05/22/17:05――朧月咲真・捜し人の情報
「お前は異常だ。いや、あるいは正常なのかもしれんがね」
しばらく車で走ってから、ハンドル操作とギアチェンジを行いながら咲真は助手席に一瞥を投げ、華花に対してそう言った。
「それ、れんくんに言われた気がする……見ただけでよくわかるよねえ」
「察するに蓮華のことかね」
「そう。せっちゃんに連れられて行った先で会ったのね」
「ふむ、余計なお世話だったようだね。蓮華が先に言ったのならば私がとやかく言っても仕方あるまい」
「ふーん。さっちゃんはさ」
「咲真だ」
「さっちゃんとれんくんは、どういう関係なの?」
「咲真だ。なに、複雑なことは何一つとして存在しない。私と蓮華はただの友人でしかないのでね。瀬菜の方が付き合い自体は長い」
オンボードAIによる自動車は自家用の電車のようなものであり、常に衛星から最新情報を得て法定速度を遵守して勝手に移動するが、この車は試作品でもあるために完全なマニュアル運転だ。交通事故率が極限まで低下した今日では、このようなマニュアル運転だけが事故を引き起こしている。
――のだが、慣れているのか咲真は対して緊張していないようだった。ちなみに華花が緊張していないのは、正しく事態を理解できていないからだ。
「瀬菜との付き合いはあるのだろう?」
「えーっと、うん、生徒会役員だしね」
「その瀬菜からは言われなかったところを見るに、どうやら本当に一線から退いたようだね。うむ、何よりだとも」
「あ、せっちゃんと買い物……後で連絡しなきゃ。えっと、いつがいいかな、んー」
「暢気なものだね」
これから何が起きるのか、想定していない――いや、できないのかと咲真は思う。完全に他人事であるため、だからどうしたという話だが。
「先ほど、蓮華に何か言われていたようだが、妙なことを吹き込まれていないかね? あれの底意地の悪さは経験者にしかわからんがね」
「そうそう、みよのこと話せって言われてたんだけど……あれ、何でだろ」
「誰のことかね」
「あ、みよは生徒会長をやってて、私の幼馴染……みたいなものかな。世話してくれるかーちゃんみたいで」
「ふむ。いいかね華花」
「いいよさっちゃん」
「咲真だ。……いいかね? その人物の性別と、それから名前を正式に答えたまえ。そうでなくてはどう相槌を打っていいのかもわからん」
「あ、そっか。えっとみよはね、数知三四五って云う……あれ? どしたの?」
思わず額を、否、サングラスの内側に左手を添えた咲真は、今が信号待ちであったことに感謝する。速度を出していたら苦苦しい気持ちを噛み締めたに違いない。
「えっと……?」
「そういうことか……!」
咲真の探し人のことを蓮華は知っている――いや、何故か知っていた。その上で蓮華は苦笑しながら「縁が合わねェのよな」と漏らしていたが、その言葉の重さを今更ながらに咲真は知る。
そして、身近にありながらもずっと探していた係累の者と、こうしてあっさりと順序だてて縁を合わせてしまう蓮華の行動に、改めて畏怖を覚えた。
「信号」
「――うむ、大事ない」
気を整えて改めて発進したが、今度は少しばかり速度を上げていた。
「私には探し人がいる。彼の名は数知
「みよと同じだ」
「類似していると言いたまえ。そうだな、礼はしよう。時間の空いている時にでもその三四五とやらに逢って話をしてみたい。取り次いでもらえんかね?」
「あ、うん。今はよくわからないけど、覚えておくね」
「結構だとも。そして、どうやら私にも理由ができたようだ。どうあってもお前の望む状況を整えなくては、私事にまで至らん。もっとも向かう先は私の実家だ、そう気構えることもない」
「そうなんだ」
「骨董品を集めて商いじみたことをしているのでね。うちの親父殿も困ったものだ」
「えっと、VV-iP学園だっけ?」
「そうだとも。こちらに出て一人立ちだ。普段は仕事もしている――否、仕事を始めようとしている、と表現した方が正しいがね。それなりにやってはいるが、私の望む場所にまで届いてはいまい」
「ふうん。じゃ、れんくんも仕事がどうとか言ってた……かな?」
「こちら側では珍しくもない話だがね。生計を立てなければ生活はままならん。十五で元服とは古臭い風習だが、一つの真理でもある。十五で立てれないのならば二十歳になっても同じことだ。時期など関係はない、ただ己がそれをいつにするか決めるだけのことだとは思わんかね?」
「決める――か」
「怖いかね?」
「どうだろ……でも、あたしも戻ろうって決めたし、なんとか」
「決定に追随するものが一つある。知っているかね」
「えっと、んー覚悟とか?」
蓮華が聞いたら真っ先に否定するだろうなと思いながらも、咲真は軽く首を振って否定する。
「決定に追随するものは責任だ。覚悟とは、その責任が悪い方へ転んだ時のためにしておくべきものなのだと、私も教えられてね。不愉快だが」
――だから死ぬ覚悟なんぞするンじゃァねェよ。
怒りの気配と共に、蓮華はそう言っていた。
「だが、選ぶことと決めることはまたべつだ。その片方だけでも己で決めたのならば、そこは己に対して誇っても良いものだと私は思うがね。うむ。そろそろ到着だ」
「ここどこ?」
「杜松(ねず)市の海岸沿い、商店街ではなく民家の一画にあってな」
「あれ、でも野雨のすぐ近く……え? あれれ?」
「うむ、わかるとも。やはり車は堂堂と違法駐車だ」
まったくわかっていない咲真の反応はともかくも、止まった車から降りた咲真は迂回して助手席のドアを開き、それからしばし時間をかけ、両腕をドアの上に置いて吐息を落とした。
「……随分と手厚い行いだね? つい接待の気分でそのまま動作を行ってしまった私に対して何か一言ないかね」
「えっと、ありがと?」
「そうだ感謝したまえ。友人が傍にいる時は油断せんのだが、いかんな。先日の接待をまだ引き摺っているらしい」
「ヤなことあったんだ?」
「私よりも多くの物事と事象を把握している人物は、苦手でね。そんな人物が山ほどいることは納得しているのだが、意識がそう容易く改善されるわけではない」
「ふうん」
揃って見上げる、朧夜堂の看板。入り口には骨休みの札がかかっているが、それもいつものことだと咲真は思う。
「きたまえ」
「行くよ」
戸を横に開いて中に入った咲真は、作務衣姿の父に向かって軽く片手を上げようとして――すぐに、隣に居る人物に気付く。
見間違うはずがない、雨天暁だ。
――待て、この状況は何だ?
するりと抜けるよう隣から華花が足を踏み入れ、――そこには三人の武術家と一人の少女が存在することとなる。
武術家は己の影響力に関して無自覚ではいられない。普段ならば人目につかない妖魔も、武術家が傍にいたから、という理由で発見することも多くある。
だから、この状況こそ蓮華の意図したものではないかと咲真は思う。
――冗談じゃねェ。
鏡の話を持ちかけにきたら、当人がここへきた。しかも華花はかつてとはいえここの客人であり、そして商品の鏡は彼女の通う学校に在る。関連付けは万全で、これ以上の整合性が取れた事態はないほどに、そう、当たり前のように。
こうなることが当然のように仕組まれたのならば、誰がやったのかは瞭然だろうと暁は思う。
だからこそ二人は結論に達し、言った。
「あの野郎……!」
「あの男……!」
そしてまた、同時に。
「勝手に俺を使いやがって!」
「私をいいように使ったな!」
俺もその因子なんだがと、啓造は困ったように言い――すぐに立ち上がって咲真を片手で退けた。
「いらっしゃいお嬢ちゃん」
しかし、華花は声に気付かず周囲を見渡した後、「ここ知ってる……」と言ってしゃがみ込み、傍にあった銅鏡を両手で持って押し黙ってしまった。
「やれやれだな。しかし親父殿、良いのかね?」
「構わない。昔から華花嬢ちゃんのお気に入りだ。倉に入れてあったはずなんだが、気配を察して表に出てきたらしい」
「管理が杜撰だと言いたいが、まあ私の管轄ではないので構わんか。暁――」
視線を戻すと、そこにいない。どこだと見渡せば暁は、華花の片手を取って強引に意識を己へと向けていた。
「――、……――」
何かを言う、だが近くなのにも関わらず届かない。そして影になって唇も読めなかった。
「……え?」
「お前ならあるいは、だ。――おゥ咲真、何だ?」
「それはこちらの台詞だがね。茶でも出そう、上がりたまえ。少し状況を整理したい」
「――暁、何を言った」
「気にすンな店主、どうッてこたァねェさ。俺だって弁えくれェは知ってンだぜ」
どうだかなと呟かれる言葉を背後に、そういえば母屋に入るのは初めてだったなと思いながら暁は上がる。華花は店主が見ているので大丈夫だろう。暁の役目はもう終わったも同然だ。
「んーと、こっちか」
物音を頼りに和風の屋内を移動すれば、居間を発見できた。台所には咲真が立っており何か作業をしている。茶でも入れているのだろう。
「座りたまえ。遠慮をする間柄でもあるまい」
「おゥ」
「――私も聞くが、答えは同じかね。先ほどは何を言った」
「べつに、ただの意趣返しみてェなモンだな。ちょいと癪だろ」
「ほう……誰に対しての、かね?」
「そりゃ蓮華と涼に決まってンじゃねェか」
ふむと、肯定とも取れる頷きを一つ返してから、湯飲みを二つもって居間に戻ってきた咲真は座り、どう訊くべきかと思案した。
暁が説明ができない口下手なのは、既に共通認識だ。当人もそれをよく認めている。
「まず、ここで涼の名が出てくることに疑問を覚えるのだが、何故かね?」
「なんでッて、そりゃお前、原因だからだろ」
「ふむ。つまり、その原因というのは華花の異常についてかね? もっとも、あれは正常になってしまった、が正しいのだろうな。あれをやったのが涼だと?」
「んー、まァ間違いじゃあねェな。そんな感じだ」
美味い茶だなと思いながら言うと、どうやら老舗の玉露らしい。啓造が好むものを勝手に使ったようだった。
「実際にツラを合わせたのは今が初めてだが、まァ……たぶん長い付き合いになるだろうぜ、ありゃァな」
「そうかね」
「何言ってンだ、お前もだぞ咲真」
「――? 何故かね?」
「わかってることを訊くンじゃねェ。つーか蓮華の仕切りだぜ、お前は労働に見合った利益を貰ってンだろ」
「均衡が整っているとは思えんがね」
「へえ、借りすぎねェようにな」
蓮華から咲真が借りているという事実も癪だが、それを見抜かれたのが更に癪だったのだが、しかし反論できない事実を前に咲真も黙るしかない。
「お前はどうなのかね?」
「ん? 貸し借りの話か? ――悪ィけど、俺と蓮華の間に貸し借りは発生しねェよ」
「ほう、その辺りは蓮華の配慮かね」
「そんな感じだ」
けれど、実際には違うンだろうなと暁は思う。それを言葉にできないことを自覚した上で曖昧に誤魔化した。
一度、それを確認したことがある。
〝お前ェなァ……貸し借りができる間柄ッて、どういうモンか知ってンのよな〟
――まァな。
〝おゥ。そいつァつまり、貸し借りしかできねェ間柄ッてことよ〟
蓮華はそれをわかった上であえて言い、苦笑した。それこそが二人の間に必要のないものだと示す態度だったのだろう。咲真の感覚で言えばお互いにそれなりに貸し借りをしているが、二人はそれを借りとも貸しとも思ってはいないし数えてもいない。
いや、暁に限ればいつだとて、そうしているつもりだ。
「つーことは、詳しく聞かされてねェのか」
「そうなるな。移動に私を使うとは良い度胸だ」
「――幸運な話じゃねェか」
「そうは思わんがね」
「そうか? 少なくとも関係が薄いッてこたァ巻き込まれずに済むンだぜ」
「それが友人のことでも、かね?」
「あー……そりゃ蓮華が悪い」
「ついでに口下手が過ぎる友人も加えたまえ」
やれやれと吐息した咲真は、単発の質問を投げることで短い返答を求め、そこから状況を推察していく。確認を取っても曖昧にしか答えられないのは熟知しているので――頭の抱くなる問題だ――どうにか繋ぎ合わせていくしかない。
やがて、大きく吐息した咲真はサングラスの下に手を入れて瞼の上をなぞった。
「――痛むか?」
「古傷のようなものでね、致し方あるまい」
「お前の事情も、俺は知ってるから何とも言わねェけどな。蓮華は放っておかねェだろ?」
「あれもお人好しが過ぎる――が、やれやれ、感謝はしているとも。お陰で縁が合ったのだから」
「ああ……」
そういうことかと、暁はあっさりと納得する。既に結果が出ている野雨西に侵入した際に暁を連れて行ったこと、そしてここに行くよう指示したこと、それが縁に関係するものだったのだとわかったからだ。
暁は最初から涼と縁を持っていて、あの夜に数知三四五とも出逢った。だからこそ華花とは涼と、そしてたぶん咲真とは三四五との縁を繋げるために暁がここにいるのだ。無論、華花と三四五との縁の方が強いけれど、しかし、華花と咲真との縁が薄いために補助材料も必要になる。
さて、最大の問題はどこでそれを見越して、把握し、行動に移したか――だ。蓮華は安易な思いつきやその場凌ぎで行動を変えるような真似はしない。臨機応変ではあるが。
――こればかりは、俺にもわからねェな。
直截しても誤魔化されるのは目に見えている。
「それより先に覚悟しといた方がいいぜ咲真」
「何をかね、そんなに嬉しそうに言うほどのことがあるとでも?」
「なんだ、気付いてねェのか」
耳に届いた足音に対して暁は笑う。
「蓮華は察したみてェだけど――ま、すぐにわかるぜ。異常にも、まァ度合いッてのがあるンだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます