第八十七頁 火の鳥4
椿木どるは自分で自分が信じられなかった。
他人の心を読む、なんて陰気臭い超能力があるだけで、桜野やガガのように何かと戦えるような強さも技も持ち合わせていない。街田先生のような才能もない。
その私が、下っ端とはいえ大量の悪魔達に次々とつかみかかっては突き飛ばし、少しでも桜野のいる位置に近づこうと必死に暴れている。
もしもこの小説がアニメ化でもして人気が出たら、この場面で悪魔達に次々と酷い事をされる私の同人誌などが作成されるに違いない。
でも、自分ってちょっと変わったかもしれない。
妙に冷静になりながらも彼女はまだまだ悪魔達を掻き分け進んだ。悪魔達は単にクライスの試合を観戦しにきたに過ぎないので、突然のフーリガンの出現に戸惑いはすれど応戦する事は無かった。
「桜野さん!桜野さーん!」
どるは必死に桜野を呼びかけるが、既に彼女が動く事は出来ない。体中の骨は折れ、肉は削がれ、彼女がとても戦える状態でない事が近付けば近付くほどに、わかる。
武士である桜野は真面目だ。不意打ちや汚い手口を嫌い、正々堂々を好む。古い人(本当に古い)だからか、精神論もそこそこ好む。ある意味正統派なスポーツマンの精神に近いかもしれない。
それがいけなかった。明らかに罠であるクライスの勢いに乗り、コートに入り、試合を開始してしまった事が敗因だ。例えばガガならコートに入る前に一斉射撃してクライスを蜂の巣にするだろう。面倒事が嫌いな街田なら無視してその場を去ると思う。
クライスにとっては桜野のような性格の相手こそが最も都合の良い、格好の獲物なのだろう。
「人間!いい加減にしろよ!」
「そうだそうだ!観戦マナーがなってないぞ!」
暴れるどるについに痺れを切らしたのか、悪魔達が抗議する。
一匹がどるの腕をガッチリつかみ、数匹が脚をぐいっと持ち上げた。
「ちょ、ど、どこ触って……うわああ!」
まさかの同人誌展開なのか、しまった!相手は仮にも悪魔だった…と一瞬後悔しかけたが、どるの体は悪魔達に弄ばれるどころか、大勢の上に神輿のように持ち上げられた。
さながらフェスのダイブのようだ。ロックフェス大好きなどるだったが、ダイブは未経験だった。こんな形で初めてを奪われるとは夢にも思わなかったが…。
「み、見えるッ!やめて!降ろしなさいよ!」
こんな状況でもあくまで乙女なのか、何とか動く片方の手で必死にスカートを押さえるどるを、悪魔達は頭上で次々とリレーのように運んでいく。
(椿木……殿………)
かすかな意識の中で、桜野はどるが騒ぐ声を聞いた。
敗因は分かっていた。テニスのルールを知らない事ではない。試合をやすやすと受けてしまった事でもない。
たったひとつのシンプルな答えだった。
が、今となってはそれもどうにもならない。もう身体が動かない。
「次で決めるぞ…全くあっけなかったが!試合はこの俺のものだ!」
クライスの頭上、今度は遥か高くにボールが出現した。ボールが落ちるよりも早く、クライスはその場でジャンプする。
「喰らえ!秘技……スーパー・ソウル!!」
瀕死の相手にも容赦しない、渾身のサーブ。その角度45度。鋭くボールが向かう先は、まさにうつ伏せになって動かない桜野の長く艶の良い黒い髪、まさに脳天を目掛けて放たれた。
当たれば頭蓋骨粉砕は免れない。桜野の死、いや成仏は確実だ。
「おらっ人間の娘!このフーリガンが!」
「追い出せ!」
次々と悪魔達に体を運ばれ、ついにどるは大勢の力で投げ飛ばされた。小柄で軽いどるの体は悪魔達の手に勢いよく押され、
「わああああ!」
飛んだ。かなり飛んでいる。弧を描いて客席の外に飛んでいく。退場だ。
もう桜野を助ける事は叶わないのか…。
桜野がここで死んだら、私はどうなるのだろうか。私はスポーツマン精神なんて微塵も無いから、あのクライスとかいう悪魔に試合を申し込まれる事はない。
やっぱりここにいる悪魔達に一斉に…
くっ!殺せ…!なんていう度胸私にあるのかしら。死にたくないもんね…。
「なーんて……良かった。ついてる。この方向に投げ飛ばされるほどラッキーな事は無かったよ。この位置がいい!この位置が最ッ高〜にいいっ!」
手脚を投げ出し、空中を飛んでいくどるは一転、不敵な笑みをニヤリ!と浮かべた。
「あとは…神様お願い!!」
どるが飛ばされた先、そこにはある人物がいた。厳密には悪魔。
ただ、今までどるを持ち上げていたあの悪魔達とは違う。彼は特別だ。
この、ワケの分からない魔界のテニスゲームのルールを、ここの誰よりも、隅々まで知る悪魔。
「2メートル以内だよ!"審判"さんッッッ!」
落下しながら、どるは待ってましたとばかりに能力を発動させた。
「"サーチライトッッッッッッッッッ!"」
ザザッ!
ザザザザザザッッッ!
カインもそうだが、悪魔の心を読み取る時はまるで雲かノイズがかかったように不鮮明だった。この審判とて例外ではない。
「痛っ…」
どるは激しい頭痛に襲われる感覚を覚えた。砂に埋もれた宝物を必死に探すように、情報を掻き分け"それ"を探した。
「お前の負けだ、桜野踊左衛門!だが俺が!お前を蔑む事は決してないッ!ルールも知らずに試合に飛び込んだその根性に!スポーツマンシップに!敬意を表するぞ!」
スーパー・ソウル。クライスの放ったビームのようなボールは、桜野の脳天目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。
丸いはずのボールは青い光を纏っており、どこから見ても一本の槍のように鋭く見えた。これが脳天に炸裂すれば、桜野でも脳漿を撒き散らして成仏(し)ぬ事は免れない。
まさか、こんな所で。
「2メートル…ろ、6尺半!以内の長い物…ぶぅげっっ!!」
椿木どるはコートのそばに落下し、勢いよく地面に華奢な身体を叩きつけた。
「グ……グリップ……じゃなくて…持つ所が、あれば……ゆ…有効……き、規則……」
打撃の痛みに耐えながらどるが告げると同時に、ボールは桜野の頭に炸裂した。
キンッ!
かと思われたが、何故かボールは高い音とともに明後日の方向に飛んでいく。
「ギャアアッッッ!」
スーパー・ソウル、クライスの技により強いエネルギーを纏ったボールは観戦中の小悪魔にぶつかり、気の毒にも彼は溶けて消え失せてしまった。
「……?」
何が起きているのか。クライスはその目を疑った。
桜野が、立ち上がっている。
あんなに全身がボロボロになり、膝の骨ですら破壊されたはずの桜野が立ちあがり、自分の刀を構えて戦闘態勢に入っていた。
持っていたはずのラケットはその辺りに投げ捨てられている。
「6尺半…そこまで……ハァ…長い得物が許されているのでござるか…この殺試合(デスマッチ)は……!」
ハァハァと全身で息をしつつ呼吸を整える。立っていられるのが不思議なくらいにグズグズになった足元には真っ赤な血だまりが広がっていた。
「ほう……面白い!熱いぞ………!」
「規律にのっとり…ハァ、ハァ…ありがたく…使わせてもらうでござる…妖刀"朱蜻蛉"!!」
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