第16話 あなたは一人じゃない
どうやら本当だったのでしょう。
顔色が変わり、居心地が悪そうに三浦さん、わたくしから目を逸らしたのでございます。
「美穂子が、ですか……」
力なくつぶやいた三浦さん、じっと空になったカップを見つめております。
「別に責め立てるつもりは、何にもないの。愛梨の話だと、あんな父ちゃんだから仕方ないよって、美穂子ちゃん、むしろお母さんを応援するって言っているようだし、わたくしも長く生きた分、それなりの経験もしてきたし、話も聞いてきているわ。もし良かったら、あなたの力になれるんじゃないかなって。ごめんなさいね。年寄りのお節介。でも、放っておけないのよ。それだけでも分かってね」
うなだれたままで三浦さん、鼻を啜り始めたのでございます。
「確かに、あの人に心を惹かれていました。私の苦労話も嫌がらずに聞いてくれましたし、美穂子にってぬいぐるみまで買ってくれたりして、親身になってくれていたんです。一緒に話しているだけで、心の中がポカポカして、どうしようもなく欲しくなって」
「行ってしまったの?」
スッと顔を上げた三浦さんは、首を横にふって、きっぱりとそれを否定をしたのでございます。
この目は嘘をついていない。そう確信したわたくしは、微笑み返して頷いたのでございます。
「本気になりそうだったから、私、あのクリーニング屋、辞めたんです。彼には、もう大丈夫だからと言って、それっきり会っていません。あんなダメ亭主、捨てても良かったんですけどね。それでも美穂子にとっては、たった一人の父親ですし」
なんとも悲しい笑みでしょう。胸の奥がチクチク痛んできて、眼鏡が曇りハンカチでぬぐうと、絞り出すようにわたくしは訊いたのでございます。
「大丈夫なの?」
「本当にダメだと思った時には、力貸していただけますか?」
「当然よ。そんな我慢しなくてもいいわ。すぐにでも、家に来なさいな。部屋も一つくらい用意できるし、美穂子ちゃんと愛梨は一緒の部屋でも良いじゃない。そうよ、そうしなさいな。何ならお友達ネットワークで匿ってあげてもいいわ。老人パワーはすごいのよ。元警察官に元消防士。自衛官だったていう人も知っているわ。あなたの旦那さんをぎゃふんと言わせることくらい、朝飯前よ。これはもう一つお節介で、腕のいい弁護士の知り合いもいるから、なっては欲しくないけど、別れることになった時には、間に入ってもらえるように話を通してもいいわ。だから、一人なんて思っちゃだめよ。あなたは一人じゃない。地域の人、みんながあなたの味方になるわ。わたくしが約束するわ」
少し興奮しすぎたようで、周りの方がこちらをチラチラと盗み見をしております。そんなのは構いやしません。だって、本当のことですもの。
「ありがとう、ございます。でも、もう少しだけ家族で頑張ってみます」
母は強し。護るものがあるというのは、人を強くするものでございます。
そして、わたくしに、もう一人大切なお茶友達が出来たのでございます。
和華子さんも交えて、週に一、二度ほど、女性だけの愚痴大会でございます。
笑ったり怒ったり呆れたり、うっぷんを晴らした後は、母親の顔に戻るのでございます。
これだけでも、だいぶ気は楽になるはず。
まだまだ話せない部分はあるでしょう。
正直の申しますとね、話を切り出した時、怒鳴られることを覚悟してましたのよ。
理由はどうあれ、他人が軽はずみに首を突っ込む問題じゃありませんもの。ましてや、面識もそこそこの年寄りに、言われたくはなかったでしょう。そう思うと三浦さん、お人柄が良い方なのでしょう。
こんな人だから、旦那さん、甘えてしまっているでしょうか、方法が間違っては元も子もありませんのにね。
どうか幸せになれる方法が見つかると良いのですが。
そうそう、この間は愛梨まで参加して来て、最近、真琴君が冷たいと言い出したのには大笑いでございます。
何はともあれ、笑う門には福来るでございます。
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