第六十二頁 転校生 2
ついさっきまでジャングルで過ごしていたか、関ヶ原の合戦にでも巻き込まれましたと言わんばかりに服はボロボロ。おへそも見えてるし。
頭には深々と折れた矢が刺さっていて、美人の顔半分を血が染めていて台無しだ。しかもリアルタイムでドクドクと流れている。大丈夫なのだろうか。
細い腰には明らかに日本刀か何か物騒なものを納めているであろう鞘をぶら下げている。何なのだろう、これは落武者だろうか。落武者を表現しているのか。
ここまで聞いて、クラスにやってきた転校生の説明だとどれくらいの人が理解するだろうか。筆者と、"まあ読めてたけど"とドヤ顔をする熱心な読者様くらいなのでは。ねえこの小説面白い?
椿木どるは突然の奇怪な転校生の姿に言葉を失っていたし、当然ながらクラス中もどよめいた。
「おおー美人!」
「かっこいい…」
「髪、綺麗……!」
「お姉様!」
いやいやいやいやいやいやいや。
そこじゃないでしょ。もっとどよめくポイントがあるでしょ。
椿木どるには自信があった。今まで周りは自分を特異な物を見る目で見ていたけど、今はあんたたちこそが特異なんだからね!
とはいえ、あまりに皆が普通に、"美人な転校生がやってきたぞ!"という驚き方しかしないので、どるも不安になってきた。やはり疲れているのだろうか。
B級ジャパニーズホラー映画から飛び出てきたようなグロテスクな転校生は、黒板にカッカッカッと何かを書いた。
無論、お名前だ。チョークなのに達筆だった。
桜野?あかね
?の部分は活字では表し辛いのだが、間違えて何か違う漢字を書こうとしてぐちゃぐちゃと塗りつぶしたもの。ますます偽名くさくて怪しい。
「桜野…あかねと申す。今日からこの学び舎で世話になる、お手柔らかに頼み申す」
妙な喋り方をする。ますます落武者くさい。
「かっこいい!」
「ジャパニーズ・サムライ!」
相変わらずクラスメイトは楽しそうに野次を飛ばす。ジャングルでなく、関ヶ原が正解だったか。
「では、そこ…椿木さんの席が空いているわね。そこに座って」
そしてどうしてタイミングよく自分の隣の席が空いているのか。どるはそこまで考えたと同時にハッと気付いた。
人の心が読める彼女の欠点は、忘れっぽい事であった。せっかく読み取った情報も、よく忘れてしまう。ましてやあの時は、憧れの人を前にしてかなり上がっちゃってたから…
この人、街田先生やサシちゃんの知り合いの…。
「隣、失礼いたす」
幽霊だ!名前は…桜野なんとかざえもん。
現に、半径2メートル以内に余裕で入っているのに彼女の思考は全く読めなかった。真っ白だ。英語圏の人間の思考を読むと英語で情報が入ってくるのか…とは考えた事があるが、この世の物ではない者例えば幽霊…そう、彼女のような…の思考は読めるのかどうかなんて考えた事がない。英語圏の人間以上に会う確率が少ないというか、皆無だと思っていたから。
とりあえず、答えはノーのようだ。
血まみれの恐ろしい形相なのに、こちらに座る私に向かってニコニコと微笑みかける様はとても不気味ながら、妙な美しささえ感じた。
「そうそう椿木さん。隣の席のよしみで、桜野さんに校内の案内をしてあげてね」
なんですと?どるは目をまるくしたが、転校生が変わり者、隣の席に座る、自分が校内を案内する事になる、の3つはセットだった。書物(漫画)で読んだ事がある。
「桜野さん!校内なら私達が案内するよ」
昼休み。クラスでもイケイケの、ほんのり不良の香りすらする女子グループが桜野さんに話しかけた。
お、これは…
「しかし、案内は椿木どのが」
「私達と行った方が楽しいって。その子ちょっと変わってるからさぁ」
リーダー格の女子がそこそこ大きな声で言う。ああ、私に聞いて欲しいんだなあ。私に聞こえないと意味ないもんね。
街田先生の事聞きたかったけどおあずけか。
どるはいつも通り、聞いていないふりをしてやり過ごす事にした。特別いやがらせをうける事はないが、チクチクとこういう嫌味を言われる事はしょっちゅうだ。むしろガツンとやってくれた方が諦め(何の?)もつくのだが、この学校は中途半端に進学校的な所があってそこまではやらない。皆自分が可愛いから、中途半端にしか吐き出さない。はぁ〜、やるせねーにゃあ。
しかし、転校生は驚きの言葉を返した。
何の躊躇いもなく、間髪入れずに、真っ直ぐな眼差しで。
「お心遣い感謝いたす。しかし、師は椿木どのに命じられた。やはり師の命に従うのが武士…いや、学徒のつとめでござる」
一瞬、武士と言ったのは気になったが。
女子達は、え?え?という顔をしていたが、転校生が誘いを拒否している事は理解したのか寸分険しい表情になった。
「ふ、フン!勝手にしなさいよ」
「かたじけない。さて、椿木どの。参ろうか」
と言うやいなや転校生はどるの手を取った。冷たい。こんなに凛として生き生きしているのに、この一切血の通わない事が分かる冷たい手。やはり幽霊なんだな…という確信が持てた。
……
お昼が一緒できない事は珠美に連絡済みだ。事情は察してくれて、「転校生を案内とか漫画みたいだね!」と能天気な事を言っていた。小説なんだけど。
「ここが職員室ね。クラス委員の人以外は…あまりいい目的では来ないけどね」
先生方はお弁当を食べたり、教材を整理したりとそれぞれのお昼休みを過ごしていたので、ご挨拶は端折る事にした。
……
「ここが保健室。あの…」
「どうかなされたか」
「な、なんでもない」
その怪我、見てもらう?と言いたかったがやめておいた。大丈夫そうだし、これはおそらく記号のようなものだろう。天使の輪っかや羽根、悪魔の尻尾みたいな…落武者のトレードマークというか…言及はやめておこう。どるは自分に言い聞かせた。
それにしても妙な気分だった。これまで自分の側に寄ってきた人間は家族でも教師でも、親友の珠美でも皆その心の中が手に取るように見えた。インターネットの百科事典のように。
だから、側に人(?)がいるのに何も情報が流れてこないという状況が新鮮というよりはむしろ落ち着かない。家族とか珠美、その他周りの人は皆、自分や他の人と接する時こんな感じなのだろうか。
どるは初めての感覚に少々戸惑っていた。
転校生は、次はどこへ行くのでござるか、とはしゃいでいる。
……
それは学食へ着いた瞬間。
転校生が、ここでは飯を食えるという事を認識した瞬間だった。彼女の目の色が変わった。
「…ある!あるぞ……」
「どうしたの」
転校生は生徒達で賑わう学食にパタパタと足早に進入し、メニューを凝視して低い声で、しかし凛々しく呟いた。
「お手並み拝見といこう」
それはまさに"臨戦態勢"と言って差し支えなかった。
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