08/15/00:40――都鳥涼・雨の一撃

 彼らの眼前に落ちた瀬菜の小太刀は、どういうわけか大地に突き刺さった。思わず手を伸ばそうとする瀬菜を忍が片手で押し留め首を横に振る――今、少しでも結界の外に出たのならば死を意味するのだと言外に伝えられ、どうすべきか迷ったが顔を上げた。

 蓮華はどうにか間合いの中にいるが、見える限りでも満身創痍で立ち上がることすらできないように思う。

 何かを口にした。短い単語だ、唇が震えながら言葉を紡いでいる。

 もう一度何かを言った。やはり短い――。

「往け!」

 それが、明確な言葉となって放たれた時、彼らは気付く。

 突き刺さった小太刀の前に、無傷の男が立っていることに――。

「な」

 言葉が出なかった――出るはずがない。絶句の単語は咲真が、そして弾かれたように涼が叫ぶ。

「馬鹿な! 四神ししん鏡遷かがみがえしだと!?」

 そう――暁は今、四人いた。

 玉藻を中心にして瀬菜の小太刀、暁が目隠しをした時に投げた蓮華の髪飾り、飛針の柱、そして暁が飛ばされた最中に落としておいた刀の鞘――その位置に、立っていた。都鳥が得意とする結界の応用、風の鏡によって実体を分裂させて写す――まるで鏡の向こう側から引っ張り出したかのような現象を、都鳥は曰く、奥義と前置し四神の鏡遷しと云う。

 瞳を閉じて集中する暁の足元には二重になった術式紋様。ただし色は青というよりも淡く、白に限りなく近い色になっている。

 瞳を、開いた。

 ゆらりと流れるような動きで正眼から上半身を僅かに引き、右足を前へ出して半身になり肩の上で切っ先を玉藻へと向ける、その構えは。

 忍が、応えた。

「五木一透……七節の〝山茶花さざんか〟……?」

 遠距離で一振り――上段からの振り下ろしで衝撃波を飛ばし、それに追いついた暁が同じ構えからもう一振りを玉藻に打ち付ける。単純かつ明解な攻撃とされるこの山茶花には、攻撃を中てる確固たる意志と行動が伴っていて。

 弾かれた刀を、四人が四人とも上空で更に握りなおして三度目の振り下ろしを強引に敢行した。

「煩わしい――、――!」

 四人の暁を両手を広げ旋回するように打ち払うと、その衝撃で四人が四人とも――鏡が割れた時と同一の音を発して消えた。

鏡遷し、つまり鏡に映ったもう一人。

 その四人の中に本体がいないことを、都鳥涼ですら見抜いてはいなかった――そう、術式の触媒なら、本体ならばもう一つあるだろう?

 五月雨と銘が打たれた、その刀を持つ本人が。

「四神……いや、五神か!」

 四方を司る朱雀、玄武、白虎、青龍を四神と謳うが、中央に黄龍がいるからこそ五行の理となる。だからこそ暁の行ったものがある意味で正しく、そして難しいだろうと涼は思う。原点だ、とも。

 背後ではなく正面――元来よりも大きく足を広げ、右足の踏み込みが玉藻の裾に軽く当たる。体勢は低く、顔は彼女の腰付近に位置していた。

 弓のように引き絞られた躰は赤く――赤黒く、袴は血に塗れている。

 今にも背中から倒れそうな絶妙のバランスで、強く柄を握った左手は切っ先を玉藻前に狙いをつけ外さず、右手はその切っ先を正すため刀の中腹に添えられていた。

 それを、咲真は知っている。

「朧月槍術、一ノ極意――〝槍〟、だと……!」

 槍術の極意に曰く、貫かぬ槍はなし――ただの突きこそが最高にして最大の極意であると謳う、それを暁は行った。

 故に違わず、下腹部から背中までをも水に濡れた刀が貫いた。


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