第六十三頁 転校生 3

「素朴だ。実に素朴。美味くもなければ、不味い訳でもない…」

「桜野さん」

「しかし!」

「桜野さん?」

「拙者には分かる。感じるのでござるよ。この素朴さこそ…誠実に日々心技体ともに鍛錬する学徒達に必要なもの」

「あのー……」

「学徒は日々変化を求めなければならない。常に何かを学ばなければならぬ身。だからこそ!だからこそ…一日の休息!昼飯時にこそこのような素朴な優しさが必要となるのではないのか。作り手の、敢えて多くを含まない学徒達への愛!この"らーめん"にはそれを感じるのでござる!!」


「食べるところ、あっち!ここ、受け取りカウンターだから!!!」


 その学食のラーメンは、転校生・桜野…あかねに前述のような感想を抱かせた。それは彼女にとってまさに新鮮で素晴らしいものであったが、さすがにラーメンの受け取りカウンターで渡されたままに食べ始めては、列も長くなる。

「成る程!これは失敬!切腹して詫びたいところだが、拙者は既に…」

(死んでるもんなあ…)

 どるは呆れ返りながら、桜野と向かい合わせにテーブルに着く。座った勢いで、桜野の顔を流れる血液がパタタッとテーブルに赤い点描を施し、どるは少々ウッとなった。


「桜野さん、その…私、桜野さんに会うのは初めてなんだけど」

「うむ、お初でござるな。よろしくお手柔らかに」

「えーと、そうでなくて…あのね、私は貴女の事知ってるのね」

「…はて?どこかで会ったでござろうか」

 彼女になら言っていいだろう、とどるは思い、

「街田先生や、サシちゃんの知り合いだよね」

 単刀直入に聞いてみた。

「何と!街田殿、サシ殿を知っておられると!?」

 桜野がガタッと乗り出した。血液が2滴ほど、どるの唐揚げに降りかかった。好物だから、最後に食べようと取ってたのに…

「あ、あのーえーと…知り合いっていうか」


 どるは一部始終を話した。超能力者である自分の能力の事や、街田康助と接触し、家まで押しかけた事。

 相手は人間ではない。しらばっくれる必要はないというか、変に隠して祟られても怖い。


「なんと素晴らしい技を持っておられるのか。まさか、敵陣の作戦も手に取るように分かるのでござるか!?」

 敵陣?

 ああ、戦国時代の人だから、多分合戦の事を言っているんだろうけど…一応普通の女子高校生の私に、敵陣どうのこうのという場面に遭遇する機会はまず、無い。

「いや…離れてる人の心は読めないんだ。半径2メートル?えと、二尺?(一尺どんだけなの!?)とにかく近くに居ないと分からない」

「成る程…では、真剣勝負の際、相手がどのように剣を振るうかは分かるのでござるか?右から来るであるとか、もしくは左から、弱点は?など…」

 だから普通の女子高校生にそういう機会なんてないってば。下手なB級映画じゃあるまいし。

「経験は無いけど…多分分かるよ。あ〜でも私は反射神経鈍いから、分かったところで避けられずに斬られちゃうんだろうけどね」

「………」

 桜野はしばらく考え込み、感嘆した。

「誠、興味深い!その力、大切になされよ」

 どるは驚いた。珠美のように「ふーん、凄いね」という人は居ても、大切にしろという人は初めてだった。人ではないが。

 奇妙な転校生、桜野は素敵なものを見るようなキラキラした目でどるを見つめていた。

 悪い幽霊では無さそうだ。


 校内を一通り案内したら、無情にも昼休み終了のチャイムが響いた。

 結局、街田先生の事は聞けなかった。いちいち聞かなければいけないというのも骨が折れるなあ…と、どるは少し自分の能力の有り難みを感じていた。


 …


「そんじゃバッキー、お昼にね〜。桜野さん、紹介してねっ」

 いつでも元気な珠美は自分の教室がある校舎に、渡り廊下を渡って颯爽と進んでいった。

 この学校は椿木どる達の学年だけ、何故か第1校舎と第2校舎に分かれていた。


 桜野あかね(偽名)は授業については至って真面目だった。姿勢は正しく、居眠りもせず常に教科書と黒板を凝視していた。当てられたとしても簡潔な回答を述べ、まさに優等生という風格を漂わせていた。

 ただひとつ、英語だけはやはり苦手であった。

「He creates the showbiz and will get more job. はい、桜野。訳してみろ」

「……く、くり…くりかえされる、しょぎょう…諸行無常??」

 という体たらくだ。

「あの異国の言葉は一体何でござるか。今のこの国が異国と関わりを持っているというだけで驚いたものでござるが、まさか学び舎で言葉まで教えているとは…」

「ウフフ!桜野さん、私たち仲良くできそうだねえ」

 そりゃあ、鎖国真っ只中の時代から来た人だもんね…どるはここで初めて、この幽霊にこの上ない親近感を覚えた。


 珠美も、桜野とは一度一緒にお昼を食べただけですぐに打ち解けた。元々誰とでもすぐに仲良くなれるオープンな性格だったが、なんとそれは幽霊でも例外では無かった。並大抵の社交力ではないというか、桜野も桜野で幽霊のくせにとんでもなくフレンドリーだ。

 珠美もラーメン好きなので、全国のラーメン屋に詳しい桜野から興味津々に情報を聞き出していた。行動力もある珠美の事だから、冬休みにでもなったら本当に全国津々浦々まで麺屋巡りにでも行きそうな勢いだ。


「そういえば期末テストの勉強、しないとねえ」

「あ〜…うん」

 どるはテストが嫌だった。テストが好きな高校生なんてまず居ないとは思うのだが、どるの理由はまた違っていた。

 二頁ほど前の授業風景を思い出して頂ければ分かるとおり、テスト中、自分の周り八方の生徒の考え方が筒抜けなのだ。

 要するにカンニングし放題。

 1人なら良いが複数いるので、誰かひとりが間違っていても残るメンバーの解答が一致していれば、多数決ではないが大体それが正解だ。よほどのひっかけ問題でない限りは。

 椿木どるは、それを答案用紙に書き込むだけで限りなく100点満点に近い点数を叩き出す事が出来る。

 しかし、ここはどるの性格だった。他人のクレジットカードの暗証番号を読んで悪用するだとか、嫌いな人の弱味を握るとかいった"能力の悪用"は、やろうと思えばいくらでもできる。しかし、どるはそれをやったら自分が完全に人間ではなくなってしまう気がして怖かった。

 しかし、テストだけはどうしようもないし、「人の心を読んでしまうので隔離して受けさせてください」なんて言えるわけもない。

 なので、どるは毎回周りの解答を読みつつ、赤点にはならない程度に自分の解答を"調節"した。英語は苦手という事になっているから、時々、進級に響かない程度にわざと赤点にする。

 これが苦痛で仕方なかった。この時期ばかりはこの能力を消し去るか、カンニングの罪悪感をも恐れないどす黒くも強い心が欲しかった。

「放課後、図書室でちょっと勉強してかない?」

 珠美が提案した。

 仕方ないが、珠美はちゃんと勉強して、試験に挑まなければならない。どるは了解した。自分だって、試験云々抜きにしてもちゃんと勉強しておかないと将来が不安だ。

「ね、桜野さんも一緒に!」


 かくして、超能力者と幽霊を含む奇妙な3人組は図書室にて勉学に励む事が決定した。

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