第九十四頁 グルーヴ・ウェポン 4

「……………たい………」



 アタシは改造人間だ。

 身体の7割が機械。残り3割は人間と同じ。

 脳も少しだけ改造されてるみたいだけど、どこにどう影響あったのかはよくわかんないかな。別に、フツーの人間の乙女の思考回路だと思うけど。

 ちょっと野郎趣味かもしれないけど、ロックとか漫画とか好きだよ。



「………こに………たい……」



 全身兵器ってやつだよね。両腕両脚は完全に機械で、中にマシンガンやらミサイルやら物騒なもんが色々入ってる。コンセプトとしては、戦車5台と戦闘機3台分に匹敵する。これはハッキリ自覚してるよ。

 ただまあ…公には出来ないよな。ヒューマニティに出入りしてる連中は内緒にはしてないけど、知らないよ。言ってねえからな。



「……どこに……………い………」



 あー、子供は、産めない。

 好きな漫画にさ、アタシと同じ改造…人造人間だったかな?なんだけど子供は産めるってキャラがいたなあ。ズルいよな。まあ漫画だしな。

 だいいちアタシは子供なんか要らないし、子供だってこんな母親は嫌だろ。もっと言や、男に興味ねえんだよな。セックスはできるかどうかしらない。何言わせんだよ。



「どこに………ちたい」



 アタシを改造した奴は、ひとりの科学者だ。天才。…だけどまあ、イカれてたな。

 超恨んでるよ。

 だけど、理由あって恨みきれないんだよな。もう死んじゃってるってのもあるけど…

 …もしもあいつを恨みきってしまったら、アタシは…まあいいや。この話は終わり。



「ガガは、どこに、落ちたい?」



「るっせーーーなあ!!!何なんだよさっきから!死に際くらいセンチメンタルに語らせろや!あとアタシはサイボーグじゃねえ、ゼロゼロ何でもねえ、改造人間だッッ!!」

 全身ボロボロ、腕はもげ、片目も潰れた状態で真っ逆さまに落ちるガガは、声を聞いた。

 なんとなく聞き慣れているが、妙にとっつきにくいこの声をガガは知っていた。

 声はガガの文句を気にもせず淡々と続けた。



「ガガさんガガさんガガさん。ガガさんは、どこに、落ちたい」



 ウィスパーボイスというやつか、静かに囁いている割に耳にじんわりと染み込んでくる不思議な声だ。

 ガガは、何となく覚えているような、でもちょっと苦手な感じがするよな〜といった、既視感を感じずにいられなかった。

「落ちたい…落ちたいのは地面じゃあねえよ。やられて…たまるかよ、くだらねえロボットに…」



「どこに落ちたいんですかーーーーーーーー」



「うああああーうるっせえ!サシちゃんのベッドの中!アタシが堕ちたいのはそこだけだ!ビー・サイレント・ファッキン・システム!!!!」



「 」



 パキッ、と目の前が真っ白になった。

 そういえば落ちてる割に滞空時間が長く感じた。

 身体はもうボロボロで、回路もショートしてる。叩きつけられて、動力炉が無事だとしてもあのクソロボット達に踏みつけられて終わりだろうな、と思っていた。


「………ん」


 気付けば、ガガは大の字に仰向けになっていた。

 手足はガッチリと固定されていて動けない。

 服は着ていない。全裸だ。

 誰かが顔を覗きこんでいる。髪の長い…女性だろうか。


 この嫌な感じは鮮明に覚えている。抜け出したくても抜け出せない、今から自分は嫌という程、身体をいじくりまわされる。間も無く自分ではない、何かおぞましい"物"に作り変えられてしまう。

 "あの時"と違うのは…あたりは真っ白で、上から覗き込む人物の顔は逆光で見えない。手術用ライトの眩しさではなく、あたり全体が真っ白に光り輝いており、何が何だか分からない場所にいる。自分も台の上に固定されているようだが、裸なのに冷たく硬い感触もない。暑くも寒くもなく、浮いてるような、不思議な感覚だ。

 じっと自分を見下ろす人物は、顔も表情も分からない。

 長い髪が、ガガの頬を軽く撫でた。

「あんた………なのかよ………」


 ああ、あんたはあの時…死んだはずなんだ。

 またアタシの身体をいじろうってのかよ。

 アタシはあんたのオモチャじゃないし…あんたも……それでいいのかよ。


 あんたは…


「ちがいますうーーー」

 全く予想と違うその声は、素っ頓狂な声をガガに投げかけた。


「はっ!?っって、お、お前……は!?お前はっ!!」

「チキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシーチキンシー」

 女性は何やら訳の分からない呪文のような台詞を連呼しながら、何かの器具でガガの身体を、大きな胸の谷間あたりからスッとなぞった。

「痛っっ……やめろ、なんでお前が……やめっ………やめろおおおおーーーー!!!」


「誕生…フラッシュ・ガガ・メンソール…」


 …………


「…むっ…」

 街田は自分が死んだと思っていた。なにやらペンギンのような変なロボットに踏み潰され、ピザのようになって死んでしまったのだ、と。

 起き上がり、ふと左を見れば、少し離れた場所にいる。巨大ペンギンがいた。

 ペンギンの足は地面をピッタリ踏みしめているが、街田は無事でここにいる。

 星凛の町のパラレルワールドだと思っていた街並みは全て、ラサという悪魔少年の創り出したロボット達のパーツだった。元々は、漫画でよく見る魔界らしい荒野だったのだ。

 地面は砂だ。ペンギンの足の下から街田がいる場所まで、一直線に溝のような跡がある。

 まるで、自分があそこからここまで「自動的に地面をスライドしてきた」かのような…

「これは……」

 街田は勘を働かせた。

 物凄く嫌な予感がする。


 ギロリ、とペンギンがこちらを見た。まだ助かったわけではない。背後からも大小様々なロボットが迫っている。慌てて立ち上がった。

 街田は機械には弱かったが、こいつらは所詮はロボットだ、というイメージを信じる事にした。

 ロボットは恐らく、センサーだかで街田の動きを感知する。ただ感知してから動いては対象物が逃げてしまう。だから、動く対象物が次にどこへ動くかを算出する。その連続で、小生を捕まえるというシステムだ。そのはずだ。


 まず街田は一直線に走った。

 狙い通りだ。ロボットどもは一斉に街田の動きを捉え動き出した。

 前からも来る。あいつらは小生がこれから一直線に走るか?右にカーブするか?左か?を算出している。おそらく前方どの方向へ走っても捕まる。

「ならば…こうだ」

 すぐ後方にはロボットが迫っていた。

 ガシュ、と前方の地面を蹴り、突然真後ろに走った。ロボットはデカいので、足がちょうどゲートになり、街田はその下を掻い潜り一目散に走った。

 これだ。向こうがこちらの動きを予測するなら、こちらは予測不可能な動きをすれば良い。


 しかし、予測不可能なアイデアが出てくるのは執筆だけだった。結局どこへ行ってもロボット、周りを見渡せばロボットロボットロボット。どこに行っても捕まるのでは。おまけに歳も歳で、走るのも長くは続かない。

 ガガの断末魔も聞こえた気がしたし、もはやここまでなのでは。

 街田の身体を、巨大なロボットの手がガッチリと掴み上げた。ミシミシと身体が悲鳴をあげはじめる。

 ゲームオーバーか。こんな阿保みたいな所で…


 ガシッ!とロボットの腕を何かが掴んだ。その拍子に街田は解放された…が、さすがにこの高さは地面に叩きつけられて死ぬ。死因が変わるに過ぎない。

 ロボットの腕を掴んだ別のロボットが、思い切り正拳突きを繰り出し、そいつの頭は木っ端微塵にひしゃげてしまった。

「なっ!仲間割れか?それより…」

 落ちる。死んでしまう!


 街田は地面に叩きつけられたかと思ったが、先程助けられたロボットがフワリと街田をキャッチした。孫悟空のお釈迦様よろしく、手の平の上に街田を乗せた。


「は?」

 街田は目を疑った。

 その巨大なロボットを街田はよく知っていた。


「ガガ………?」

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