第四十一頁 オール・ナイト・ロング 3

 宇宙人系アイドル、亀ノ内・シャングリ・らいふが他のアイドルと違う所は挙げればキリがないが、現実的なところで異常なまでのファンサービスの良さがある。

 仕事中でもオフでも、街中でもライブ会場でも握手してくれと言われればするし、サインもするし、唄って踊る事もある。顔は終始無愛想というか無表情なのだが、どれだけ愛想が良くて可愛くて性格の良いアイドルでもここまでは中々できない。マネージャーの嘉門レイもそれには度々悩まされていたが、不思議と妙な人間は寄り付いてこないし、まあ良しとしていた。

 しかしさすがのらいふとて、後手に縛られたまま、しかも自分どころか依頼人までもがペンも色紙すらも持っていない状態でサインを提供するという事は不可能であった。これはアイドルというよりはマジシャンに依頼した方が合理的なのではないか。

「うーん」

 らいふは困り果てて目の前の猫娘…サシの顔を見つめ返した。

「あ、あわわ…ほ、ホンモノ、ですよね…シャングリ、ら、ら、らいふちゃんですよね…」

 サシはこんなシチュエーションではあるが、憧れのアイドルに会って喜びと緊張で頭がいっぱいになった。

「ほんもの」

「その声!小鳥がさえずるようでありながら世の中の何もかもを見透かしているかのような、低くて透明な声!ホンモノのらいふちゃんだ……あああ〜〜!テ、テレビで見るより…かわいいよぉぉーー!」

 両手をギュッと合わせ、耳をぴょこぴょこと動かして感動するサシの目には喜びの涙が溢れていた。

「うーん」

 らいふは早いところ自分を縛るものをほどいて欲しかったが、サシの事を見ているのもちょっと面白いのでそのまま見ていた。ホンモノだ、テレビより可愛い、とみんな同じ事を言ってくるように感じていた。

「あの」

「は、はいっ」

「ほどいて」

「え?あ、ああーっ!そうだ!ご、ごめんなさい!」

 サシは我に返り、自分が何をしにここに来たのかを思い出した。

「私は、えーと、サシっていいます。妖怪です」

「ようかい」

「ああ〜えーっと、妖怪ですけど敵ではなくてその…ファンです」

「聞いた」

「あ、あはは…あの、犯人は?この部屋にはいないんですか」

 サシはらいふの縄を解きながら周囲を警戒している。

「はんにん」

「そう、犯人」

「いない」

「い、いないんですか…今どこかに行ってて、また帰ってくるとか!」

「帰らない」

「そうなんですか」

「うん」

 サシはちょっと参ったなと思った。テレビでのあの、基本単語でしか話さない不思議な話し方くらいはさすがに演技だろうと思っていたからだ。しかし目の前にいるこのアイドルはテレビでよく見る、司会者でさえちょっと困っているあの話し方を実際にしている。ファンとしては感動的だが、状況が状況だけに若干の困惑を感じた。ここで何が起こったのか、彼女の言葉からは把握することが困難なのだ。彼女を誘拐した犯人は確か二人組と聞いたが、彼女を縛ったままどこへ消えたのか。ここへは帰ってこないという事を何故彼女が断言しているのか。彼女をこのままにして立ち去ってしまったとでも言うのだろうか。

(まさか彼女は本当に宇宙人で、犯人達を光線銃とかで消し去ってしまったとか?でも手を縛られてるから光線銃は扱えないはず。目からビームかな。もしくはこの綺麗な髪の中の一本からバリバリっと…ガガさんより凄いかも…)

「サシ」

「はっ、はいっ!」

「ありがとう」

「え?」

「来てくれたから。ありがとう」

 結果はどうあれ、自分を助けに来たことへの礼を言っているようだ。ボソッとだが、これまでの単語のどれよりも深みがあり、じんわりと伝わってくるものがあった。サシは胸が熱くなった。

「とにかく、ここを出よう。あのマネージャーさんもきっと心配してるし、事務所の人達も…ファンのみんなも」

 らいふはサシに手を取られ、立ち上がった。サシはらいふの手を暖かく感じたし、やっぱり宇宙人などではない、一人の人間の女の子だという感覚があった。キャラ付けでもいい、アイドルに重要なのは個性だ。宇宙人系アイドルだなんて堂々と公言し、人前に立てる事に彼女の価値がある。サシはますますらいふの事が好きになった。

「うっ」

 らいふの脚はうまく動かなかった。さすがに十数時間も同じ体勢で縛られていたので、筋肉が思うように動かない。

「大丈夫?」

「ん」

「ちょ、ちょっと失礼しますね」

 一言断りだけ入れてサシはらいふの身体を持ち上げた。

「わ、わっ」

「こ、これで…下の階まで…」

 らいふは決して重くはないが、同じく重くないサシには少々辛いものがあった。しかし無理でも無かったので、そのまま階段を下る事にした。

「おろして。危ない」

「だ、大丈夫大丈夫…ら、楽にしといてくださ…あっ!あああっっ!!」

 言わない事ではない。サシはらいふを抱きかかえたまま、足を踏み外してしまった。いや、正確には足元の階段が崩れた。ビルが老朽化していたのだ。サシはそのまま体勢を崩し、前のめりに落下し始めた。

「こっち向きでよかった」

 らいふが表情を変えずに何かを呟いた。

「オール・ナイト・ロング…」

 この状況で、らいふは何か英文のようなものを呟いた。咄嗟の事でありサシには聞き取れなかったが、同時に崩れたはずの階段から、サシの足が離れた。

「え?えっっ??」

 二人はそのまま階段から宙を浮いて、階段正面の壁にトンと接触した途端に落下した。真っ直ぐの着地はサシも得意なので、難なく床に降り立つ事ができた。

「…今のは」

「ひっさつわざ」

「え?」

「右でよかった」

「右?」

「逆向きじゃなかったら、だめだった」

 サシはよく意味が分からなかった。らいふは何か特殊な能力を持っている?物を浮かせるとか、何かサイコキネシスのような超能力だろうか。とすると、本当に宇宙人という可能性も浮上してくる。そうでなくても、普通の人間ではないかもしれない。

 らいふの脚の痺れは和らいできたので、二人は足元に注意して、手を繋いで階段を降り、ビルから出た。

「たすかった」

 らいふは改めて、無表情でボソリと礼を告げる。

「あの…らいふちゃんってやっぱり宇宙人なの」

「…そう」

 聞くだけ聞いて、サシは無意味な質問をしたと思った。これはよくテレビで、本当に宇宙人なのかと質問されて無表情で肯定する時のらいふと同じだった。違っても、違うとは言わないだろう。

「かえる」

「帰るって…どこへ?」

「レイのとこ」

「ああ!あのマネージャーさん!そうだね、きっとらいふちゃんの事心配してるよ」

「うーん」

 しばらくの沈黙が続いた。らいふは何かを考え込んでいるようだった。やがて。

「ん」

 らいふはサシに向かって人差し指を突き出した。

「え?」

「んっ」

 ほら、という具合に更に前に突き出す。

「え、えーと…」

 もしかして、とサシは最近観た映画を思い出し、らいふの人差し指に自分の人差し指を触れさせてみた。一瞬、ピカッと接触した指が光った気がした。

「…学校ないし、家庭もないし、花をいける花瓶もないけど…サシは友達」

「??」

 よく分からない事をやはり無表情で告げた瞬間、らいふはもうそこには居なかった。元々そこには何もなかったかのように、空気だけが残った。

「ホントに宇宙人…なのかな……」

 サシは少しドキドキしながらそこに立ち尽くしていた。会話も噛み合わなかったし終始不思議な感覚に包まれていたが、あの少女にはまた会いたいと思った。


 同日、星凛町近くの高速道路で突然歩行者らしき男性が現れ、避けきれなかった車両に撥ねられ死亡する事件があった。

 ドライバーによると、突然標識の上から男性が降ってきた。自分は車で撥ねてしまったが、標識から道路に落ちた衝撃で既に死んでいたのでは、と述べた。

 同じ日に星凛町から約40キロメートル離れた隣の県の山中で大柄の男が気を失っているのが発見された。身体も顔も大きな男は、自分はゴワザームという所から来た。帰らなければならないという意味不明な事を言っていたという。もちろんゴワザームなどという地名は世界中どこにも存在しない。

 アイドル誘拐事件と、この2つの事件に関連性があるという事は誰も思わなかったし、思われる事も永久になかった。

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