでもいいね。セツはどうなんだ?」
「くだらねーな。ま、ついてこれないなら――」
それはもう聞いたと、三人が口を揃えて言ったのでセツは舌打ちをした。
「アイ、人の立ち入った形跡がどんくらいある?」
「あたしに訊くのかよ。演習でよく使ってんだろ、新しいので三ヶ月くらいなもんだ、だいたいだけどな」
「ふうん。じゃあコレもか?」
「あ?」
セツが指したのはちょうど頭上にある太い枝だ。近かったケイがそれを見て顔を顰め、アイが舌打ちを一つした。
「チッ、真新しいじゃねえか」
「よく気付いたなてめえ」
「オレならそうするってだけの話だ。まあこれだけじゃ、なんとも言えねーしな。だいたい踏み込みの痕ってだけで、いつのモンかもわからねーだろ?」
「昨日かもしれねえし、今日かもな。やれやれ、あたしも未熟だね」
「――セツ」
「どうしたジェイ」
「雨がくる」
「いつだ」
「一時間……いや、九十分後だ」
「長いか」
「カーテンだ」
「正確か?」
「三十分くれ。合わせられる」
「任せた」
「待て待て、一体何の会話だそりゃ。あたしにもわかるように説明しろ」
「あ? 察せよ。視界を奪うようなスコールがくるって話だ。こういう海じゃよくあることでな、五分もしねー内に止むらしいぜ。リアルタイムで気象情報を得てるならともかく、そうそう察せるものじゃねーよ。いい情報だジェイ」
「疑わないんだなセツ」
「当たり前だろうが――その意見はオレも抱いていたものだ。賛同者がいるってこた間違いねーんだろ」
「……化け物が」
「ジェイまで言うのかよ……ま、いいか。くだらねーぜ。ケイ、相手は班ごとに移動すると思うか?」
「ん、ああ、俺たちはともかくも大抵はシックスメンバーだ。一個上は確か十班までのはずだからな」
「分隊編成はしねーか?」
「現地でのゲリラ狩りならともかくも、わざわざ密集させて移動させるよりも小分けの方が発見は容易い。それに土地もそう広くねえだろ」
「待てケイ、発見はむしろ問題視しなくていいんじゃねえか? 何しろ発信機がある、あたしらの場所なんぞお見通しだ」
「それもそうか……十じゃ多すぎると考えるのも自然だな。指揮が少尉クラスなら、あるいは適正に応じて振り分けも行うかもしれねえ。だが俺たちはイレギュラーだ。今回の訓練に俺らが捻じ込まれた」
「ならば俺たちを早急に潰す可能性もあるか」
「潰して、本来の訓練に戻るって? ありえる話だぜそりゃ。あたしらは害虫か何かか」
「だが間違いなく初動は遅れるぜ」
左下をじっと見ていたセツが、ようやく顔を上げた。
「連中はオレらを甘く見てる。位置がわかるってのは油断だ。オレらの進軍に合わせるつもりなんだろう」
「考えはまとまったか」
「お蔭さんでね。あとは、てめーらがオレの指示にどこまで反応できるかだ。期待してるぜ」
「また心にもねえことを言うんだなお前は」
「言質は取らねーけど従えよ。ま、後は楽しめ。命のやり取りを楽しく思えなきゃやってらんねーのは、知ってるだろ」
「知らねえな。俺はまだ未だに戻すくれえだ」
「なんだ、二度くらいしか戦場経験ねえのか」
「てめえと一緒にすんなアイ。俺はただ軍人として育てられただけの、凡庸な男だ」
「はっ、そう考えりゃアイもケイもシナリオだけは似てやがるな。どうせ育ての親が流れ弾に当たったかで死んだか引退したんで、てめーの道を歩き出したってことだろ。悪くはねーんだろうが、共感はしねーな」
「……俺も似たようなものだ」
「ジェイもかよ」
「お前は違うのかセツ」
「オレ? オレはただの社会勉強ってやつだ。親なんぞ最初っからいねーし、好きにしろってオーダーでどこぞの馬鹿に蹴飛ばされてきただけ。気にするな、てめーらと同じだ。今はここに居る、それで充分だろ」
「それで充分だと思えてるお前が、もう既に化け物なんだよ。んな簡単に割り切るな」
「今さらだろそれ……おう、そろそろ戻ろうぜ。ディ少尉が顔を出す頃合いだ」
そうだなと頷いて戻ると、確かに船上に顔を出していた。
「――いいか? 俺は貴様らに干渉しない、好きにやれ。装備の不満以外に何か問うべきことはあるか?」
返答はせず、問いもしない。そのまま数十秒を要してから、彼は時計に視線を落とす。
「開始二分前、時計合わせ四十三秒、四、三、二、一……」
全員が時計合わせをし、それから二分後。
「――状況開始!」
「イエス、サー!」
敬礼をして背中を見せ、茂みをかき分けて中に入り、視線が途切れる。直後に。
「――走るぞ、来い」
通信機ではなく肉声で聞こえた言葉に、次の一歩から弾けるようにして森の中を疾走し始めた。
「後方は気にするな、アイの後方にジェイがつけ。ケイはオレの後だ、遅れるな」
「――場所は?」
「開けたところだ。十一時方向に一分もせず到着する」
それは昨日の訓練で走った速度とそう変わらない。これは障害物競争だというのに、無理やりにでも躰を前へと動かす。
セツの先導に従って走って五十秒、そこはやや開けた岩場になっていた。足を止めれば誰かがキャンプをしただろう痕跡も発見できる。すぐにセツは指示を飛ばし、木陰に隠れたまま発信機を置けと言う。どれも人体が隠れられるような場所で、一目だけではそこにいるかどうかわからない、目視が難しい位置だ。
「アイ、トラップを仕掛けろ。ケイはフォロー」
「どの程度だ?」
「オレらが存在することがわかりゃいい、拘るな時間をかけるな。最大効率、最少労力、引っかかる間抜けがいるなら尚いい」
「オーライ。ケイ、手伝え。ツタになるものを集めろ。開けた場所に身を晒すなよ」
「言われるまでもねえ」
「ジェイ、ここから六時方向、わかるか」
問われるまでもない――どうしてと、疑問すら浮かぶ。
この場にきて真っ先に探った狙撃ポイントは三箇所。その内でもっとも隠れやすく、そして狙撃手がやりにくい場所を、どうしてセツがこうまでピンポイントに示すのかと。
「オレらの動きが停止すりゃ向こうは動き出す。配置を済ませてから攻撃に移るなら、まだ余裕がある。狙撃手は――たぶん、いるだろうぜ。無力化して奪うのにフォローがいるか?」
「いや、必要ない。それは俺の得意分野だ」
誰かから奪うこと。
南シナ海の海賊をしていたジェイル・キーアにとって、それは日常だった。
「――アイ」
『なんだ』
無線機から聞こえる声、そしてセツたちもまた小声で話している。風に乗ってもすぐに消えるような小ささだ。
「弾頭をペイントに変えられるか?」
『身動きしねえでいいなら十三秒。状況を考えりゃ一発に二十秒は欲しい』
「なら後回しだ。ジェイ、ゴム弾でいい。やれ。ほかの狙撃手はこっちで消す」
「わかった」
頷いたジェイルが迂回するように森の中を移動し始め、セツは一度だけ視線を左下に落とした。
「ケイ、手伝いが終わったらジェイのフォロー。一班くらいは潰しておけ。ジェイの狙撃がありゃ状況はかなり有利に動くからな」
『オーライ』
「アイはしばらく囮として動け。潰してもいい」
『しょうがねえ、任せておけ』
「それと……てめーらは気付いてねーみたいだが、一人オレらを尾行してやがった。かなりの熟練者だがオレに任せろ。いいか? 気配を隠したまま全方位警戒しとけよ。オレが一人やったのを合図に動き出す」
できるのか、とは誰も問わない。
セツならばやると、そう思えてしまうから。
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