10/17/21:00――朧月咲真・また、別れ
「ここにいたのかね」
VV-iP学園は校舎の数が多く、屋上と呼ばれても一つに限れない――その中でも施設棟を選択したのは、屋上の中で一番高いからだ。校舎としては教師棟になるのだが、頂上部に野雨市で最も高い位置にある鐘楼が鎮座しているため、上ることができない。
「あ、咲真。来てくれたね」
「当然だとも。待ったかね」
「ううん、待ってたのは確かだけれど良い時間を過ごせたから構わない」
「……ふむ。何か用件があるのだろう?」
「そう――あのね、呼ぼうかと思って」
「……?」
「一二三兄さんを」
顔が見える位置でぴたりと足を止めた咲真は、小さく吐息を落としアイウェアの位置を確認する。
「この状況下ならば可能だと、そう言いたいのかね」
「でも条件があると思う。ただそれが何なのかはよくわかってない」
「わからない? 一二三のことを知っているのは私と、お前だけだろう。いや知っているのではなく覚えているのは――……!?」
濃い赤色の魔力波動に混じって、何かの気配がした。
「……あれ」
鍵は、呼応したのはその名なのだろう。
あの場所から現世へと戻る一度限りの渡航手段を得た彼は、それを使用しても出現場所までは確定できない。
それを確定したのは、一二三と――そう呼んだ二人の、二つの因子だ。
手甲をした和装束の少年は、ゆっくりと左右を見てから僅かに眉尻を下げて笑みを表現した。
「ここは――」
「ひ、ふみ……かね?」
そして、かつての記憶を持つ咲真がその姿を観測し確定する。
それは数知一二三であると――この世界から消えた時とまるで変わらない、成長もしていない姿を見て、認めた。
「一二三――私だ。わからんか?」
「ああ、やあ、僕は忘れていないよ。そして、良い女性になったものだね咲真。お久しぶりと云うべきなんだろうか――」
けれどと、一二三は首を振る。
「どんな状況かはわからない。でも、これは間違っているよ咲真。一時的にとはいえこちら側にこられたのは、ここに僕が在ってしまうのは、整合性が取れずに瓦解してしまう」
「お前は、あの時に何が起きてどうなったのかを――」
「うん、そうだ。時間はあったからね、知識を蓄えて僕なりの理論は組み立てたよ。だからこそ、僕はここにいられない」
「――そんなことはないよ」
三四五が口を挟み、彼女もまた一二三と酷く似ている――諦め、それから寂しさに似た柔らかい笑みを浮かべていた。
「初めまして、一二三兄さん」
「――? 初めまして、とはどういうことかね? 三四五、お前は知っているのだろう?」
「いいや、初めましてだ。初見だよ咲真、そして――君の名は三四五と、云うんだね?」
「そう。……その名でなければ、兄さんの代わりはできなかったから」
「僕の」
「代わりだと?」
目覚めの時を、三四五は覚えている。
「二○二六年八月十一日、私の意識は初めて世界を知って――三五年、私は外に出ることができた。でも、これを予想していた人がいてね」
「二○三五年、一二三が」
「そう、僕が消えた日だ。厳密には飛ばされたと云うべきかな……現在と過去の狭間に」
「兄さんも、誰かのしるべを感じ取ったんじゃないかな」
「……」
「一二三?」
「それが誰かは僕も知らない。けれど……一連の流れを作った人物は、確かに居る。あるいは僕が生まれる前から、手を打っていたのかもしれない」
「だから、戻れるよ兄さん」
三四五は言う。
「今はまだ不安定だけど、きっと戻れる。存在は私が、あの日から続いた時間も私が持ってる。だから――」
「待ちたまえ。それは、お前の存在を消してということかね?」
「咲真、違うよ。私はそもそも――仮初の存在だったのだから。存在も、時間も、兄さんのために――戻る今日のために、私が蓄えていたに過ぎないの」
「三四五、だからといって今日まで過ごしてきた君の記憶は、君のものだよ。それは僕の存在かもしれないけれど、間違いなく君が育ててきた時間だ」
「うん。だから」
それでも。
「記憶は私がそのままもらっていく。だけど記録は、兄さんに受け継がれるよ」
「――つまりお前は死ぬと、そう言うのだな?」
「そうでなくても、もう一年も過ごせるかどうかわからないし。私は」
その微笑みは、どこか諦観に似ていて。
「人形だから」
言葉を失わせるには充分な効果があった。
「本来の
「――そうだとしても、だ」
咲真が首を振って口を開く。
「確かに私は、一二三を取り戻すためなら何でも犠牲にすると言ってきた。だが、それは――私にとって、そうしないための戒めでもある。犠牲を積み上げた結果を得ても、……面白くないのでな」
「犠牲じゃないよ。これは、誕生から既に定められていたんだから」
「もう、避けられないのかな――三四五、それはもう決まっているのか?」
「そうだよ兄さん。たぶんきっと、もう、始まるから」
三四五がそれを認めて、受け入れた時点で。
いや、この場所を指定されて時点で。
あるいはもっと前から。
終わりのための始まりが、ここに至る。
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