10/17/23:10――都鳥涼・降卯紅月と水刃涼良
「第九幕終ノ章、〈
ただ、喰らっていただけではない。
反撃も防御も的確に行っている――つもりだ。
けれど結果として、一幕の中で必ず一撃は攻撃を喰らっており、反撃は衣服を切るのみで肉体にまでは届いていなかった。
淡淡と、機械的に、術式も使わない攻撃を行っているだけなのに。
だから、こいつは簡単に食うことができないのだと思う。
考えなくてはならない。
戦闘を構築し、身動きを封じ、一撃を当て、倒してからでないと食えない。
だから考えよう――。
間合いを取り、ふうと吐息を落として左小太刀を納刀し、右小太刀の切っ先を暁へと向ける――その行為が。
考えが。
その思考が、都鳥涼を取り戻すきっかけとなった。
――ああ。
浮かれていたのか、と思う。
術式を使わなければ涼にダメージを与えることができないのに、使わなかった暁は。
妖魔としてではなく。
都鳥涼としての戦闘と、終わりを、望んでいる。
すまん、と言いそうになって呼吸を止め、大きく息を吸ってから見据えた。
殺意を伴って。
敵意を向けて。
――それでも、だ。
「都鳥流小太刀二刀術、九代目継承者」
言の葉を放たなければ、武術家として死ねない。
「都鳥
暁と同様に己の
「推して参る」
言うと、遅ェよと呟いた暁が笑った。仕方ねェ野郎だ、とばかりに。
じわりと闇を濃くした黒色の術式紋様が大地を侵食するかのように涼の足元に浮かぶ。そこには属性が感じられない、ただただ陰に偏った黒色だ。
それを見て、暁は僅かに上空へと視線を向けて初動紋様を展開する。それは黒とは違う、そして水を意味する青とも違った――白色。
頭上から出現し暁を包み込むように足元へと落ちた。
そして。
「
どこか悲しげな瞳をした天魔は、涼にしばらく視線を合わせた後に暁と同化するように消えた。
暁は。
腰から、刀を、引き抜く。鞘ごと――だ。
「雨天流抜刀術」
ゆらゆらと上半身を揺らす涼は既に戦闘態勢でありながらも、暁は右手に刀を持ったまま利き手を柄に添え、暢気にそれを言い放つ。
「陰陽ノ行、終幕終ノ章――〈
それは奇しくも、暁の持つ刀と同じ銘で。
暁は直立したまま動かなくなった。
鍔を右指が押し上げているのがわかる。何をするつもりかは知らないが――小太刀はそもそも入り身が主体の得物だ、内側に入らなくては意味がない。
だから。
直線から右に行くと見せかけて左へ飛び、踏み込みの動作すら虚実を混ぜて側面からその範囲に侵入した。
直後。
右小太刀に強い衝撃を受けて涼は吹き飛んだ。
――何が、起きた?
鍔鳴りはしない。今もまだ暁は親指で鍔を押し上げたまま――軽く瞳を瞑るよう、静寂をその身に包み込んで存在している。
何が起きたのかは明確だ。
後の先をとられた。
居合いを、放たれたのだ。
抑え込んでいた本能が逃走しろと警笛を鳴らし、それを全力で拒絶しながら涼は疾走する。
前後左右、暁を中心にして――けれど間合いへと至らぬよう注意しつつ、飛針を投げて動きをけん制しながら、躰の向きを変えようともしない暁の背後から。
放たれた。
背後への居合いが、見えた。
今度は――雨が、その雫を切断する軌跡だけが、見えて。
躰を回転させながら左小太刀を半分ほど引き抜いて受け止める。刃で受け止めるのはご法度だが、そうも言っていられない。
見えた――からといって。
見えた直後にはもう躰へと至っている居合いに対し、直感で防御する以外に手があるというのだろうか。
涼は。
ありったけの飛針を――二十六の飛針を、僅かな緩急さえもつけずに疾走しつつ全方向から投げた。
もちろん、実際にはタイムラグがそこに発生してしまう。だが一秒以下の精度で投げられたそれは。
一秒以下の精度で間違いなく二十六本、全て居合いによって落とされた。
何が、恐ろしいか。
それは、二十六度の居合いによって落とされたのだ。
一度で二本を落とすことも可能だったろうに。
「曰く――」
二つ目の術式紋様は青色で、やはり頭上から足元に広がった。
白色よりも大きく、広く。
「早苗の期にて
居合いの範囲が広がったのだと気付いた頃、既に両の小太刀を抜刀して受け流すことだけを涼は考えていた。
涼という肉体に対して六、十二と間合いの外側にまで至るのに数を要する。
「其の姿を断ち続くと表す」
近づけない――立っているだけの威圧感たるや、本能の領域すら呆然とさせられる。
打つ手がない。
だが打倒せねば。
それが涼の願いであり、覚悟だったはずだ。
「
三つ目の術式紋様で範囲は更に拡大しながらも、抜刀――居合いによる衝撃派は涼だけでなく、範囲にある瓦礫すら取り除き平地にしてしまうほどの威力を持ち。
次第に涼へと近づいてくるその光景に、恐怖を喚起させられる。
「
今なら、その言葉が理解できる。
今の涼でなければ、それが口から出たところで何を言っているのかわからなかったはずだ。
「
「逃げ回ってばかりか?」
二つ、放たれる言葉は。
後者は涼へ。
そして前者は――妖魔の、言葉だ。
「届かねェのか」
「
「そこまでして」
「
「――てめェは」
振り向く。
視線が合う。
「俺に傷一つ負わせられねェのか!」
怒号と共に放たれた居合いは三十二度、前動作も終わりすらも見届けることができず、かすり傷を負いながら二つの小太刀でどうにか防ぐ。
呪術を使用した攻撃は、そのまま存在を食われる感覚に近い。何かがごっそりと奪われるような――虚脱感、何よりも痛みがそこにないのが恐ろしい。
黒色が混じった濃い青色の術式紋様が、足元に重なった。
大極陰・水ノ行第二位裏術式紋様〝
たった数分で川の水位が上がるよう、たったその一言で暁の周囲にある水気が膨れ上がるのを涼は感じた。
否だ、ずっとそこに在ったのだ。
今までは涼が持つ風で届かなかったものが、届くようになっただけで。
大極陽・水神ノ行第三位表術式紋様〝
更に、その上へ白色の術式紋様が重なった。
「即ち――」
暁は放つ。
「雨の
謳い終えた暁は左手の刀を上空へと放り投げ、踏み込んだ。
無手で。
その踏み込みはまるで津波のように――遠目で見ればゆっくりと押し寄せている脅威なのにも関わらず、その実は何かを飲み込むほどの強さと速さを持っていた。
「――っ!」
何が起きたのかわからない。否だ、何が起きるのかがわからなかった。
いつだとて暁は得物を持っていた。最初は刀で、ここ最近は棍や槍も持ち出し、たった一度だけでも小太刀の暁と鍛錬をしたこともある。
けれど今の暁は、何も持っていない。
持っていないのに――直感で防いだ最初の一撃は、居合いだった。
素早い一撃から一点、ふらりと揺れたかと思った矢先に重い一撃が己をすり抜ける感覚――ああ、これは一刀流、いや五木の一透流か。
知らない技もあれば、知っているものもあった。その繰り返される一撃と同様に、暁の足元の術式紋様の数が増える。
柔術、針術、棍術までは防ぎ、扇術で体勢を崩されて小太刀術を受け、小太刀二刀からは完全にお手上げだった。
抜刀術、糸術から槍術に連携されて接近用弓術で更に貫かれる。薙刀で躰を押し上げられ、杖術で押され。
――ついに。
落ちてきた刀を暁が握り、ああと思う。
そんな短い時間で、これほどまでの多種な攻撃を行えるのか――と。
「雨天陰陽・終ノ行第一位術式紋様〝
強い踏み込みと共に、刀を振り抜いた。
「――
強い雨の中、己の躰が倒れても立たない音の代わりに、風に流されぬ強さを持った鍔鳴りが、背後で聞こえた。
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