10/17/23:00――雨天暁・最後の決別に
随分と時間を要したなと、雨天暁は思う。
迷っていたのだ。
道にではなく、ここへ来ていいのかどうかずっと迷っていた。
「――よォ」
けれど、良かったのだと思う。
勝手に終わるのではなく、暁の手で終わらせられるのならば、都鳥涼にとって本望なのだろうから。
紅色がなくなった暗闇の中、禍禍しい空気の中心点に双眸が輝く。
「あ、か、つ、き――」
区切られる言の葉に乗せられた殺意は、続く咆哮によって増大する。
仲間を呼応するためのものではない。それは外敵を退けるための咆哮(ウォークライ)。
初手、接近して来た涼に対して後の先を取った直立からの居合い抜きはしかし、乾く高い音色が一つ。
避ける――のではなく。
およそ武術家同士の攻防で行おうとすら思わない、刃の面同士での接触における防御を、涼は行った。
続く攻撃は刀を引かねばならない。
両の刃で受け止めた涼もまた、弾くなり何なりの行動を挟まなくては。
だが、投げるべき言葉が見つからない。
けれど、口にすべき言葉はもうない。
いいや――残されているものも、そこにはあったのだ。
「
礼を尽くし。
打倒すべき相手には抱いた
「――参る」
本当の戦闘を開始する。
お互いに、お互いを、滅するための戦いを。
強くなってきた雨は強い風に流されて大きな音を立てる――最中(さなか)、一歩を踏み出したのは同時だった。
刀を引くのではなく。
受け止めた刀を弾くのではなく。
お互いに間合いの内側に滑り込み、涼は小太刀で攻撃を選択し、暁は回避を選ぶ。
踊るように、舞うように、回転を起点としながらも怒涛のように押し寄せる攻の暴風に、暁は納刀すらままならない。
――ねェよ。
幾度となく手合わせをしてきて、このような戦闘を構築する涼を初めてみる。
いいや。
これは、もう、――戦闘ではないのかもしれない。
ただ本能が赴くままに食い殺す妖魔の性質そのもので、涼には小太刀二刀という技術があった。
ただ――それだけのことか。
「そんなもんか?」
最低限の動きで回避しつつも、行動によって周囲の足場を再確認する。一度視れば、どの位置にいても足場など把握できるが、己の足で踏みしめた方がよほど良い。ここは瓦礫の山だ、道場のように平坦ではないのだから。
「猛攻ッてのは、こうやるモンだろ。忘れたのか――てめェ」
踏み込みに見せかけた後退の足捌きを陽動にして納刀の動作を終わらせた暁は、攻撃を滑らせて完全に迎撃できる状況を演出し、涼に間合いを取らせた。
「いくぜ?」
本来、その言葉は不要だ。
死合いに合図も、そもそも言葉を持ち込む必要はない。
「雨天流抜刀術、水ノ行第一幕始ノ章――〈
踏み込もうとしていた涼が停止した。同時に空気そのものがキシリと音を立てて停止する――否だ。
降る雨も。
吹く風も。
停止しているような錯覚に陥るほどに――暁を中心にして、領域が区切られた。
境界線を踏み越えれば切られる、それは本能のレベルでの警告だ。
「追ノ章〈
停止していた空間が広がった、そう認識した涼は――しかし、背後ではなく向かうように足を踏み込んだ。
遠のいては攻撃できない。そして、第一幕にとっての有効手段はまさにそこだ。
けれど。
「終ノ章〈
踏み込んだ直後、広がった間合いは閉じ――最初の位置へと戻り、涼の一歩が最大効力の間合いへ至る。
そして居合い。
腰の捻りから放たれた居合いは初手のものとは比較にならないほど早く、そして何よりも美しく、水平に振り抜かれた軌跡は基礎を彷彿とさせられる。
涼は。
小太刀を手放した右腕でそれを受け、足で落ちようとしていた小太刀を蹴り上げる――掴む、その時には既に右腕は元の通りに戻っていた。
切断された腕は、足元に落ちて消える。
妖魔と同じだ。
人の肉体ではない。
「第二幕」
だったら遠慮はいらないとばかりに、暁は続く。
「始ノ章〈
居合いでありながらも、突きの動きを取って。
「追ノ章〈
刀を戻すのではなく鞘を伸ばして強引な納刀から、軌跡を縦へと変化させる。
「終ノ章〈
袈裟と逆袈裟の連撃を行い、納刀は涼の背の側で。
「第三幕、始ノ章〈
至近距離で水平の居合いを。
「追ノ章〈
更なる踏み込みから上方へ向けた変則の形はほぼ同時に行われ――いや、同時には。
「終ノ章〈
上空の居合いも行われ。
「第四幕」
本当の意味での猛攻は、――まるで劇場のように終幕まで続いていく。
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