Epilogue & epilogue +

= epilogue =


陽菜という娘ができたことや、彼女の父親がゴリもよく知っている真鍋であること。

彼との経緯を聞いて、受話器の向こうでゴリはため息をついた。

呆れた?相変わらずで呆れた?


結局、私もSHINも、ゴリも、誰もわかっていなかったのは、私のSHINへの想いがそこまで深く、強く、頑なだったということだろう。

それは私たちが前世からの運命のように繋がっていたからなのか、私が初めての恋にはまりすぎてしまったからなのかはわからない。

でも、はっきりしたことは私の半身はSHINでしかなかったと、私自身が今も疑うことなく思っているということ。

そして不思議に確信が持てるのは、SHINもそう思っていたに違いないということ。


初めての恋で、たった一人の人に出逢えたことは幸福なことだ。

私たちは前世で、二人して何か大きな罪をおかしていたのかもしれないね。

もしそうだとしたら、神様、その罰は今世で終わらせてください。来世の私たちは無事に結ばれますように。どちらかがどちらかの生を、手をとって見届けられるまで。

そんなことを考えてしまった自分のromanticismに少しおかしくなる。


ゴリは電話の向こうで、相変わらず一瞬で私の今の思考を読み取ってしまう。

『私は究極だと思うわよ。大切な人のために自分が消えるって。そんな愛し方って。』

「そうだね。そんな愛に応えるにはどうすればよかったんだろう。」

待つだけじゃなくて、もっともっと探せばよかった?

待ち続けていることを伝えればよかった?

でもどんな手段で?

『それはね、幸せになることよ!泣いてちゃだめ!あんたが幸せに笑っていることだけがきっとあいつの望み。たとえそうできるのが自分じゃなくても。私はそうだと思うわよ。SHINの気持ちは。』

「ゴリ、私、今幸せだよ。私たちの運命は結局、結ばれなかったけど、その運命があったから、今、陽菜がいる。あの子は私のすべて。

真鍋と結婚してなければ、陽菜はこの世にいなかった。だからSHINと結ばれなかったことをもう後悔しないって、陽菜が産まれた時に思ったの。結局、こういうことになって、陽菜には本当に申し訳ないけど。」

あの子が本当に私の犠牲者。父親から引き離された。

『母親になったのね。あの泣き虫が。』

ゴリは少し笑った。ゴリの声は穏やかだった。

だから私は、もうひとつの気になっていたことを思いきって口にする。

「ゴリ、ツーちゃんはどうしてるの?生きてる?」

少しの沈黙のあと、

『生きてるわよ。多分。』

とゴリは言った。最初の沈黙が気になる。

『退院してすぐにタイに言ったわ。』

タイ?ゴリはまた少し沈黙してから続けた。

『ヤマダっていたでしょ?あいつが・・迎えにきたのよ、退院の日。タイ転勤の希望を出して。』

そうだったんだ。

ツーちゃん、よかったね。

タイならきっとウエディングドレスが着れたね。

『許してやってくれる?』

ゴリ、それが沈黙の理由?

「言ってるでしょ。私には陽菜がいる。あの事件は元はと言えば私のせいだもん。

いろんなことがあって今があるなら、陽菜が存在する今への流れを肯定する。ゴリ、それが母親の気持ちだよ。」

ゴリは少しため息をついた。でもそれは呆れたわけではないことはわかる。

『恐れ入ったわね。そんなこと言えるようになったのね。あんたのことだから繕ってるとは思わないわ。』

私、成長した?

ゴリはまたちょっと沈黙してから続けた。

『でもねcherry、陽菜ちゃんをあなたの半身にしてはだめよ。彼女に依存してしまっては。

彼女には彼女の人生がきっとあるんだからね。彼女が自分のパートナーを見つけた時に、安心してその人の元に飛び立てるようにしなければ。

あなたが陽菜ちゃんが側にいなくても、幸せでいなければ。あなたの歩いてきた運命ごと受け入れて、抱きしめてくれる人に出逢いなさい。』

あの頃のゴリの静かな笑顔が甦る。

私はその笑顔に何度も助けられていたね。

会えなくなってからも、何度も何度も思い出した。ゴリのニヤッて笑う顔や、タバコを吸う姿。[青い影]の歌声。たくさんの言葉。肩に置かれる手の感触。

カバの優しい笑顔、頭を撫でてくれる心地よさ。

『cherry ・・』って呼びかけてくれるトーン。

美味しかった料理やアボカドミルク。

「大丈夫だよ。もう10年経ってるんだよ。あの頃とは違う。一人でも立てる。それに同じ後悔はしたくないから、もう恋愛はしないよ。SHIN以外は無理だってわかってるから。」

私が、女として愛することができるのはSHINだけだ。それは間違いない。

それが真鍋への礼儀でもある。

「真鍋はほんとにいい人だったの。陽菜があの人の血をひいてることを嬉しく思う。だけど傷つけた。私はSHINしか無理なんだってわかったから。しっかり生きて天国でSHINに逢う。」

たとえ陽菜が飛び立っても、私はちゃんと生きるよ。一人で。

それがあの日、生き残ったものの使命だから。

だから待っててね、SHIN。今度はあなたが。


『天国?なにか情報を得たの?』

「あれだけ待っても来てくれなかった。捜しても捜してもわからないし。命ある限り迎えに行くって言ってくれたのに。地震の日にわかったんだ、もうこの世界にいないんだって。それなら納得できる。』

6月11日の無言電話がなくなった頃だろう。

あの年の電話はおかしかった。

約束を守ってくれなかった。守れなかったんだ。

私だって死にかけた。

たくさんの普通の方々が亡くなった。


あの日、病院のベッドで思った。

命あるかぎり、死は避けることはできない。

人は産まれてきたことが奇跡で、生きていることが奇跡なんだ。

だから誰の死も怯えるべきことじゃない。

死に怯えている時間やパワーは、生きることに、生きてもらうことに使うべきなんだ。

今の私だからそう思える。

あの頃、こんな風に考えることができていたら、きっとSHINを笑って送りだせたんだろう。

灯台であれたんだろう。


ゴリはまたため息をつきながら言った。

『誰かの分まで生きるなんて無理だから。自分の分を精一杯生きるしかね。あんたの分を精一杯生きなさい。昔みたいに真っ直ぐにでいいじゃない。これからだって、転けたり泣いたりしていいじゃない。その時はあの頃みたいに叫んで、立ちあがるの。』

「SHELLEY BOMB ?」

『そう。』

「ゴリ、やっぱり会いたいよ。側にいさせてよ。」

『いやよ!言ってるでしょ。あんたの記憶に残ってる私は、あの頃のままがいいのよ!・・それに私の記憶に残っていくのも、あの頃のままのあんたがいいわ。あの頃のままのcherry がいいわ。』

ゴリはもうすぐ死ぬって人とは思えない力強い声で言う。でも半分は優しい声で。


その時、ベッドの方から声がした。

陽菜が起きちゃったみたいだ。

『ママ・・』って。

『声がしたわね。起こしちゃったかしら。ママになったのね。そろそろ切るわ。よかったわ、話せて。これで心おきなくいける。』

「待ってまだ、もっと・・」

『・・きりがないわ。cherry、素敵な時間をありがとう。』

私こそだよ!幸せすぎる時間を!

「ゴリ!SHELLEY BOMB だよ!生きて!ありがとうは私のセリフ!ありがとう!SHELLEY BOMB って頑張るから!」

陽菜が起きてきた。目を擦りながらこっちを見ている。泣いてる私を見ている。

『cherry、幸せになるのよ!・・おやすみ。』

電話は切れた。

「ゴリ!!待って」

私の最後の声は届いたのだろうか。

『ママ、どうしたの?どっかいたいの?』

受話器を握りしめたまま泣き崩れた私に、陽菜が近寄ってくると、いつもみたいに膝の上に座って抱きついてくる。

ごめんね。でもちょっとだけ、ちょっとだけこのまま泣かせて。

陽菜は私にしがみつきながら、小さな手で背中をポンポンと叩いてくれる。

私は彼女を抱きしめた。

私の胸の中で陽菜が言った。

『ママ、シェリーボンってなあに?』

聞こえてたんだね。

「元気が出る魔法の言葉だよ。」

陽菜を抱きしめたまま、泣きながら答える。

陽菜は小さい小さい手で、また私の背中をポンポンと叩いてくれる。

そのリズムはあの頃のリズム。

懐かしすぎるSHINのリズム。

『ママ、シェリーボンだよ。シェリーボン。』

舌足らずでまだシェをちゃんと発音できない彼女の言葉が、『チェリーボン』と聞こえる。

繰り返し、繰り返し、彼女は

『チェリーボン』

と呟きながら、愛しすぎるリズムで私の背中を叩く。

ごめんね。もうちょっと、もうちょっとだけ泣かせて。明日からまたがんばるから。

二人でがんばって行こうね!幸せになろうね!

陽菜を抱きしめる腕に力をこめながら、

青くて、無謀で、ひたむきだった頃のエネルギーが甦る気がする。

夢ではない。私は誰よりも深く愛した。

愛されていた。

熱く生きていた。

その思いがあれば頑張れる。

そしてこれからも前へ。

自分の足で前へ。



= epilogue + =


あの懐かしすぎる電話の夜からちょうど一ヶ月後、差出人のない白い封筒が届いた。

ゴリ、筆跡でわかるよ。

消印は名古屋。

たぶん一人だったよね、最後は。

あなたのことだから。

絶対に誰にも弱いとこ見せずに。


封を切ると中には一枚のコピー用紙があった。

書かれていたのはひとつの長いURL。


〈 http//www.xxx/・・・・/shi-cherry0611.fr 〉


「.fr」?・・・フランスの ドメイン?

shi cherry ・・・0611・・0611・・生きててくれた・・


カバの声が聞こえた気がした、大好きだったあの言葉を囁いてくれたように。


『神様は与えたチャンスに乗っかってくる人間が好きなのよ。』


左手にゴリからのコピー用紙を握りしめたまま、PCの電源を入れた。たちあがる時間がもどかしい。ほんの数秒が今までのどの時間よりも長く感じる。

震える指先で、URLの文字をひとつひとつ押した。ゆっくりとひとつ呼吸をしてから、enterキーを。

開いてくれた画面には、土に汚れて、それでもこぼれそうな笑顔を見せる子供たちの写真が何枚も何枚も。様々な地で懸命に生きている人々の笑顔が溢れていた。

右手だけで彼の10年を辿る。

最後の頁にあったアドレスに宛てて、震えが止まった人差し指でキーボードを打った。


「SHIN、生きていてくれてありがとう。」


数十秒後にメールの着信音が響いた。


ゴリ、カバ、

嬉しいときは泣いていいよね?


〈cherry ーfin〉      



■Today 's Favorite sounds■

The Rose/Bette Midler


【Another storyに続きます】

Another GORI (なぜ電話はかかってきたのか?)

Another SHIN (彼は何をしていたのか?)

Another KABA (そもそも二人は何者なのか?)

Another K&G (カバは・・?)


よろしければ引続きご一緒に。

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