10/17/23:20――小波翔花・終わりを悟って

「暁がね、言ってた」

 そっと年上の華花の顔を抱き寄せて、その背中を優しく撫でる。

「悲しい、悔しい、嬉しい、どんな理由だって我慢する必要はない。泣けるってことを噛み締めて、泣けばいいんだって。それが、泣ける人間の特権だって」

「……ん、ごめん花ちゃん」

「いいよ」

 それでも華花は声を立てて泣かない。ただ、涙を流すだけだ。

「でも……だったら、あかくんは泣けないのかな」

「そうね。聞いたことはないけど――泣くってことがどんなものか、知らないと思う。心を平坦に保つことを心がけろ、だったかな」

 武術家は最初にそれを身に着けるものだと、大して気にした様子もなく言っていたが、そうではないと思う。

 泣くという機能がただ作動しない。

 悲しみは持てるのに、それを示すものがないだけだ。

「泣けないけど、悲しいだろうね」

「うん。暁、そういうのあまり表に出さないけど」

「寂しいよ」

「……うん。もう、居ないって、……認められちゃうからなあ」

「花ちゃんも?」

「うん。姉さんがね――でも、認めて前へ進まないと」

「……あは。花ちゃんの姉さんも、同じこと言うんだね」

「涼も?」

「そう。代わりじゃなく、生きろと」

「酷いよね」

「ひどいひどい。だってあたしの生活に涼がいたんだもん」

「華花さん、悲しみに浸ろう。……それは、今できることだから」

「……うん」

 だとすれば、翔花にできることは何だろうか。

 戻った暁はきっと平気な顔をしている。悲しみをそのまますっぽり受け止めて、抱いて、それを表現する術を知らなくて。

 そんな暁を見たら――翔花の方が泣き出してしまいそうで。

 どうしたものか、と思う。

「ばか……やろう……」

 小さく呟かれた華花の言葉は、もう、届かない。


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