10/17/22:40――エルム・引っ張りあげた魔術師
「――ったく、なんでこうなるんだ」
足元に展開していた術陣を消したエルムは、肩で息をしながら蓮華の襟首を掴んで引っ張っていた両手を離した。
既に閉じていた扉はまだ現存していたが、新たに術式を構築してエルムの指から光の雫が足元に落ちると、勢いよく術陣の軌跡をなぞるようにして移動し、痕跡を消去していく。
「よォエルム……」
「何を暢気に……君が式を発動してから、九十分は経過してるんだ。もう戻ってこられないかと僕は思っていたよ」
「ああ、見ての通り時間軸系に干渉したから、体感時間との誤差が出るのは仕方ねェよ。それより止まったよな?」
「結果だけ見れば十全さ。結果だけ見ればね。被害は膨大、僕の労力に対しても何か一言欲しいくらいだね」
「ご苦労さんよ」
それだけか、と言って全ての痕跡が消えた運動場で、二人はぺたんと腰を下ろして倒れ込んだ。
「やれやれだ。どうなってるよ」
「それは僕の問いだ。何をどうしたのか聞かせて欲しいね」
「とりあえず介入コードを組み込んでおいたよ。今回の発動は人の手による干渉だからよ、まァ元に戻しただけよな。次は――世界が、決めるさ」
「橘は無事かな?」
「柱にしただけだ、問題ねェよ。そっちの損害は?」
「予想の範囲内だ。アレも少しは手を出したようだからね。表の評価は持っていったけど」
「正当な報酬だよ。ま、収束しただろ――これで、終いだ」
「終わった、という顔ではないね」
「わかってて聞くンじゃねェよ。アイツを、物語から除外しただけの労力は支払った。後はアイツらが決めるだけだ」
「……やれやれ、だね。まったく、こんなのは二度と御免だ」
「帰るのか?」
「鈴ノ宮も稼動しただろうしね――」
なら、少し待てよと上半身を起こした蓮華は立ち上がったエルムから視線を逸らし、はっと吐息を落とす。
間もなく、周囲を見ながら運動場を横切ってくる少年が姿を見せた。
ベルは。
「……おい、収束はした。そろそろ休めイヅナ。それ以上は安全装置(セイフティ)が落ちるか、後遺症になるぞ」
その場にはいない、こちらを視ている人物に言葉を送り、ようと言って片手を上げた。
「大げさな仕掛けを動かしたな」
「なんだベル、わかるのかよ」
「痕跡の消去がエルムの手で行われている以上、その痕跡が残る。時間経過で霧散するだろうが――」
「そういう君は、どうしてこの終わりの場所に?」
「べつに。通りの途中にあっただけだ」
「その割にゃァ、観測終えてすぐに移動を始めたじゃねェかよ」
「俺の役目は観測だけだろう? 役目が終えたのなら、それなりの対処をするだけだ。――エルム、今から行けばエミリオンのヘリに間に合う」
「ああ、そうなんだ」
「通りの途中ッてこたァ行くのかよ」
「期待はしてねえ。……エルム、エミリオンは魔術師協会でどのように扱われてる」
「父さんは離反魔術師として登録されてるよ。あの調子だから僕の方から長老隠に手を回して様子見って名目で制止してあるけど、このくらいベルだって知っているはずだけど?」
「……しばらくしたら、襲撃を組み立ててくれ」
「へ? ――人材は?」
「任せる、と言いたいところだが」
一拍、無言を置いてからベルは視線を逸らした。
「クイーン・レッドハート。ジェイ・アーク・キースレイ。それとフォセ・ティセ・ティセン」
「……」
「都合が良いだろ? 教皇庁と協会の合同任務、そうすれば」
「いや、皆まで言わずともわかるよ。わかるけど、ベルはどこまで見透かしているんだ?」
「てめェの都合をッてか? ベルは見透かしてなんかいねェよ。なァ」
「見透かすのはブルー、お前の専売特許だ。俺はただ効率を考えてみただけでしかない。それで、どうだ」
「それがベルにとって、何の利益になるのか聞いてもいいかな」
「は? 狩人は、己の利益のために動きはしねえよ。無料(ただ)働きをしないだけだ」
「ふうん。いいよ、引き受けよう」
「それだけだ、邪魔したな。――そうだブルー、一つだけ。久我山の紫月のフォローだけしておいてくれ」
「言われるまでもねェよ」
余計な台詞だったなと、ベルはすぐに背中を向けた。別の方向へとエルムも移動を開始する。
蓮華は、肩の力を抜いてそれを見ていたが――眉根に皺を寄せて俯いた。
「こっちは、終いだ」
だから。
「後はお前ェの役目よな」
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