12/13/07:00――刹那小夜・第九班

 バスに揺られて数時間、穴倉とも呼ぶべき部屋にぶち込まれたかと思えば、イモ洗い状態であちこちをたらい回しにされて検査を終えれば、靴や衣類など最低限の物品と番号札を与えられて外に放り出される。一体何なんだと思っていればすぐに番号を呼ばれ、ノロマだのクズだのと罵倒を浴びながらも、その言葉を要約すればついて来い、だ。

「貴様ら四名は九班に配属された! いいか、貴様らは十三ある内の中で最低の人間だ! クズを集めた中でのクズだ、堆肥になるだけ馬糞の方がよっぽど価値がある! 便所でクソを流す時に水があることをありがたいとすら思え!」

 ぞろぞろと足並みを揃えて潜水艦でももう少し広いだろうと思える通路を一列になって歩く。声を張り上げる上官の声があちこちを響いて少しうるさいくらいだ。

「貴様らクズの管理を任された俺の身にもなって少しは足りない頭を使ってみろ! ――よし、全員停止!」

 一つの部屋の前で停止した上官が振り返る。軍帽を頭に乗せた男は襟の勲章を見せるようにして胸を張り、じろりと睨むように二人の女性と二人の男性を見た。

「九班、そして十班の飼育をすることになったコニー・デイヴィス、階級は少尉だ。覚えておけ」

「イエス、サー!」

 返事をしたのは全員だ。それをつまらなそうに彼は睨むが、そもそもここに連れられてきたこの時点で、すぐさま返事をするのは珍しい。大抵は教官側から返事をしろと怒鳴るものだが。

「よし。貴様らはこの部屋の中に入り、三十分は自由にしろ。ただし外には出るな、いいな?」

「イエス、サー!」

 彼の手で開けられた扉の中に入り、全員が入ったのを見てから、扉は締まる。その瞬間に四人は一斉に支給されたデジタルの腕時計に視線を落とし、誰もが視線を合わせることなく、また距離を測ることもせず、好きに腰を下ろした。

 壁に上半身だけ預けるようにして、かなり小柄でまだジュニアスクールのガールだろうとすら思われる日本人は、すぐに瞳を閉じて両手を頭の後ろに回した。それだけで呼吸が意識できるが、視覚を閉ざすことで情報を取り入れる必要がないと、拒絶感を示しているようにも思う。

 もう一人の女性はさきほどの部屋で全員平等丸刈りにされた白髪に手を当てて苦笑し、ふうと一息を落としてからあぐらをかいて天井を仰いだ。まるでここが安全だと確認した猫のように、警戒も何もそこにはない。

 日焼けでもしたような赤茶色の髪をした背丈の高い男は、ふわっと欠伸をしてから仰向けに転がった。一八○はあるであろう男がたかが十畳間に寝転ぶのだ、邪魔になるのは当然だが、器用にスペースを見つけて目を閉じる。二畳は二段ベッドで埋まっているというのに、よくやるものだ。

 最後の一人である、元から禿頭の男は当たり前のようにそれぞれの姿を確認するよう視線を投げてから、ベッドの淵に腰を下ろして足を組んだ。視線は無遠慮にもほかの三人を見ているが、たまに視線が合ったところで動じず、視線における意志の交換すら行わない。

 二十五分間、彼らの間に会話はなく、言葉を発することもなかった。

 重苦しい沈黙ではない。たとえば公園において各各が好き勝手に遊んでいるのと同じであり、それがいくら狭い部屋であっても変わることはなく、そもそも好き勝手している誰かを否定したいと思っているわけではない。それはある意味での許容だったが、実際にはどうでもよいと思っていたのかもしれない。

 話す必要がない。――今のところは、とこれには付け加えておくべきだろう。

 だからといって彼らは知りたいことがない――わけではない。九班として配属されたのならば、これ以降も必ず顔を合わせる間柄であろうし、先に待ちうけている訓練も同じく受けるはずだ。つまり、最低でも半年以上は一緒にいるのだから、知っておくに越したことはあるまい。

 だが、彼らは知っている。話す必要はなく気配、あるいは感覚、足の運び、意識の運動、対応から現状の処理、そうした情報を既に得ているのだ。それを表には出さず――そして表に出さないことも情報の一つだ――好き勝手に休んでいる。

 部屋にいて自由にしろ、その言葉通りに自由にしている。

 ――異常なんだよ、クソッタレ。

 二度目の欠伸をどうにか噛み殺したアメリカ人は、内心だけで吐き捨てる。それは憤りに近いものの、嫌悪ではあるが怒りではない。ただしその二つは延長線上にあるものなのだから、否定はできないだろうけれど、しかしベッドを蹴飛ばして壊すほど怒っているわけではないのだから、嫌悪だ。

 自分も含めて異常だとわかるのだから、自覚していても直さない馬鹿と同じだろう。けれども彼の中ではそれが正しいことだと刷り込まれているのだから常軌を逸している。

 ――ありえねえ。

 空を仰いだロシア人の女性は笑いたい気持ちを内部だけで表現する。普通、そう、普通ならばここで三十分の時間を与えられたのならば、さて何をしにお前たちはここに来た――いや、何をやっちまったからここへ来るはめになったのかと、そんな似たような境遇話の一つでもして共通性を見出し、クソッタレと毒づきながらも、よろしくなと握手の一つでも交わすだろう。

 ――だが俺たちは違う。

 個人を見るのはやめて、ぼんやりと全体を見渡すようにしているドイツ人は、足を組み替える。この動作すら意図的にそれを示したわけではなく、十分も過ぎた頃に足が疲れたので逆にしただけのことだ。

 彼らにはおそらく共通認識がある。まずは、現状で会話が必要ないこと。そして、現在の状況は監視されており、おそらく盗聴もされている。そもそもここ、アメリカ軍部訓練校に来たばかりの悪ガキだけを四人とも部屋に閉じ込める、などという行為をまさか手放しで行えるわけがない。少なくともそのくらいは誰もが察しているだろう。

 察してしまう。

 それが今までとは違う状況、別の環境であっても、自然体でそこまで読んだ上でだいたいどの辺りに仕掛けがしてあるのか、そして、相手がどんな人間なのか、それを探ってしまう――探りながらも、相手には気付かれないようにできてしまう。

 つまり、当たり前なのだ。

 まずは状況、環境に埋没し慣れること。そして慣れ過ぎないこと。臨機応変を誰にも悟られることなく真っ先に行える。それは誰よりも早くそこが安全なのか危険なのかを嗅ぎ分けることと直結するのだ。

 生き残るために、そうできるように彼らは訓練されていた。

 そして、ああ、残念なことに疑問も同じだろう。

 ――コイツ、尋常じゃない。

 寝転がり壁に背を預けた日本人の少女に対し、ほかの三人は番号を呼ばれて集まった時点で既に、それを感じ取っていた。何がどう、と口で説明できるものではないし、頭の中でどれほどの知識や単語を探ってみても、やはり該当するものがなかった。

 だが、間違いなく自分とは違うモノだと、一様に彼らは認めている。それが、探る手を伸ばす行為を、逆に押しとどめているのだ。

 賢く、臆病なのである。

 地雷原に向かって走るのは馬鹿のすることだ。どこに地雷があるのかわかっていても、もう一度走査して確認した上で、できるならば迂回経路を模索するのが彼らだ。死にたがりではない。銃声が聞こえたら迷わず伏せ、大地に耳を当てて足音の位置を探ろうとする。

 だから、無暗に足を踏み入れない。

 ――こういう人種もいるのか。

 それらのすべてを理解した上で、日本人の彼女は思う。己は特に何をしようとも思っておらず、ただただ今まで通りでありながらも、違う状況に身を置いているだけだ。それでも察する者は察しているし、踏み込んでこない。

 まあ、それでも構わない――彼女は、刹那小夜せつなさよはそう思っている。

 ただし懸念はあった。

 親狩人グランになったベルとやらに、とりあえず世間勉強してこいと放り投げられたが、文句は今のところない。そもそも彼女には世間的な知識がなかったし、特にそういった情報はこれから多く仕入れなければいけなくなるだろう。この環境が正しいかどうかも、これからわかることだ。

 どういう場所なのかもよくは知らない。周囲をそれとなく見て動け、返事はしとけ、などなど簡単な言葉はもらったが、それ以上は自分で調べて知るしかない――が。

 だからこそだ、懸念である。

 類は友を呼ぶ、という言葉は実際に正しい。壊れた人間には壊れた人間が引き寄せられやすく、逆も然り。孤立とは即ち除外であり、そして、除外されたものはひとくくりにされるのが日常だ。

 異常と異常は惹かれあうが、人数が多い場合は必ず特異点のような一人が存在することになる。もちろん範囲が広ければ一人とは限らないが、この人数ならば一人だろう。となると、それは己ではないのだろうか。

 だとするのならば、謝罪くらいはしてもいい――が、あとのことは知らん。

 すっと自然に目を開いた。時計に一瞥を投げたのは全員が同時、五分前に残り三十秒だ。最初に立ち上がったのはアメリカ人の男で、ため息を落とすのでもなく背伸びをするのでもなく、ドアに近づく。それから全員がゆっくりとした動作で立ち上がり、そして。

「――あ」

 そういえば忘れていたと、本気の態度でそれを示し、アメリカ人が振り返る。

「ケイオス。ケイでいい」

 その言葉に、それこそ全員が思い出したと言わんばかりの反応を見せた。つまり、彼らはそれを、忘れていたのである。

「ジェイル。……ジェイと呼んでくれ」

 ドイツ人の言葉に、やや苦笑したロシア人の女性が口を開く。

「アイギスだ。つまり、アイでいい」

 んでお前はと言わんばかりに視線が集まったため、肩を竦めた日本人は言う。

「セツだ。悪いな」

 五分前ぴったりに廊下に出ると、今来たばかりの教官と鉢合わせした。

 それが、彼らのファーストコンタクトだ。


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