10/17/18:45――蒼凰蓮華・青色流の決別

 陽が落ちる頃合から活性化する己の内の獣に、歯を食いしばって耐えていた都鳥涼の元へ、青色が到着した。

「――よォ」

 いつものように気軽な声に、涼は口を開くこともままならない。だが最後だ――そう、最後くらいは会話をしたいとどうにか己を律する。

 間に合うのかと、自問自答をしながら。

「一日足らずで随分と崩壊しちまッたよなァ、ここも。しッかし時間を作るのに苦労したぜ。なァ」

 一歩、一歩と近づいていく――咲真がいた境界線を踏み越えて、ついには少女が刻んだ境界を踏み越える。

「――くるな」

「あァ? 聞こえねェよ涼」

「くるな蓮華! 俺はお前を、お前では――」

「はッ」足を、止める。「殺すのは俺の役目じゃねェなんてのは、わかってるよ。だがな涼、俺ァさんざん言ったよなァ――それでも、お前ェは選んじまッたのかよ」

「……すまない」

「は、――ははッ! そうかよ、ああそうか」

 そして、蓮華はあっさりと踏み越えて。

「ふざけんなよ――」

 涼の頬を力任せに殴り、胸倉を掴んで強引に視線を合わせた。

 碧色の瞳と、黒色の瞳が交差する。

 言葉は荒くないけれど蒼凰蓮華は激怒していて。

 都鳥涼は触れ合う状況で殺意が沸いてこないことが不思議だった。

「何に謝罪した? お前ェは、頭を下げるために選んだッてのかよ。違うだろ? そうじゃねェよな、お前ェはてめェで進む先を決めたンだろうがよ。それとも、間違いだったとでも言うつもりか? 謝って――今のお前ェを、否定すンのかよ」

「――」

「今のお前ェはキョウだろうが。キョウに映った虚像は、てめェじゃねェ。キョウの役目はただ映し出すことだけじゃねェのかよ。違うか?」

 鼻が触れ合う距離で。

「違うか都鳥涼」

 静かに、激怒しているからこそ表情を作れずにただ、怖いほどの静寂を言の葉に乗せる。

「……違わない」

 返答はやや遅く。

「お前の言うことは、正しい」

「わかりゃァいい。……ただ、遅ェよ気付くのが」

 ゆっくりと手を離した蓮華は小さく吐息を落とし、けれど後退はせずにその場で煙草に火を点ける。

「――咲真には、痛いところを突かれたンじゃねェか?」

「ああ……そうだな、満足な返答もできなかった」

「満足、なァ。何をどう言ったかまでは知らねェけどよ、お前ェはまだ満ち足りてもいねェし終わってもねェよな。――知りたいか」

「蓮華、教えてくれ。俺はどの程度保つ」

「日付が変わる頃には、都鳥涼の意識は混濁してもう戻らねェよ。可能性はそこで途切れてる」

「……そうか」

「ンなこたァお前ェが一番よくわかってンじゃねェかよ」

「足掻けば日付が変わる頃まで保たれるのだとわかっただけでも、耐えがいがある」

 誰だとて、都鳥涼を知る人物ならば見ただけでわかるだろう。既にここにいる存在は、悉くが壊死しているのだと――けれど、気力で生存しているわけではない。

 べつの存在が取って変わろうとしているだけだ。

「忍に言伝はあるかよ」

「……往けと、伝えてくれ」

「何もねェと返答があると思ってたンだけどよ」

「蓮華――華花は」

「鏡のが、どうしたよ」

「……華花は、無事か」

 咲真には問えなかった。己にまだ悔いが残っているのだと、気にしているものがあるのだと気付かれれば、咲真は戻れる余地があるのだと考えてしまうだろうから。

 けれど蓮華ならば。

「無事だよ。あの直感をきちんと使って――はッ、まァ俺が手配して送り届けたよ。無事に荒事からは遠のいてる……が、わかってンのよな」

「……」

「わかっていてもよ、割り切れるモンじゃねェだろ。好いた相手がこれから死ぬとわかるッてのは――わからねェよりも傷は、瑕は残らねェけど、耐えられればの話よ。まァ、涼と鏡のとの間に入り込むこたァしねェよ。納得も理解も、――感情は御せねェ」

「お前のように、か」

「俺は充分に御してるよ。こんなのは、もう、――御免だ」

 すまない、そう言いそうになって涼は口を噤んだ。

「……初見の時、覚えてるかよ」

「無論だ。蒼狐そうこ市、忍の一件だろう」

「正直に言えばあの時、お前ェが顔を見せるとは思ってなかったのよな、これが」

「む……?」

「あの頃からお前ェはずっと、この結末を受け入れていやがっただろうがよ。だから俺はそいつを否定してきた。……だから、暁はわかるよ。けど他の連中と顔見知りになることを、拒絶するか、どうでもいいと切り捨てるかと思ってた。どうしてだよ」

「……何かが、変わるのかもしれない。そう思っての一歩だった」

「へえ、何か変わったかよ」

「ただの一歩で、俺は存外に多くのものを残す結果になった」

「不満か?」

「――いや」

 一日と少しぶりに人と目を合わせ、少しだけ目を細めて笑みが表現される。

「悪くないと、今の俺は思っている」

「悪くねェか……そいつが聞けただけ、足を運んだかいがあったよ」

「蓮華」

「言うなよ、言わずもがなッてな――涼、俺はお前ェを赦さねェ。これからずっとだ」

「……そうか」

 視線が落ちる。

この期に及んで。

 蒼凰蓮華は死者を背負う気でいるらしい。

「もうすぐだぜ」

 言われて顔を上げると、蓮華は背を向けていた。小雨が降り続く空の上でヘリが旋回行動をとっている。

「お前ェが求める終わりがもうすぐくるよ。滞りなく、直接じゃねェけど手配くれェはしといた。だから――お前ェも往けよ」

「――」

 咲真には散れ、と言われた。

 けれど青色は、お前も往くのだと言う。

「往け都鳥涼。俺も、往くからよ――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る