10/17/18:55――ベル・本業の依頼

 学園に到着してからすぐ、咲真は理事長室に向かうと言ったため、ベルは一人教師棟に隣接する施設棟へと足を踏み入れ、一階の休憩室でその男を発見した。

「――ベル」

「よおエミリオン」

 既に完全下校時刻は過ぎているものの、本来ならば教員や学生の一部は残っていてもおかしくはない時間帯であるのにも関わらず、鷺ノ宮事件の影響か人影もなく気配もなかった。

「なんだ、珍しく随分と神妙な顔つきじゃねえか」

「この状況に借り出されれば、こうもなる。俺を利用したいのはわかるが、創り手を借り出すなら状況を考えて欲しいものだ」

「ブルーか?」

「文句の一つも言いたくなる」

「どうせ、輸送だけだとでも言われたんだろ」

「さすがにお前は状況を把握しているか。ベル、他の連中は何をしている」

「気になるか?」

「そうでもせんと気も紛れん」

「他は観察に移行中だ」

「観察?」

「誰かを見る、見られるってのは存在確立に必要なものだろ。この流れを作ったのはブルーとお前の息子だろうが、連中はただ己の意志でそれを決めて行動してると思ってる。いや」

 思っているも何も、彼らは実際にこの状況下において不自然のない行動に至っている。ただ、それが誘導されたものではないにせよ、ブルーたちの望む結果となっているだけで――それを、彼らは理解していないのである。

「アブは都綴つつづり六六むつれ、フェイは橘の七番目、コンシスは鈴ノ宮邸で哉瀬五六と談話でもしてるだろう。マーデは、まあ零番目と遊んでるな……まあ、手っ取り早いだろうと思って俺も諾としたんだが」

「零か。何をどうした」

「べつに、大したことじゃねえよ。機会があったから高ランク狩人を二人ばかりけしかけるついでに、マーデの望みが叶えられるだろう状況を作り上げただけだ。とはいえ、状況を作るのにマーデの手を借りたからな、そのくらいは正当な報酬だろう」

「ならばベルは」

「俺も、似たような仕事でな」

「お前は仕事なのか」

「ああ、まあ仕事だ。ついでの用事もいくつかある――おいエミリオン、お前と逢うのだってその中の一つだぜ」

「なんだ、俺に用があるなら先に言え」

「どうして」

「気が紛れる」

 一貫してるじゃねえかと苦笑し、煙草に火を点け、ジャケットのポケットから折りたたんだ紙を取り出し、渡す。

「設計図には至らないが、デザイン画よりも上質だ。意見が欲しい」

 煙草一本を消費する間、無言でエミリオンは紙に視線を落としていた。

「……大剣か」

「小型よりも創り易いだろう」

「サイズの上限が書いてないな。使い手の想定はまだか?」

「ああ、さっき打診があったから書いてないんだよ。背の丈はおよそ一五○程度の機械人形アンドロイドだ。今は車を仮宿にしてるうちの――……説明が面倒だな」

「言え」

「云うなれば如月寝狐と同様のタイプ、ただし肉体を最初から所持していないプログラムだと思ってくれ」

「電子の海に住む生命体だと?」

「厳密には違うが、その境界線は既に曖昧だ。元はAI……プログラムコードか」

「ある程度の理解はした」

「サイズ上限は重量が八十キログラム、横幅は六十センチ、全長一八○センチだ」

「……機械人形の出力に頼る形か。所持方法は?」

「表面を露出する形での鞘だ。起動時に拘束が弾けるよう外れるのを想定してる。背負う以外に選択肢はないだろ」

「……ふむ。面白いな」

 エミリオンの指が紙をなぞる。まるで、そこに剣があるかのような動きだ。

模写コピーではなく、含有ハイドか。大前提は、属性情報だな……」

「やっぱそっちから入るか。確かに周囲の属性情報で分類して、術式の構成そのものを取り込む設定にすれば開放時も素早くできる。ただ俺が思うに、一度含有した術式は繰り返し使えるようにする辺りが……いや、その辺りの問題は山積みだ」

「他は?」

「そうだな、たとえば自然界における魔力波動や他者の術式における魔力を吸収する仕組みも必要だが、特定の波長に変換して取り入れなければ放出時に不具合が発生する。いや、術式に限らずそれらを操作するための仕組みには電気的な、つまり機械に類する仕掛けが必要だ。加えて大剣そのものの純粋な強度、刃物としての使用を考えなくちゃいけねえ」

「刃物としての機能、機械としての仕組み、そこに術式の含有か。……ふむ、やはり面白い。一年や二年で仕上がるとは思えんが、これが完成したのならば」

「……ならば?」

最後の数字ナンバーエンデを刻んでもいい」

「――そうか。こいつは正式な依頼だと思ってくれていい。ただあまり公言はしないでくれ。それとこれ、俺の直通ライン。問題のあるなしに関わらず、いつでも」

「わかった。……が、幾人か紹介が必要だな?」

「武器流通関係の組織を作ろうとしてるんじゃねえのかよ。その類……ああ、それじゃ同類になるのか。欲しいのはどの辺りの人材だ?」

「機械としての仕組み、だ」

「それなら二村双海ふたみを頼れよ。旧知の間柄だろ? そうすりゃ自然と宗伊むねいとも繋がりが太くなる。機械人形の製作者はあいつだ」

「……見越した上でか」

「疎遠になってんだろ。いい機会だと思っておけ。刃物しか頭の中にねえのはわかってるけどな」

「いや、四番目ソレを完成させてからは次の着手が見つからなくてな」

 ジャケットで隠れているベルの腰のものに視線を投げ、すぐに紙を見る。

「肉体はどの程度で完成する?」

「まだ未定だが、どうした。時期を合わせなくてもいいぜ」

「いや……しばらく俺の屋敷に住まわせろ。使用後の調整も必要になる。おそらく肉体とセットで、この大剣は完成するだろう」

「へえ――拒絶するかと思ってたんだが」

「何故だ」

「今までの作品は、それ自体で完成してる。使い手を選ぶが、選ぶだけだ。今回のは最初から使い手を想定して創るだろ? いわば特注品になる。エミリオンの理念に合致するかどうかってな」

「創ること自体に、理念は関係がない。いや創ることが理念だ。俺はいつだってそうしてきた。特注品も、まあ、悪くはない。若い頃の俺ならば遠慮したかもしれないがな」

「おいおい、年食って丸くなったとでも言うつもりじゃねえよな」

「はは、それもあるが――歳月と共に、技術もこなれてきた方の理由だ」

「次の段階へ進める、か。いずれにせよ、今回の件を終えてからってな」

「……思い出させるな。ため息しか出ない」

「帰国はソプラノを使うのか?」

「そのつもりだが……なんだ、何かあるのか」

「確認だけな。他のルートがあるのなら、ご教授願いたいと思っていたところだ」

「冗談だろう」

「……さて、そろそろだ。後でな」

「ああ。適当に済ませて研究に戻りたいものだ」

 本心からの台詞に対し、ベルは苦笑を残して休憩室を出た。


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