11/10/10:50――嵯峨公人・唯一とされる人形師
野雨市にある芹沢企業技術開発課のビルは、一般のものよりも敷地面積を広く使っていてワンフロアの面積を広げながらも、また高く聳えている。構造は強固でありながらも柔軟性に富み、日本ではよくある地震の対策も十分だ。また音に対する防護も万全であり、開く自動ドアからエントランスに足を踏み入れた公人の耳には作業音など一切届かず、クラシック・ピアノの曲が流れていた。
ショパンかと思いながらコートを脱いで左手で持ち、ネクタイの位置を軽く確認しながら正面の受付に向かう。
「失礼、機械工学開発部の
「あ、はい」
ようやく来客に気付いたのか、受付の女性は顔を上げて笑顔を作った。公人も少しだけ口元を緩め、柔らかい雰囲気を演出する。
「二村は第三開発室にいらっしゃいますが、アポイントメントを取られた方ですか?」
「いや、……たまに逢う間柄なのでね。本人に取り次いで貰っても良いが、忙しいようならば少し時間を置いて出直そうかとも思けれど、どうだろうか」
「いいえ、失礼致しました。こちらとしてもあるなしの確認が取れれば十分でございます。それではこちらにお名前を記入して下さいますか?」
「ああ」
胸のポケットから万年筆を取り出した公人は左手で名を記す。
それは〝公人・Exe・Emillion〟と丁寧だが少し崩したようなアルファベットの羅列を後ろに付け加えたものであった。
こうした場所にくる人間としては珍しいことではない――左手で書けば、説得力も増すというものだろう。
「ありがとうございます。それでは二階の右側、三番目が第三開発室になりますので、どうぞお入り下さい。こちら客人を示すプレートになります、お帰りの際にはカウンターへお返し下さいませ」
「ありがとう」
受け取り、ポケットに滑らせてエレベータに入った公人は吐息を落とし、やはりネクタイの位置を気にする。
「こういう服装はまだ慣れんな……」
ぽつりと漏れた独り言が耳に届き、やれやれと吐息を落とす。狼牙のように肩を軽く竦めて「おや、これは私の普段着ですが?」などと言えれば良いのだが、さすがにそこまで堅苦しい服装が好きにはなれない。いっそ開き直れば良いのかもしれないが、いや、好きになれないこそ敬遠しがちで、だからこそ慣れないのだろうけれども。
悪循環だ。それでも受付の女性に不審がられないくらいには慣れて見えたのだろうから、その結果だけを今は受け止めておくことにした。
公人は極力、己の姓を使わないようにしている。それがここ、芹沢企業ならば尚更だ。
日本を二分すると云われる大企業、芹沢と嵯峨。芹沢は基本的に売り上げを度外視し、元が取れれば問題ない程度にしか販売を行わないため安い物を流通に乗せる。しかも消しゴムから自動車、あるいはそれ以上と幅広い。
対して嵯峨は――歪だと公人は思う。表立って何をしているかなどわからないのにも関わらず、嵯峨というだけで大企業であると人は認めるだろう。だがその支配力――否、浸透率は高く、嵯峨と芹沢はまるで敵対しているかのように対立している。
社長がいる芹沢と、社長がいないのにも関わらず企業として成立している嵯峨。
公人の父親がその発端なのだが――そう考えると苦虫を噛み潰した顔になる。どうしたものか。
ともかく芹沢は技術者の園だ。完全実力主義でありながら、役職の違いで給料が違うわけでもない――むしろ、給料など開発費用に注ぎ込んでいる連中が集まったのが、芹沢企業という大きな仕組みだ。
――つまり、馬鹿と変態の紙一重みたいな連中ばっかなわけだ。
第三開発室の扉を開くと、噎せ返るような油の匂いに包まれた。
かなりの広さがある室内で六人程度の男女が作業をしている。公人が見た感じでは車の基礎、あるいは内部を組み立てているように思えた。
どこにいるのだろうかと視線を投げれば、車の下から出てきた小柄な少女が睨むような目つきでこちらを見た。作業着はオイルで汚れ、髪は短く化粧など当然していない。軍手を口で外す少女の腰には工具が入った袋のようなものがあり、今しがたスパナが収納された所だった。
同年代――そう、公人と二村双海との繋がりはその程度のものだ。
「よお」
片手を上げると視線を逸らされた――が、しかし。
「おいお前ら、ちょい休憩入れろ」
大きくはないが少し高く幼い声で放たれた音は響き、それぞれが「おーう」「あいよ」「これが終わったらねー」「あんたも休めよ」などと口口に返答した。
やれやれと頭を掻いた双海はこちらに近づき「おう」と短く云って作業テーブルの上に腰を下ろし、稼動しているノート型端末のディスプレイを覗き込んだ。
「忙しかったか?」
「いやべつに。いつものことだ――ん、ちょい待てよ」
「こっちも急ぎじゃない……が、相変わらずだな。今は何をやってるんだ」
本当に相変わらず言葉遣いが適当で、趣味と仕事を一緒にこなしている。ただ好きなことをやっているせいか、肌の艶は保たれているが。
「今は電気エンジンのコスト削減化がメインだ」
「ん、ああ、そういえばあったなそんなのも。確か電気とガソリンの両方を使って燃費を良くする開発なんてのを……あれ実用化されてたか?」
「おい公人、この業界じゃ一昨日の話でも古いもんだ。まあウチらがやってんのは、電気エンジン搭載型で自動充電式、それと制御系をAI任せにするための設定か」
「制御系? 車のか?」
「ああ……ウチの開発で室内管理制御統合システムが売り出されただろ」
「瞬く間に普及したな。通称は室内AIで、確かエアコンなんかの制御系統を一括処理するんだっけか……壁の内部に埋め込んだ温度計や湿度計、あるいは振動感知、あとは」
「音声集積マイク、小型の監視カメラなんかもな。人の命令に対してきちんと反応する辺りのプログラムは他に任せたから楽なもんだ。こっちは設置における整合性と制御だけ考えりゃ良かったんでね。まあそれを大きくしたのが、車だな。GPSの情報を利用した自動運転制御システム――実際、アメリカじゃだいぶ採用されてる。ただ日本じゃコスト面の問題があるからな、特許を取れば芹沢で売り出せる。普及すりゃ利便性は上がる」
「必要なのか? その普及ってやつ」
「馬鹿野郎、普及して一般に馴染なきゃ自動運転に関連する車を開発できねえだろ。次があるんだよ、次が」
つまり、普及して一般化しなくては、そこから更に先にある双海の目的には到達できない、という意味だ。
「相変わらずか」
「人なら誰だってハンドメイドで車を作りたくなるもんだろ」
「お前だけだ……あ、いや、ここにいる連中くらいなもんだ」
「言い直すな。で、まあ後は見た目だな。コスト削減って一概に言っても難しい。ディーラーを介さない売り方をせずに、五十万台はさすがにな」
「おいおい一般価格の半値だろ」
「一応、七十までは叩き出したぜ。一般販売定価で一二○万の車だけどな、こいつ。んでもう一回バラして、閃きを探ってる最中だ」
「閃き?」
「どこをどう変えるか、そんな段階は過ぎた。後はどんな部品を作ってどこに合致させるか――だ。何しろボディ以外、原型を留めてないからな」
そのボディも外されているのだから、これはもう別の車になってしまっている。
「海ちゃん、珈琲」
「おうさんきゅ」
髪を首の後ろで結わえた大人びた女性が珈琲を二つ、一つを双海に一つを公人に差し出す。どう対応すべきか少し迷ったため、ありがとうと感謝を渡して受け取った。
「こおり、除湿は間に合ってるか?」
「除湿はいいけど換気かな。ちょい見ておくよ」
「頼んだ」
確かに換気は必要だろうが、住人にしてみれば気にもならないだろうに。
「で、何か用か」
「いや、ネイムレスの代わりにな」
「ああ――ったく、ウチを出汁に使うな。直接ウチの親父に打診しろよ」
「親父?」
「なんだ、聞いてないのか」
「代理だ。話を聞いておけってな……アイツ、何してんだ? ――美味いなこの珈琲」
「何してるってウチが聞きたいぞお前。こおりの珈琲は何故か美味い、きっと隠し味でもあるんだろうぜ――ああ、そのこおりに帰れって言われて渋渋帰宅したんだが、昨日は何故か親父が家にいてな。煩わしいったらありゃしねえ」
「何だ二村、たまにしか帰ってねぇのか」
「ウチにとっちゃここがホームだ」
公人にとっても、双海がここに居ないのは想像ができない。一応学校には行っているらしいが、同じ中学校なのにどういうわけか、顔を見ないのだ。
「で、お前の親父さんがどうかしたのか」
「あ? あー、なんだ知らなかったか。ウチの、一応国会議員なんだけどな」
「へえ、初耳だ」
「野郎が何をしたか知らんが、どうもこっちに呼び寄せたらしい。存外に暇らしくてな……しばらく帰宅なんかしてやらねえ。ウチは暇潰しの相手じゃねえっての」
「ん……ああ、思い出した。二村さんってあの、投票制度および議員制度の抜本的な改革を謳った人だよな。民衆受けの良い人じゃなかったか? 各党の垣根を壊そうとしていて、そもそも党内で反対意見が出ない状況こそおかしいんだとか」
「そう、その二村だ。ウチにいる誰かは違う二村だな、見る限り」
それはおそらく、双海の前にいる時は父親だからだ。
「アレが何を言ったかは知らねえよ。ただ――ハンターズシステムってあるだろ、知ってるか?」
「アメリカで施行されたやつだろ。さすがに俺だって知ってる」
その仕組みは単純で、依頼を出しそれを解決するだけのものだ。そして遂行する者をハンターと呼ぶ。
現在のアメリカでは一般依頼と公式依頼の二つに分類され、後者は国からの依頼、前者はそれ以外という括りだ。もちろんハンターにも、いやハンターそのものが資格であるため、一定の実力がなければ依頼を受けることができない。
そもそも軍事力の弱体化を掲げた大統領の政策として行われたもので、事実上軍部を解散すると彼は謳った。それが実行された時、軍部の人間に難解な試験をしたのである。
過去から積み重ねられ現在に至るあらゆる知識を総動員し、思考することで知識を利用して躰を動かし、そして荒事を突破できる力を持つ者をハンターとしての別職を与えた。
実質、アメリカが抱える軍事力は名を変えただけで存在する――が、詭弁だが建前としての軍部の解散は確実に行われたのである。もちろん、一部のみ、ではあるけれど。
ただ、その仕組みに追随する国家が現れた。そのため制度の一律化、つまりハンターが持つ実力を国家問わずして同一にすることで、それは本当の意味での軍事力ではなくなってしまう――が、賛同した国家も同一の現象が引き起こされるため、まあ難しいなと公人は思っていた。
「秘密裏にだが、まあ親父が企んでハンターズシステムの導入の準備をしているそうだ」
「日本にか?」
「まあな。ただ……ありゃ親父ってより、あの野郎の企みだろうが。一応馴染みやすいよう狩人法なんて名にするらしい」
「初耳だ……が、準備ってどの程度だ」
「一つの法律を制定しようってんだ、そう簡単にできるかよ。根回しを終えてもいねえらしいし、そうだな、五年くらいなら上等だろ」
「五年って言えばお前、早い方じゃねぇのかよ」
「そうかもな。ウチに言わせりゃ、てっぺん取らないと難しいだろ」
「内閣総理大臣、ね。議席の問題もあるし、それこそ一筋縄じゃいかねぇな――ん? 待てよ? ネイムレスがそんな単純なことを見落とすはずがねぇよな」
「そうか?」
「ああ、俺が察したことなんか当然のように知ってんのがアイツだぜ。なんか他の企みでもあるのか……? いやそもそも、ハンターズシステムを日本に組み込むなんて、別にアイツが企まなくたって……いいよな」
「思う所があるんだろ。時期とかな」
「興味がなさそうな顔するじゃないか」
「ウチに興味はねえよ――ああ、そうだ、興味のある方の話にするか。どうせあの野郎は受け取らないし、公人にやるよ」
「何だ?」
テーブルに落ちていた針金のような物体を渡され、初見の感想を口にするよりも前に公人は目を細めて見る。曲げようとしても簡単には曲がらない強度を持っているのはわかった。
「はあん」
刃物を作り出す魔術師である公人にとって、元となる金属の分析はお手の物だ。術式を意識して介すことで分析すれば、それがどのようなものかは大体わかる。今のところわからないものに出逢ったことはなかった。
「奇跡的な調合でできた金属だな」
「わかるか?」
「まあな」
指で挟んで軽く撫でるよう擦れば、たったそれだけの熱でぐにゃりと針金は曲がった。しばらく形を変えてみると、ほんの三十秒ほどで硬化する。
「数奇な調合配列だ。特に体温レベルでの熱が必要って辺りがな」
「そうか」
「……おい、間違っても売り出すなよこんな代物。ただでさえ電子錠の普及はまだ二の足を踏んでるんだ、これじゃ万能鍵になっちまう」
「技術がありゃ針金だって万能鍵だろ。いやま、量産レベルじゃねえよ」
「俺が貰っていいのか?」
「おう――代わりと言っちゃ何だが、お前が使ってる金属を見せろ」
命令形だなと思いつつ、懐に忍ばせている位牌にも似た黒色の塊を取り出して渡すと、片手で重量を確認しつつテーブルから降りた。
「およそ十二キログラムか。なかなかの重量だ」
当たりだと公人が思うと、万力に固定して作業ポケットから金槌を取り出し――おい待てと、言う暇もなく双海は真横から振り抜く形で当てた。
とっさに耳に両手を当てる事で回避したものの、眉根を寄せたい程には煩かった。つまり第三開発室に残っている数人は防ぐこともできなかったわけで、双海に至っては直撃を受けたはずだ。
だが公人は一つ失念していた。ここが馬鹿と変態の紙一重が集う場所であると。
「お前な、やるならやると一言――」
「良い音だな」
「そりゃおま――うおっ」
どこからともなくぞろぞろと近づいてきたため、飲みかけの珈琲を片手に思わず公人は一歩退いた。
「なんだ傷一つなしか。海、手加減したか?」
「いいや。あれだけの音を立てといてそりゃねえだろ」
「純度が高いとも思ったけど、あれだけの強さで叩いたのに傷一つないなんて、どうなんだろうね。合金かな?」
「金属は基本的に加工を前提としてるはずだ。バーナーを持ってこよう」
「伝導関係はここじゃ調べられないか――」
「お、おい待て! ちょっと待てお前ら!」
五人の視線が一気に向いたため気圧されかけた公人だったが、咳払いをしてテーブルに珈琲を置いて近づく。
「あのな? いいかよく聞けよ? ――何してんだお前ら」
「見てわからねえのかよ公人、物質構造を調べてる」
「あのな……そもそも現実的に可能な配列をしているわけが」
ないのだが、言い切ってしまうのは少し躊躇いがある。これは公人が、己の術式に適合する金属を調合して作り出したものなのだが、全てを術式によって構築し補強しているため、論理上は可能であっても実際に創造することはできないものだ。
むしろ、奇跡的にであったところで創造して貰っては困る。世の常識が覆されるかもしれない。
「あーちょっと待てよ、いいから待て。ステイ」
一時停止した面面を見渡し、吐息を一つ。少し俯きぎみに脳内で情報を洗う。
構造物質、複合率、純度、あらゆる側面から思考をしながら、どの着眼点なら正解へ至るかを見極めた上で、顔を上げた。
――少なくとも魔術を知らなきゃわからねぇな。
「よし。諦めはついたから好きにやってくれ。後でちゃんと返せよ。あと二村はこっちな、まだ話も終わってねぇ」
「……お前ら、後で報告書にして提出しろよ。できるやつだけ触って良し」
全員が躊躇なく触り始めた。こういう辺りが研究員気質なのだろうか。
「どいつもこいつもガキみてぇだろ」
「二村もそこに含めてな……」
「墓穴だったか。それで話の続きか?」
「ああ――というより、お前が俺に聞きたいことがあるんじゃないかと思ってな」
堂堂としていながらも隠れるためにはどうすれば良いか、昔に彼女が話していたことを公人は覚えている。
「つまりね、人の意識をどこか一点に集中させてしまえば良いのさ。そうすれば、同じ場所で別の話をしていたって、こちらに耳を傾けやしない。邪推もされることもない、これ以上の内緒話に適した状況ってないだろう?」
まさにそれを実行したのが双海だと、そう思ったのだ。ただし興味を持っていたのは確かだろう。今もまだ目で追っている。
――ネイムレスなら平然と、意図して状況を引き起こすんだけどな。
しかも一点に集中してしまうのが公人と来た。お陰で内緒話をされてもさっぱりわからない。
「公人、〝
「……お前、何に首を突っ込んでんだ。推奨しねぇぞ」
「騒動に巻き込まれてはいねえっての。ウチみたいな女じゃ、首を突っ込もうなんて思わないだろ」
「いやお前、技術関係だとそうでもねぇだろ」
「生体工学開発部に居る男が……まあ、何だ。てめえのことを、そういう感じでウチの前で謳ったんだよ。気になってな」
「――はあん、どう気になってんのか詳しく聞くと下世話になるだろうから止めておくが、どんな男だよ」
「油臭いだの何だのとぶつぶつ文句を言う男だな。まあウチが話を持ちかけたんだが……」
「生体工学に興味があったのか?」
「いや、ソイツに興味があった」
「率直だな。――だがそいつは魔術師としては異端だ」
「やっぱそうか?」
「ああ。魔術師は己が魔術師だと謳わないものだ」
「じゃ公人も異端か。ああ前に言ってたか――無所属の在野魔術師は珍しいとか何とか。その中でも己の身を明かすのは、異端か」
「本来なら魔女裁判ものだぜ」
「肝に銘じておく。慣れた話題じゃねえし……で、なんだ人形師ってのは」
「……ま、二村ならそれなりに弁えるか。あんま他言すんなよ。本人には、まあ、言ってもいいが」
少なくともその時点で、双海が公人のような魔術師と知り合いだと相手に察知されるだろうが、そこはそれ、悪意があるかどうかは双海の判断次第だ。
「〝人形師〟という種別には大きく二つある。一つは現代的に云う義体師に近いものだ。いわゆる生体工学的に、脳髄を除いた人の肉体を表現しようってことだな」
「待てよ。義体技術は目下研究中で、特に神経系の接続に関しては――」
「表向きはな。こっちの業界じゃ人形に脳髄を移植することも、技術としては確立してる。ただし普及はしていないし、違法な上、それこそ魔女裁判になりそうだな。まあ表沙汰にならない範囲で、躰の部分的な義体化が最低ラインになってる」
「禁止する理由が不明だな。ウチらが開発中の自動運転システムは事故率が極端に低くなるんだが、今じゃ交通事故なんてのはあまりにも普遍的な殺人方法だろ」
「物騒な言い方をするんだな、お前は。ま――これが表沙汰になると、兵役期間なら躰を失おうが戦い続けろ、なんて馬鹿なことをする国が出てくるんだよ。軍需貿易系にも影響があるしな」
「ああ……戦争の増長になるか」
「こっち側はそういう血なまぐさい話に直結するからなあ……と、話を戻すぜ。もう一つの人形師は、躰だけではなく――生命をそこに吹き込もうとする連中のことだ。
「いわゆる、魔術でってことか?」
「機械が思考を創るのも相当に難しいんだけどな。いや、そうなんだろ?」
「
「俺にとっても、まだそこがネックでな――だがま、察する限りじゃその人は前者なんだろ。狼牙ならこれも縁だと云うんだろうが」
「ふうん……義体って、どの程度のものかわかるか?」
「そりゃ直接見たわけじゃねぇから、その人の実力は知らない――と、待てよ。名前は?」
「宗伊」
「……おい、どう知り合ったんだ」
「ああ、いや、義手が作れるって話は聞いてたから――どこだったか、ああ」
テーブルの三段目の引き出しから一丁の
「ウチの作品で、正式名称は
「どこのライフルだ、それは」
「まあ五発撃って、しばらく冷却しねえと使い物にならない上に、反動が凄くてな。義手なら可能かなと思ったウチがノックした相手が宗伊ってわけだ。参考になったか?」
「ならねぇよ……お前の開発、どこかおかしいだろ。車と並列して創ったのかよ」
「あっちは仕事だ、こっちは趣味。公人は知ってる相手か?」
「知ってるって云えるほどじゃねぇよ。ただま、……やっぱ縁だろうな」
おそらく、彼女はここまで見越していただろうと思う。あるいは狼牙が、公人が持つ異端の魔術師という立ち位置から考えれば、双海を介さずとも縁が合うと思ったのか。
「
メモ用紙が近くにあったため、万年筆を取り出した公人は右手で横文字を記して見せる。これも厳密には名前ではなく名称、呼称のようなものだろう。魔術師にとって二つ名は違う意味を持つものだから。
公人にとってはエグゼエミリオンがそうなるのか。たぶん彼の二つ名はブリード、つまり〝
刃物をただ創造する仕組みと揶揄された〝実行処理〟の名と、創造する仕組みそのものを蓄える意味を持たせた〝創造理念〟――彼女と紅音が面白半分で名付けたそれを、公人は存外に気に入っている。
「独特な読み方をするんだな」
「当人が使っていない以上、あまり突っ込むなよ――と、こりゃ大きなお世話だな。忘れてくれ」
「わかった。忘れて突っ込む」
「あのなあ……」
「うるせえ。ウチだって気に入らねえとこがあるんだよ」
「お前のそういう言葉遣い、向こうも気に入らないと思ってるんじゃねぇのか」
「んじゃお互い様だ」
「……いやもう何も言わねぇよ」
「公人に迷惑をかけねえ配慮はする……つーかお前、何か襲撃されたとか何とか聞いてるぜ」
「誰から」
「アイツから」
一般人に何を話しているんだと呆れ気味に吐息――と。
「おい! 電ノコはやめとけ、レーザーの方がいい。……備品がいくつあっても足りないからな」
「配慮だな」
「うるせ。――まあ襲撃もな、考えてはいるんだが」
「何をだよ」
「どうするかってことをな」
昨日、無数のナイフに突き刺される夢を見た――いや、厳密には己の中にナイフが這入りこむ夢、か。
コートからスローイングナイフを引き抜いて手にすると、イメージが頭に浮かぶ。どう躰を動かせばいいか、数千のパターンを浮かび上がらせてかつ、取捨選択までを自然に行い、ただし実行許可だけは己の意志が必要だ。
戦闘におけるナイフの活用技術。
こんなものを彼女が持っていたのだと思うと、苦笑したくなる。何故ならあまりに馬鹿げた、とてつもない技術だからだ。
ただ、技術があったとしても、公人の矜持は戦闘を赦さない。
公人は担い手でも使い手でもなく、創り手だ。ナイフの性能を測るための実践ならともかくも、実戦を行うのは主義に反する。
それでも経験はしておかないと――。
「なあ」
「ん……どうした? ちなみにこれは既製品のナイフで」
「いや、一ついいか」
「何だ」
傷一つ付けられていない手持ちの金属に視線を向けながら、公人はその問いを聞いた。
「お前もアイツも、どうして組織に属さないんだ?」
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