第17話 別れの時
真夜中の電話。
これほど、心臓によくないものはございません。
雪乃さんの最期の時が、どうやら訪れたようでございます。
なんて綺麗な死に顔でございましょう。
もう少し、もう少し、彼女に時間をあげて欲しかった。もう少し、もう少しでいいから、心休める場所を与えてあげたかった。後悔の念が絶え間なく、わたくしの頬を伝って彼女の顔に落ちていきます。
この日のためにと、彼女は彼女なりに考えていたのでしょう。引き出しにしまわれた私宛の手紙と貯金通帳。
わたくしは雪乃さんの望み通り、細やかなお念仏とわたくしの先祖代々から眠る墓の隣に、彼女の墓を建てたのでございます。
でも、わたくしも智久も、こんなことお願いされなくても、そうするつもりでございました。
雪乃さんはわたくしたちの家族そのもの。
雪乃さんがいなければ、智久はもっと偏屈で嫌な男に成り下がっていたでしょう。わたくしだって、どうなっていたか知れたもんじゃありません。泣きじゃくる愛梨にしても、全てあなたがいてくれたから、今があるのでございます。
「蓮歌、私の家族と考えた時、あなたの顔だけが思い浮かびます。もし嫌でなければ、死んでもあなた方家族の近くにいたい」
嫌なもんですか。
激動の時代を、共に泣いて笑って生きてきたわたくしたち。数えきれないほど、思い出がございました。
決して幸せだったとは言えない、あなたの人生。
それでも、わたくしは知っているわ。あなたがどんなに純情で一途な人だったかって。
いずれ、わたくしもそちらに行きます。その時が待ち遠しく思えますよ。あなたがそばにいてくれると思うだけで。その時は、智蔵さんとわたくしとそしてあなたとで、時間を気にせず、お話しましょう。きっと智蔵さん、あなたの恋遍歴を聞いて驚くわよ。その時の顔が見ものね。
葬儀の日、白髪の男性が遠くから、わたくしに頭を下げたのでございます。
遺品整理していく中、走り書きされた住所と、何通もの恋文。
ずっと思い続けていたのでしょう。あんなひどい仕打ちを受けたのに。
最後くらい、手を合わせてやって欲しいと言うわたくしに、最初は躊躇された彼も、雪乃さんの恋文を読むうちに、涙ながらに謝ったのでございます。
何一つ、未練がましい言葉はなく、楽しかった思い出がたくさん詰められていたものばかりで、最後の一文は決まって、あなたに出会えて本当に良かった。ありがとう。の言葉。
報われない恋ではありましたが、雪乃さんは、それでも幸せを感じられていたのでしょう。
棺には、その恋文と彼からの返事を入れ、わたくしは何度も頬刷りをして別れを惜しんだのでございます。
人の一生は、長いようで短いものでございます。
彼がなんて書いたのか、わたくしは知りません。
それでも彼が流す涙は、まぎれもなく雪乃さんに手向けられたもの。雪乃さん、あなたの心は、彼に届きましたよ。
秋晴れです。
小鳥がさえずっております。こんな日に旅だったんですもの。
雪乃さん、今度こそ幸せにおなりなさいよ。
まっすぐ昇って行く煙を見上げ、わたくしは心の中で何度もそうなることをお祈りしたのでございます。
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